表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/24

第六話. 『こころ』

 「本当にありがとうございました!」

 

 古本屋のある通りを抜けて、シャッターの降りている店の前にきて立ち止まってすぐ、わたしはお礼を言った。


「いえいえ、大丈夫ですよ」


 親切に笑った彼は、高校の夏服を着ていた。同い年くらいだったんだ。


「コンビニの、店員さんですよね? 深夜の」


 認識されていた……!ちょっと嬉しい自分に気づく。


「そうです……! この前の茶封筒の方ですよね?」


「覚えててくれました?! 毎回ヘロヘロで買い物に行っていたところを見られてたと思うと、恥ずかしいなあ」


 口元に手を当てて、彼は、少し恥ずかしそうにしていた。


「実は、あれが初めて賞に応募したやつで。書留郵便の送り方もよく分からなかったもんで。ありがとうございました。あと、これさっきの」


 彼は、さっきわたしが持っていた『こころ』の文庫本を差し出した。


「あ、ありがとうございます。ええと、50円……」


「いや、いいですよ、本好きなんですね」


「いや、そういうわけには……」


 彼はわたしのトートバッグに本を滑り込ませた。


「俺が小説にハマったのは『こころ』を去年、学校の課題で読まされた時なんです。最初は面倒だなって思ってたんだけど、読んでみると面白くて。そこから、俺もこんな本がかけたらなあ、って思って。だから、50円だし、良いですよ」


 ニコニコとそう言われたら、もうこれ以上は断るのも野暮だと思って、わたしは大人しく本を受け取った。わたしが本を受け取ったのを確認してから、彼は言った。


「古本屋にはよく行くんですか?」


「はい、最近通い始めて……。いつもは昼間にきてるんですけどね……」


「そうなんですか。俺もたまに行くんですよ、学校帰りに。また会えたら良いですね!」


 じゃあ、と、彼は行こうとした。でもわたしはなんだかまだ喋っていたくて、思い切って、言った。


「あの、その、わたしも、小説書くんです!」


 突然の話題転換に、彼は驚いたのか、一瞬目を丸くしたけど、またわたしに向き直ってくれた。


「そうなの?」


「はい! 今はあんまり書けないんですけど、何も思いつかなくて、でも」


そのさきを言うのは一瞬ためらった。でも。


「でも、あなたが茶封筒を持ってきた時、また書きたいと思って。それで本を読んでるんです」


 ほとんど何も知らない人に、何を言っているんだろうと思われただろうか。そっと彼の方をみると、彼は真剣な顔をして、


「そうなんですね。頑張って!」


 と言ってくれた。


「それだけなんです。ありがとうございました。じゃあ、また!」

 恥ずかしくなって,背をむけて歩いて行こうとしたわたしを、今度は彼が呼び止めた。


「なんか、良い友達になれそうな気がする。これ、俺の番号。また、話せたら良いなと思って」


 ノートの切れ端に走り書きだけど、きれいな字に見惚れているうちに、彼は行ってしまった。


 家についた時に、自転車を忘れてきたことに気づくぐらい、わたしの頭の中は、今日のことでいっぱいだった。

 

 そういえばまだ、彼の名前をわたしは知らない。

夏目漱石の『こころ』は学校の課題で読まされがちですね。(と思っているのはわたしだけか……?)

最初読んだときは、なんだこれは。と、難解な文学に頭を捻ったものですが、何度も読むうちにだんだん惹かれていく感じがします。でも、ぶっちゃけ、作者が言うのもなんですが、『こころ』を読んで「俺も小説書きたい」と思ったブラックコーヒーの彼は、間違いなく、少し変わった人だと思います。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ