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【A】―4-3

◆◆最終話です。このルートはこれで完結になります。

では本編へどうぞ◆◆

 それから八日後、出張先から聡志さんは帰宅した。

 私はというと、両親とも話し合った結果、そのまま聡志さんのお宅に住まわせてもらうことになった。


「僕と結婚したら君は僕の妻になるけど、だからといって息子の蒼の母親代わりになろうとなんかしなくていい。君は君なんだ。誰の代わりでもない。君は君として僕達家族の一員になってくれたらそれでいいんだ。一緒に頑張っていこう」


 一緒に暮らすか悩んでいた私に、聡志さんが言ってくれた言葉。この言葉のおかげで私は決心した。

 私は私。蒼くんのお母さんになろうとしなくてもいいんだ。私は、誰かの代わりにならなくてもいいんだ……


 私は、聡志さんの奥さんになったら、同時に蒼くんのお母さんにもならなくてはいけないと思っていた。亡くなった蒼くんのお母さんの代わりとして。 蒼くんとは少しずつ打ち解けてきたけど、正直その立場(ポジション)に就くのは気が重かった。自信も持てなかった。務まらなかったらどうしようって、ずっと不安だった。

 けど、私は私でいていいと言われて気持ちが楽になれた。


 そうだよね。私は私。

 私だけだもん。

 誰も代わりにはなれないし

 誰かの代わりにもならなくてもいいんだよね。


 ありがとう、聡志さん

 あなたを選んで――

 ううん、あなたと出逢えてよかった

 あなたのような考え方をしてくれる人じゃなかったら、私、ずっと悩みを背負い続けていたかもしれない。こんなに幸せになれなかったかもしれない。出逢えてよかった。あなたにも、蒼くんにも。

 心の支えになってくれてありがとう。これからは、三人で支え合っていこうね……



 それから何事もなく、穏やかな日々が過ぎて行き、気が付けば冬になっていた。クリスマスの足音が聴こえてくる十一月。ツリーやクリスマスをイメージしたディスプレイが町並みを華やかに彩り始める。思えば私と聡志さんが急接近したのも、こんな寒い季節だった。ベンチに座って寒そうにしていた私に彼がそっと、マフラーをかけてくれたんだよね。ふふ……ついにやけてしまった。そんな私は今バイトの帰りで、ベンチに座って電車を待っていた。そう、“あの日”と同じベンチで。でも違うのは……ふふ。

「じゃあ、行こうか」

「はい」

 二人は“恋人同士”。彼――聡志さんの腕に掴まる私。彼はあの日と同じコートを着て、私はあの日もらったマフラーをして。帰る家は“同じ”。幸せ、幸せ、幸せ〜〜っっ!! ぎゅーーっ。思わず腕に力を込めた私を「痛い痛い」と見下ろす聡志さん。幸せっ。

 その後、お土産にタコ焼きと生地にタピオカを練り込んだカスタードクリーム入りのたい焼きを買って帰った。





 家の前までやって来ると二階に明かりが点いていて、蒼くんが帰ってきていることを知らせていた。

「ただいま〜」

 私は陽気な声で玄関のドアを開けると、片手に荷物、もう片方の手にお土産をぶら下げて家の奥に進んだ。聡志さんは二階に進み、自室で着替える。私はとりあえず自分の荷物を一階の和室――私の部屋になった――に置いて、お土産はリビングに残して二階に上がる。コンコンと蒼くんの部屋のドアをノックした。どうぞ、と言われてドアを開けると蒼くんはパソコン学習をしていた。

「タコ焼きとタピオカのたい焼き買ってきたんだけど、食べない? ごはんまだできないし、お腹空いてるんじゃないかと思って」

「食べます」と蒼くんは即答。こりゃ、相当お腹空いてるな〜。椅子から立ち上がった彼といっしょに階下に降りた。

「食べましょ食べましょ♪」

 口ずさむように私は言いながらリビングに向かうと、聡志さんは先に居て晩酌――かと思いきやグラスに炭酸水を空けて寛いでいた。ちゃんと部屋着に着替えている。この人のこういうだらしなくない感じが私は好きっ。

 三人揃ったところでタコ焼きとたい焼きをいただいた。冷めちゃったけどホッとする味がした。初めて三人で食事した時は飲み物の味が分からなくなるほど緊張してたけど、今はすっごくおいしく感じる。私もようやくこの環境に慣れたってことかな。おいしおいしっ。幸福を味わうようにたい焼きを頬張っているとふと蒼くんが席を立った。トイレにでも行ったのだろうと、とくに気にしないでテレビを見ながらのんびりタコ焼きを摘んだりしていると、蒼くんが戻ってきた。ん、何か手に持ってる?

「ちょっといい」と彼は切り出した。聡志さんが振り向き、私も顔を向けた。何何? 胸がざわめく。

「これ、二人にプレゼントしようと思って」

 言って蒼くんがテーブルの上に広げたのは、温泉旅行のパンフレットだった。私は目をぱちくりさせて、キョトン、キョトン、キョトン。

「スケジュールがわからなかったからまだ予約してないんだけど……」

「蒼くん」

 涙が視界に迫ってきた。やばい、泣いちゃう。泣い……ポロリ。なんて、なんて良い子なの君はーーっ!?

「ありがとう……」

「いえ」

 蒼くんは照れ臭そうに笑った。

 バイトしたお金で親とその彼女に旅行のプレゼント? て、何このサプライズ? 何この感動? てか私ってこんな涙もろかったっけ? このこのこの泣き虫毛虫ぃーっうううれしぃよぉぉ……

 私は顔をくしゃくしゃにして号泣し、その横で聡志さんが頭を撫でて慰めてくれた。



 神様、私……


 幸せすぎてこわいですーー〜っ!







 それから私と聡志さんは同じ日に休みを取って、温泉旅行へ行くことになった。旅行なんて学校行事以外で行くの初めてだよ〜。しかも婚約者とっ。これって“婚前旅行”になるんだよね? うわ、はずかしい〜……でも、うれしいいぃ〜〜っ!

 とすっかり浮かれて、その日が来ることを待ち侘びていたある日のことだった。カレンダーには×印が並び、出発の日まであと十日を切っていた。

「大事な話があるんだ」

 夕飯が終わってキッチンで食器を洗っているとき、聡志さんに言われて私は手を止めて振り向いた。ポカンとしている私の肩に手を置いて

「終わったら僕の部屋に来て」

 聡志さんはそう言い残していなくなってしまった。なんだろう。少し不安が過ぎった。でも、今の感じだと、“違う”よね……

 それから手早く家事を終えて、私は聡志さんの部屋に足を運んだ。

 コン、コン。不安そうに小さくノックしてからそっとドアを開けた。中にいて机の椅子にかけていた聡志さんが、こちらを向いて微笑した。私は静かにドアを閉めると、そのままドアの前に立ち尽くした。何を切り出されるのか怖くて足が前に進まない。

 すると聡志さんは、引き出しを開けて中から何かの紙を取り出した。


「こっちへ来て」

 手招きされて私が恐る恐る側まで歩み寄ると

「やっぱり口で言うだけでは駄目だったね」

 彼からその紙を差し出された。それは……


「これって」

 顔が瞬間冷凍(フリーズ)して、私は声を詰まらせた。“婚姻届”――と書かれた紙を見て。

 時間の歩みがスローになる。思考が停止する。頭の中が真っ白……

「これは婚姻届だ」

「……」

 私は瞬きを二回した。聡志さんがまっすぐに私の目を見詰める。彼のぶれない強い視線に私もピントを合わせる。

 二人の視線がぴたりと重なった。


「僕たち、“正式な夫婦”になろう」


「聡志……さん」



 それは私がずっと聞きたかった言葉だった。

 彼を信じたい。そう強く思っても、いつも些細なことですぐに不安になった。自分に自信が持てなくて、悪いことばかり想像してしまって……

 その不安を消し去る“確かなもの”が欲しかった。それがこういうプロポーズだった。確かな“約束”。


「……っっうれしい」

 涙が込み上げてきた。それを丸めた指で拭う私の肩を聡志さんが抱き寄せる。

「不安だった? ごめんね、もっと早く言えばよかった。遅くなって、ごめんね」

 私は彼の腕の中で頭を振って否定した。その背中にしっかりと掴まる。ずっと離れたくない。離さないで。そう願い。

「今週中に二人で役所に行こう」

「はい……」

 私は顔を埋めたまま頭を動かして同意した。





 後日、二人で役所に婚姻届を出してきた。私たちが結婚を前提に付き合っていたことは既にお互いの両親も知っていたので、そのことを報告するととても喜んでくれた。それから両家の親と集まる機会を設けて、きちんと挨拶も済ませた。

 そうこうして面倒な手続きも終わり、とりあえず一段落した。結婚ってもっと簡単にできるのかと思ってたけど、いろいろ大変なんだなと実感する。書類を書いたり出しに行ったり、両親に挨拶したり。なんか疲れちゃった……。でもこれでやっと安心して明日旅行に行ける。







 桜庭乃々。旧姓、長倉乃々。年齢、34歳。

 ここまでの道程は長かった。永遠のように延々と。その道中に咲かせてきたのは、ほとんどが道端に咲く雑草ような小さな花。咲いたと思ったら踏まれ、また咲いた思ったら踏まれ。それでも小さな種の一つが風に運ばれて、ようやくたどり着いた土の上。そこに根を生やし、蕾ができた。今まさにそれは咲こうとしている。今までにない大きな花となって。





 二泊三日という旅行を終えて私と聡志さんは帰宅した。

「ただいま〜」

 “我が家”に帰宅した私は疲れを残しつつも笑顔で玄関のドアを開けると

「お帰りなさい」と声が返ってきて、玄関に蒼くんが出てきた。彼が何も言わずに私と聡志さんの荷物を運ぶのを手伝ってくれて、それから三人揃ってリビングで団欒した。

「どうだった、温泉旅行?」

 蒼くんが聞いてきた。私と聡志さんが二人でニコニコしているのをどこか少し不思議そうに見ながら。ちょっと照れ臭そうに。そんな彼に柔らかく微笑して聡志さんが言う。

「よかったよ。眺めがよくて」

「うん、温泉も最高だった〜」

 私も言って、二人で顔を見合わせて頷き合った。

「よかったね」

 呟くように言った蒼くんに、私は「蒼くんのおかげだよ、ありがとう」とお礼を言った。蒼くんが照れ臭そうに顔を掻く。

「いいえ、どう、いたしまして」

 そのちょっとぎこちない口調がかわいくて、私はちょっと笑ってしまった。



 この時私たち三人はまだ気付いてなかったけど……


 旅先で私たち夫婦は、思わぬプレゼントをもらってきていた。


 それは世界に一つしかない、かけがえのない宝物。



 それから――……



「おめでとう」



 たくさんの人からこの言葉をもらった。そして




「ありがとう」



 たくさんの人へこの言葉をお返しした。



 わたしと聡志さんと蒼くんの新しい家族が生まれ、その子といっしょに結婚式を挙げ


 ――その祝福と喜びに。



        ――Happy end――




◆◆一時の感情に流されないあなたは、これからも順調に愛を育んでいけることでしょう。どうぞお幸せに。◆◆

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