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オルガのグルメin異世界  作者: TOYBOX_MARAUDER
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人類史上初の群棲召喚

これは「まさひこのパンケーキビルディングとその住人。打砕く者と守る者。」の前、もしくはその後に当たるお話です。主人公の猫屋敷さんとその使い魔たちの何気ない日常でのお話なので、まさひこは関係ありません。魔法とか紋章術の詳しい話は出ますけれども。


※気晴らしに書く話なので、こっちの更新は不定期になる…が、良ければ楽しんで行ってくれよな!


 西暦1991年から緩やかに始まった凋落。発達した翻訳ツールの普及とテレワークが一般化した2035年。日本政府に対する不信感が極まった働く世代の本格的な海外流出。海外を拠点とした働く者たちは拠点とする国に税を納め、それを根拠に日本に税を納めることなく、それによって今まで働く世代を犠牲にすることで何とか取り繕ってきた日本の社会保障は崩壊。一時は国家という在り方、それすらも危うくなりかけた暗黒時代を経た日本であったが、2100年。その国は再び再生への道を行き始めていた。


 魔都東京。それほど背の高くないモダンなデザインの建物が並び、それを彩るかのように数多く散見出来る街路樹。緑。その街並みの姿は科学と緑の調和と言えるもので、無機質な四角い建物が無秩序に乱立する味気のない灰色の光景とは違うものであった。嘗ての威勢を取り戻しつつある、活気のある光景。身に着ける物や住む場所。大凡100年前と比べて貧しくはなったが、道行く人々の大部分。その瞳には確かに上向く未来への希望があった。


 そんな魔都東京の中に存在する街。中野。その駅、北西。嘗て警察署が存在していたその場所を中心にそれは大きな敷地を持つ学園が一つ。黒く焼けた漆黒の大地に新たに芽吹く若葉色の芽の如く、それはあった。


 ネオ中野魔術学校。その中に存在する中等部。校舎の前に存在する、広い芝生の校庭にて、麗らかな陽射しの下、頬を撫でる春の風にその髪を靡かせる少女の姿があった。己の血を混ぜたインクを使い、それは大きな円。その中に六芒星。さらにその中に書かれた鳥居のシンボル。内へ内へと入れ子型に紋章、シンボルが書かれ、出来上がる魔法陣。それを書き上げた少女は、間も無く瞳を閉じて、シンボルや紋章を包み、魔法陣を形作る円。それに唇を寄せてふうっと息を吹きかけた。周囲には同じような制服に身を包んだ生徒たちが距離を取って存在し、少女を円形に取り囲む形で立っていて、緊張したような、ワクワクしたような面持ちで、魔法陣の方を眺めている。


 魔法陣が描かれた真っ白い布。それは少しして燻り始め、魔法陣に描かれたものが縦に引き伸ばされた形となって深紅の炎へと姿を変え、燃えた布からは考えられないほどの火柱。業火に忽ち育つ。だが、その業火に包まれる少女はおろか、周囲にいる生徒たちもその火の熱を感じた風は無く、ただ神秘的なその光景を目を見開いて眺めていた。


 高く高く燃え上がる業火は空高くにまで育ち、やがてそれが縦に二つに割れ、その火柱の根元から真っ黒い小型犬が這い出てきた。まん丸の目の、もこもこの毛先に赤い炎を揺らめかせる、ポメラニアンの様な小型犬が。それを合図に燃え上がっていた赤い炎はその小型犬に吸われるように集まっていき、きれいさっぱり消え去った。


 「キャン!」


 紋章を描いての召喚。それが終わった後の静けさを、召喚された毛先の燃える小さな獣の甲高い声が裂く。その鳴き声の主は己の召喚主の少女の方へと向かって走っていき、それを少女は抱き上げた。毛先で燃える深紅の炎は彼女の衣服や髪を焼くことは無く、熱さを感じた風もなく、たくさんいる生徒たちの方へと歩いて行き、自分と仲の良い友達グループの中へと混ざる。己の召喚した召喚獣。それを胸に抱きながら。


 「次、紋章書き終わってる人は出てきてくださーい」


 召喚魔法。紋章術に属するそれは、召喚した使い魔を養えるだけの財力のある家。所謂上流階級にのみ許された魔法。故にお嬢様学校として有名であるネオ中野魔術学校ではそれが許可され、授業の一環として教えられていた。そして、その特別な魔法。それの教鞭を執るのは外部からの権威ある人物で、今日、生徒たちにあれこれ口を出すのは普段見ない講師。その前頭部の毛髪が寂しい頬に丸みのあるメガネのおっさんの言葉に、一人の少女が召喚の場へ向けて歩き出す。


 生徒たちが取り囲む場。その中心へと少女は立つ。自分の召喚獣は特別なものだ。そう信じて疑わない自信満々な顔をしたそれは、魔法陣、紋章が書かれた真っ白い布を広げた。


 身長160センチほどで学校指定の深緑色のブレザーとワイシャツ、白と黒のチェックのスカートに身を包み、黒い靴下と革靴を履いた、明るいブラウンのミディアムショートの髪を額の前で8対2の割合で分ける若干目つきの座った生意気な雰囲気の少女。その少女、猫屋敷花子は、間も無く芝生の校庭の上に敷かれた魔法陣の描かれた真っ白い布の前で両膝を突き、黒い小型犬を召喚した少女がしたようにシンボルや紋章を囲う円。それに向かって唇を寄せ、息をふっと吹きかけた。


 白い布に血を混ぜた黒いインクで書かれた魔法陣。円のその次に入れ子になっている六芒星。それが真っ先に蒸発するように消え失せた後、布が真っ黒に染まって芝生の上へと溶けていき、溜まったタールのようにその場へ残った。それを見た紋章術の講師であるメガネのおっさんはなんだか焦ったように花子の傍へと駆け寄ってきて、芝生を飲み込んで徐々に円形に広がっていくタール溜まりのようなそれへ向かい、札を何枚か投げ落とす。


 「あぁ、魔除けのシンボルがやられちゃった。あれッ、あっ…これ不味いかも」


 なんだか焦った様子でメガネのおっさん。投げ入れられた札すらも飲み込み、肥大化を続けるそれに、焦りと諦念の宿る雰囲気で呟いた。紋章術の権威のおっさんの焦り。そして眼前に広がるゆっくりと肥大化していく漆黒の水たまり。それに花子は若干気圧されたようにその場から立ち上がり、後ずさりを始めたその時、黒い水たまりの中心から俯いた状態の人影がゆっくりと立ち上がった。


 そしてそれに集まるようにしてタール状の黒い水が集まり、その身体に這いながら消えていき、その人影の姿がハッキリと見えるようになってくる。


 …身長は180センチほど。宝石と意匠の凝った彫金の黒い金属の軽装鎧と上質な布のスモールマント。それらを着込むスタイルの良く、引き締まった印象を受ける体つきの褐色肌の男。髪色は灰色で、その銀の瞳の瞳孔は縦に長く、口元から牙が覗き頭部に角が二本。己の力に酔いしれた傲慢さ。それが強く見て取れる美男。それが現れた。只ならぬ雰囲気のそれに、周囲の空気は凍り付く。だが、その中でもメガネをかけたおっさんだけは違った。


 「猫屋敷さん、今召喚してしまった使い魔は危険な可能性がある。だから召喚主の権限を使って元の世界に戻してください」


 メガネのおっさんの話を聞き、コクコクと頷く花子など気にも留めず、召喚された男が周囲を悠々と見まわし、口元に高慢ちきな笑みを作った瞬間、彼の背後から急に湧き出る4体の人影と1匹の何か。召喚された黒い軽装鎧の男は己の背後に感じたその気配に振り返った。まるで、予期せぬものを感じ取ったように。驚いたような顔をして。


 「!」


 男の銀色の瞳に真っ先に映るのは身長210センチはありそうな大きな体を持つ真っ白い肌の、眉もないスキンヘッドの男。肩幅は広く、筋骨隆々なそれは鋭い目つきをしていて、赤紫色の瞳を動かし、その猫のように長細い瞳孔で周囲の状況を眺めている。威圧感は確かにあるが、知性と落ち着きを感じる雰囲気。服装は灰色のチュニックと紺のズボン。足には茶色いショートブーツ。肉体こそ立派であるが、装備は丸腰と言って差し支えない、戦いを想定したものではなかった。


 召喚された黒い軽装鎧の男が状況が読み込めず、戸惑っているその最中、花子は迷っていた。複数居る使い魔たちの姿を見、それから若干不安そうな目で指示を仰ぐようにメガネのおっさんの方へと視線をやって。だが、メガネのおっさんは先ほどの焦ったような態度を一変させ、複数居る使い魔たちに視線を釘付けにしていた。眼鏡越しに、宝物でも見つけた少年のようにその瞳をキラキラとさせて。


 話を聞いていやしない。早々にメガネのおっさんに頼っても無駄であると見限りを付けた花子は、とりあえず黒い軽装鎧の男の方へ右手を翳し、左手に持った安全ピンでその手の甲を刺す。片目を閉じ、口元を痛みにやや歪めながら。チクリとした痛みの後、白い手の甲に小さく血の粒が浮き出たのを確認すると、それを左手人差し指で潰して横に引き、手の甲に血を薄く伸ばす。


 …使い魔に対して行える絶対的な命令。それをするための手法。事前に教わった情報通りの手順を行えば、血の塗られた箇所にぼんやりと赤く浮き出る大小さまざまな手が絡みつく禍々しいデザインの紋章。決別の明確な意思を持ち、なんだか戸惑った様子で己の背後から急に現れた者たちを見る、黒い軽装服の男を見据え――


 「帰れッ! バー――」


 だが、歯切れよく切り出される花子の決別の意思宿る言葉は、言い切られることはなかった。その翳された手の先を遮るスーツ姿の上半身。半泣きの、必死の形相をしたメガネのおっさん。それを見、驚いたことによって。

 

 「やっぱり送り返しちゃらめぇッ! 人類史上初の群棲召喚なのォ! 凄いのォ!」


 「くッ…こいつっ! 名声に目が眩んだかッ! 六芒星潰されたってことはヤバい使い魔なんじゃないのッ!? 早く送り返さなきゃ…!」


 人類史上初の事例。それを指導し、立ち会ったという名声。それに目が眩んだのか、掌を返してじりじりと花子に近寄り、群棲召喚された使い魔たちを送り返すことを阻止しようとするメガネのおっさん。その必死さ、駄々をこねるように喚く中年の男の姿に花子はその表情を引き攣らせ、メガネのおっさんを避けるかのように、後ずさって手を引っ込めた。が…


 「ぬぅッ…!」


 召喚主の血を使った絶対的な命令。それはしっかりと届いてしまったようで黒い軽装鎧の男に早速変化があった。彼の足元に落ちる黒く、丸い影。それから伸びる複数の手。それに掴まれ、彼は影の中へ引きずり込まれていく。だが、その周囲にいる他4人と1匹の黄色い翼竜にはその現象は起こらず、何食わぬ顔をして割と必死に足掻く黒い軽装鎧の男の方を眺めていた。…まるで見世物を見るような雰囲気で。一部は適当な応援の言葉を掛けながら。


 「人類初の快挙! 群棲召喚がぁ!」


 ただ、メガネのおっさんにとってそれはショッキングな光景だったようで、悲痛な叫びをあげてその有様を眺めていた。頬に両手をあて、まるでムンクの叫びのように。しかし――


 「フッ…猪口才な! そんなものでこの俺は縛れんッ! あとお前らッ、見世物ではないぞッ!」


 しかし、影から伸びる手が黒い軽装鎧の男を掴めていたのはほんの間もない間で、彼の身体に絡みついていた大小さまざまな黒い手は、黒い波動に弾き飛ばされ、萎れた花のように外側へとへたり込み、それらが現れた黒い丸影と共に薄まって消え去った。…一瞬彼が日本語を話したことに対し、驚いたような顔をした花子であったが、使い魔は召喚主の知識を一部継承するということを思い出し、驚くようなものでもないかと考え直す。


 「おぉ~、すっごい強い。さすが群棲召喚。その辺の雑魚使い魔とは違いますわ…ざまあみろっ、この小娘! この群棲召喚を指導し立ち会ったのはこの私だァ!」


 恍惚とした表情からえらく攻撃的な表情にその顔を変え、己の身体の前で力強いガッツポーズを決めつつ花子に向き直るメガネのおっさん。送還が上手く行かなかったことを勝ち誇り、喜んだ風だった。…人に物を教える立場の人間として、社会人としてどうかと思える感情むき出しの姿で。花子はただただ眉間に皺を寄せる。


 「…野々村先生、ツッコみが追い付かないです」


 花子はそんな彼の様子を眺めて落ち着きを取り戻した後、一人の生徒としての立ち振る舞いを思い出しながら返事を返す。冷めた目。視線を送りながら。明らかな呆れ。それを心のうちに孕んだ様子で。そしてさらに続ける。これからの対応。それが解らないから。


 「今からどうしたらいいですか? 六芒星消し去った使い魔帰ってくれないんですけど。良いんですか?」


 ようやく落ち着きを取り戻したメガネのおっさん。さっきの取り乱しっぷりを顧みて、なんだかすごくバツの悪そうな顔をし、咳払いを何度かすると花子の方から視線を逸らしながら口を開いた。


 「ああ…うぅん…。美味しい食べ物とお酒あれば大体満たされるだろうから…悪いことしないと思います」


 「でもですね…」


 「召喚者権限で返せないんだからしょうがないじゃないですか。仕方ない仕方ない。そういうときもありますって人生」


 他人事のように言いながら、そして何とかどうにもできなかったという体で、送還を諦める形に持っていきたがっている風なメガネのおっさん。腹の底の見え透くその様、薄ら笑いに花子は片眉を吊り上げつつ、再び安全ピンを左手に持った。


 「…もうちょっと血の量増やしたら送還できるかしら」


 「あぁッ、だめっ、やめて! 送還しようとしないでッ! お願いッ! なんでもするからぁッ!」

 

 何とか群棲召喚の最初のケースとして現状維持したいメガネのおっさんは、再度送還しようとする素振りを見せる花子へと縋りつく。そうこうしているうちに群棲召喚された使い魔たちが花子の方へと向かってくる。…話の主軸。それに位置していた黒い軽装鎧の男をただ一人取り残して。相変わらず大物感を醸し出していたが、捨て置かれたそれは、なんだか寂しそうな視線を花子たちの方へと向かう使い魔たちの背に向けていた。


 「やぁ、お前ら。オルガさんだぞ」


 ものすごく気さくな、フランクな態度でその見上げるほど背の高い女は声を掛けてきた。頭に黒く軽く崩れたターバン。項下で束ねられ、腰下まで一直線に伸びる白銀の髪。右目は髪で覆われており、左目だけが露出している。真っ白く、縦に綺麗に折り目の付いたアラジンパンツに足には先の尖った靴。上には着丈の長い黒い上着とインナー。腰回りに長細いベルトが三重に巻かれ、小さなナイフの収まった鞘や小物入れが取り付けられている。胸部には斜めに掛かる宝石帯とキラキラと輝く装飾品などが見える。瞳は瑠璃色で瞳孔は縦に長く、見た目は冷たく美しい印象を受けるもの。肌は雪のように真っ白く、身長は190センチほどあり、体格も立派なものだった。


 「あっ…どうも。あなた方の召喚主となりました猫屋敷花子です」


 「ん? 召喚主?」


 「えぇ。勝手にこっちの世界に連れてきてしまって申し訳ないんですけど、あなた方は私の使い魔と言う立場になりまして…あぁ、でもご迷惑でしたら元の世界に送り返しますので…」


 ものすごく他人行儀に花子は簡潔に自己紹介をし、オルガは花子の言葉に疑問を持った風に片手を形の良い顎に当てて小首を傾げた。その間、花子は罪悪感からかオルガの方を見ようとはせず、召喚した者たちへ申し訳ない気分になりながら、ご機嫌を窺ったように言葉を紡いで相手の今置かれた状況を簡潔に説明して。


 「やぁだ! 群棲召喚した使い魔送還するのやぁだ!」


 地団駄を踏んでごねるメガネのおっさんを視界の端に映しながら、花子は考える。とても静かな、遠い目をして。今まで大して考えては来なかった業の深い技、召喚魔法について。…召喚魔法と言うのは理不尽で傲慢で迷惑なものだ。勝手に他の世界から人や動物を浚って自分の世界に連れてきて、隷属させる。使役を目的とするただの拉致。正しいわけがない。百歩譲って動物まではいいとしても、人と同じ高度な知能を持つ生命体をそうしてしまうのは明らかな侵害行為。許されざる業。今、花子の中に巡るのはそんな考えだった。


 「ハハッ、気にするな。ご主人! オルガさんたちは丁度退屈していたところだったんだよ! これからよろしくな!」


 だが、召喚した使い魔であるオルガ。それから帰ってきた言葉は思ってもみないもので、思わず花子は耳を疑ったように顔を上げ、オルガを見上げた。


 「元の世界に家族とか大切な人とか居るんじゃないんですか? いいんですか? そんな軽々決めて…普通帰りたがりません? 私だったら絶対帰りたがりますけど。無理してませんか?」


 「ふふ…心配無用だ。ご主人。この命……あるのか知らんけど。…それが尽きるまで美食、珍味…それへの探究にすべてを捧げるのがオルガさん。故に好都合…別世界!」


 帰った方が良いのでは。そう言いたげな言葉と雰囲気、誘導尋問じみた言葉運びで花子は言うが、オルガは一切迷いのない様子でこの世界に留まる旨を返してくる。それは揺らぎそうにない物だった。その様子を不安げに、そわそわして眺めていたメガネのおっさんは胸を撫で下ろす。心底安心したように。


 「ほらッ、召喚された方々もこう言ってらっしゃる! 彼女たちの意思を尊重するべきですよ! 猫屋敷さん!」


 流れが己の方に向いてきたと思えばその態度を豹変させるメガネのおっさん。先ほどまで弱弱しく媚びた風であったが、今は片手を上下に振りながら己の勝利を確信したかのように騒ぎ立てている。本当に調子が良く、いい性格をしている。ムカつくはずだが、花子の今の気持ちはとても静かな物だった。…まるで、一種の悟りの境地にたどり着いたかのように。


 「野々村先生は少し黙っててください」


 …危険な使い魔に人類史上初の群棲召喚。初めての使い魔。発狂する紋章術の権威。目まぐるしい状況の変化。新しい物の登場。花子はそれらについて行くことを放棄したようで、ただ淡々と。騒ぐメガネのおっさんへ受け答えた。


 「なんか大変そうだな。ご主人。…よし、とりあえずオルガさんと愉快な仲間たちを紹介するぞ。まずは…小春ちゃん!」


 「落霜紅小春と言います。これからよろしくお願いしますね。花子ちゃん」


 早速始まる仲間の紹介。オルガの一言によって前へと出てくる、朱色の袴に身を包んだ少女。顔つきは幼く、瞳の色は深い赤。髪色は淡い赤色で、肩までの長さ。結構な癖毛で横に広く広がっている。背は花子より低く、身長は150センチほど。腰にはトンボの絵が描かれた鞘に収まった刀と脇差のセット。柄頭には赤い鈴が付いている。足には神主が履くような足袋。その下に草履を履いている。それは、丁寧な一礼と共に自己紹介し、頭を上げた後でなんだかのほほんとした優しい笑みを向けた。


 「あっ、はい。よろしくお願いします」


 他人行儀。まだまだ硬い顔、応対で花子はその己より小さく、幼く見える小春へ応答。その傍にいるオルガは花子達の居る集まりから若干遠くに居る、黒く長い艶やかな髪、そしてスタイル抜群な、こちらに背を向ける女の方へ手を振り、口を開く。


 「次。…あー、プリケツッ…あいつ無視してッ…! じゃあいいや、イグナートのおっさんを紹介しよう」


 オルガの呼びかけに、そのミステリアスな雰囲気の黒い髪の美女は一切の反応を示さず、校舎の方を眺めるだけ。明らかに聞こえているであろうにも関わらず。明らかな無視。オルガはそれに若干ムカついたように語気を強めながら、なんだか寂しそうにする黒い軽装鎧の男。それの方を腕を組んで見据えていた大柄な、スキンヘッドの男を手招いた。そしてそれは視線を黒い軽装男の方から外し、花子の方へと歩いてくる。…その鋭い目つき、大きな体も相まってものすごい威圧感だ。


 「話は聞いた。暫く世話になる」


 「あぁ…はい。よろしくお願いします」


 オルガとイグナートが並ぶことによって目の前に成る二つの双璧。自分の目に照り付けていた太陽の光は遮られ、彼らの影が黒く落ちる。自然と花子は見上げる形となり、少しばかりその威圧感にのまれた様子で挨拶をする。…まあ、今オルガが紹介してくれたイグナートもオルガも別に威圧しようなんて思ってはいないのだろうが。


 イグナートと花子の会話が終わった瞬間、その合間に首を突っ込んでくる黄色い翼竜。鋭い矢じりの様な三角頭に金色の瞳。折りたたまれた翼。全長は6メートル。体高はあまり高くなく150センチほど。背中には金なのか、黄金に輝く金属と白い革で作られた豪華な鞍が取り付けられていて、まるで人懐っこい猫のようにイグナートの身体に頭を擦り付けている。


 「この黄色い翼竜は?」


 「オルガさんのペットのフリフオルだ。好物は果物の皮、紙! 水の魔法を得意とする凄い奴だよ!」

 

 「その割にはイグナートさんに懐いてるみたいですけど…」


 「イグナートのおっさんは子供とか動物とか心が無垢なものを集める力があるんだよ。たぶん。行く先々で鳥とかに囲まれるし。だが飼い主はオルガさんだ」


 イグナートはそのままその場から離れていき、その後ろをフリフオルが続く。歩行に適さないであろう大きな後ろ脚を交互に動かして、小刻みに、ゆっくりゆっくりと。ふと気が付けばメガネのおっさんと小春が何やら話している。花子がそちらの方へ視線を向けていると、オルガが先ほど紹介できなかった黒髪の美女を花子の方へ連れてきた。


 「紹介しよう。プリケツ君だ!」


 「ベウセットだ。このバカの言うことは真に受けるんじゃないぞ」


 花子は頷きつつ、頭の上から爪先までその美女、ベウセットの姿を眺めて口を開いた。


 「よろしくお願いします」


 どことなく妖しい雰囲気の整った美しい顔つき。切れ長の目と大きな黒い瞳。艶やかで一糸の乱れもない黒髪は肩上で切りそろえられ、だが、右耳より前方は長く胸下まで伸ばされた、前髪を眉の前で中央からやや右側から左耳の上まで一直線に切りそろえたアシンメトリーな髪型。左耳には銀色のピアスが見え、衣服は黒を基調とした、肌の露出の少ない身体のラインを強調するようなドレス状の衣服を着ている。足には黒い編み上げブーツ。腰にはベルトが巻かれていて、腰には鞘に収まったレイピアが見えた。身長は170センチ半ば。スタイルは羨ましくなるほどのもの。――見る物の目と心を奪う魔性の魅力。そんな雰囲気を花子は彼女から感じ取っていた。


 「今回の世界当たりじゃね? 文明レベル高そうだし、美味しい物いっぱいありそう」


 「お前は食うことしか考えていないな。それで…今回のレギュレーションはどうするんだ? 話の流れからして住む場所の心配はしなくて良さそうだが」


 「小春ちゃんがメガネのおっさんにいろいろ聞いてるっぽいし、その情報を吟味した上で決めよう。あんま緩くし過ぎるとつまらないしな!」


 最後、黒い軽装鎧の男の紹介に…行くかと思いきや、オルガはベウセットの紹介後、一向に彼の方へ向かっていこうとしない。それはおろかベウセットと話し始める始末。花子は少しそわそわしながら、ぽつんと取り残されながらも、薄ら笑いをその顔に浮かべて大物ぶる黒い軽装鎧の男とオルガ。それを交互に見据えているとオルガがその視線に気が付いた。


 「…あぁ、あの人は知んないよ。オルガさんたちの仲間じゃない。でもご主人の使い魔だから…オルガさんたちの同僚になるのかな」


 花子がそわそわする理由。それがいつまでたっても紹介されない黒い軽装鎧の男が原因と見たオルガは、自分達と黒い軽装鎧の男。それの関係について端的に話し、彼の方へと視線を向けた。その視線に気が付いた黒い軽装鎧の男はなんだか一瞬嬉しそうな顔をした後、その顔を再び余裕のある、なにか企んだ様な笑みに変え悠々とした歩みで花子の方へと向かってくる。それは鼻につくような尊大な態度で。


 「お前が私を召喚したのか? ふっ…小娘風情が…。この私が誰だか知っての事なのだろうな?」


 こいつは本当に危険な存在なのだろうか。そう思えてしまう様な薄っぺらく、腹の底にある自己承認欲求がありありと窺える言動。両腕を組み、威圧するように自分を見下す紛れもない小物のそれを花子は冷めた目で見上げ、左手に安全ピンを再度取った。


 「勝手に呼んだのは謝ります。召喚者権限で元の世界に送り返しますから、じっとしててください」


 淡々とした表情。淡々とした口調で花子は言って、安全ピンの針を右手の甲に近付けていく。周囲には身体の大きく背の高いオルガや背の高いベウセットが居るお陰で、メガネのおっさんは花子を見ることは叶わなく、今花子がしようとしていることに気が付いた様子はなく、小春からの質問攻めに付き合っていた。止める者はいない。花子はそう思っていた。しかし――


 「えっ…あっ…ちょっと。待て待て。そこはこう…なんかご機嫌取るところだろう? 流れ的に。魔王なのだぞ? 私は。仲間に出来たら思うがままだぞ」


 魔王を自称する黒い軽装鎧の男は何故か食い下がる。花子の塩対応。それが想定外だった風に。絶対に自分の存在を欲して貰えると高を括っていたのだろうと思える様子で。


 「いや…帰りたいんでしょう?」


 「えー…その…うーん。…居てやってもいいのだが?」

 

 「大丈夫です。間に合ってますから」


 「せんせー! こいつまた使い魔送還しようとしてますよー! いいんですかー!?」


 一切動じない花子と白い右手の甲に近付く針。追い詰められた表情をしていた黒い軽装鎧の男は、花子を指差しメガネのおっさんの方へと顔を向け、呼びかけた。割と必死に。するとメガネの奥、そこにある瞳をギラリと輝かせ、花子の傍へとメガネのおっさんが疾駆する。


 「ヤメテー! 5人と1匹の群棲召喚なのォ! 1人でも1匹でも減らしたくないのー! おねがーい!」


 花子の前で両膝を突き、己の両手を顔の前に組んで喚くメガネのおっさん。最初に見た威厳。教える者としての、権威としての風格。もうそこにはそんなもの欠片はおろか一抹も残ってはいなかった。花子は口元を引き攣らせ、それを見てため息を一つ吐くと安全ピンの針を戻し、それを征服のブレザーのポケットへと突っ込んで顔をプイッと反らした。


 「はぁ…解りました。解りましたよ。そんなことよりいいんですか? 次の召喚させた方が良くないですか?」


 重い溜息と明らかなる諦念。根負けしたように言う花子にメガネのおっさんとその直ぐ傍に立っていた黒い軽装鎧の男の顔がぱあっと明るくなる。


 「…あぁ、そうだった。猫屋敷さん。使い魔の皆さんと待機していてください。…送還したら泣き喚くからな!」


 「はいはい、解りましたって」


 釘を刺すように言うメガネのおっさんを後ろに、花子は召喚の見学をする生徒たちが居る場所へと向けて歩いて行く。その後ろにはオルガとベウセット。黒い軽装鎧の男。その後ろに小春、最後にフリフオルとイグナートが続く。


 魔除けのシンボルを破壊して現れた、血を使った命令が効かない制御できない使い魔。名声に目が眩んだ頼りにならない権威。それらに気を滅入らせて、花子は進む。そんな疲れ、元気のない花子の頭の上に柔らかい手の感覚がのった。顔を上げ、そちらの方へ顔を向けてみればベウセットの姿。黒い瞳に花子の姿を映し、静かで格好の良い微笑を浮かべていて、そこからは気遣いと優しさを感じられた。


 「よく頑張った」


 ベウセットはそうとだけ言うと花子の頭の上から手を退けて、視線を前へと向けた。花子は暫く驚いたような顔をしていたが、フンと鼻を鳴らして笑うとさっきよりも気を強く持ったような表情となって己の進む先を見据えた。


 花子たちが召喚のために確保された場。そこから退場したところで再び他の生徒による召喚が始まる。結局聞きそびれてしまった自称魔王の名前の事を頭の片隅で気にしつつ、オルガとベウセット、そして小春によるお喋りに耳を傾ける。中学二年生最初の授業。召喚魔法。それから得られた複数の使い魔。これから目まぐるしく変わるであろう日常に思いを馳せ、花子は鼻から息を吐き出して、その瞳をゆっくりと閉じた。

メガネのおっさんの本名は野々村龍太郎と言う設定。…あなたには解らないでしょうねェ!

(猫屋敷さんの髪色がパンケーキビルディングでの物と違うという指摘は)やめんか、これには訳があるんじゃ。

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