第二話. 速達・書留郵便はお預かりできません
以降、一話あたり1200文字前後を目指します。
彼は、角二号の分厚い茶封筒を差し出して、こう言った。
「これ、速達で、簡易書留で、明後日までにっ、いや、念のため明日までに届けることってできますか?」
わたしは一瞬きょとんとしてしまった。速達・書留は、コンビニの管轄外なのである。
「申し訳ございませんが、当店では速達とか簡易書留郵便をお預かりすることはできませんので……」
わたしがそう言うと、青年は頭を抱えて、「マジかー」と呟いた。その間に、わたしは封筒の宛名をチラっと見るともなく見た。
『散英社 小説新人賞係 御中』
「小説……」
思わず呟いたわたしの言葉を拾って、彼は言う。
「そうなんです、明後日締め切りのやつで……。できれば今日出したかったんですけど」
一瞬お節介かな、と躊躇ったけど、わたしはこう言った。
「それなら郵便局の窓口で、24時間開いてるところがありますよ。緑校区の方になりますけど」
24時間と聞いて、彼は瞳を輝かせた。
「ほんとですか?! 助かったあー! 明日夏季講習があるから昼間抜けれなくて。道、教えてください」
「わかりました」
わたしは、レジの横にかかっているメモ帳に道順と速達料金と書留料金を書き、彼に渡した。
「料金まで! 本当にありがとうございます!! 行ってきます!」
ブラックコーヒーを買いに来ていた彼とは別人のような笑顔で、彼は去っていった。わたしもつられてマスクの下で口角をあげて、「行ってらっしゃい」と手を軽く振った。
久しぶりに笑ったことに気づいて、少し心が暖かくなると同時に、小説に対して真っ直ぐな青年をうらやましく思った。彼はヴァンパイアでも機密を握る人物でもなくて、『夏季講習』に通う”普通”の”健全な”学生であることにちょっとがっかりした。
自分でも不思議なくらい速達料金と書留料金がすんなり頭から出てきて、驚いた。中学生の時にもし急に何処かの賞に応募したくなったら、慌てないように郵便料金を調べていたことを思い出した。
「久しぶりに書いてみようかな」
ぼそりと呟いた。バイト終わりが待ち遠しくなることなんて今までなかったのに、今日は終わりが待ち遠しい。
タバコを吸い終わった大学生アルバイトが、煙の匂いを纏わせながら店内に入ってきて、
「なんかいいことあったんすか」
と聞かれるまで、わたしはぼんやりと小説のことを考えていた。
早朝6時。いつもはバイトが終わるとすぐに寝るのだが、今日は、目が冴えて眠れない。小説を書くのだ。書きたいのだ。わたしは小説が嫌いになったわけじゃない。小説を馬鹿にしてきたあの人たちが憎かったのに、今まで小説と距離を置いていた。わたしが好きなことは本来これだったはずだ。
新品の5冊組ノートの膜を破いて、新しいノートを取り出す。長らく使っていないシャープペンシルを探し出し、右手に持ち替えた。わたしが小説を書くのはいつもこの水色のB5でB罫のノートだった。ノートに書きためたものを携帯に移す瞬間が好きだった。最初の一文字を書く時はいつもワクワクしていた。
なのにどうして。
何も思い浮かばないんだろう。