小笠原列島へ
海徳海山の方が地名的に良かったかもしれないというこの頃。だがもう賽は投げられてしまったのだ。
磨き抜かれた床が広く続く、広い空港ターミナル。
天井は高く、正面にはどこまでも続くガラス張りの壁。
その向こう側には晴れ渡った空の下、滑走路を行き交う航空機と、今滑走路へと移される旅客機を牽引する、幅の広く甲殻類の脚の様な堅牢な六脚とずんぐりむっくりした人型の上半身を備えた様々な高さの大きなロボットなどが窺える。
広い空港の一角。様々な言語のアナウンスがエコーする椅子がたくさん並ぶ搭乗待合室に……とある団体の姿はあった。
その大部分が緑色のブレザー、その中にワイシャツ、白と黒のチェックのスカートを着た少女たちで構成された、何処かの学校の一団と思しき集まりが。
「なんでこんなことになったのかしら。クラス違うのに」
アナウンスにより移動を開始したその一団に混ざる少女は呟く。渋く、気に入らなそうな顔をして。
その視線は隣へと向けられている。足取り軽快に、ニコニコし、ハミングしながら歩く原因の姿に。
「灰咲家の力を以てすれば、学校イベントのグループ構成を変えることなど造作もない事……魔術測定合宿、いざ尋常に勝負ですわ!」
猫屋敷花子の問いに答えるは艶めく灰色の髪と桜色の瞳が特徴的な少女、灰咲桜子。家の持つ力を振るうことに何の抵抗もないようで、彼女は意気揚々と胸を張って見せ、それは花子に辟易の色の濃いため息を一つ吐かせた。
「私の適正は雷でアンタの適正は生命。どうやって比較するってのよ」
「範囲でも破壊力でも芸術点でも……色々あるじゃありませんの」
「異議あり。恣意的な評価要素を見るに公平なジャッジになるとは思えないわ」
渋い顔をした花子とウキウキな桜子を含む団体は、搭乗待合室から搭乗橋へ。
茂呂智成……白い三本のラインの入った青ジャージ姿の淫乱ピンクの先導の下進むは大きな旅客機の中、モノクロチェックの壁紙、絨毯、家具で統一された広くスタイリッシュな空間。天井から伸びる空中ディスプレイには注意事項を示す映像が、音声と共に流れている。
「さぁ猫屋敷さん、こちらに」
席番を確認すべくスマートフォンを取り出した花子であったが、そんな彼女を桜子は呼ぶ。手を振り、にこやかに。
そんな彼女の立つ席の辺りには、花子の連れであるダブルソファーに座った愛原雫と、彼女の対面のダブルソファーに身を預ける桜子の連れである橙木蜜柑。そして――窓際のシングルソファーに座る落ち着きのないリチアとその対面のシングルソファーに座り、タブレットを弄るイグナート、なんだか物珍しい物でも見るかのように、窓に張り付くウィンゲルフの姿がある。
恐らくこの空間。席並びも権力を振りかざしての物であろう。もしかしたらこの旅客機自体が灰咲家の物かもしれない。そんなことを想いながら、席番を確認する素振りさえ見せなかった桜子が手で指し示す席へと花子は着く。なぜか居る、白Tシャツにジーンズ姿のウィンゲルフの方を注視しながら。
「アンタなんで居んのよ。今回の護衛はイグナートさんって話だったでしょ」
「いいではないか。オフなのだから。俺は」
ウィンゲルフは応答する。旅客機の窓に両手を付けたまま、窓の向こう側、コンテナや旅客機を牽引する高さ六メートル程の六脚のロボットを食い入るように見据えつつ。
「あぁ……馴染める人が他に居ないからいる訳ね」
「なんだ貴様ッ、その目はッ! この俺を可哀想な奴みたいに見おって! 断じてそういう事ではないぞォ! オルガとかとも仲がいい、俺は!」
「アイツは誰にだって構ってくれるじゃない」
彼の視線は花子の哀れみの宿った言葉によって彼女の方へ。言葉以上に物を語る瞳の色によって喉の奥から言葉が出る。
それでもなお、花子の目は冷ややかな物だ。払拭しきるに至らない。彼の声は彼女の考えを変えるほどには。
というよりウィンゲルフに対するその言葉には揶揄い程度の意味しかなかったのだろう。何事もなく、視線を悔しそうに歯を剥くウィンゲルフから隣に座る雫の方へ移す。
「花子の奴め……全く、この俺を誰だと思っているんだか……」
腐れ縁かもしれないが、傍から見れば仲良し四人組。花子が友人たちと他愛ない話を始めたところでウィンゲルフはこれ見よがしに彼女から顔を逸らし、憎らし気に呟いて――再度視線を窓の外、作業スペースを滑る様に移動する六脚のロボットを見るべく窓へと張り付いた。
「……兄貴ぃ、あの鉄のゴーレムみたいなやつ凄くないですか。脚伸ばして全高を低くしたり、道の上を滑ったり。俺の知っているゴーレムとは何から何まで違う……」
「猫屋敷製作所を端とする多脚型戦車、カラクリ。アタッチメントを付け替えることによって様々なシチュエーションに対応が可能で、作業用としても幅広く機能するそうだ」
猫屋敷製作所のロゴ入りの深緑のジャケット。インナーに黒いTシャツを着、これまた猫屋敷製作所のものなのであろう黒いカーゴパンツ姿のイグナートは、ウィンゲルフ同様見慣れぬ鉄の人形に興味があったのだろう、タブレットで見ていた内容をウィンゲルフに話す。
「ふぅむ……花子の家の発明か」
ウィンゲルフはそういうと窓から離れ、イグナートの後ろへと着き、タブレットに映るものを覗き込む。
プロレスラーやアメリカンフットボールの選手よりも一回り大きい彼が持つタブレットには、猫屋敷製作所で作られるカラクリ。それのバリエーションが載った記事がある。
「なんか凄くデカい筒を背負ってるやつが居ますね」
「中距離弾道ミサイルを投射するためのカラクリらしい」
「チュウキョリダンドウミサイル……?」
「コイツが背負ってる武器だ。着弾点を広い範囲破壊できる」
イグナートはウィンゲルフにも良く見えるよう、件のカラクリが載る画像をタッチ。大きな画像として見せる。
「なるほど。でもコイツでわざわざ撃つメリットってあるんですかね」
「滑走路や高速道路、真直ぐである程度長さのある道であればロケットブースターで本体を加速することができ、その状態から撃てば本来射程外である地球の裏側まで狙えるのだとか」
端的で解りやすい説明をしつつ、画像を閉じ、記事に画面を戻したイグナートの話を聞きながら、ウィンゲルフは顔を横に向けて横目で花子の横顔を一瞥する。
その間、彼の視界の端には何かを合図する様にやたらと片目を閉じる桜子の姿があり――その最中、ウィンゲルフの視線に気が付いた花子に視線を返される。半目で、凄む様な目つきで。
「何見てんのよ」
「いや、お前の家は凄い豪商、武器商人なのだと今理解してな」
「そーよ、もっとアンタは私を敬いなさいよね」
「そういうお前はこの俺を敬えい。魔王だぞ、俺は」
仲の悪い召喚者と使い魔の軽いマウント合戦をを経て、旅客機は滑走路へ。小さな揺れと共に窓の外に流れる景色がより加速していき、やがては揺れも無くなり、窓の外の景色は高い視点のものとなる。
一部棘のあるやり取りがあるものの、楽し気に始まる魔術測定合宿初日の機内。しかし――一人だけ馴染めないものが居た。仲間たちに背を押され、己の主である桜子の全面的なバックアップを受けながらも……行動を起こせぬ意気地なしが。
けれど旅客機は進む。不甲斐ない己の使い魔に悶々とする桜子を置いて。青空を。美しい海と温泉と――魔法の街を目指して。
◆◇◆◇◆◇
西暦2030年に大地震と共におきた、伊豆諸島の大島から硫黄列島の南硫黄島に掛けての大規模な隆起現象。日本列島の南、今まで海底に列を成して沈んでいた海底火山たちが海面から空を突き、連なることで突如現れた列島。
2100年の現在に於いて、小笠原諸島を取り込み、とてつもなく大きく育ったその列島は愛原スペースマイニング社、その前身企業である愛原アンダーマイニング社の海底採掘、採掘事業を基幹産業として繁栄の限りを尽くし、資源採掘の場が宇宙に向けられる様になった現在、嘗ての隆盛期程ではないにしろ、観光と魔術の都として栄えていた。
そんな小笠原列島。その南。母島の西に位置する場、海形海山のふもとに広がる空港に――一機の旅客機がやってくる。
「この辺りはアンタの家の王国みたいな物だし、ここだとお姫様みたいな扱い受けるんじゃないの?」
「海底都市とか海中都市、採掘プラント用メガフロート……関係設備周りの殆どが橙木エンタープライズデベロップメントだしぃ、スペースマイニングが一般的になってからはいうほどウチ一強でもない、みたいなぁ」
搭乗橋から搭乗待合室へと出る、緑色のブレザーと白と黒のチェックのスカート姿の集まり。
アナウンスが響く中で、その一部を形成する花子は、隣を行く雫と会話をしつつ、先導する淫乱ピンクに続き、他の学校の集まりと思しきものが幾つか見えるエントランスへと向かっていた。
「買い被りだ。うちもそんな影響力ある方じゃない。今一番小笠原列島に投資してるのは灰咲ジェネラルインダストリーだし」
ほぼほぼ横並びといっていい状態ではあるが、並び的には花子と雫の前を行く蜜柑は己の家の影響力について言及した雫に対し、実情を語り――彼女の隣を歩いていた桜子がなんだか得意げにしたように鼻から息を吐き出す。
「灰咲ジェネラルインダストリー傘下の病院で産まれ、灰咲ジェネラルインダストリー傘下の学校へ通い、灰咲ジェネラルインダストリー傘下の企業で働き、灰咲ジェネラルインダストリー傘下のブライダル会社が企画した結婚式を上げ、灰咲ジェネラルインダストリー傘下の葬儀場で骨を焼く……」
鼻高々と言った様子の桜子が目を閉じ、何やら語り出す。国民の忠誠が国より企業に向く日本。その中で最も強大な企業群、財閥のトップ。日本という国の実質上の王。指導者と言っても間違いではない一族、灰咲家の跡取りが……静かに、だが、この上なく気分良さそうに。
「ゆりかごから墓場まで。我が帝国の兵士に齎される寵愛は、この小笠原列島の南端にまで及んでいるのですわ~」
「アンタの所海外でも同じようなことやって自分達のシンパを育てる侵略者って揶揄されてるわよね。そんなんだから至る所から命狙われんのよ」
「蟻を踏み潰すことを気にしていては人は歩めない。自分に付き従う民すら満たせない凡夫の僻みやっかみにいちいち構っていたら日が暮れてしまいましてよ。というより退役したての特殊部隊の隊員をリクルートしに行く貴女の所も似たようなものじゃありませんの」
左手を胸元に、右腕を広げて声高々に、悦に浸ったように語る桜子に冷静な顔をして花子はツッコむ。相変わらず不愛想で不機嫌そうな、半目で桜子を見据えて。
進む先には金属探知機やスキャン等が並ぶゲートが見え、近くにあるコンベアには各家の使用人か、それとも学校の関係者かがその上に乗ったキャリーバックを持ち出す様子があるが……一部。令嬢たちの手荷物なのであろう小物等がコンベアの上にそのまま残され、通り過ぎ様にそれはその持ち主であろう少女たちが手に取る。小さな手提げバック。ポーチ……中には拳銃の収まったホルスターまで。
世間話の途中の四人組は、金属探知機のゲートを潜りつつ、コンベアの上の荷物に目をやって、通り過ぎ様にそれを受け取っていく。各々が見知った己の私物。この四人に至っては……拳銃の収められたホルスターを。
「弾手は魔術の行使を極力行わないため、護身用として拳銃を携帯できる……よくよく考えると凄い取り決めだよな。銃を売りたい企業のロビー活動があったんじゃないかってぐらい」
「危機的状況に置かれた弾手がテンパって火の魔術でも撃とうもんならあたり大惨事よ。魔法使わせる前にワンクッション持たせる考えは合理的に思えるけどね」
ブレザーの右側を捲り、スカートのベルトループに巻かれたベルトにホルスターを取り付けつつ、蜜柑が呟く。
明らかにこの場にいる何者かを意識したその発言を花子は涼しい顔をして聞き、返しつつホルスターの位置を微調整し、クイックドロウでもするような雰囲気で感覚を確かめるようにシルバーボディーと白いグリップパネル、マガジン挿入口が広く、リロードがしやすいように改良されたフォルムが印象的な拳銃のグリップを撫でていて、その隣では酷くデコレーションされたピンク色のオモチャのような小さな拳銃をホルスターに押し込む雫の姿がある。
「てか、前々から思ってたんだけど花子の銃のセンス古くな~い? 今どきM1911の派生型とかぁ。オリジナルは200年前の銃じゃん?」
「解ってないわね。プロの競技射撃選手上位グループはまだM1911系統の銃使ってんのよ。M1911系統のハンドガンこそ最高のハンドガン、完成形よ」
「米帝人みたいなこという~、ウケる~」
雫と花子が会話を交わし、そうして広い空港のエントランスを突っ切って、ガラス張りの出入り口の自動ドアを淫乱ピンクが潜った時、空港前ロータリーに止まる複数のバスとリムジンの他、ガラスの壁の向こう側には何やら学校の集まりとは毛並みの違う……横断幕を掲げる人々の集まりが見えた。その頭上には空に展開する複数の戦闘ヘリ。ロータリーの隅には銃器で武装した四メートルほどの高さの多脚型戦車、カラクリが複数ある。
「おぉ~、ポンちゃんのところのちびっ子たち。かぁいいね」
「国より企業、愛国より愛社……本当に日本という国が形骸化してるって再認識するわ」
「その促進に一役買ってる猫屋敷製作所の跡取りがそれ言うとかちょーウケるんですけど」
「悪いとは言ってないわよ。企業が台頭してくる前は目も当てられないほど腐ってたって話だし」
桜子は一部の人々にとって本当にスターなのであろう。灰咲ジェネラルインダストリー傘下の養護施設、幼稚園、保育園の児童とその施設関係者、後者二つの保護者と思しき女性たちと――ただのファンと思しき者と思われるその他の御出迎え。
自動ドアから南国風な街路樹が窺える、陽射しの強い空港前へと出た一行へとそれらの声が掛けられる中で雫はちびっこ達に手を振り、彼女を相手に花子は素っ気ない顔で会話を続ける。
「ホント好かれているよな。お前」
「団結は力なり。己の帝国を支える民の信用を、敬愛を勝ち取ってこそ王の器。これぞ王たる所以。皆さん、御出迎えご苦労様ですわ~」
人間は全て平等である。そんな建前はどこへやら。蜜柑の言葉に返事を返しつつ、桜子は自分を出迎えてくれた将来の小さき私兵達に両腕を開いて手を振る。王の一族として。きっと魔術測定合宿の参加者なのだろう。他に点々と存在する、少数の制服姿の集まりの視線を集めながら。
そして間もなく花子達が属するネオ中野魔術学校中等部の集まりは淫乱ピンクの案内の元、ロータリーに止まっていたリムジンへグループずつに乗り込んでいく。
「はーい、灰咲さんの所の班ね。どうぞ~」
きっと班ごとのチェックをしているのだろう。淫乱ピンクは左手に持ったタブレットを操作しつつ、自動で開かれたリムジンの扉の向こうへと一行を案内。
小さなローテーブルを囲う空間へと一向が進む最中も桜子は窓の外。己の一族を慕う者達へと手を振り続け、己の生まれ持った宿命、役割を果たさんとしていた。
間も無くリムジンは走り出す。桜子、花子、蜜柑、雫の四人を乗せて。
空港前のロータリーから宿泊施設へと向かうのであろうそのリムジンを――数台の車と四メートルほどの高さの、銃で武装した八本脚を縦に開き、車道の幅に合わせたカラクリが一機。空には戦闘ヘリが見える範囲に二機続く。
「なーにが使い魔だっ。どこの馬の骨かも解らん奴にお嬢様の身の安全を任せるなんて……こちとらお嬢様がハイハイしてた時から御守りしてたんだぞ。俺は認めんぞ~。断じてッ」
花子達の乗るリムジン。その後方を行く護衛車の中で――スーツ姿にサングラスを掛けた、縮れ毛黒髪、青目色白の男は呟いた。運転席にてハンドルを握り、前のめりに……眉間に深い皺を刻み、キリキリと悔しそうに歯ぎしりしつつ。
「巴川せんぱぁい、大丈夫ぅ? そんな雑念まみれで仕事出来そう?」
その車の助手席。仕事中とは思えぬほどリラックスした、緩みに緩み捲った表情の、金髪おかっぱの男が己の隣に居る黒髪の呪詛に反応。
そんな彼の方へとピリピリしていた黒髪の男の顔が勢いよく向いた。
「大体だッ! 後ろのカラクリの持ってる銃を見て見ろ、ショットガンじゃないか! 万が一賊が現れて撃った時、キャニスターシェルのペレットが跳弾してお嬢様に向かって行ったらどおするつもりなんだァッ!」
「アレたぶん地対空用として持ってるから流石に地対地でぶっぱなしはしないでしょ。そんなことしたら大惨事間違いなしだし。つーか人相手なら腕部の機銃撃つでしょうよ」
「あー、我慢ならんッ、何もかもが気に入らなく思えてきた!」
「大丈夫っすかホント」
その時、己の心を落ち着けようとした青目色白の男……巴川藤次郎の脳裏に浮かぶのは、淡い思い出。
猫屋敷家に仕え、今よりも必要とされていた時代。その令嬢の世話係として任を預かっていたころの記憶だ。
――これ食べて。
――お嬢様、好き嫌いはいけません。きちんと食べて頂かなくては。
ある時は親族が居ない寂しい食卓の中で。
――これ食べて。
――はい、モグモグ……。
――なに食べたふりしてんの。ほんとーに食べるの。
――……お嬢様。えっ、ガチで? 冗談ですよね? 泥団子なんですけど、コレ……!?
ある時は御飯事に付き合った時に。
「うふふふ……お嬢様……」
「うわぁ……」
残念な同僚を見る視線の向こう側、その視線の先に居る藤次郎にとっては幸せな一時だったのだろう。嘗てあった思い出に険しい顔が緩んだその時、ふと車の後方がやや沈む様な感覚が。
藤次郎と同僚の金髪が思わずバックミラーに顔を寄せて確認するといつの間にか強面ツルッパゲのおっさんと窓に張り付く灰色の褐色肌の美男の姿がそこにあった。
「おーいおっさん! どうして持ち場を離れているんだッ!?」
「仕事に支障はないから安心してくれ」
すぐさま食って掛かる藤次郎。対するは淡々と返し、タブレットの画面に視線を固定したままそれを操作するイグナート。その隣には窓に両手を張り付けて、外の様子を真ん丸にした瞳で眺めるウィンゲルフの姿。
二人のやり取りを見ている金髪の男……麻黄千尋はすぐに察する。ウィンゲルフはともかくイグナート。なぜ彼が持ち場から離れたのかを。
「せんぱぁい、こればっかりはおっさん責めるのは良くないと思いますよ。クッソ生意気な年頃の女子四人が居る車内なんてどれ程居心地が悪い――」
「この不届き者めーッ! お嬢様とそのご学友に向かっての発言かーッ!」
「おい、前を見て運転しろ」
イグナートの置かれた状況を察し、棘の在り過ぎるフォローを試みる千尋とそれに過剰反応し、キッと睨みつけ吼える藤次郎。そんな運転もままなりそうにない様子の彼に冷静にイグナートは指摘する。
対極の感情の入り混じる中でリムジンとその護送部隊による車列は背の低い建物が並ぶ街中から、断崖と美しい海に面した道へと差し掛かる。
「兄貴ぃ、この空飛んでるトンボみたいな奴と鉄のゴーレムは本当に護送部隊なんでしょうか。危険物を直ぐ始末できるように展開しているように俺には見えますよ。雰囲気が俺を迎えた王国の連中と瓜二つというか」
断崖に打ち寄せる青い波とその上を高く飛ぶ武装ヘリ。それを眺め、暫く大人しくしていたウィンゲルフは呟く。
「個体差はあるけど基本的に魔法が使える人、弾手っていうのはそれだけ危険な存在だからねぇ。でもこの周りにいる護送部隊の銃口は決してお嬢さんたちにじゃなく、襲撃者や後ろをついて来てるバスに向けられるためのものだろうけど」
イグナートはちらっとウィンゲルフの言葉に反応して、彼の後姿を一瞥するだけ。代わりに、千尋が自分自身がそう思っているのか。それとも根拠がある事実としてかは解らないが、自分の考えを涼しい顔で返し、後頭部に両手をやって身体を伸ばした。
そしてウィンゲルフは窓から顔を話して後ろを振り向く。後部座席の後ろにある窓の向こう側。幾つかのリムジンの向こう側とカラクリの後方、曲がった道の向こう。後続に幾つか続いて居そうなバスの並びの方を。
「ハハーン、さては身分の低い弾手がバスに乗っているというわけか。もしかしたらあの中に地位の簒奪を目論む派閥の鉄砲玉がいるやもしれんと」
「まっ、弾手って経済的に優遇されるからそんな危ない思想に陥る様な人先ず居ないんだけどね。だから合宿は社会的な地位関係なくいっぺんにやるし、周りを飛んでるのはあるかもしれない危険への抑止力というか、あくまで形式的なものだよ~」
修学旅行生を乗せたバスと言われても何の違和感のないツアーバス。正面にはその所属校であろう学校の名前が書かれたパネルが置かれ、ハンドルを握る運転手の後方には制服姿の少年少女達の姿が一部見える。
その様子は非常に和やかなもので、本当にただの修学旅行を楽しむ様なノリ。バス内で燥ぎ、ちょっとしたゲームや会話を楽しむ姿。ウィンゲルフが思うような危険。千尋が考える危惧とは程遠いものだ。
「だからといってぇ、手を抜いて良い理由にはならんぞォ! 万が一ということがあるやもしれんからな!」
千尋の声が途切れた時、透かさず藤次郎が吼える。何とも上からな、鼻息粗く、弛んだ同僚、弛んだ使い魔達を叱責するかのような圧を振りまきながら。
リムジンは橙色の光りに満ちる、岩肌を刳り貫いた大きなトンネルへ。武装ヘリの飛行する音は聞こえなくなり、辺りは大分静かになる。
「あー……清四郎の息子よ。学園都市というのは治安はどうなんだ?」
「藤次郎だッ、その呼び方は辞めろッ」
後部座席に座り直し、前へと向いたウィンゲルフの問いに藤次郎は唸り、咳払いをした後、唇を舐めた。
「治安は良いには良い。だが、魔術が使えるという選民意識からよそ者に対して排他的で、半ばギャングみたいになっている集まりが各地区で派閥を作っているらしい」
「ほほう。人間の分際でイキる地元大好きマイルドヤンキーらに力を見せつけるチャンスがありそうだな。この俺が、魔王として……フフッ」
落ち着きを取り戻した藤次郎はハンドルを握り、前を見据えながらウィンゲルフの問いに答え、人を超越したウィンゲルフは人差し指に髪を絡めつつ優越感窺える笑みと共に、そんな身中が透けて見える呟きを漏らす。
その長いトンネルの向こう側には白い光が射しており、そろそろこの長いトンネルの出口が近いことを見る者に伝える中で――仏頂面のイグナートが気に入らなそうに眉を寄せた。
「ウィンゲルフ、お前はもっと自分の持つ力に自覚を持て」
「あっ、すんません兄貴」
なんと従順な舎弟だろうか。イグナートの一声でウィンゲルフは後頭部に手をやり、反省する様に眉を下げて頭を下げた。
そしてトンネルの出口は目前へと迫り、眩い光と共に視界が開ける。
小高い位置にある現在の道路の眼下。そこにはそれはそれは大きな入り江があり、入り江を囲むように桟橋を伸ばした建物と桟橋には豪華な客船などが止まっている。
左手に広がるは大きく湾曲した白い浜辺から陸地、その天辺まではなだらかな勾配とその上に敷き詰められた日本らしくないクリーム色を基調とした建物群、ところどころに南国風の街路樹が窺えて、全貌を見渡すことのできない内陸部には高層ビルや電波塔などの背の高い建築物。更に奥には大きな山の影が見えた。
「ここが小笠原列島……海形海山学園都市。お嬢様の身辺警護を使命とする我々の新しき仕事場、戦場だ」
仰々しい言い方をする藤次郎の声とと共に車列は進む。小高い丘の上にぽつんとある高級感あるリゾートホテルの方へと。出番があるか解らぬ使命を持った者達とその使命の元となる者たちを乗せて。武装したヘリコプターが立てる羽音と共に。
猫屋敷さんの愛銃はSTI2011っぽい銃に、+P(強装弾)を込めて使っている設定。競技射撃以外で使った時はないんだけども。
猫屋敷さんは割と使用人の人たちに愛されるポジなので、割と乙女ゲーの主人公っぽい立ち位置なのかもしれない……と、ふと思った。