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1-9 なんであんたが謝るのよ

 翌日。ダンジョン「地下城」に潜ってから6日目となる。


 予定では今日が探索最終日で、あとの4日間は帰還のための日程だ。

 もっとも食料はまだ十分にあるし、体力的にも問題はないのでもっと先に進もうと思えば進める。けれども、現地で予定を崩すとろくな事にはならない、というウォーレンのスタンスに従い、明日からは来た道を寄り道なしで戻ることになる。

 この6日間、僕にとっては初めての経験ばかりで、こう言っちゃなんだけどちょっと楽しかった。……おっと危ない、無事に外に出られるまでは気を抜かないようにしないとな。





「この広間をクリアしたら戻ろうか」


「そうだな、そろそろ頃合だ。引き締めて掛かろうぜ」


 ウォーレンとダンカンの言葉に、僕たちは無言で頷く。

 目の前には、通路の突き当たりにそびえる巨大な両開きの扉があった。通路脇の扉から入る小部屋とは違って、広間は回避して先へは進めない。

 時刻は午後4時か5時ってところだろうか。確かに、ここを攻略したらもうすぐ日没の時間になるだろう。


 いつものようにウォーレンが、慎重に部屋の中を覗き見る。


「ヘルハウンド、右奥寄り、10から15。……アタックだ」


 ウォーレンが交戦を決め、他の3人はそれぞれ準備にかかる。大剣を抜いたダンカンは扉の横に移動、アンナとパトリシアは範囲魔法の詠唱だ。

 アンナが詠唱完了をアイコンタクトで報せると、ウォーレンが指でカウントダウンを始める。カウントゼロで一気に扉を開き、後衛二人が魔法を発動させた。〈メガフロスト〉と〈ダズンエクスプロージョン〉、それぞれが得意とする範囲攻撃魔法だ。


 急速凍結による冷気と複数の爆発音が扉から漏れ出してくる。

 これが小部屋ならもうほぼ決着はついたと言っていいけど、広間だとけっこう撃ち漏らしが出る。

 ウォーレンとダンカンが突入し、アンナとパトリシア、そして僕がその後に続く。


「ぅおりゃああああぁぁっ!」


「フレイムランス!」


「アイスエッジぃ」


 ヘルハウンドは、全長2メートルを超える巨大な黒犬だ。広間の右奥に集まっていた集団は範囲魔法で殲滅されている。

 前衛二人は手前左右の生き残りに襲い掛かり、後衛二人が左奥に魔法を放った。

 アンナ、パトリシアと僕の3人は、広間に入ったすぐ右側の壁に背をあずける形で固まっていたが、不意に背後から感じた敵意に驚き、思わず僕は振り向いた。


 壁から生えたヘルハウンドの頭が、パトリシアの首に噛み付こうとしている!


「パトリシア、危ないっ!」


「きゃっ!?」


「うわぁっ!!」


 咄嗟にパトリシアを突き飛ばして彼女を助ける事には成功したけど、代わりに僕が左肩を咬まれた。

 安物の革鎧は価格相当の防御力を発揮して、魔獣の牙がぐさりと身体に突き刺さる。


「シモンっ!」


「ぅぐっ!」


 そのまま壁の向こうに引きずり込まれそうになっている僕の右腕をパトリシアが掴んで引っ張る。痛い痛い、左肩が、左肩がちぎれるっ。

 もちろん僕も必死に踏ん張ってはいるけど、牛並みの体躯のヘルハウンドはたぶん体重500キロはあるだろう。二人合わせてもせいぜい100キロ程度の僕とパトリシアじゃ勝負にもならない。


「パティっ! シモン君っ!」


 最後に語尾の間延びしてないアンナの声を聞きながら、僕の意識は遠のいていった。





 次に目が覚めたとき、僕は小部屋で床の上に寝ていた。

 あれっ。僕、死んでないのか? ヘルハウンドはどこ行った? 左肩はどうなってる? パトリシアは? ……そうだ、パトリシアは!?


「……パトリシア!?」


 慌てて起き上がって周りを見渡す。

 ……いた。部屋の隅で体育座りして膝に顔を埋めている。


「大丈夫か? どこか怪我してるのか?」


「怪我をしてたのはシモンの方。あたしは何ともない」


 返事はしてくれたけど、ちょっと声に元気がない。顔も伏せたままだ。

 なんとなく話し辛いので、僕もパトリシアの隣に座った。ちょっとだけ距離を開けて。


「僕の怪我、パトリシアが治してくれたんだな。ありがとう。……ヘルハウンドは?」


「倒したわ。シモンを離したから、エクスプロージョンで」


「そっか、それもありがとう。……ところで、ここはどこだろう?」


「分からない。たぶん転移罠にかかったんだと思う」


「そっか…… ごめんな」


 他にもいろいろ気になる事はあったけど、これ以上聞くのはやめた。

 パトリシアは僕を助けようとして巻き込まれたんだから、それを悔やんでいるのかも知れないし。


「……なんであんたが謝るのよ」


「えっ? だってパトリシアは僕を助けようとして……」


「先に助けてくれたのはあんたじゃない! あたしが油断してたから! だから、こうなったのはあたしのせいよ!」


 違った。パトリシアは、僕を巻き込んだことに責任を感じてふさぎ込んでたみたいだ。

 失礼なこと考えてごめん、パトリシア。


「……ごめんね、シモン。あたしたち、もう帰れないかもしれない。帰還の護符が使えないのよ。たぶん、この部屋には結界が張られてる」



 帰還の護符ってのは、一気に迷宮入口まで転移させてくれる使い捨ての便利アイテムだ。万一に備えて全員が一枚ずつ持っている。ちなみに物凄く高価なものだ。

 それが使えないってことは、地道に自分の足で戻らなきゃならないってことだけど、現在位置が分からない以上、どこをどう通れば戻れるかも分からない。

 その上、戦力となるのは魔術士のパトリシア一人だ。少なくとも彼女はそう考えていて、僕を守りながら探索をして地上に戻るのは不可能だと、そう言っているわけだ。根はすごくいい子なんだよ。口はちょっと悪いけど。


 他には、

 この部屋から転移元の広間に戻る方法はないこと。

 この小部屋が今は安全地帯になっていること。

 小部屋の外の通路には馬鹿でかい甲虫の魔物がたくさんいて、そいつらは魔法をレジストするのでパトリシアには倒す手段がないこと。

 ……などを、僕が気を失っている間に調べてくれていた。


 そう言えば、僕はどのくらい気を失ってたんだろう?

 ヘルハウンドと戦っていたのが日暮れ前で、今この小部屋が明るいってことは、一晩以上か。ちょっとお腹が空いたかな。


「パトリシア、提案があるんだけど」


「……なによ」


「ご飯、食べない?」


「……はぁ? ちょっとあんた、この状況でなに暢気なこと言って……」


 くきゅうううぅ


 僕の言葉に気色ばんで大声を上げたパトリシアだけど、空腹と食欲が彼女自身を裏切った。言いかけた言葉を飲み込んで顔を真っ赤にしてる。


 よかった、ようやくパトリシアが顔を上げてくれたよ。

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