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オルガのグルメin異世界  作者: TOYBOX_MARAUDER
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ネオ中野休戦協定

お久しぶりです。こっちはな。つか、日常ものはやはりヤバい…目的がありませんので進まぬ。男でも女でもいいが…それらが可愛い事やらなんやらするだけの話を書ける人たちはすごいと思う。私から見たら宇宙人に見えるぞ。そう…バトルとか目的のある話って楽だったんだよ!


 夕暮れ時を少し過ぎ、空が本格的に暗くなり始める時間。今日の悪天候も相まって、空はもう真っ暗。横殴りの雨が頻りに窓ガラスを叩き、時折雷鳴が当たりに轟く。


 ネオ中野魔術学校。その中に存在する数ある円卓会議室の中の一室。灰色の絨毯と黒く光沢のある木製の壁で四方を囲まれ、室内の中心に白い円卓を囲む複数の黒革のレザーチェアが置かれた空間。そこに、大凡この学校の生徒。それとは思えぬ年齢の人々が集まっていた。


 円卓越しに睨み合うウィンゲルフと新勇者パーティー。前者の隣には雨の日の部活動のトレーニングを終え、汗ばむ額に前髪を貼り付けたウィンドブレーカー姿の花子。後者の傍には花子と同じデザインのウィンドブレーカー姿で、額や顔に汗を浮かべる桜子の姿がある。その他に居るのは司会であるオルガと、議長として連れて来られたイグナート。彼らは互いの対面に座る魔王陣営と勇者陣営の丁度中間に座っている。


 「えー、ネオ中野休戦協定をここに結ぶための会議を始めたいと思います。議長は…オルガさんがやろうとしたらご主人に猛烈に反対されたのでイグナートのおっさんを連れて来ました」


 休戦協定に必要な人員が集まったこと目視で確認した司会のオルガは、さっそく会議を進行させ始める。彼女の前には起動状態にあるパソコンとそれから伸びる空中ディスプレイ。前に揃えて置かれた手元にはプロジェクターキーボードが展開されていて、彼女がが言葉を言い終えたタイミングで、赤髪でメガネを掛けた優しそうな顔をした美男が手を上げた。


 「ティチェル」


 訳も分からぬまま巻き込まれ、議長と言う仕事を押し付けられたイグナートであったが、それとなく仕事をこなす姿勢を見せる。そして、ティチェルと呼ばれた赤髪の美男は上げていた手を引っ込め、それの中指でメガネを押すと席から立った。


 「魔王の仲間たちが司会であり、議長であるこの休戦協定が公平なものになるとは思えない」


 最もな意見。彼の立場であれば誰だってそう思うだろう。しかし、不公平を押し付けようなどと言う気は微塵もないイグナートは、一切変わらない淡々とした表情のまま、円卓の上で両手を組み、流し目でティチェルを見、同じ心境のオルガは目の前に展開された空中ディスプレイをその瑠璃色の瞳に映しつつ、プロジェクターキーボードを叩きながら口を開く。その表情を変えずに。


 「オルガさんだってなァ、本当はこんなことに時間割きたくないんだぞ。忙しいんだ。オルガさんだって。ほっておくと面倒になりそうだからこんなことしてるだけで。大体君たちに不利な条件を強いて何の得があるというのだ。この世界で。争う理由があるのかね? 我々に」


 オルガはパソコンの操作に集中した様子で、その片手間に言い聞かせるように、諭すようにティチェルの言葉に返答しながら、正面の壁上部に大きな空中ディスプレイを展開させた。…とはいってもそこに映るのはほぼ真っ新なメモ帳の画面。上端に謎のURLが貼り付けてあるだけだ。


 あのURLがなんなのか。何が忙しいのか。オルガの召喚者であり、主人である花子は気になるが、今ここで聞くようなことでもないと空気を読んでティチェルを注視する。だが、彼はオルガの問いかけに上手く言い返す言葉が思いつかなかったためか、ゆっくり腰を下ろした。少しばかり決まりの悪そうな顔をしながら。…酷く疲れていて、考えがどうしても感情的で攻撃的になるのはしょうがないことなのかもしれないが。

 

 「んで、ゲル。この人たちとなんで戦ってたんだ? オルガさんたちはある程度聞いて納得してるけど、その主張は彼らにとって正しい物ではないかもしれない。今一度表明したまえ。己の立場を」


 「あぁ。俺としては…自分の行いは正当防衛からの正当な復讐だと思っている。考えてもみろ。勇者として魔王を倒し、その後で消しに来る王家…別に多くを望んだわけではないのだぞ?」


 勇者チームがある程度の予備知識を持っていると言う前提からざっくりウィンゲルフは己の行動の訳、正当性を主張。語っている間に涙ぐみ始める。


 「地位も名声も俺にとってどうでもいいものだった。ただ皆が幸せに…平和に過ごせたらと…世のため人の為と思い励んできたこの俺にあんまりではないか。用が済んだらポイか…? 俺はァ…それが何よりも悲しく、傷付いたのだ…!」


 ウィンゲルフは声を震わせ、その頬に一筋の涙を伝わせつつ、その表情を、目つきを険しくして自分自身の前にて右手を強く、メキリと音を立てて握った。


 …まぁ、ウィンゲルフから昨日聞いた話が全て本当だと言うのであれば、本当に気の毒な話であり、彼の反応ももっともであるが。力を持つにしては純粋過ぎた故に危険視されたのかもしれない。そう花子はややウィンゲルフに同情的に考えながら、ティチェル以外の勇者パーティーの面々に目をやる。


 するとそれらの中の…黒髪で糸目の、身体の細い男が手を上げ、彼へとイグナートの赤紫色の瞳が動いた。


 「ウツシロ」


 イグナートは己の顔の前に手を組んだまま、その糸目の男の名を呼ぶ。すると彼は椅子から立ち、腕を組んでウィンゲルフを見下した。


 「ウィンゲルフ。自分の家のドレルヴァイン家と一緒になって国家転覆狙ってるんじゃなかったのかい。少なくとも俺たちはそう聞いて、お前さんとグルじゃないって証明するために踏み絵踏まされる羽目になったんだけどもな」


 ウィンゲルフは嘘を吐いている。そうとでも言いたげなウツシロの問い。イグナートとオルガ以外の会議室に存在する人々の視線がそれによってウィンゲルフへと向く。だが、ウィンゲルフは鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしている。少なくともウツシロからの情報は今初めて聞いたと言った様子で。それには何か演技臭いところもなく、心の底からの反応といった感じだ。


 「魔王を凌駕する勇者の力を当てにして権力の簒奪を狙ったゲルの家か、国を揺るがしかねない懸念の芽を早々に摘もうと考えた王様か…真実は解らないけれども…少なくとも当人同士戦う理由は無いんじゃね? ゲルの復讐対象はお前たちじゃないし、お前たちだって王様に消されないためにゲル狩ろうとしてたんだろ?」


 眼前に展開される小さな空中ディスプレイ。それを眺めていたオルガが話を畳みにかかる。その早くこの話を解決に導きたいという腹の内が透けて見える、いい加減な口調で。それによって今度は彼女の方に魔王陣営、勇者陣営の視線が向く。その時の表情は両陣営とも微妙なものであるが、オルガの指摘も強ち間違っていないようで、誰も手を上げようとはしない。


 しばらくの沈黙。それを肯定と受け取ったオルガは席を立ち、円卓の上にその両手を付いて前のめりになり、勇者陣営と魔王陣営。一望したのちに口を開く。


 「よし、ネオ中野休戦協定終わり。仲良くしなくていいから問題起こすな! 以上!」


 オルガはそう言って椅子に再び腰かけるとプロジェクターキーボードを操作し、正三角形のパソコン本体から伸びていた空中ディスプレイを消滅させた。勇者陣営はウィンゲルフを微妙な顔をして眺めていたが、仲間内で顔を見合わせ、その姿を上へ伸びる光と共に消し、彼らの主人である桜子だけがその場に残る。この集まりに意味があったのかと、懐疑的な顔をした彼女が。


 部屋の中に残るのはオルガと花子。ウィンゲルフにイグナート。そして桜子だけだ。


 「…猫屋敷さん…この時間、意味あったのでしょうか?」


 「さぁ…? オルガたちの立場表明とか要求を伝えるという意味では意義はあったんじゃないかしら」


 桜子と花子。それが話しているうちに椅子に腰かけていたイグナートが忽然と姿を消し、話が終わったところで花子が席を立つ。忽然と現れて忽然と姿を消す。それがオルガの仲間たち。今更驚きはしなかった。それよりも気になるのはパソコンを操作し、今まで見た時がないほどキリッとしたオルガの横顔だ。


 ――何を見ているのかしら…?


 花子は徐に、オルガの視線の先にある空中ディスプレイを覗き込んだ。


 「――なっ…!」


 目を見開いた花子の視線の先には、ディスプレイに映る、見慣れない漫画。それも如何わしい内容の…女と女が描かれたもの。花子はそれによって顔を真っ赤にして固まった。だが、その時の表情はただ羞恥を感じただけのものではなく、困惑と少しの怒りも入り混じった物だった。


 「ご主人…この世界は素晴らしいな。この電子書籍とか言うやつ…ここがオルガさんが探し求めていた世界なのやもしれん…」

 

 オルガは言う。味わい深い顔をし、静かに。…花子のお小遣いを無断で使用し、買った…所謂エロ本。もしかしたら親の目、つまり城一郎の目に触れるかもしれない。もしそうなれば、花子にとって決して良い物ではない。


 少しの硬直の後、花子は顔を左右に大きく振って気をしっかりと保つとギリリと歯を鳴らして奥歯を噛みしめ、オルガを睨む。そして両手を前へと突き出し――


 「キッサマァ! それが無料だとでも思っているのかァ! 有名企業の令嬢だからと言ってお小遣いを湯水のごとく使えるわけではないのだぞッ! というかさっき忙しいとかほざいてた理由がこれかァ! いやッ、そんなことより家族に見つかりでもしたらどぉしてくれるつもりだァッ!」


 畳みかけるように吼えながらオルガに掴みかかった。それによってウィンドブレーカーが擦れてガサガサと音を立てる。一方オルガは胸倉を両手で掴まれたまま顔を横に背けるだけだ。抵抗せずに。


 「オルガさんは異世界の芸術…その造詣を深めようとだね…!」


 「なーにが芸術よッ! ただの…エッ…ううんっ…如何わしい本じゃないッ!」


 何か思うところがあったのか半笑いで視線を逸らすオルガと、顔を羞恥と怒りとで真っ赤にしながら、言葉を選び詰まらせつつ歯を剥く花子。その只ならぬ花子の様子に彼女が何を見たのか興味が湧いたらしく、桜子とウィンゲルフもディスプレイのところまで行ってそれを覗き込んだ。


 「まあっ…!」


 「この世界ではこういう恋愛が普通なのか。俺のところでは男女の組み合わせが一般的であったが…」


 桜子は口元に手を当て頬を染めて目を見開き、ウィンゲルフはこの世界における恋愛。それの普遍的な在り方を誤って理解した風に呟く。そんな2人の傍ではまだ怒りの収まらない花子が吼える。


 「バレたら家族会議ものよッ! その時はアンタ釈明しなさいよ! ありのまま泥をかぶるの!」


 「まぁ、それはそうだろう。オルガさんがしたことだからな。責任は負う所存…しかし…消してしまえば全てが全て丸く収まるのでは? そうすれば誰の目にもつかないぞ」


 オルガの胸倉を左手で掴み、右手人差し指を彼女の額に立てる花子。対するオルガは花子からの要求を承諾しつつ、対策案を述べながら、ノートパソコンから伸びるプロジェクターキーボードへと手を伸ばす。自分自身が買ってしまったエロ本。それを消さんとして。しかし――


 「――待った。それは違うと思うの」


 花子が制止を求める声を上げた。それによってオルガの伸び掛けた手は止まり、視線は急に冷静になった様子の花子の顔へと向く。少しばかり不思議そうにしたオルガの顔が。


 「買ってしまった以上資産は資産…クーリングオフが出来たならそれが良かったけれどそうはできない。どういう形であれ残っていればプラス…消してしまえばゼロになってしまう。わざわざプラスをゼロにする必要は無いの」


 今さっきまで声を荒げていたとは思えぬ、冷静な指摘。言葉を紡ぎながら花子はオルガから手を離し、一歩離れて腕を組む。目を逸らしながら。それっぽい物言いをして。


 ――家族にバレた時、何らかの火種になるらしい危険物は果たしてプラスと言えるのか?


 ウィンゲルフは妙に不自然な、何か言い繕った風な物言いをする花子を見て小首を傾げていたが、なんとなく花子の心中。腹積もりが読めている桜子は口角を上げて邪悪な笑みを浮かべる。まるで弱みを見つけたかのような、そんな雰囲気の。


 「…それもそうだな! 悪かったな、ご主人! 今度から気を付けるよ!」

 

 オルガはその花子の発言に納得したように呑気な笑みをその顔に浮かべると、フランクに謝罪。その後で椅子から立ち上がった。


 「いいの。今後気を付けてくれれば。さっ、くだらない会議も終わったし…帰ってくれていいわ」


 「そっか。よし、じゃあオルガさんは先に帰っているぞ。困ったときは呼んでくれ…!」


 花子の言葉を聞き届けたオルガは瞬間的に忽然と姿を消し、それを見届けたウィンゲルフが次に口を開いた。

 

 「では俺も先に帰っている」


 「えぇ、今後くれぐれも問題起こすんじゃないわよ」


 「大丈夫だ。奴らも自分たちの身を守るためにしたことだろうからな」


 心が広いのか…そもそも物事に対する関心が薄い、もしくは無いのか。彼自身にしかわからないが、ウィンゲルフは自分を殺しにかかってきた勇者陣営のすべてを許した風に言い切る。そして足元に現れた黒い水たまりに引っ込むように、溶けるようにして姿を消した。


 だが、花子の関心。それは腹の内の解らないウィンゲルフの事などに微塵も向けられてはいなかった。そう、思春期真っ盛りの花子にとって――今一番気になるもの。それはオルガが購入した電子書籍…その内容だけだった。さもいつも通りに、さも冷静そうに装う花子。しかし――その心中。察せないほど桜子は愚かではない。


 「んふふ~。良かったですわね」


 桜子はにんまりとした笑みをその顔に、口元に手を当てながら花子を横目で見やる。…何がとは言わないが、その言葉の意味。察せないほど鈍い花子でもなく、その顔は再度真っ赤に染まった。


 「なななっ何を勘違いしているのかしら? 良いことなんて何もッ…というか異性同士じゃないしッ…」


 己の心中を見透かされて明らかに動揺し、白を切りつつ視線を逸らす花子。返しにはいつもの様なキレは無く、墓穴を掘るようなものだ。それによっていつも適当にあしらわれる桜子が珍しく優位に立つ。


 「あらぁ? 何の話をしていらっしゃるの?」


 「ッ…うぐぐ…!」


 歯を見せ悔し気に唸る花子を目の前にした桜子。今、この時。初めて花子を圧倒できたと感じ、それはもう得意げな顔をする。勝ち誇った様な、心から喜びを感じ取った風に。そして互いの間に少しの沈黙が流れた時、桜子がふうっと鼻から息を吐き出し、踵を返した。


 「もう少しおちょくって差し上げたかったですが…時間ですわ。御機嫌よう、色好みの猫屋敷さん」


 「ちがっ…! そんなんじゃないからッ! 折角買った物を消すっていうのはお金を無駄にすることでッ!」


 桜子は背後から聞こえる花子の声。彼女からのいまいち鋭く成りきれない、刺すような視線を背中に感じながら悠々と会議室の出入り口へと向かう。ライバルを、強敵を下した後の…まさに凱旋。そういった風な、確かな充実感を感じて。


 そんな桜子の背中がすりガラスの扉の向こう側に見えなくなるまで花子は肩肘を張って睨んでいたが――桜子への敗北感はほんの一瞬。その姿が見えなくなったとき、花子の注意は開かれたままの空中ディスプレイへと向く。


 ――今はダメ。危険すぎる…。


 花子は内なる自分と葛藤しつつ、湧き上がる好奇心と己を律し、なるべく空中ディスプレイを見ない様に目を細めながらプロジェクターキーボードを操作。パソコンの電源を切った。自分の思う気持ちと相反する興味。実に思春期らしいやきもきした心内のまま、花子は正三角形の片手に収まるほどの大きさのパソコンの本体を掴むと、己の帰るべく会議室の出口へと向かう。


 休戦協定という仰々しい名ばかりの立場表明の場。それから発覚したオルガの買い物。使い魔たちが来なければ味わうこともなかった屈辱、それを経て己の物となった如何わしい本。平和だが慌ただしい学校生活1日の終わり際の出来事は、様々な物を齎してくれた。全てが全て甘いものではなく、むしろ苦みの方が多く感じられた日だったが充実はしていた。そう振り返り、花子は会議室の外へと出る。…あとは帰って眠るだけだが…どのタイミングで例のものに目を通すべきか。花子の頭の中はそれでいっぱいであった。

誰もが抱いた時があるはずだ。興味が無い振りをしつつも…実は興味がある…そんなもどかしい気持ちを。

身の回りに居たはずだ! 興味ない振りをしながら、なんとかその目的の物を手中に置こうとし、詭弁を弄し、醜態を晒す何者かが!

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