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オルガのグルメin異世界  作者: TOYBOX_MARAUDER
15/15

異世界人の海底都市美食観光

動きのないシーンを書くというのはとっても大変なことだ。本当にそう思うよ。


 燦々と照り付ける陽射し。青く、しかし透明に限りなく透き通った海。コンクリートの桟橋と、ところどころ錆が窺える小型な船が疎らに見える。

 潮風の流れる方には、長閑で寂れた船着き場の一風景が別世界に思える摩天楼の背景を、葛の蔓などが茂る放置された空き地や、錆びたトタン板の小屋、誰か住んでいるのか怪しい管理の行き届いていない家屋。寂れたそれらの姿が縁取る。


 そんな景色が流れる窓の外を、灰色のカーゴパンツと黒いハイネックなジャケット、内に白いインナーの姿。全てが猫屋敷製作所の物であろう服装で、ベウセットは眺めていた。レールの上を行き、一定のリズムで微かに音を立てる、人がそこそこいる電車の中、列車の出入り口の横で腕を組みながら。

 対面にはベージュのハイネックジャケット。ネイビーのインナー。下に黒いカーゴパンツ姿を着こんだ、己の右手にあるスマートフォンに視線を落とすオルガの姿がある。


 「んー、街中と大して変わんない感じがする。小春ちゃんの見立ては正しかったのやもしれん」

 

 スマートフォンを弄り、今自分達が、この電車が向かわんとする先の景色を見ていたオルガが唐突に呟く。部分的に陽の光に当たり、より煌めいて見える白銀の髪。それに塞がれていない瑠璃色の左目にスマートフォンの画面を映しながら。


 「今から先生を追ったらどうだ? 私は美食より海底都市の方に興味がある」


 視線をそのままにベウセットは応答し、オルガはポケットにスマートフォンを突っ込んで、ベウセットと同じように腕を組み、窓の外へと視線を投げる。

 前者の黒い瞳に映る景色は、まるで水上を電車が走っているのではと錯覚するような景色になっていて、下方にコンクリートの壁の灰色を。上方に青い空と海の景色を映し、進むごとに前者が上へと後者を押し上げ、空と海の青は段々と駆逐されていく。


 「オルガさんは海中の美食調査員として。小春ちゃんは陸上の美食調査員として各々任に着いたのだ。多重調査なんぞ許されるものか」


 「お前と先生は本当に食う事しか考えていないな。まあ私もその心境が良く理解できているつもりではあるが」


 「ほう、君もとうとうその極地に来たか。やることが無くなってしまった超越者の行き着く先に」


 斜面を走るレールの上を電車が走り、窓から見える景色はコンクリートの壁一色に。トンネルに入ったのだろう。まもなくふっと窓の外は暗くなる。


 「……君も長生きだものな」


 「おかげさまで暇つぶしを探す日々だ」


 けれど外が暗かったのは一瞬だった。

 口角を上げ、何処か皮肉っぽく笑うべくセットの言葉が着れた時、様々な魚、サンゴが向こう側にある、巨大なガラスのトンネルに電車は差し掛かって、窓の向こうは賑やかな物となった。


 「おぉ~、すっごい」


 「魔法に寄るものか、化学によるものか。興味深いな」


 様変わりした窓の外、広がる陽の光指す青い世界。揺らぎ煌めくその青は、初めて見た者であればきっと感動する物であろう。

 ただ、それを目の当たりにした二人の反応はあっさりとしたもの。感動とまでは行かないもので、何処か既視感を感じさせるもので、見ている傍から段々と暗くなっていく。

 深海。それはより深く潜れば、それだけ陽の光を遮る世界だ。


 『次は、母島海底都市ゲートウェイ、母島海底都市ゲートウェイ。お出口は、右側です。The next station is Hahajima underwater city gateway――』


 ふと、その時、車内のアナウンスが入り、二人が向かい合って挟むドア。その上部に取り付けられた電光掲示板に文字が流れる。

 手すりを背もたれにしていた二人は、それを耳に背を離し、ドアの方へと向き直って――電車は停車。開かれた扉の向こう。魚などが窺える高いガラス張りの半球天井、ライトアップされた白い壁、タイル床とで構成されたプラットホームへと進み出す。


 「プリケツ君、お昼ご飯を食べたいと思うがどうだろう?」


 「異論はない。道すがら決めるとしよう」


 黒いコンバットブーツで床を踏み、電車行き交うプラットホームから、他のプラットフォームを繋ぐ商業施設内へ。

 書店や軽食を売る売店、お土産的な物を売る店……喫茶店、レストランまで、様々な店が複数並ぶその場は、人の往来のある駅には良く見られるもの。

 ガラス張りの高い天井の向こう側に、深海を照らす明かりに引かれた魚たちが見える事以外、ありがちなものであったが――早くもオルガ。彼女は喫茶店や甘味処。明らかにチェーン店であろうレストランまでもを吟味するような目で見ていた。


 「先に釘を刺しておく。この日本の最南端、海底都市までやってきた末にチェーン店を選択するなんて真似はしてくれるなよ」


 「ご当地毎の特色。固有メニューがあるのであれば、それはそこでしか味わえないもの。軽んじ、捨て置いて良いものだろうか?」


 ベウセットの懸念の声に、オルガはその懸念を肯定するかのような返事を返す。

 確かにオルガが言う通り、この地でしか味わえないものだろう。けれどそれは地元工場で作られた大量生産品の一つ。有難味も何もありはしない。

 そんな人情。誰もが思うような気持ちになったベウセットは隣を行くオルガを流し目で見る。


 「今晩にでも感想を聞かせてくれ。私はそれを肴に一杯やることにする」


 「君は嘲笑的な愉悦を肴に酒を飲むのが本当に好きだな。そんなこと言われると意地でも他のにしたくなるじゃないか」


 「つまらんな。一つ損した気分だ」


 別れの合図としてのベウセットの身振りも、反対されるであろうオルガの世迷いごとも、互いが本気にはしていない冗談の応報。

 確かに後者の視線はお土産屋など、目に付く食品関係の店に行ったり来たりしては居るものの、今視線を前へと向けた前者との歩調は乱れないし、進みゆく方向も同じだ。


 やがて二人は駅、その中にあった商業施設と海底都市とを結ぶ改札口へと差し掛かり、そこを抜ける。

 その間、二人の持っていたスマートフォンと改札が小さな音を立てるが、事前に改札がどういう物か勉強する手立ても時間もあった故に双方とも大して気にはしない。


 「ふむ。こういう感じか」


 「透明度が高いせいかね、案外陽の光が届く物ですな。つか馬とか使ってんだな。……水素ステーション高いって言ってたし、設備投資が間に合う迄の繋ぎの名残かね?」


 天井がガラス張りになった駅の構内。そう形容出来る場を抜けた先に広がるは、なだらかな斜面に面し、下り広がる街路樹窺える街の姿。雑居ビル並ぶその中を、歩く人、使役されるいかにもロボットと言った見た目のアンドロイドや自転車、糞尿バックを装着して荷車を引く馬、路面電車に――ごく少数だが、車が走る。

 頭上には、陽の光の影響を受ける高さを最上部としたガラス張りの天井。駅と接続する天井端の対面は霞んで見えないほどで、この海底都市の広さを物語っていて、アスファルトの地面には頭上を行く肴や海生哺乳類質の影が躍っている。

 電車での途中に見ることのできた寂れた港町や無人駅。良く言えば長閑なそれらとは根本から違う、栄えに栄え、享楽的な輝きで深海を彩るその場所は、正に別世界であった。


 「プリケツ君、知ってるかい? 海底都市建造計画と建造は第三次世界大戦を見越してのものだったらしいぞ。ミサイルも空爆も効かないし、水は放射線を通さないから……核戦争になっても安全! みたいな感じで」


 「怪しい陰謀論が飛び交うサイトを見るのは楽しいか? 海底採掘の技術と採掘跡の副産物で作られたのが海底都市で、セールスポイントは地震や津波の影響を受けないと言うものだ。お前の言っているそれは、結果を見た後のこじ付けに過ぎない」


 「失敬な! 人を頭のおかしい奴みたいな言い方をして……君の主張が絶対的に正しいというソースはあるのかね!?」


 「情報の真偽はともかくとして、頭がおかしいというのは間違いではないだろう」


 この世界の文明。電脳世界の図書館……スマートフォン。

 己の主人と連絡を取れるよう与えられたそれを余すことなく使いこなすことが出来ている異世界人二人、情報の海で漁った知識を披露しあいつつ、駅の出入り口を天辺とした、まっすぐ伸びる石畳の大通りを下っていく。

 オルガはベウセットの方に顔を向けて抗議しながら、ベウセットは真直ぐ前を見据えたままに。人行き交う街中を。

 ただ、前者の意識がベウセットの方に集中していたのはほんの一瞬。彼女の視線の端、道行く人々の向こう、道端にある、リヤカーを改造して作られたアイスクリーム屋のキッチンカーが目に付くまでだ。


 「――見つけてしまったな」


 ベウセットに何か言わんとし、開きかけた口を閉じた後、顔をキッチンカーへと向けたオルガは何か成し遂げたような、決定的な発見をしたかのように目を細め、呟いて、ベウセットの顔をその視線の先に向けさせる。


 「これから昼食を摂ろうというタイミングでアイスクリームを食うつもりか」


 「いいではないか。どうだね? 君も」


 ベウセットの目を見、キッチンカーへと親指を立てるオルガであったが、ふうっとベウセットは息を付き、視線を外へと投げる。明らかに乗り気ではない。


 「私は遠慮しよう」


 「そっかぁ。まあいいや。買ってくるからちょっと待っていてくれ」


 連れがどう思おうが、オルガの中では次なる行動は決まっていたようで、彼女は進行方向をキッチンカーの方へ。

 もう一方のベウセットも連れの買い物が終わるのを待つべく、大通りの端へと進行方向を取った。


 「やあ少年。お勧めの奴を三段重ねでくれたまえ」


 「うっ、うっす。650円になります~」


 取り出したカーキ色の、これまた猫屋敷製作所製二つ折りミリタリーウォレット。それから貨幣を幾らか取り出したオルガは、キッチンカーから突き出た申し訳程度のテーブルの上にあるカルトンの上に代金を置き、キッチンカーの向こう側でコーンの上に丸いアイスを乗せていく青年の方へと目をやる。

 間も無くバニラ、チョコミント、ブルーハワイで構成されたコーンがオルガの方へと差し向けられ、彼女はそれを受け取って、少し離れた位置にいたベウセットの方へと歩み寄る。


 「……酷い組み合わせだな」


 「職業人お勧めのチョイスに首を傾げるか。君は」


 「あの手際を見ていなかった訳ではあるまいよ。あれを適当、手当たり次第と言うんだ」


 「ほう。しかし一口食べて同じことが言えるかね?」


 「いらん」


 二人の距離が縮まり切る前に進み出すベウセット。オルガとの距離がギリギリ人一人入っていける程度の時、オルガはアイスクリームを持った手をベウセットに差し向けかけるが――


 「……ッ」


 「あーッ! オルガさんのアイスがァッ!」


 そこそこの人混み。急げば人とぶつかる危険性がある密度のそれの中、アイスを持ったオルガの手は後方からやってきた何者かと接触。三段積みのアイスが崩れ、内二つが床に落ちたところで――各々の足は止まった。

 落ちたアイスを悲痛な表情で見据えるオルガの隣にて、振り返るベウセット。

 彼女の視線の先にいるのは――明らかにこの世界のファッションではないであろう、頭に端が黄色く地が黒いベールの花の髪飾り、赤と灰色を基調とした胸元が大きく開く、前後で長さが異なる着丈の長い上着に、アイスクリームの白が目立つ黒のインナー、黒のズボン、ブーツ。チョコレート色の肌、艶めくクリーム色のセミロングに同色の瞳。なんだかおっとりした目つき、何とも女性的な身体つきの、ベウセットより少しだけ背丈の低い女性が立っていた。

 ……その胸元に、溶け行くバニラアイスを落とし――何とも優しげだが、油断ならない笑みを口元に、下目遣いでオルガを見据えながら。そしてその目は笑ってはいない。今から視線の先に居るものを殺す様な冷たいものだ。


 「ごめんよ。大丈夫かい?」


 「うふふっ……これぐらい大丈夫よ」


 謝るオルガが差し出す豚柄のファンシーなハンカチ謎には目もくれず、バニラアイスを払い落し、柔らかな声色で述べるクリーム色の髪の美女。

 二人のやり取りを見るベウセットは後者の方へと身体を向けた。


 「まだ言うことがあるな。その頭蓋骨に埋まっているのがガラス玉であったなら話は別だが」


 連れへの傲慢とも思える対応、舐めた態度への怒りか、はたまた別の何かか。何処か相手の出方を窺うような、値踏みをするような目つき、微笑を口元にベウセットは胸の下に組んだ腕。その内の右腕の肘を立てるとその形の良い顎に手をやる。豚柄のハンカチをポケットに押し込むオルガの隣で。

 言葉となるは連れへの謝罪要求。それは腹の内でオルガを一切許していないであろうクリーム色の髪の美女の黄色い瞳と、ベウセットの黒い瞳。おっとりしたそれと、切れ長なそれとが互いの姿を映し出させる。


 「――そうね。ごめんなさい。今度からよく前を見て歩くようにするわ」


 「お利口だ。それでいい」


 「プリケツ君さぁ、そうやって喧嘩を売るのは良くないぞ。実はアイス食べたかった?」


 表情こそ穏やかだが、目は決して笑っていないクリーム色の髪の美女と、意趣返しとばかりに上から目線で謝った事を評価するベウセットに――それを咎めるオルガ。

 クリーム色の髪の美女から溢れ出る殺気、凍り付く様な雰囲気は視覚ではない感覚として、道行く人々にこの渦中の三人を避けて通らせる中、ベウセットと視線を交差させていた彼女はフッと笑って瞳を伏せた。


 「ねえ、貴女の事気に入っちゃった。私、スキューテレータ。お名前聞かせて貰える?」


 「ベウセット。まあ今後お前と会うような事もあるまい。急いでいたようだが、今度は前をよく見て歩けよ」


 クリーム色の髪の美女、スキューテレータは伏せた瞳を再度ベウセットへ。口角の両端を上げ、己の肩を抱きしめるようにして両手を回す。


 「ベウセット、ベウセット。あぁ……素敵な名前」


 力があって、それに絶対的な自信がある故の驕り。言うなればそういう色だろうか。一切笑わぬ黄色い瞳にベウセットを映してスキューテレータは言うと腕を解き、歩き出してオルガとベウセットの間へと進み、その真横に来たとき、後者の肩に手を置いて、耳元に艶めく唇を寄せた。


 「でも、貴女の言う通りにはならないかもしれない。運命は素敵で不思議なものだもの。うふふっ……」


 「その運命とやらが、お前にとって良いものであることを願わんばかりだ」


 至近距離で為される睨み合いの後、スキューテレータの手はベウセットの肩から離れ、再び歩き出し――小魚の群れの影が散り行く影の下、その背中は人混みに紛れて見えなくなった。微かに魔法由来と思われる、微かな黒い煌めきと共に。


 「見たか? オルガ。あの余裕ぶった向こうっ気がたまらんな」


 「運命の落とし穴を掘った張本人が、そこを通る様に仕向けておきながら注意を促す。最高に楽しいだろうな。君の感性的に」


 スキューテレータ。彼女の腹の内、言葉に混ぜていた意味。

 それを読み、今後何が起きていくのか理解したのは、今歩き出したベウセットもアイスの乗っていないコーンを齧るオルガも同じであったが、ふと出た前者の呟きは、後者が考えていたとある想定を肯定、自然と呟かせた。


 「善くあらんとし、驕らず、理性に従うなら運命の落とし穴を迂回できるさ」


 「食いしん坊な子犬の鼻先に毒入りの肉ぶら下げておいて、今から起こることは子犬の自由意志に寄るもので、肉をぶら下げた奴に罪はないと言う論理は余りにも理不尽ではないだろうか」


 「止めるか?」


 「彼女の言う素敵な運命が形になるなら、彼女はオイタの過ぎるワンちゃんだ。しっぺ返し喰らう運びとなってもどうしようとも思わんよ」


 再度目に見える範囲にある店に目を向け始めたオルガとの会話。ベウセットはそれを何処か意地悪気な笑みを口元に楽しんだ風であったが、オルガの最後の言葉にほんの一瞬、ムッとしたような、つまらなさそうな顔をし、鼻から息を吐き出した。

 今流し目で話し相手の方へと目を向けた彼女の横目に映るのは、街路樹の向こうに見える大通りと、それを挟んだ向こう側にある水素ステーションやその付近に止まる少数の小さなトラックとが形作る景色を背景に、良さそうな店を探す事に集中するオルガの姿だ。自分との会話も片手間。ただの世間話程度に応答している風な。


 「……むっ……プリケツ君、あれは……」


 そんなベウセットの機微な変化なぞつゆ知らず、アイスのコーンを食べながらあっちこっちへと向いていたオルガの顔が進行方向上、大通りを挟まぬ所にて止まった。

 興味を引く店を見つけたのだろうと察せる反応に、ベウセットがその方へと視線を向けてみれば、雑居ビルの一階。何やら亀の置物が無数に並び、暖簾の掛かった出入り口の引き戸の上に"亀屋"と描かれた木製の看板が掛かっている定食屋らしきものが目に付く。


 「亀料理か。まあまあユニークだな。不満はないぞ。付き合ってやってもいい」


 「よーし、なら決定だ! ついてこい、プリケツ君!」


 白いライトで照らされた海底都市の中、微かに見える水影と海を行き交う様々な影に彩られるその場所で、ベウセットの同意の言葉によって二人の昼食が決まる。

 オルガはアイスのコーンの最後の欠片を口の中に放り込み、意気揚々と歩き出し――その後をベウセットが続き、二つの影はのれんの向こう、亀屋の店内へと消えた。

 

 海底を白い光で照らす母島海底都市。

 人類の叡知が居住可能にした海の底での細やかな出会いは、今はただ擦れ違う。互いが互いの再開を予感しながらも。




 ◆◇◆◇◆◇




 座布団とちゃぶ台でなる座敷席。テーブルと和風な椅子とでなる普通席。そして幾つかの椅子が置かれたカウンター席。ランプシェードに包まれた光源でやや橙色に、ほどほどに薄暗い小ぢんまりとした空間。

 人はそこそこ。だが、満席ではない、日本らしさ全開の飾らぬ佇まいの中の普通席。そこに……異世界からやってきた二人組がテーブルを挟んで向かい合う形で座り、使い込まれたメニュー表に視線を落としていた。手元に各々スマートフォンを置いて。


 「アオウミガメ……絶滅危惧種……ハッ、密猟……!?」


 メニューを持ったまま、対の手でスマートフォンを弄っていたオルガは、知的好奇心から今から食べる動物について調べていたが、それについての記述にて衝撃的な一文を発見、恐れ戦いた風に呟いた。

 その対面に居るベウセットは呆れたように、半目になりながら水を飲み、対面に居るオルガを見据えて居たが、涼やかな氷の音と共にコップを下す。


 「早とちるな。言葉を慎め。年間200頭までの捕獲なら合法と書いてあるだろう」


 オルガと同じくスマートフォンでアオウミガメについて調べていたベウセットは指摘。オルガを安心させ、滅多なことを口走らぬようさせたところで、メニューを置いてスマートフォンをポケットに押し込む。


 「なんだ。そっか。でも凄いな。人間の食欲と言う物は。絶滅危惧種を守ろうと言いながらも少しだけ食べちゃうんだから」


 「動物を苦しませるのはダメだと言いながら、美味いのであればアヒルの口に無理矢理餌を押し込み、病気にさせるのだって厭わんのが人間だ。都合がいい方へ転ぶのさ。あれこれ理屈を捏ねて」


 「欲とは恐ろしいものですな」


 「まぁ、我々も石を投げられる立場じゃないな。命を紡ぐためじゃなく、ただ娯楽のために食事をするのだから余計に質が悪い」


 二人の話がヒロ段落着いた時、カウンターテーブルの向こうにて忙しくしていた割烹着姿の壮年の女性が二つのお盆を手に、オルガたちのテーブルへとやってきた。

 それによりオルガはメニューをメニュー縦に。スマートフォンをしまうとオルガとベウセットの前に、頼んでいたメニューが置かれる。前者の前には亀の寿司、刺身など生ものメインの。後者の前には亀の煮込み料理や汁物など、火を通した物がメインの料理たちが。


 「いただきまっす」


 オルガは手を合わせてから箸を取り、ベウセットは少しの間黙とうしてから箸を取る。

 両者とも箸と言う物を使い慣れた様子でオルガは刺身を。ベウセットは煮込み料理に箸をつけた。


 「……馬肉っぽい。なんかすんごい淡白」


 「独特な臭みがある。……油だな。私は苦手かもしれん」


 各々今手を付け、口に運んだ物。その味の感想を述べ――ベウセットの視線がオルガの前のお盆に乗る、刺身の乗った皿へと向いた。


 「ほう。おねだりかね? この卑しんぼめ。しょうがないなァ。ほら、お食べよ」


 そんな視線に直ぐ気が付いたオルガは、己の箸で刺身を一枚取ると、それを醤油に潜らせた後にベウセットの方へと差し向け、ベウセットは何か言わんとするような沈黙、様子を見せたが、結局何も言うことなくオルガの差し向けた刺身を口に含んだ。

 流れる沈黙。オルガはベウセットの反応を伺い、ベウセットはオルガを見据えながら口を動かし、肉を租借。飲み込み――


 「……一つ提案がある。お前のと私の。トレードするというのはどうだろう」


 唐突に取り引きを申し出た。

 対するオルガは寿司一貫を箸で取る。


 「手数料としてお寿司一貫は貰っていく。嫌とは言うまいな」


 「取り引きは成立だ」


 ベウセットは承諾。取り引きは成立し、各々の前にあるメニューを入れ替える。

 そして食事は再度始まる。オルガは寿司に醤油を付け、口に運び、ベウセットも同じようにして寿司を口に運んで。


 「お寿司うんまい」


 「魚とは全然違うな。これはこれでアリだ」


 次にオルガは煮込み料理へ箸をつけ、ベウセットは白身魚の寿司に箸を伸ばし……その間、食事を終えて店から出る客と、この店を切り盛りする店主とのやり取りが背景に流れる。


 「珍味というジャンルだな。思い出話作りに食べてみるのも良いかもしれんが、常食したいとは思わん。お寿司とお刺身は美味しいけど」


 「その思い出を共有するであろう先生が、我々と同じく亀と言う選択肢を選んでなければいいな」


 「其れもまた一興よ。思い出話って奴ぁ、上手く行かなかったことも合わさって味のあるものになるのさ」


 「ふん、お前らしいな」


 眼前に並ぶ料理を味わいながらの目的のない会話。店内に静かに溢れる、様々な世間話の一部となって場の賑やかさを盛り立てる。


 「そういやさぁ、清史郎の爺さんにここでの滞在費渡されたじゃん? 宿はどうするか考えているかね?」


 「お前は先生の所へ戻るんだろう? 私には今晩来客がある。なるべく人気のない場所にするさ」


 「あー、そうだったな。君なら問題ないと思うけど、周りに迷惑掛けそうならちゃんと止めてあげるんだぞ」


 「任せろ。あれも明日にはしおらしくなっているだろうよ」


 外の世界からやってきた異世界人二人の何気ない観光の一幕。まるで類似品を過去に見て来たかのような、楽しさは窺えるが驚きはない様子で、二人は食事を楽しむ。


 昼食時を少し過ぎ、しかし客足陰りの見えぬ店。それがある、水影と魚の影が絶えず散る海底都市。

 人が行き、馬が行き、車や路面電車が行く最中、賑やかで、平和で……だが、ちょっとした揉め事が起きた午後。少しばかり不穏な空気を残しつつ、時間は流れる。この海の底で。

新キャラのスキューテレータさん。一見ただの通りすがりに思えますが、猫屋敷さんの魔術合宿に関わってくる予定です。

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