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オルガのグルメin異世界  作者: TOYBOX_MARAUDER
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異世界からの刺客


 小鳥の囀り声と一雨来る兆しにも思える、春風にしては強い風の音。それに街路樹が撫でられて立つ、騒めき。それらは薄暗く見えるカーテン越しの窓の向こう側から、ガラスに遮られてぼんやりとだけ聞こえる。微睡みを吹き飛ばすにはあまりにも頼りないマイルドな音が。


 だが、その静けさは耳を劈くようなアラーム音によって終わりを迎えた。それによって白を基調とする豪華な部屋の中で眠っていた少女、猫屋敷花子は天蓋付きのベッドの上から起き上がる。片目を擦りながら、眉間に深い皺を寄せ、この上なく不機嫌そうな顔をして。そして彼女は枕元に転がっていたスマートフォンの画面をタッチし、アラーム音を止めてスリッパに足を通す。


 「…」


 覚醒していく意識の中、すぐに部屋の中の異変に花子は気が付く。…コードレスのヘッドフォンを頭に取り付け、見覚えのない菜箸を一本。その小さな右手に持って指揮者の如くそれを振る、昨日着ていたものとは違う袴姿の小春の後姿に。彼女の傍にある、花子の勉強机の上に置かれた片手に収まるほどの小さなパソコンの本体。そこから展開された空中ディスプレイの画面には、金の鎌と槌と金の縁取りを持つ赤い星が左上に描かれた赤い旗が映っていた。


 …昨日寝る前にノートパソコンの使い方を教えたが、早くも使いこなしている。交響曲第5番。どういう経緯であの曲にたどり着いたのかは気になるところであるが、それは置いて置き、ノリノリで菜箸を指揮棒の様に振り回す小春の後姿を眺めながら、着替えを取るためにクローゼットへと歩み寄る。


 目覚ましのアラームでも反応しなかった小春であったが、花子が動き出したのをきっかけに彼女の方へと振り返り、ヘッドフォンを外した。…音ではなく、動き。それを感じ取ったかのように。


 「あぁ、すみませんね。今外に出ます」


 少しばかし恥ずかしそうに言うと、小春はその手にあるヘッドフォンをパソコンの本体の隣へと置いて、空中ディスプレイの前に展開されたプロジェクターキーボードを操作してパソコンをシャットダウン。その次の瞬間に忽然と姿を消した。…ウィンゲルフ同様自分達人間とは違う魔法が使えるのだろうか? なんてことを思いながら、花子は取り出した着替えを持ってドレッサーの前へと行き、着替えを始める。


 淡い青色の何の変哲もないパジャマを脱ぎ、いつもの着慣れた学校の制服に。未だに見慣れぬ鏡の向こうに映る碧い瞳の自分を見据えつつ、濃紺色の髪と首元のリボンを整えて、ブレザーの中に着ているワイシャツの襟を正すと脱ぎ捨てたパジャマを綺麗に畳み、ドレッサーの上へ。そして部屋出入り口へと向かう。


 部屋から出、左手の方に見える階段を下る最中、玄関で革靴を履く城一郎の後姿が見えた。…久々に夕餉を囲めたと思えばまたこれだ。立場的に忙しいのは仕方がないのだが、少し頑張り過ぎなのでは。口には死んでも出す気はないが、己の父の背を心配した風に花子は一瞥したのち、階段を下り、その爪先を家の内側。広間の方へと向けつつ、口を開いた。


 「いってらっしゃい。気を付けてね」


 「おう、任せろ。お父さんは今日も頑張ってくるぞ」


 素っ気なく駆けられる花子の言葉。それに対して返ってくる城一郎の朗らかな返事。花子は玄関に背を向けたまま進んで行き、やがて玄関の扉の開閉音が聞こえて城一郎の気配はその場から消える。…次に会えるのは何時になるだろう。少しばかり沈んだ気持ちになりながら進んでいると、広間の方から話し声が聞こえてきた。


 「今回のレギュレーションは魔法禁止。本来の身体能力も封印、この世界の人たちの基準に合わせること。あと金品の持ち込みもダメ」


 「金はどうやって稼ぐ? 先生の話では我々の身分では労働は許可されないと聞いたが」

 

 「ふふ…プリケツ君…オルガさんには秘策がある。昨日色々調べたら動画投稿者と言う職業がこの世界にはあってだな…。環境さえそろっていれば出来るものがある。ギルドとか企業に雇われる必要もない」


 「…どんな世界に行っても毎回そうだが…新しいことをして成功した試しがあったか? 結局ダメで定食屋を始めるのが関の山だろう」


 「舐めるな。今回は情報量が段違い。昨日の調査ではペット関係の動画の再生数が凄かった。そこを攻める。フリフオルが紙とか葉っぱを食べるASMRとかやる予定だ。どうだね?」


 「勝手にしろとしか私は思わんが…撮影機器の事などは考えているか? 何事も始まりには資本が要るぞ」


 大広間から聞こえてくる話声はそこへと近付くにつれて鮮明に聞こえるようになる。内容は世間知らずの子供のようなことを言うオルガと、それに対して懐疑的な反応を示すベウセットとの話し合い。それを耳に挟みながら花子は広間へと入り、オルガの隣の席へと腰かけ、頬杖をついてオルガとベウセットの方へと視線を向けた。それによって2人の視線は花子の方へと向く。


 「やあ、ご主人。おはよう! いい朝だな!」


 「思いっきり曇ってるけど…アンタの基準ではそれが良い天気なのね。普通晴れている方が良い天気だと思うものだけど」


 「オルガさんは晴れている方が好きだぞ」


 「…」


 主張をコロコロ変えるオルガとそれに言葉を失う花子。いつもなら使用人たちによって朝食の準備がなされ、特に会話もなくそれを食べた後に学校へと向かう。その間会話をするとするなら己の執事である清史郎とぐらい。退屈なルーチンとも言える代わり映えのない朝。しかし、今日からは違う。何の実りのない会話の中で花子はそう感じ取った。


 「昨日もレギュレーションがどうとか言ってましたけど、どういう意味なんですか?」


 花子はオルガの向かいに座る、ベウセットの方へと視線を向けて問いかける。昨日召喚した時もベウセットが口にしたレギュレーションと言う言葉。それの意味が気になって。


 「単純に滞在先の世界に迷惑掛けないように自分たちの中にいろいろ決まり事を作っていると言うだけだ。どこかの馬鹿がとある世界で変遷魔法を用いて後先考えずに(きん)を量産し、金価格を暴落させて経済を大混乱に叩き落したことがあってな」


 ベウセットは何か言いたげな視線を顔を斜にやや傾け、流し目で己の目の前にいるオルガの方へと向ける。その口元に冷笑を浮かべて。それは過去オルガが何かやらかしたのであろうことを傍から見ている花子に容易に察させるものだった。そしてそれと同時にやっぱりヤバい使い魔なのではと認識を新たにする。己が召喚した使い魔たち。それに対して。


 「変化させた金を回収し、幻惑魔法で人心操って騒動前の状態に戻したのでセーフ。後始末はした」


 もう済んだ話だ。そうとでも言いたげにオルガはベウセットに返事を返す。負い目。それを一切感じた風なく、毅然とした態度で。反省すべき過去なのだろうが、そう言ったものは微塵も感じられない。ある種の清々しさを感じることの出来るほどのもので、それを見ていたベウセットは己の額に指先を当て、呆れた風なため息を一つ吐いた。…オルガに手を焼いているのだろう。そのベウセットの姿はそんな風に花子の瞳に映る。


 「仲良いんですね」


 「シンプルだが、なかなかいい皮肉だ。センスがある」


 そんなつもりで言ったわけではないと顔を引き攣らせる花子がベウセットとも少し慣れてきたところで、広間へと人が集まり始める。花子が小さい頃より知る、中年のメイドなどの使用人がテーブルの上に食事の乗った食器を並べ、清史郎に連れられて他の使い魔たちが広間へとやってきて。


 賑やかになり始める広間。長テーブルを囲み始める使い魔の面々。花子はそれを眺めて思う。彼らの力はどれ程のものなのだろうと。一見道化に見えるウィンゲルフは元勇者で魔王。弱いわけがない。その他についてはまるっきり未知数で、素性すらわからない状態だ。だが、先ほどのオルガとベウセットの話を聞く限り只者ではない。少なくとも経済と言う秩序に深刻なダメージを与える術を持っている。そういう意味では単純な破壊。力だけを持つ者よりも厄介な存在かもしれない。幸い彼女たちは自分たちを律するつもりであるようだが。


 悶々と考えている最中で花子は考えることを止める。少なくとも彼ら彼女らは自分の持つ力に驕り、好き勝手やるような俗物、小物ではない。きちんと自分たちの力を自覚出来ている者たちだとまだ関わって間もないが、そう思えたから。そうこうしているうちに準備は整えられ、いつもよりずっと賑やかな朝食が始まる。その輪の中で花子は今日一日の活力を付けるため、その手にナイフとフォークを取る。少しばかり可笑しそうに口元に笑みを作って。




 *

 



 チャイムの音。大昔から以前変わりないそれが、モダンなデザインの白い校舎の中に響き渡った時、その音色を耳にした者たちは昼休みの訪れを察する。授業を担当していた教師は教材を小脇に抱えて教室の外へと出て行き、生徒たちは準備が出来た者から仲の良い友人のもとへと移動を始める。その手に弁当の入った包みを持って。


 明るい教室に張られた窓の向こう側には、黒い雨雲とそれから降り注ぐ雨粒の薄暗い世界が広がっていて、雨粒は地面や窓を引切り無しに叩き、窓越しにもその涼やかな音を届かせる。そんな様子を花子は頬杖を付き、ぼんやりと眺めていた。だだっ広い学校の敷地内のどこかで、使い魔たちと摂ろうと思っていた昼食が台無しになった。そんなことを腹の中で呟きながら。


 「一緒にお弁当食べよ~、花子ぉ」


 しばらくぼんやりしていると、自分の前の席。そこへ見慣れた悪友がやってきた。良く見慣れたウェーブの掛かったブロンドベージュの髪の少女が。締まりのない声と共に。


 そしてその次の瞬間、人が疎らになった教室の出入り口。そこから2人の人影が現れ、それは中へと入ってきた。横並びに、高慢ちきな雰囲気と共に。真っ先に花子の視線はそちらの方へと向き、彼女の前の雫はお構いなしに弁当を広げる。


 「あらあら、猫屋敷さん、愛原さん。今日も成り上がった平民同士仲良くお昼ご飯?」


 「えぇ。これからね。それで、その平民の家と同じような仕事をしている貴族のご令嬢さんは何の用かしら?」


 「わたくしの使い魔を紹介して差し上げようと思いまして。というより…私の家の家業は精密機械やロボット…貴女のところとは違いましてよ?」


 「あらそう。どうでもいいわ。それで…さぞかし立派なのが召喚できたんでしょうね。それについては気になるわ。つまらなくて途中で寝て見逃した映画の続き程度には」


 花子が見上げる先、そこにはスレンダーな体系の、桜色の瞳と切れ長の目、前髪をポンパドールにし、頭頂部に白黒のヘアバンドを付けた、グレーの髪のストレートロング。冷たく清楚な雰囲気の少女が居た。突っ掛かってきたは良いが、花子の返しが結構心に刺さったようで、口角を微かに歪めながらも虚勢を張って。その後ろには橙色のところどころ毛先の跳ねた中性的なショートヘアの少女が1人。吊り上がった鋭い目つき。その中のキャロットオレンジの瞳で己の連れである、その灰色の髪の少女と花子のマウントの取り合いを眺めている。その顔には己の連れへに対しての呆れの色があった。

 

 「はいはぁ~い、しつもーん。ぽんちゃんって花子の事好きなん? 絡み方が気になる子にちょっかい掛ける子のそれなんですけどぉ」


 「バカね。アンタも煽られてんのよ。少しは気骨を見せなさいよ。一緒にこのマウンティング女を撃退するの」


 花子を何かとライバル視し、マウントを取りたがる少女。灰咲桜子(はいさきさくらこ)の襲来。それは花子や雫にとっていつも通りの日常の一幕。桜子から掛けられる暴言や蔑みの言葉などそよ風の様なもので、ダメージになりえない。少なくとも今桜子に問いかける雫には。だが、花子はそんな彼女と対桜子共同戦線を張るべく激を飛ばす。しかし、それは実る様子はない。雫は先端の丸っこいフォークで小さなハンバーグを突くだけだ。


 「どうして愛原さんはそう思ったのかしら。好きな訳ないでしょう? ただわたくしは猫屋敷さんがどうしても気に入らないだけですわ」


 「面倒臭い女ね。本当に。しょうがないから構ってあげるわ。で、使い魔は? 見てあげるからさっさと呼びなさいよ」


 「…そうですわね。見せてあげますわ。その目に焼き付けなさい…我が偉業の光を!」


 雫相手では分が悪い花子相手でも口論では押され気味な桜子。常に主導権を取り続ける花子に気圧されていたが、急にこの上なく自信満々な笑みを浮かべ、指を鳴らした。…仲良くしたいなら素直に言えば良いものを。花子達と話す桜子の姿を傍で黙って眺めていた橙色の髪の少女。橙木蜜柑(とうのきみかん)は腹の中で呟いて、雫の隣にある空いている席へと腰かける。


 …身長170センチ半ばほど。全体的に長く締まった体つき、布の軽装鎧の糸目、黒髪の男。メガネをかけ、なんだか優しそうな顔をしたミディアムヘアの身長170センチ半ばほどの育ちの良さそうな赤髪の男。頭右側面を刈り上げたソフトモヒカン。身長顎先に髭を生やした身長180センチほどの暗い緑髪で傭兵風の身なりの男。そして最後にライムグリーンの髪色の毛先が丸く跳ねたミディアムロングの身長160センチ半ばほどの大人びた美少女。身に付けているのは大凡戦いには向いていなさそうな、露出多めの意匠の凝った彫金が施されたそれは美しい金属の軽装鎧で、それを身に付ける彼女は身分の高い存在なのだろう見る者に解らせるほどのものだ。


 男3人、女1人の組み合わせのそれらが花子の目の前に眩い光と現れた。それを見せた時の桜子はその細い腰に両手を当て、胸をこれでもかと言った風に張って自慢げ、鼻高々と言った様子だった。しかし、彼女の背後にいるその4人組はなんだかとても疲れたような感じだ。


 「群棲召喚が成せたのは猫屋敷さん…貴女だけではなくってよ?」


 「5人と1匹だから私の勝ちね」


 最近見た中で一番と言えるほど自信満々な様子の桜子。だが、自分にライバル心を一方的に抱く彼女の心をへし折るべく、花子は無慈悲な返答を返す。それはさらっと。まさに塩対応と言った風に。あっさりと。だが二例目の群棲召喚に内心は驚きつつ。そうしながら心の中で花子は命令を送る。己の使い魔を呼び出すべく。


 自信満々な様子から悔しさにその歯を噛みしめ始めた桜子。その前にいる花子の傍。突如現れた黒い水たまりから黒い人影が現れる。花子の使い魔。ウィンゲルフが。しかし、残り4人と1匹は出てこない。ウィンゲルフだけだ。そして彼は呼び出された理由が分かっていないようで、それは間抜けなポカンとした顔をしていたが、桜子。その彼女の方へと視線をやった時、その目を見開いた。


 「あっ、お前らッ! なんでこんなところにッ!」


 ウィンゲルフはその指を桜子の背後。そこに立つ4人へと向かって指した。その瞬間、疲れ果てていた4人の顔がウィンゲルフの方へと向き、酷く驚いたような顔をした後、身構えた。まるで敵を目の前にしたかのように。今から殺し合いでもするような雰囲気で。各々腰にある得物を抜いて。


 「まったく…神々も粋なお計らいをしてくださるよ」


 「フハハッ、前回は盛大に袋叩きにされたが…今度はそうはいかんぞ」


 ソフトモヒカンの傭兵風の男が呟き、ウィンゲルフは好戦的な笑みをその口元に浮かべ、ふんぞり返る。…これは止めた方が良いだろうか。花子は迷い、桜子の顔を見上げる。だが、彼女は事の重大さを理解していないようで他の使い魔はどこなのだとでも言いたげに胸を張るだけ。…ウィンゲルフの過去、そして今居る4人の過去。それらを知らないのであれば無理もないのだが、この非常時にも自分と張り合うことしか考えていない風な桜子に花子は若干苛つく。


 「――先手必勝! 時よ止まれいッ!」


 刹那、ウィンゲルフが声を上げる。それを皮切りに時間の流れが急にゆっくりになったかと思えばだんだんと急速に遅くなっていく。彼と対峙する4人はすぐさま反応し、行動を起こすが意味を見いだせるほどのスピードすら出ない。そして間も無く全てが、意識すら止まろうとしたとき…急に時間の流れが元に戻った。頬を叩くような割と痛そうな音と共に。


 「いったい!」


 突如響くウィンゲルフの悲痛な叫びと倒れる音。いつの間にか花子の視界の中には190センチを超える背丈の女が1人。その彼女の見下ろす先には頬をビンタされて地べたに這い蹲るウィンゲルフの姿がある。両足を揃えて片手を頬に当てるそれは、なんだかオカマっぽいポーズで、眉尻を下げ、潤んだ両目で己の前に立つ女、オルガを見上げていた。何が起きたかわからない、困惑した表情で。


 「ズルすんな!」


 なんだかオルガは少し怒った様子でウィンゲルフに言いつけ、その後でウィンゲルフに対して敵対的な姿勢を見せていた4人の方へと振り返った。


 「なんだか知らんがこの世界でもめ事は困るぞ。戦い以外の方法で雌雄を決めたまえ。オセロとか。この世界には沢山の美食…珍味…それらがオルガさんを待っている。故に許さん。破壊をもたらす行為は。ゲルにも言ってるんだからな!」


 世界に固執するオルガは、ポカンとする4人からウィンゲルフの方へと顔を向けて説教する。あくまで自分の都合ばかりを見た風な口ぶりではあるが、結構真っ当な事を言っているように思えた。そしてその雰囲気は説教臭くてウザがられる教師。それを彷彿とさせてくれるものだった。


 オルガは片膝を突いて屈み、目線をウィンゲルフへと近付ける。まるで大人が子供を叱る時の様な雰囲気で。その瑠璃色の左目でウィンゲルフの目を見て。


 「ゲル。なんでオルガさんが怒ってるか解るか? ん?」


 「ゲルって俺の事なのか…」


 ウィンゲルフは今の状況、強いて言えばオルガの態度に困惑を隠せない様子。だが、オルガはお構いなしだ。


 「解るのか?」


 「周囲を巻き込むような戦いをしようとしたから…」


 「50点。あと一つあるだろ?」


 「時間止めようとしたから…?」


 あまりにも大人しく、いつの間にか正座になっている従順なウィンゲルフ。それを見、主導権を握るオルガ。その2人の様子を桜子の後ろにいる4人は変な物でも見るような目で眺め、花子と桜子は妙なことになったこの状況に眉間に皺を寄せる。雫と蜜柑はマイペースに食事を摂ってその様子を傍観するだけ。そんな微妙な空気などオルガは気にしない。ただ、ウィンゲルフに語り掛けんと口を開く。


 「そぉだ。対応できない相手に対してそれやったら絶対勝てちゃうだろ? 戦いにならない。ズルいよな?」


 「まてい。戦いに置いて対策の取れない攻撃方法は最高の攻撃ではないか。それに相手は4人だぞ。少しぐらい多めに見てくれていいだろう」


 「歴史の紐を解いてごらん。どんな戦いにもルールはあった。そうだろう? 今ゲルがやろうとしたことはそれを破ろうとした。つまり殴り合いの喧嘩で武器を使おうとしたのと同じようなことだ。無粋だとは思わんかね?」


 「そういうものなのか? う~む…言われてみればそんな気もするな。前回奴らと戦った時は時間停止なしで1人で善戦できていたし…」


 ウィンゲルフは困惑した様子でオルガの言葉に受け答えている。次々と掛けられる問いかけに。彼はなんだかその場の雰囲気に流されてしまいそうになってはいるが、オルガの言っている理屈はめちゃくちゃだ。勝敗を重視しないロマンチストの理屈。結果ではなく過程に拘るもの。美辞麗句。まさに綺麗事。スポーツなどで主張するのであれば立派なものではあるが、命を賭した戦いでは到底受け入れられない。少なくとも花子にはそう思えるものだ。


 「よし。ゲル、今日は帰れ。あとはオルガさんが何とかするから」


 「構わんが…奴らは結構強いぞ。1人では無謀だ」


 「オルガさんは戦うつもりはない。さあ行くのだ…そして小春ちゃんに今日のおやつはたまごボーロが良いと伝えてくれ。頼んだぞ…」


 「たまごボーロ…まあ…良く解らんが解った。伝えておこう」


 何か腑に落ちない様子で、しかし流されるようにしてウィンゲルフはオルガの言うことを聞き、足元に浮かぶ黒い水たまりの中へと引っ込んで姿を消した。そして取り残される4人組。そちらの方へとオルガが再度振り返る。その大きな体格もあってかなりの威圧感だ。だが、オルガに戦いの意思はなさそうに見える。


 無言で歩み寄る身体の大きな女。それに4人は身構える。酷く疲れた様子ではあるが、胎の座った様子で。少したりとも恐れた様子もなく。まさに戦士。それの輝かしい精神が見受けられるものだ。そして彼らの間合いの中にオルガは不用心と思える隙だらけの様で踏み入れると、4人の面々の顔を眺めながら両手を開いた。


 「オルガさんは何故お前たちが争うのかは知らん。だが、このままではこの平和な日常に疑問符を残したままだ。故に討論会を開きたいと思っている。ゲルにはゲルの。お前たちにはお前たちの。その言い分。主張を聞かせてほしい」


 「おいおい、俺たちがアンタの言うこと聞く義理あるのかい?」


 「逆らうならそこの可愛い子の尻を一本締めのリズムで叩くだけ…オルガさんは本当はそんなことはしたくないが…逆らったお前たちがオルガさんにそうさせてしまう。オルガさんはしたくはないのだが…」


 「おい、この女ヤバいぞ。リチア、下がってろ」


 オルガと糸目の男の会話。ウィンゲルフが居なくなったあたりでは纏まりそうな雰囲気であったが、その2人が会話を始めたところで怪しい雰囲気が立ち込めだす。花子と桜子はお互いの顔を見合わせた後、お互い考えていることが同じであると察し、自分の使い魔へと向けて右手を開いた。…2人がその時に考えることは一つ。このまま収集が付かなければ、お昼ご飯を食べる時間が無くなってしまうという純然たる事実。強引でもいいからこの騒ぎの決着をつける。確固たる意志を持ち、2人は使い魔たちの強制転移を実行せんと心の中で命令を練り上げ…間も無く解き放った。


 「うおっ…!」


 「これはっ…!」


 「ッ…!」


 「うっ…!」


 次の瞬間、まばゆい光と共に桜子の使い魔が光と共に消え去る。傭兵風の男、糸目、リチアと呼ばれた美少女、そしてメガネを掛けた育ちの良さそうな男がそれぞれ声を上げて。その後で場に残るのはオルガただ一人。まるで花子の命令などなかったかのような平然とした様子で彼女は振り返った。


 「困ったことがあったらオルガさんを呼んでくれ…じゃあな!」


 親指を立て、オルガはニッと歯を見せ爽やかな笑みを見せると何事もなかったかのように歩き、教室の出入り口へと向かっていく。まだ出会って2日も経ってはいないがオルガを危険視し始めた花子には、アレを野放しにしておくのは躊躇われた。しかし、もう今は口を挟む気力すら湧かない。後髪引かれる思いをその胸にしながら花子は弁当の包みを解き、その箱に張られた時間凍結の紋章術が描かれた藁色の紙を剥がす。残り少ない時間で食事を摂るべく。


 「噂で聞いていましたけど…アレが魔法陣の制御を破って現れた使い魔…」


 悠々とした歩みでオルガは去る。その後姿をその桜色の瞳に映しながら、桜子は呟いた。花子はそれはもう苦々しい顔をし、視線を桜子から背けながら弁当の蓋を開ける。時間凍結が解除され、出来立ての物と一切変わらぬ美味しそうなお昼ご飯。それに気すら行かない様子で。


 「…まぁ、悪い奴じゃないわよ。召喚者権限がアレの前だと何の役にも立たないだけで。私の言うことは聞くんだから」


 「…致命的ではなくって? そんな前例わたしくの知る限りではありませんわ」


 「と言うかアンタ群棲召喚したのよね? 魔法陣のルーン壊れたりした?」


 「いえ…そのようなことは一切…」


 言葉が、会話が詰まる。その小さな沈黙の後、花子は顔を上げて桜子の顔を見上げた。


 「…とりあえずアンタはアンタの使い魔にウィンゲルフと何があったか聞いて置くこと。召喚者として協力し、この面倒臭いしがらみをどうにかするの」


 「えぇ…解りましたわ」


 先ほどまで騒がしかった教室の中にて花子、それと仲良くしたいが素直になれない桜子。双方の間で自然と出来上がる共同戦線。徹頭徹尾事態を傍観していた桜子の連れ、蜜柑は内心良かったではないかと桜子の横顔を見て静かに微笑み、雫は花子を見てまるで見世物でも見るかのようなテンションで手を叩き音を鳴らす。その直後に彼女の額を襲う花子の中指。使い魔が来たことによってより賑やかになる昼休みのそんな一幕。頭痛の種は出来たが、楽しくなりそうな雰囲気を各々に感じさせ、時間は流れゆく。少しばかり刺激的な予感を感じさせて。

仲良くなりたいが素直になれない。意地悪をしてしまう。そういう人って結構いると思うの。友達になれたならそういう奴はとても信用できるのだけれどな!(当社比)

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