背中を押す信仰の力
…決着がつくと思ったかい? フフ…引き延ばした方が話のネタになると思ったので、関係性構築程度にとどめることにしたよ。哀れなリチアさんは軽はずみに演じてしまった役を演じなくては行けなくなったのさ。
そして思う…やっぱ日常物って難しいですなァ!
学校の中の時間を明確に区切るチャイムの音色。
昼と夕方の合間。どちらともつかぬ緩やかで、暖かな時間の中、それは響き渡る。
学生の本分の合間。休息を取るために設けられた短い時間の訪れ。
静まり返っていた学び舎は、チャイムの音色を合図に短い時間羽を伸ばさんとする生徒たちの声と活気で溢れ返った。
ただそれは――あくまでも次の授業に備えた僅かばかりのもの。教室からは遠く、短い時間で何か用を済ませる事柄などほとんどないであろう図書室には及ばない。当然、そこで膝をテーブルの下で突き合わせる者どもの所などには。
「そろそろおやつの時間です。ベウセットさん。後は頼みましたよ」
図書室の一室の集まり。それを形成していた内の一人が立つ。
その小さく薄い華奢な、赤い袴姿の少女は一言だけ言うとまだテーブルを囲う集まりに背を向け、その場から忽然と姿を消した。一人の、縋る様な視線を浴びながらも。彼女が今こうする理由。解るのは残された四人のうち一人だけだ。
「…ベウセット様、話の続きを。精鋭部隊の分隊長の貴女が…運命のお相手とどう出会ったのかを…!」
消えた協力者を惜しむ気持ちを吹き飛ばすように首をふるふると左右に振り、そののちに開かれる空色の瞳。それに映るは肘を立て、額を指先で支えるように触れつつ、口元をやや苦々し気にし、白い歯を微かに覗かせる黒髪の美女の姿。
彼女…ベウセットは…どんどん話を膨らませようとするリチアとその仲間であるグラークとウツシロを前に、内心尻込みしていた。己を頼りにする、己に好意的な者を無碍には出来ず…だからこそ苦しみながら。助言。清い恋愛の一例。具体例を語りたくないがゆえに。何かを恐れ、どこか落ち着きのない、そわそわした様子で。
「しかし歯切れがよくねえ。ねぇ、旦那。あのおちびちゃんのイグナートとか言うおっさんの説明ぐらいハキハキ言って欲しいもんだよなぁ」
一向に進まぬ話。小出しにされる情報。色恋沙汰などの魅力など微塵も解らぬ獣…縦に立った髪と糸目の男、ウツシロは早くもこの状況に飽きてしまったようで、椅子に浅く腰掛け、背もたれに背を預けつつ、後頭部に両手を当てて、己の隣の席に座る頭部右側面を刈り上げたソフトモヒカンの男に視線をその糸目で、横目で投げた。
「本気になった相手絡みの話にはのた打ち回りたくなる思い出の一つや二つあるもんよ。棒突っ込めればヤギでも木の穴でも構やしねえティチェルやおめえさんじゃ解らねえ世界だよ」
「ハハッ、ひっでえなぁ。旦那ぁ、俺にだってもう少し分別ってもんがあるぜ。股にぶら下がってるブツの付属品として身体がくっついてる様なヤツと一緒は無いでしょうよ」
甘さも苦さも。幅広く噛んできたから解るのだろう。ウツシロとは違い、ベウセットの心情をグラークは理解しているようだった。
気心知れる仲間だからこその辛辣な軽口。それを言葉にしつつ…彼は思う。話の趣旨…各々が集った目的が…ズレて来ては、忘れられてきてはいないかと。ケタケタと笑うウツシロの隣で。
「まぁ…その、私の事はいいんだ。結果的に別れた訳だし…運命の相手じゃなかった。添い遂げる事を目的とするのならむしろダメな例だろう。助言ならもっと具体的な意見をしたほうが効果的だ」
グラーク同様ベウセットも目的が脱線しかけている事を理解していたようで、半ば強引に話を振り出しに戻す。若干残念そうにするリチアの視線を浴びつつも。
微かに語った馴れ初めにもならぬその冒頭。己の素性ぐらいしか語らなかった話と、その先を語ることを忌避して。当然その意図は――ただの保身。リチアの為等ではない。
「兎に角だ。お前の勝利条件はイグナートを落とすこと。ためになるか解らん他人の馴れ初めなど聞いても大して意味はない」
「しかしッ…小春様は貴女の話は参考になると――」
「先生には失礼だが、恋愛のれの字も味わったことのないあの人の意見は参考にならん。人を恋愛的な意味で好きになるという経験をしたお前の方がまだ語る舌を持っているだろう」
「ッ…そんな…」
噂話程度のイグナートの話。それを語り終えた後――おやつを作ると言って、この場から背を向けた少女。小春。彼女を否定するベウセットの声を耳に、その後姿をリチアは思い浮かべた。
――今目の前にいるベウセットと件の少女。彼女達に頼っていて…大丈夫なのかと。今己が身を寄せ、背を預けようとしているものは、容易に倒れてしまう腐った柱なのではないかと。芽生えた一抹の不安と共に。
そしてその微かな心の揺れ動きは…鈍くはない。いや、鋭いベウセットにその気配を感づかせ…本当に渋い表情をし、視線を横へと逸らしたのち、大きく鼻から息を吐くとしぶしぶと言った様子で口を開いた。
「…解った。要約してやる。私はその初恋の相手と揉めて戦う羽目になり、生まれて初めて敗北の味を知った。情けを掛けられたものだからそれはもう躍起になってな。国の最上位のエリートとしてのメンツにかけても私個人のメンツにかけても是が非でも殺そうと付け狙っているうちに気の迷いが生じた。…これで満足だな」
「強い者に魅かれたのですね…。しかし、何故戦うことに?」
「未熟な精神と不相応な力は傲慢を生む母となり、増長の限りを尽くす。若気の至りだよ。…まぁ、力を持つ者の心構えや己が井の中の蛙であったことを理解させてくれた事は感謝していない事もない」
初恋の相手との馴れ初めと、どういう形でそういう関係になったのか。それを本当にざっくり説明するとベウセットは頬杖をついて視線を外側へ。
なんだかまだまんざらでもなさそうなその反応に…リチアの顔がうっとりしたようなものとなる。微妙な反応の裏側にあるものがなんなのかを勝手に解釈。理解して。
「まぁ、兎に角だ。作戦を考えるぞ。あの大量殺戮者をまだ想えるのならな」
その腹の内を見透かされたような心地悪さに、ベウセットは心底嫌そうな顔をしながら、あてつけがましい言葉選びで問う。
リチアはそれに表情を真剣なものにして頷くだけだが…グラーク。彼はそれを良く思っていないらしく、口元を渋く、眉間に小さく皺を寄せていたが…別に何か言う訳でも無いようで、鼻から息をふうっと吐き出すだけだった。
「先ず、短期決戦はダメだ。長期戦を覚悟しろ。奴を本気で仕留める気なら時間が要る。失敗しないためにもな。それにお前の様な小娘は恋する自分に陶酔しているだけというパターンも珍しくない」
己の中にある想い。それを否定された気がしたのだろう。リチアは一瞬目を見開き、驚いたように口を軽く開いたが、ベウセットの視線はニヤつくウツシロの方へと行った。
「殺意っていう恋愛感情の微塵も絡まないところから恋愛に発展したベウセットの姐さんが言うと説得力あるねえ」
「何とでも言え。当時の私は本当にどうかしてたんだ」
まぁ、この問題に対して明らかな戦力外の人間、ウツシロが言えることはただの賑やかし。茶化し程度。精々ベウセットの心を引っ掻き回し、ため息を吐かせ…その表情をムスッとさせるだけ。
取るに足らないウツシロの茶々は…自分の感情を否定された気がして頭に血が上ったリチアを少しばかり冷静にさせてくれた。己の歩まんとする初恋は、ベウセットの歩んだものと明らかに毛並みの違うものだと、強者への憧れが恋愛感情に変わっていったものとは違うのだという気付きと共に。
「接点を持たない事には始まらん。奴は園芸と保存食作り、絵を書くことが趣味で好きな好物は甘い物。これらの情報でそれっぽい話題を思い付け」
「…何か信仰の様な物は?」
「直接聞いた時はないが、何かに祈りを捧げているのは頻繁に見る。神の名を語る上等ぶった人皮の獣共とは比べ物にならんぐらい信心深く、善くあろうとしているのは間違いない」
聖職者であるが故の性だろうか。信仰は当たり前であり、己の惚れた相手にそれが備わっていたことがこの上なく嬉しいのか、ベウセットからの返答に視線をテーブルの上に落として、リチアは胸元に両手を当てた。
想いを馳せる相手へ気持ちをより大きくしたかのように、優し気で幸せそうな…ある種の幻想を抱いたような恍惚とした表情で。
――その信仰が異教に対しての物であろうとも。
「とはいってもあれは信条の様な物だ。どこかの誰かが考えた、道具としての…無いもので人に優劣をつけ、劣側を縛るための鎖じゃない。その路線で話題を振るのはやめておくべきだろう」
しかし、ベウセットの返しの言葉で一気にリチアが凍った。
そして彼女は引き攣った硬い笑みを口元に、ベウセットを見据え――
「とっ…と…なりますと…?」
「ええいッ、お前にはそれしかないのか。どうせその辺で絵でも描いてるんだろう。アイツは。適当に何書いてるのか、とでも聞いて話を広げろ」
何とも頼りない反応を返し、ベウセットが被せるような形で叱る様に、透かさず言い返す。
彼女の物言いにリチアは目を強く瞑り、怯んだ風にしていたが、それも一瞬。ハッとし、何か思い出した風に深呼吸。静かに瞳を閉じ直すと両手を組む。
「…?」
「ありゃりゃ…旦那ぁ。リチアのお嬢は覚悟決めちまったみたいだぜ?」
「リチアの決定は尊重するさ。俺達がとやかく言う事じゃねえ」
訝し気にするベウセット。へらへら笑うウツシロに…表情渋いまま不機嫌そうに吐き捨てるグラーク。
その三人の目の前でリチアは瞳を開き、組んだ手を解くとそれをテーブルの上に。椅子を引き、静かに立ち上がった。
「私はこの胸の高鳴り…恐怖とは似つつも心地よくもあるこの感情が…恋する人間に対して神々が与える試練…」
逆境や苦境。追い詰められた時、困ったときなどの心の支え。己を律し、時には奮い立たせるための…本来あるべき信仰の力。
聖職者であるリチアはその力を支えとし、この局面を戦い抜くつもりのようで…彼女は進み出す。図書室の扉の向こう側を目指して。
「ありがとう。ここからは私一人で十分です。手間を掛けました」
何と凛々しい横顔だろう。図書室と廊下を隔てる扉へと進む最中、リチアは凛とした声で、毅然とした態度で言い、廊下へと出て行った。
まるで何か壮大な使命を全うするかのような雰囲気で――この学校の敷地のどこかにいるであろう…絵を書くツルッパゲのおっさんと世間話をするために。
図書室に残るのは変なものでも見たような、それはそれは訝し気な顔をしたベウセットと…扉の向こうに見える背中に手を振りニヤ付くウツシロ。最後に…気に入らなさそうにするグラークだけ。
閉じ行く扉が廊下と室内を隔てた時、燦々と陽の光の照る廊下をリチアが行く。他者から見ればどうでもいいが…当事者にとって最重要な。そんな…己に課した使命を全うするべく。
◆◇◆◇◆◇
絵の具が水に溶けていくかのように、空から、地面から…嘘のように景色は混ざり、薄れ…入れ替わる。
今さっきまであった、ひっくり返したオモチャ箱の中の様な滅茶苦茶な世界。何処までも黒い背景を背に、青い星々と天体たち、散らばる大地の断片でなる世界は塗りつぶされて、無くなって…目の前には石畳の床と風に揺れる広葉樹。その枝葉に取り零された木漏れ日が落ちる学校敷地内の庭に。
「はぁ…俺は…俺はッ…弱かったんだなぁ…」
現れた二つの人影の内の、スレンダーで身長の小さいほうの男…灰色の髪と二本の角が印象的な白地のTシャツとデニムパンツのウィンゲルフは呟いた。肩を落とし、己の力に疑問を持ったように。自信を喪失したかのように、しょげた様子で。
「お前はお前の力に付随する必然性を当てにし過ぎだ。先入観を捨てろ。これは絶対に当たる。これは絶対に当たらない…今までそうであったかもしれないものにも例外があるという前提で立ち回るんだ」
散見される様々なモンスター。様々な人間らしき生き物。その中に再度混ざったウィンゲルフとイグナート。クヨクヨする前者に対し、後者は彼との戦いで思ったことを述べつつ…描き途中の絵が立てられたキャンバスの方へ。再び筆とペレットを取ると、木の丸椅子に腰かけて筆を走らせ始める。
「さっき痛いほど分からされましたよぉ。でも…当たっても全然平気だったじゃないですかぁ。こんなんでも前の世界では世界の脅威と言われるぐらいに強かった訳ですし…自信がぁ」
「腐るな。お前は強い方だ」
「そうかなぁ…全力で攻撃して平然と歩いて来られると自身もなくなりますってぇ」
自分こそは頂点である。そう思っていた者がその揺るぎなき当たり前をいともたやすく崩された時、どんな反応をするだろうか。その一つの例として、ウィンゲルフは反応を示している。膨れっ面に唇を尖らせ…顔を背けつつ人差し指と人差し指を身体の前で突き合わせつつ…いじけた様子で。
ただそれは…イグナートの気などは一切引かず、彼は絵を書き続けるだけだった。
「でもまあいい気分転換にはなったろう」
「それは否定しませんけどぉ。で…冷静になった今思ったんですけど…誰か思い人がいる相手に告白するってどうなんでしょう。オルガの勢いで流されそうになりましたけど、兄貴の言ってたことの方が正しい様な…」
「今お前にオルガが告白して来たらどう思う?」
気分転換を経ての現状の問題。その再認識。冷静になったウィンゲルフはイグナートの語らいの中で気付く。彼からの問いに一瞬だけハッと目を見開いて。
「…そういう事か…さすが兄貴、解りやすい…」
夢中になっている相手しか見えていない状況下で、外野が視界の中にスライドインしてくる…自分が好かれていると感じれば悪い気はしないまでも悪く言えば鬱陶しい状況。だが、人によっては、妥協してしまうかもしれない状況。
ウィンゲルフも彼の思い人も…後者に流れるような人間ではなかったようで、彼は納得したように呟き、顎に手をやって視線を斜にした。
「結局見守るだけしか今の俺には――」
「ウィッ…ウィンゲルフッ」
これからの自分が出来る事。相手を思えばそんなものは無い…消極的かもしれないが、思い遣りから至った結論。それに至ったウィンゲルフが呟きかけた時、彼の声を妙に甲高く、上ずった少女の声が塗りつぶした。
その聞き覚えのある声にウィンゲルフが振り返ると、良く見知った想い人の姿。
明らかに浮足立ったような…テンパったような…まあ普通ではないリチアの姿が。
「新しい環境の中で上手くやれていますか? 最近どうですか?」
唐突に切り出され、始まる世間話。緊張した面持ちで、背中に発条でも着いているのではないかと家具ってしまうような、ブリキのおもちゃの様な硬い動きでリチアは近寄って来る。
想い人を見てウィンゲルフの表情が若干明るくなったのはほんの一瞬だ。すぐにその珍妙な様子のリチアの姿を彼は凝視する。何処か…心配そうに。その隣ではイグナートが淡々と絵を描いている。
「えっ…あぁ、何とかうまくやれている…ぞ? 今は良き理解者である兄貴もいるしな」
「…自分が一番と言わんばかりの貴方が…。珍しい事もあるものですね」
ウィンゲルフの応答を気に、話の流れが自然な物となる。
相変わらずウィンゲルフは様子がおかしいリチアを心配した風であったが…彼女、リチアは…ウィンゲルフが見た時のない様な妙につっけんどんな態度で絵を描くイグナートを見据えた。何処か刺々しい雰囲気。半目になって。
そしてそれは…ウィンゲルフに一つの可能性を導きださせ…彼は動く。リチアとイグナートの間に割って入る様に。
「リチアッ、ネオ中野休戦協定を思い出せッ! 兄貴は俺の部下でもなんでもないし、教会が狩るべき神敵などでもないッ!」
物言わぬ半目になったリチアの空色の瞳と、ウィンゲルフの銀色の瞳が交差する。
リチアは何も言わない。ただ…ウィンゲルフを見据える最中――イグナートはそのグレー瞳で二人の様子を一瞥する。何かを察したように。しかし、何か言う訳でもなく、視線をキャンバスに。そこに筆を走らせるだけだ。
「それはどうでしょう? イグナート様。ウィンゲルフに随分と慕われているようですが…どういう関係なのですか? 聞く話では魔王の背後に強大な何かが居るとか…」
「何それ!? 知らんぞそんなものッ!」
ウィンゲルフを足掛かりに…橋頭保にした接点作り。それを狙ったリチアは引くに引けない道を行った。ウィンゲルフの勘違いが入り口の道を。茶番と腹の中で分かりつつ…ウィンゲルフの思う心中の自分を演じなくてはいけない険しい道を。見せかけの敵意をその瞳に宿しながら。
だが話をこの方向で盛り上げるために混ぜた小さな嘘は、当然初耳であるウィンゲルフに並々ならぬ動揺と困惑を与えたようだった。彼は心底驚いていて、若干後悔した風に口角を変に歪めるリチアの横顔を目を真ん丸くして見て。
「…同僚だ」
何か確信を突いたり、誤解を無理に解いたり…とりあえず成すがままにするつもりのイグナートはありのままに、聞かれた内容を…答える。とても端的に。素っ気なく。
「…なるほど」
ただ、そのイグナートの反応はリチアを困らせ…考えなしに言葉を吐き出させる。
腹の内の読めぬ淡々とした態度。関心なさそうに絵をひたすら描く姿は…何と接し辛い雰囲気だろう。興味ない人間から見ればつまらないおっさん。だが、リチアの目にはそうは見えていない。
「…良いでしょう。その言葉が本当かどうか。見定めさせて貰います」
演じてしまったからには演じ切らなければならない。格好がつかない。
リチアは暫くイグナートの横顔を敵でも見るような鋭い視線で見据えた後、踵を返した。――いったい何をしに来たのか。無理やり考察し、解釈できなくはなさそうではある状況ではあったものの、結局…解らぬままに。
「まさかまだ教会からの使命を全うしようとするとは…ぬぅ…真面目過ぎる…」
遠のく想い人の背中。口では一切そのような事は口走らないが…ウィンゲルフは見据える。懐かしさと暖かさを胸の奥底に感じながら…唸りつつ。
時間は過ぎる。嘘と誤解が一部の人間の間で交差した昼下がりを。そろそろ夕暮れ時になるであろう風と明るさ。揺らめく木々と陰る木漏れ日の中で。
ウィンゲルフは若干笑みがこらえきれなくなって口元を緩め、その傍にいるイグナートはパレットの上で絵の具を混ぜる。
――前者に見送られるリチアの顔は…真っ赤に染まっていた。素直になれない己の弱さを隠す仮初めの自分、嘘。それへの羞恥と後悔。想い人とのファーストコンタクトに。穴があれば今すぐ入ってしまいたいほどの黒歴史。それを今作り上げたことを確かに感じ、心の中で両手で頭を押さえ、身を捩ってのた打ち回る己が表面に出て来ぬように…そとっつらだけは何とか取り繕って。
かれこれ一か月ぐらい時間を置いてしまった気がする。すまんな。どうも納得のいく出来にならなかったのさ。本当は今回のお話でベウセットさんが盛大に頭を抱えるところだったんですけど、ちょっとばかり予定変更いたしました。
そう…己の行いを後悔し、のた打ち回るリチアさんとおやつを食べ終えたオルガさんが邂逅を果たし…そこで地獄の扉が開くというわけだ。…そういう流れで考えている…!