救済企画
ファンファンファンファン…
パトカーだろうか、救急車だろうか、よく分からないがサイレンがうるさい。まるで、今から私がやろうとしている行為の邪魔をするかのように。上を見上げれば白く美しく輝く太陽。なぜ太陽は我々を照らし続けるのだろう。そういう使命?そこに太陽があるから?そもそも、これに問いかけるのがおかしい?なんてポエムじみたことを考える。柄にもない。恥ずかしい。いや、いいじゃない。今ぐらいこんなこと考えたって。
嗚呼、手を伸ばせば太陽まで届いてしまいそうな距離。いや、届くわけないか。あはは、こんな状況だから?ちょっと頭がおかしくなっているような気がする。
「〜〜〜〜!!!!」
『下』にいる人々が何か言っている。大声を出して偽善を振りまく人。仕事をまっとうする人。インターネットで一躍日の目を浴びようとする人。みんな違って、みんないい。私の行動1つでこの世の中の人々の今後が、人生が変わるかもしれない。そんなことを考えると、なんだか面白くなってきた。まるで自分がみんなを支配しているような。
もういいかな。これで終わりでいい。思い返してみれば薄っぺらい人生だったな。インターネットでちょっと有名になって、色んなイベントにも出させてもらって、色んな人の笑顔が見れて、色んな人と触れ合えて………………
もう、いいだろう。私はあるはずのないもう一歩目に踏み出そうとした時、
ガチャン!
ドアが開く音がした。私は驚きその場にへたり込む。張り詰めた神経に唐突な出来事が合わさり、腰が抜けた。
「だ、誰…アンタ…」
「いやこっちのセリフだよ。」
そこには無精髭にボサボサとした髪の毛にスラックスにワイシャツという、いかにも社会人、という風情の男。
ここの従業員?確かにここは商業ビルの屋上だけども、下にいる警備員とかが足止めしているんじゃないの?
分からない、どういう状況か。この人は私を止めに来たの?
「お前、そこで何してんの?危なくね?」
私を止めに来たんじゃないの?
「てかさっきから下がうるせぇしよぉ。何?もしかして自殺とか?」
コイツもか。自殺、というワードを口にした瞬間口角が上がった。どうせ私が死ぬところを手元の四角いもので撮影してインターネットという底なし沼に投下するのだろう。どうせ、私なんてそんなもん。最後の最後まで誰かの笑いものになるんだ。私なんか…
「いやぁ、懐かしいな!」
「…懐かしい?」
私は男の言った言葉に疑問を持った。
「あぁ、俺も昔、何回か死のうとしたことがあんだよ。まぁ、全部失敗したけどな!だははは!」
愉快そうに笑う男に若干引きつつ、男の言っていることを考え直す。何回も死のうとした?この男が?こんな今にも死のうとしてるやつの前で愉快そうに笑うこの男が?
「自殺なぁ。あんま良くねぇぞ。そういうの。」
うるさい。なんなのこの人。いきなり現れて偉そうに。
「…余計なお世話よ。止めないで。」
私は少し大きな声で啖呵を切る。
「止めねぇよ。止める気もねぇ。」
…え?
目を少し丸くする私を見て男は、
「なんだよ。もしかして止めて貰いたいのか?」
男はいやらしい笑顔をこちらに向ける。気持ち悪い。最後に見る顔がこいつなんて…いや、私にはピッタリなのかもしれない。こんなクズに看取られるなんて。いや、看取られるだけマシ、なのかもしれない。
私はこれ以降後ろを向かない、と決意し、空に向き合った。
1歩踏み出せばいいんだ。そうしたら全てが終わる。
これで、おわる。
これで。
「だけどよォ、もしお前が死んだらよォ、色んな人が悲しむんじゃねぇか?」
…きた。在り来りな常套句。みんなそう言う。私はそんな言葉には動じない。聞きなれた、そんな言葉。
「そんなわけないじゃない。あたしなんて死んでも誰も悲しまない。私が死んで誰か悲しむならこんなことしないわよ。」
私は栓が抜けたように次から次へと出てくる。
「そもそもあんた一体何なのよ。訳も分からず人の心に土足で踏み込んで!どうせこのあとも薄っぺらい説教たれてひとりよがりしたいだけなんでしょ!!そうやって偽善者ぶって!!!誰かに笑顔を届けたくて音楽を勉強して!!やっとそれなりに結果が出たと思ったら気持ち悪い大人どもに騙されて!!今まで行ってた会社も全てやめて都会に出てきて!!そしたら何!?私が何をしたの!?こんなとこ、ただうるさいだけじゃない!!!全部なくしたわ!!音楽も!!ファンも!!全てパァよ!!」
「………」
やっと黙ったか。
これでいいんだ。早く死のう。
「確かにな。」
「…は?」
「確かに、お前にとっちゃ毒にも薬にもならない言葉かもしれねぇな。」
「…あっそ。」
どうでもいい。早く死のう。
「それに、お前が死んでもお前の親や友達、お前に関わってきた人達はだぁれも悲しまない。」
関係ない。早く死のう。
「だが、俺は嫌だな。」
…
「いきなり初対面で憎まれ口叩かれたが、今の今まで話してたやつがいきなり死ぬのは気持ちが悪いしよォ。それに、今から食う飯が不味くなっちまう。」
ガサガサと音が聞こえる。きっと昼飯の弁当かなんかを取り出したのだろう。ベインっと輪ゴムを外す音が聞こえる。
「これな、社内で売ってんだけどよ、白米が冷たくてよォ。200円弁だからしょーがねぇっちゃしょーがねんだがよ。」
唐揚げの香ばしい匂いが鼻をさす。
「でもよ、この白米も、唐揚げも、みんな元は生きてたんだぜ?それが人様の都合で勝手に殺されて、勝手に揚られて。食物連鎖つっちまったらそこまでだし、別に俺はビーガンでもねぇ。けどよ、」
男は立ち上がる。
「こうやって色んな生き物の上に立ててるのによ、なんで死のうとしたかあんまよくわからんかったけど、どんな理由でも死んでいくなんて勿体なくねぇか?」
男は気付けば真後ろ、いや、真正面にいた。
「ほらよ。」
男は手を差し出す。これを握るのには勇気がいる。が、これを拒否するのにはもっと勇気がいる。
小心者の私は手を握って今後も非生産的に生きていくことにした。
ー数年後ー
あれから色々あった。私はなんとか定職に就くことができ、インターネットの活動も、昔ほどではないが何とかできている。だが、最近あまり結果が芳しくない。昔の自分なら自暴自棄になっていただろうが、誰かのせいで私も成長した。最近の唯一の楽しみは会社の屋上で1人弁当に勤しむことだ。
我社は結構高めのビルで、屋上の景色がいい。ここで食う弁当は最高だ。私はいつも通り、片手に200円弁当の入ったビニール袋を下げて、階段を上る。
外からパトカーだろうか救急車だろうか、なんだかサイレンが聞こえる。ほんとに都会はうるさいな。
私はいつものように屋上へと続くドアを開ける。
すると、そこには1人の青年がいた。その子はやけにびっくりした様子で私に、
「誰…?アンタ…」
と、尋ねてきた。
私は何故か少しおかしく思えて、でも、溢れそうな微笑は心にしまってこういった。
「いや、こっちのセリフよ。」