聖女の変化
「あら?スライムダンジョンのお店の店主さんじゃないですか。そう言えば、あなたってダンジョンマスターで国王になられたのですよね。以前は私の勘違いで争いが起きてしまって申し訳ありませんでした」
起きて早々、正座をした聖女は丁寧な所作で頭を下げて謝罪してきた。
モンスターやそれに準ずる邪悪な存在を見たら、見境無く襲ってくるやばい女のはずだったのにもはや別の生き物だ。
ヴァイオレットは俺を忘れている以外、言動の変化はなかったがこいつを見てみろ、性格自体変わっているんじゃないか?
何の記憶が抜け落ちたらここまで人が変わってしまうんだ?
「い、いや、過ぎたことだ。と言うかあの段階だとただのダンジョンマスターだった訳だし」
各国の暗黙の了解で破壊はしないようにされていたけどな。
「そうですか……しかし、あなたはエスリメという国民全員が飢えることのない理想郷を作った心正しきダンジョンマスターではないですか。私がもっとあなたの話を聞いていればよかったのです」
神妙な顔でそう語る聖女。あまりの変貌に今まで一緒に旅をしていた光とセラの表情が引きつっている。
俺は聖女と顔を合わせたのは一度きりだが、わかるぞその気持ち。
「ま、まあ謝罪はその辺にして、僕たちの現状を共有したいんだけどいいかな?」
このままだと埒がいかないと思ったのか、先輩が間に入って聖女とヴァイオレットに俺達の置かれた状況を説明して、昼食を取った。
そして現在。
「多分、神への信仰の記憶を奪われたんじゃないかな。神関係の話を全くしていなかったし。彼女は聖女になって長かったから、明らかにおかしい記憶があったけど幸いと言うべきか、全く気にした様子はなかったね。腐っても神の能力、厄介な邪神だ」
神への信仰……確かにそれなら聖女の変わりようにも納得だ。
記憶を失う前の行動を見ても、あいつの頭の中の9割は神への信仰だったはずだから。
神への信仰を失ったら、残りはセラン王国の王女という肩書と、勇者光一行に同行していたということだけ。
実際、彼女が認知している記憶は、自身は王女という身分を捨てて冒険者となり、旅先で出会った光と共に旅をしているということだけだった。
何故冒険者になったかの動機は覚えていないと言っていた。それを疑問に思うこともなかった。
「待てよ?信仰を忘れたってことは聖属性魔法も使えなくなってことですか?」
「いや、スクロールを使う以外だと回復魔法は勿論、聖属性魔法を使うには神への信仰が必要だと思われているが、信仰が必要なのは初めて使うときだけ。つまり信仰はきっかけ程度の物なんだ。だから聖女ちゃんの実力自体は変わりないと思うよ」




