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【C】―3 ー2

 もうすぐ10月か……早いなぁ。バイト帰り、電車に揺られながら黄昏れる私。手すりに捕まってゆ〜らゆら。なんだろう、この感じ。私、ほわ〜んとしてる。次の瞬間、キーーガッタンと電車がブレーキをかけて停車駅に止まった。と、とと……。体のバランスを崩した私は、吊り革に捕まったままくるりと半転し――

「?」

 座席に座っていたスーツ姿のおじさんのおひざの上に、ドスンと座ってしまった。

「あっ、すいません!?」

 ひゃあー恥ずかしいぃぃーー〜…… ペコペコ謝る私におじさんは軽く頷いただけだった。ぅ゛っ、きまずい……。穴があったら入りたい状況だったけど、満員なので逃げ場はなく、私は仕方なくまた同じ位置に戻った。早く次の駅に着いて〜〜っ!



 次の駅に電車が停車すると、私は逃げるように降りる人の群に紛れた。ドアを抜けるとスッキリした。一斉に降りてきた人達がホームに短い川を作る。私はその流れに乗って改札口を抜けた。その前方に見えるガラス張りの空間を目指す。外から内装が見える造りになっているその建物の、ガラスのドアを開けて中に入った。その地下にあるスーパーを目指す。

 今晩はちゃんとした晩ごはん作らないとね♪







「ただいま〜」

 帰宅して玄関に入ると大きなスニーカーがあった。ちゃんと揃えて置いてある。それを見て私はクスッと笑った。は、こんなことしてる場合じゃなかった。早くごはんの支度しなくちゃ! すぐにスリッパに履き換えてパタパタと廊下を急ぐ。バッグを肩に掛け、さらに食材の入ったレジ袋をぶら下げながらキッチンに駆け込んだ。バッグは椅子に掛け、レジ袋から食材を取り出す。

「お帰りなさい」

 そこへ部屋着姿の蒼くんが現れた。

「今日のおかずは肉じゃがにするね」

「肉じゃが……」

「男の子って肉じゃが好きそうだから、いいかなぁと思って」

「はあ」

 愛想のない返事が返ってきたけど、一瞬目が輝いた。ふふ。ほんとは嬉しいくせに〜ツンツン。

「……」

「?」

 は、私は何を!? 気が付くと私は蒼くんの腕を人差し指でツンツンしていた。不思議そうな顔をする蒼くんに

「あははは」

 笑って誤魔化す私。

「先、シャワー浴びてきます」

「は、はい」

 ポーッとなって私はキッチンから出ていく蒼くんの後ろ姿を見送った。て、何照れてんの、私っ?





 気持ちを切り替えて料理に専念する。やがてアラームが鳴り、ごはんが炊け、鍋の中でぐつぐつ煮込んでいた肉や野菜たちもいい感じに色付いてきた。そろそろ煮えたかな。味見してみようっと。

「うまそう」

「えっ?」

 背後から声がしてびっくりして振り向くと、後ろから鍋の中を覗き込むパジャマ姿の蒼くんがいた。顔、近っ!?

「こげてる」

 ぼそっと彼は言った。

「え、あ、あ」

 私がバタバタしていると、蒼くんがすっと手を伸ばし、ガスコンロのスイッチを押して火を止めてくれた。

「乃々さんておもしろいですね」

 あ、今鼻で笑った〜と私がむくれていると、さっとお皿を渡された。それに肉じゃがを盛る私。もう〜私より気が利くんだから〜とすねたように唇を尖らせる私だった。それから茶碗を渡され、味噌汁を装い、ごはんは蒼くんがよそって二人で分担して料理を食卓に運んだ。二人で着席すると私は、食卓に置かれた肉じゃがをちょっと不安な気持ちでドキドキしながら見詰めた。大丈夫かな……

「いただきまーす」

 口に入れてから何も言わずに咀嚼している蒼くんのことが気になった。味見してないし、なんか言ってくれないと気になっちゃうよ。まずくはないと思うんだけどな……

「肉じゃが、どう? 味染みてないかもしれないけど」

 時間がなかったからしょうがないよね。圧力鍋とかあったらよかったんだけど。などと心の中で言い訳する。蒼くんが箸を止めてこっちを見る。

「おいしいです。味も染みてるし」

 ほーーーー好感触。とっさにアルミホイルで落とし蓋した効果があったみたい。とテーブルの端っこで密かに小さくVサインする私だったが。あれ……会話がなくなっちゃった。それっきり彼はしゃべらなくなってしまった。また

「“沈黙の食卓”」?……でも、悪い雰囲気ではないよね。蒼くん、さっきおいしいって言ってくれたし。あ、そうだ聞いてみよう。ふと思い出して私は切り出した。


「あのさ」

 蒼くんは箸を口にくわえたまま視線をこっちに向けた。

「蒼くんて、朝はパン派なの?」

「パン派っていうか、いつもあるもの食べてるだけですけど」

 言って蒼くんは、空になった茶碗を持って席を立った。 あ、余計なこと聞いちゃったかも。そうだよね、朝ごはん作ってくれる人がいなかったらそうなっちゃうよね……

「じゃあ、明日の朝はごはんでもいい? 今晩の残り、だけど」

「いいですよ」

「そっかそっか」

「じゃあ残しといたほうがいいですか、これ」

 肉じゃがをお代わりしに行った蒼くんが蓋を開けた鍋の前で手を止めて言った。

「あ、そっかそれ食べたら朝おかずがなくなっちゃうんだ……」

 もっと作っておけばよかったと私は悔んだ。しょうがない、明日は早起きするか。

「いいよいいよ、それは食べちゃって。朝は朝でまた別のを作るから」

 できるのか? と言っておきながら自分に疑念を抱く私。すると蒼くんは

「じゃあ、残しときます」と言って鍋に蓋をしてしまった。

「なんで?」

 私はキョトン。蒼くんは皿を洗い物を濯ぐたらいの中に入れてしまった。レバーを上げてそこに水道の水を流して濯ぐと、何気なくこう言った。

「明日のほうがもっと味が染みておいしくなってると思うので」

 て、つまり、それは

「……」

「……」

 それから私と蒼くんはしばらく無言で見つめ合った。







 枕元の振動で私は目を覚ました。いつも目覚まし代わりに使っているケータイのアラームが鳴っていた。私はケータイを手に取り、ボタンを押してスヌーズを停止させる。AM6:00。通勤距離が長い、実家から通っている時よりも早い。もっと寝てたい。でも朝ごはん作んないと……

 私は気合いを入れて

「〜〜っっ!」

 欠伸とともに、脱皮するように布団の中からピンと腕を伸ばした。今日は蒼くんより早く起きて、朝ごはん作るって決めたんだから。私はもう一度欠伸すると、トラベルセットを持ってパジャマ姿でドアを開けた。まずは顔洗って来よっと。ドアノブを捻る。

「?」

 ガチャという音が重なって、同時に二つのドアが開いた。隣のドアから出てきた蒼くんと私は、パジャマ姿で“ご対〜面〜”。やだ、パジャマ着てるとこ見られちゃった。恥っ……! 蒼くんもパジャマ姿だった。て、当たり前か。てか、てか、気まずい……。すぐに部屋に引っ込みたかったが、やらなくてはいけないことがあるので引っ込むわけにもいかず、私は顔を赤らめながら「おはよ〜」と弱々しい声で挨拶した。

「おはようございます」

 彼はとくに眠くもなさそう。すごい。寝起きもいいんだ、蒼くん。

「朝、早いんだね」

「朝活してるんで」

「“あさかつ”?」

「朝にやってる勉強のことです」

「すごーい、こんな朝早くから勉強してるんだ? 偉すぎる〜」

 私たちは話しながら階段を降りて行った。洗面所に来ると蒼くんは歯磨きを始めた。その横でトラベルセットの中から取り出した歯ブラシで、私も歯磨きを始める。並んだ二人の姿が鏡に映っていた。シャカシャカ歯を磨く音だけが響く静かな時が流れる。

「あ゛っ!?」

 てか私、すっぴんじゃん!

 突然叫んで青ざめる私を背後に振り返り、蒼くんは不思議そうに首を傾げた。そろりそろりと今更後退する私。

「どうしたんですか?」

「……見ちゃダメ」

「何をですか?」

「〜私の顔っ。すっぴんだから見ちゃダメっ!」

 そっぽを向く私に

「もう見ちゃいましたけど」と蒼くん。

「いいから、今から見ちゃダメっ!」

「そんなに気にしなくても、全然大丈夫だと思いますけど」

「ダメなの、眉毛なしおばけだからっ!」

「まったくないわけじゃないし、メイクしてる時と“そんなに変わらない”と思いますけど」

「っ酷い……」

「なんでですか?」

 キョトンとする蒼くん。今の言葉に悪気はなさそう。でも地味に胸に突き刺さった。

「だってそれって、メイクしても綺麗になってないってことでしょ?」

 いつもボリュームマスカラとかアイラインとか使って頑張ってメイクしてるのに〜。「酷い」と呪詛のように呟くと、蒼くんは言下に言った。

「そうじゃなくて、乃々さんいつも化粧濃くないし、すっぴんでも全然……」

 続く言葉を言い澱んで、少し間を空けてから蒼くんは


「かわいいですよ」


 頬を赤らめてそう言った。


 え? 思わぬ発言に私はキョトン。かわ、いい?


 それから蒼くんは、素早く歯磨きを終了させ、素早く洗顔も済ませて去って行った。

「やだっ」小さく呟いてにやける私。ふふっ、クスッ、ぬふふふふ……が止まらなくなる。そして歯磨きと洗顔を済ませると、ニヤニヤした下品な顔で自分の部屋に戻った。



 かわいいなんて言われちゃったっ♪ ルンルン気分でキッチンに立ち、朝ごはんを作りはじめる私。今度はちゃんとメイクして服に着替えていた。今日は卵焼きと、豆腐とワカメのみそ汁と、あとは夕べの肉じゃがっと♪ 心の中で音符が踊る。さっきのはただのお世辞かもしれないけど、顔を赤くして言われたのが嬉しかった。ふふふっ、かわいいなぁ、蒼くん。とそこに誰かが入ってくる物音がして、後ろを見ると蒼くんが来たところだった。来た来た、リアルツンデレボーイ(←乃々命名)。私はにっこり笑顔で迎えた。


「丁度よかった。今、朝ごはんできたから出すね」

 できた料理を全部食卓に運んで二人とも席に着き、いただきますを言って食事を始めた。

 みそ汁なんて実は久しぶりに作ったけど、大丈夫だよね。卵焼きは、うん、いつも通り。とチェックするように食べていると

「乃々さんの卵焼き、ほんのり甘くておいしいですね」

 蒼くんが珍しく感想を述べた。私は思わず目を瞠った。

「本当に? よかった。甘い卵焼きって好き嫌いあるから嫌がる人もいるんだけど」

「乃々さんのは甘すぎないから、おいしいです」

「ありがとう」

「……」

 嬉しい〜! なんか照れちゃう。

 蒼くんは澄ました顔で、また食事を再開した。黙々もぐもぐ。蒼くん、顔がツンとして怒ってるみたいに見えるけど、怒ってないんだよね? リアルツンデレボーイってややこいなぁもう。とは言え、そんな蒼くんがかわいくてしょうがない私だった。

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