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11 ケイローンと弟子




 「何者だ」って言われても、口を押さえられてるから答えられませんけど。


 一応答える意思を伝えるために、このままもごもご喋る。


「いいか、今から手を離すが、大きい声を出して他の連中に気付かれたら、酷い目にあうのはお前だからな。」


 そう凄んでから、テセウスは手を離した。




「態度が豹変したのはゴウを心配してのことならありがたいですが、まさかまだゴウが迷宮にいるのに牛退治の武勇伝なんか酒場で話してませんよね?」


 私が畳み掛けるように言うと、今度は探るような眼でこっちを見る。


「女か?」


  もしかして……私自身を疑ってるんじゃなくて、私って認識できてないの??


「ゴウの嫁ですよ。まさかゴウが男と子作りしたとでも?」


「……その格好は?」


「あなたにここに捨て置かれて、途方に暮れた私は、誰かに見つかった時のために男装したんです。ここの衣装ですよ。髪を縛って、眉毛とほくろを書いただけですけど。」


 置いていかれた後の、ドアのガチャガチャの恐怖は忘れない。憮然として言うと、私をしばらく眺めた後に手を離してくれた。謝罪はない。




「……別人だな。どこの出身だ?」


「日本です。あなたは?」


「俺はアテナイ出身だ。実際には行ったことはないが。」


「行ったことがない? ……確かお父さんが王様じゃ?」


「会ったこともない。賢者に預けられて名前を付けられた。……というより、母が里出産して以降父に呼び寄せられることもなかったから、家出して賢者に弟子入りした。」


「家出? ……そうだったんですね。名前を付けたって、ケイローンさんは転生者ですか?」


「いや、恐らくは本物の……」


 本物の? 転移で来たの? 異世界の神がそのままのここに来てるってこと? それとも神の転生?? そもそもは半神で神じゃなかったような……?


「神も転生するんでしょうか。あの方は不死を捨てて射手座になったはずですが。」


「転生は分からないが……星座になるという事は神の座に座るということだ。」


 神の座。じゃあやっぱりグラウコスの言う「すげえ魔法」のためじゃなくて、パーシパエたちがやってるのは、星座になるための神話ごっこなのかもしれない。


 星座好きとしてはそっちのが理解できるな。地球でもいた、星に自分の名前をつける人とか、月の土地を買う人と同じ動機なのかもしれない。あれ? 星座になるってそういうことじゃない? 本当に空から見ちゃう系の感じ?




「そういったことに詳しいのも、賢者の教えですか?」


「ああ。俺は西の事情を伝授された。お前は転生か、転移か。」


「転移です。あの……転移で来た人間が戻った事例を知っていますか?」


 私が聞くと、またギロっと睨んでくる。


「……戻りたいのか?」


「いいえ、戻りたくないんです。ゴウが居なかったら生きる意味もありません。」


 テセウスは今度は怪訝な顔をする。よく表情の変わる男だ。ずっと薄ら笑ってるやつより、分かりやすくていいけど。


「……会ってから数日しか経ってないと思うが?」


「そうですね、不思議ですね。……それに戻っても死ぬだけですし。だったらここから消えることで、ゴウを悲しませたくないの。懐かれていますから。」


「死ぬ? 何でだ?」


「何ででしょう……。魔が差したんでしょうかね。」


「よく分からんが……ゴウを捨てるなよ。」


「捨てませんよ。捨てられることがあっても、私から離れることはないでしょう。……心の距離の話です。」


「分かってる。」




 手を離してからもピリピリしていたテセウスの空気が緩み、ドサっと座り込んで後ろに寄りかかった。どうやら少しは信用してもらえたようだ。


「酒場での武勇伝は、王の娘を二人引っ掛けたって話だ。誰に聞いた?」


 そっちか。ゴウが危険じゃなくてよかった。……でもよくないかも?!


「……ヘラクレスさんがこの部屋に来ました。とっさに、僕はテセウスの弟弟子の弟、リーカということにしました。それで? クレタ島のミノス王の娘との結婚の神話は、ケイローンさんから聞いていますか?」


「何だと!? どっちと??」


 ガバッっと身を起こし、またも私に詰め寄ってくる。ゴウに言いつけるぞ。


「どっちもです。ヘラクレスが島から連れ出し放逐したクレタの牛を、テセウスは捕まえてアポロンへの犠牲いけにえにと父王に捧げます。次にその牛の子供のミノタウロスを殺すため、テセウスは犠牲に擬態してクレタ島に来ます。ミノタウロスを殺した後、一目惚れされた王女と結婚の約束をしますが、途中の島で捨てます。そして次にもう一人の王女を嫁にします。」


「マジかよ……」


「王女の母、王妃パーシパエは転生者です。私とゴウに神話をなぞらせようとした張本人です。王女たちにもテセウスをゲットしろと命令していたかもしれません。……釣り針に引っ掛けられたのは、テセウスの方かもしれませんよ。」




「……まだ、結婚の約束はして無い。」


 賢者から教えを受けたテセウスなら、今度こそ納得いく回答をくれるかもしれない。聞いてみよう。


「欲しいのはテセウスとの子供じゃないでしょうか。でもテセウス役、との子供で意味があるんでしょうかね。神話の登場人物、その本人の転生者でも転移者でもない人たちと、その神話を再現して一体何の意味があるんですか?」


「……この世界に遊びに来る神を招くためらしい。転生でも転移でもなく、異世界の神が神のまま、自らの意思でこの世界に紛れている。賢者ケイローンのように。神話の流れを再現すると、面白がった神が自分役で降臨するらしい。人の振りをして。神と交われば力が貰えたり、半神を産める。それが目的だ。」


「交われば力が貰える……?」


「何だ? お前もあいつらと一緒か?」


「え? いいえ……。じゃあ、あいつらと同じじゃないあなたは、何でテセウスの役をしてるんですか?」


「テセウスは賢者がつけた名前だから、役というより実名だ。名に馴染んだ頃に実父アテナイ王の話をされた。俺が家出してくることも、最初からわかってたらしい。」


「それは……さすが賢者というべきですかね。」


「父母の名前も俺の名前も神話通りだからな。してやられたとは思ったな。」




「島の名前は被らないし、王の息子も被らないでしょうけど、それぞれの島で好き勝手に名前を付けてたら、神話の時代がズレませんか?」


「ずれる。ズレるが実際も神話も、俺とヘラクレスとペレウスは又従兄弟だ。ひいじいちゃんが子供全員に神話の名前を付け、じいさん以下も同じようにしたからだ。だからそれなりに時代は揃う。


嫁入り先も決まってて、そこでも同じような事をしてるから、婚姻関係がある島同士はさほどズレない。ズレたらズレたで役を入れればいいだけだ。」


「又従兄弟……。だからさっき家族みたいなもんだと言われたんですね。」


「ヘラクレスも賢者の所にいたしな。」


「そういえば! ……あれっ? ゴウはヘラクレスの話をしても何も言いませんでしたよ?」


「あいつはちゃんと質問されてないことは自分から話さないだろ。……お前の話じゃ、出航は予告しない方が良さそうだな。うるさい奴らに押し掛けられそうだ。それにまあ、男装は正解だったな。この部屋はトイレもあるし、出港までこの部屋にいろ。」


「分かりました。ゴウのこと、よろしくお願いします。」




 静かにドアを締めて出て行ったテセウスを見送る。テセウス、意外にいい人だった。一瞬殺されるかと思ったけど。……私、ちゃんと死にたくないって思えた。




 それにしても……。ここの人が頑張って神話をなぞってるのは、本当は気まぐれな神を降臨させるためだったんだ。自分が神になれると色々勘違いしてるのはパーシパエだけ? 神が人の振りしてるって言ってたけど、バレてる上におびき寄せられてるし……。なんだかな。


 それから重大な事実。神と交わると力が貰える? ……本当かどうか分からないけど、まるで私とゴウみたい。ゴウもまさか……カミサマ? ゴウって、私の知る中にはいない名前。両親のことも判らないみたいだったし、賢者に付けられた役なのかな。




 私も射手座のケイローンさんに、是非お会いしてみたかったな。本人はアポロンとアルテミスの弟子で、確か蛇つかい座だけじゃなく双子座も弟子にしてたはず。ヘラクレスもアキレウスも、なぜかイアソンも弟子ってことは……アキレウス以外みんなこのアルゴ座の、アルゴー船に乗ってる?! 明日テセウスに聞いてみようっと!











+ + + + + + + +



ケイローン……数多の英雄を育てたケンタウルスの賢者




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