prologue:星の呼び声
――世界は滅びた。
その世界……<セプテントリオン>と呼ばれた世界は背筋も凍るような恐ろしさと有り得ないような神秘の奇跡を内包した、自然豊かな世界だった。
物好きな八柱の神が創り上げ、システムを構築した世界。
そして<セプテントリオン>を創り上げた後も八柱の神が誰一人として自身の役割を放り投げることなく、それぞれの国を造り上げ見守った……珍しく神が実在する世界でもあった。
時には自身の造り上げた国を半壊させる程の『大洪水』の試練を。
時には一つの麦の種を植えれば地面に垂れ下がる黄金の穂をつける『豊作』の祝福を。
<セプテントリオン>は、まさに神代の悪意と神秘に満ちたものだった。
――きっかけは一柱の神の消失から。
神の一柱が姿を消し、一つの国が滅亡する。
それ自体は<セプテントリオン>において大事件ではあるが、それで世界が滅ぶわけではない。一つの世界を回していた歯車。その歯車の役割を補うように他の歯車が互いに噛み合い、<セプテントリオン>の時間は進み続ける。既にその時代では、神の役割は既に世界にシステムとして組み込まれ、神々は見守ることに徹していた事も大きかったのだろう。
ただ一つ、問題が起きたとすればそれは……それぞれの神が造り上げた国。
各種族間の仲がほんの少し……そう、ほんの少しだけ悪くなったことだろう。
故に――<セプテントリオン>は滅びた。
突如、虚空から襲来した『空虚の神』と『知能を持たぬ獣共』によって。
七柱の神は『空虚の神』により消滅し、『知能を持たぬ獣共』によって大地は血に染められた。
滅びてしまった今ではたらればの話だが、七つの国が一つとなり立ち向かっていれば滅びる事は無かったかもしれない。
ただ、やはりたらればの話。願望だ。
一枚岩に小さな罅が入っていればそこから次第に罅が大きくなるように、『空虚の神』襲来前に滅んだ一柱と国の出来事が七つの国の協力を妨げたのである。
<セプテントリオン>が滅びるのにそう時間はかからなかった。
――“正義と名誉”は地に落ち、<聖騎士の王国>は誰も近寄れぬ【黒疫の廃都】となった。
――“夢と幻想”は変質し、<七界の幻想郷>は足を踏み入れれば誰も返ってこない【悪夢の失楽園】と化した。
――“知識と歴史”は焼け落ち、<賢人の学園都市>を嘲笑うように【愚者の巨塔】が造られた。
――“栄華と技術”は廃れ、<魔導帝国>は悪魔達が暇つぶしに集う【玩具の廃棄城】へと産まれ変わった。
――“活気と交易”は断たれ、<迷宮商業連合>は魔物が互いに殺し合う【蟲毒の獣穴】になった。
――“自由と誇り”は失墜し、<天空王の雲砦>は雲が空を覆い隠し【灰色の風雷城】と化した。
――“蒼海と生命”は尽く死に絶え、<海底の楽園>は紫毒が漂う【死海の霊安室】に変化した。
神秘は死に絶え、呪詛が大地を呪う。
空気中で視認出来る程に濃密になった魔素は数百の【ダンジョン】を形成し、大地を覆った。
しかし、そんな<セプテントリオン>における全てが悪変し、崩壊した中、たった一つだけ変わることなく動き続けたモノがある。
――『世界システム』。
かつて八柱の神が造り上げ、数百年後には世界に組み込まれて自動化されていた神々の置き土産であり遺物。
もちろん、その殆どが『空虚の神』によって滅亡させられたこの<セプテントリオン>では十全に動いてはいない。
だが、同時に<セプテントリオン>の滅亡と同時に動き出した『世界システム』があった。
それは、皮肉なことに『空虚の神』が襲来する前に消滅した一柱の神が残したシステム。
『<セプテントリオン>の住民が一割以下まで減少し、『世界システム』の四割が機能停止した場合に起動し、世界を救える者がいる可能性のある異世界へ接続する』と、言うもの。
誰も知らず、一度も起動したことは無いシステム。
ただ、危機的状況下でのみ起動するシステム。そんなものぶっつけ本番で上手く作動するわけも無い……はずだった。
最後の神による。
もしくは神秘による。
あるいは滅びた世界による奇跡だったのかもしれない。
――『世界システム』に組み込まれたその命令は、一切のエラーを吐くこと無く実行された。
接続先に選ばれた異世界は文明が発達し、また一定以上の人口が存在する世界。
――――『……接続成功。『世界システム』、<Last Stand>を実行します』
その日、地球の全ての人の脳内に無機質なアナウンスが響くこととなった。
「……え?」
例外はない。
14年間、原因不明の不治の病に侵され続けている少年にも。