1-8 まぐれにしても上出来ね!
「地下城」に侵入してからもう5日が経った。
行程は順調らしく、もうかなり深い階層まで降りてきている。
どういう仕組みなのか「地下城」の中には地上と同じく昼夜があり、昼間に行動する分には魔法の照明もランプも必要ないくらいに明るい。
通路はまさに「城」の名に相応しく、広くて天井も高いので、全然圧迫感とかはない。
「甲殻蜘蛛1、アタック!」
「おうっ!」
通路を歩いていると、いかにも硬そうな外皮に覆われた全長3メートルほどのずんぐりとした巨大蜘蛛に遭遇した。
ウォーレンの号令でダンカンが甲殻蜘蛛の左側へ走り、アンナとパトリシアが呪文の詠唱を始める。ウォーレン自身はダンカンより先に逆サイドから敵に近付いている。
「ウインドカッター!」
「アイスエッジぃ」
ウォーレンが接敵する直前のタイミングで、後衛二人の魔法が発動。真空の刃と高速回転する氷の円盤が、それぞれ蜘蛛の太い前肢を1本ずつ切断し、敵の出足を挫く。
そこへウォーレンが突っ込んで、さらにもう1本の前肢を関節部から切り落とした。
あっという間に3本の脚を失った甲殻蜘蛛はギギギギギ、と気味の悪い音を立てながら身を捩り、ウォーレンに攻撃を加えようと方向転換する。
その背後をとる形でダンカンがうおおっ、と雄叫びを上げながら重そうな大剣を叩き付けるように振り下ろす。
ダンカンの大剣は甲殻蜘蛛の分厚い装甲を叩き割って、その頭部をほぼ両断した。
絶命した巨大な魔獣は、乾いた砂山が崩れるようにさらさらと床に落ち、直径3センチほどの丸い半透明な石だけを残して完全に消え失せた。
「ほらよ、パトリシア。魔晶石だ」
「わっとと。もう、いきなり投げないでよ!」
ダンジョンの中にいる魔獣は死体を残さず、魔晶石を残す。
この魔晶石が、ダンジョンに潜る冒険者たちにとっての主な収入源となるわけだ。
ウォーレンたちはここに至るまで、相当な数の魔獣を倒してきている。
魔獣の種類に応じて予め対処法が決められているらしく、戦闘中に相談や細かな指示などは全くしないのに、きちんと連携をとって危なげなく戦闘をこなしていく。
すごい。まさにプロフェッショナルって感じだな。
ちなみにさっきの甲殻蜘蛛は、僕の〈簡易鑑定〉によると危険度判定+7、つまりウォーレンと同じくらい危険な魔獣ってことになる。すげぇ危険だ。
……で、僕はと言えば、戦闘中は後衛のアンナとパトリシアのさらに後ろにいて、邪魔にならないようひたすらじっとしているだけだった。
いや、別に卑下してるわけじゃないよ。僕の活躍の場は、日が暮れてからなんだから。
何処からか通路を照らす光に、少し赤みがかかってきた。
ウォーレンがとある一枚の扉の前で立ち止まり、手振りで皆を遠ざけて静かに、ほんの少しだけ扉を開いて中を覗き見る。
「オーク、5から10。アタック」
そのウォーレンの一言で全て了解したとばかりに、ダンカンが扉口に移動し、アンナとパトリシアが小声で呪文を唱え始める。
少し長めの詠唱が途切れると、アンナがウォーレンに目配せをし、それを受けてウォーレンが勢いよく扉を開け放った。
「メガフロストぉ」
「ダズンエクスプロージョン!」
解放された扉から室内に範囲魔法が撃ち込まれる。
氷結の魔法があらゆるものを凍てつかせ、十数個の爆発による炎が全てを焼き尽くす。……僕の位置からは見えないけど。
そして爆風が収まると同時に、扉口に張り付いていたウォーレンとダンカンが部屋に突入。生き残った魔獣に止めを刺して回る。
結局3分もかからずに、その小部屋の制圧は終わった。
「ほらよ、パトリシア」
「だーかーら、投げないでってば! ……うわったたた」
部屋から出てきたダンカンが10個近い魔晶石を投げて寄こす。
パトリシアはそれを器用に受け止めていたけど、さすがに全部は無理だ。
彼女が受け損ねた2個の魔晶石がたまたま僕の近くに来たので、慌てつつも何とか床に落ちる前にキャッチした。
「はい、これ」
「あ…… ありがと。ま、まぐれにしても上出来ね!」
この子、キツいことさえ言わなきゃすごく可愛いんだけどなぁ。
小部屋の中の魔獣を殲滅したあと、再びその部屋から全員が出て行くまでの間、そこは安全地帯となる。
これは特にどこかにそうと明記されているわけではないけれど、長年の経験からそういうものとして定着しているらしい。
僕たち5人のうち、誰か一人でもこの部屋に残っていれば、この部屋に魔獣が発生することも、外から魔獣が侵入してくることもないそうだ。
とは言っても念のため、交代で不寝番はたてるんだけどね。
「それじゃあシモンさん、お願いしますぅ」
「了解です」
ざっと小部屋の中を片付けたあと、僕は〈ストレージ〉から野営セットを取り出していく。
魔道コンロ、大きな深鍋、タライ、パーティション、テーブルに椅子、小さなチェスト、簡易ベッド5つ、熱々のスープに焼きたてパン、食器、肉料理、などなど。
パーティションを使って部屋の片隅に女性専用エリアを作り、ベッド二つとチェスト、コンロ、鍋、タライをそこに配置。残りは適当に並べて料理をテーブルの上に広げれば完成だ。
「これでもう5日目だけど、やっぱり嘘みてぇな快適さだよな」
「そうよね、ダンジョンの中で毎日着替えて髪も洗えるなんて、最高ー」
「温かくて美味しいご飯が食べられて、幸せですぅ」
「もう、シモン君抜きでダンジョンに潜るなんて考えられないな」
お聞きのように、僕の野営セットはすこぶる好評だ。てゆーか、部屋の中でベッドで寝るんだから、これはもう野営じゃないよね?
正直、準備段階で調子に乗りすぎた。収容能力は荷馬車1台分、って設定はもうとっくにどこかに行ってしまっている。
主な原因はアレだ。パトリシアが、もう一杯になっちゃった? とか、これも持って行けないかな? なんて上目遣いで聞いてくるからいけないんだ。だって可愛いんだもん。いつもあんな感じだったらいいのに。
ま、幸い、誰も容量のことなんか気にしてないみたいだけどね。
作りたての食事と食後のお茶を堪能したあと、僕は女性陣と一緒に食器を片付け、アンナに〈浄化〉の魔法をかけてもらってから明日に備えてベッドに潜り込む。
この魔法のおかげで、5日経った今でも汗臭くはなっていない。やっぱり魔法は便利だ。使えないのが痛い。
しばらくするとパーティションの向こうから、アンナとパトリシアの楽しそうな話し声と一緒に、ぱちゃぱちゃと小さな水音が聞こえてきた。
うー。あの向こうでパトリシアが…… あ、いや。別に入浴してるわけではないよな。ただ髪を洗ってるだけで。
あ、でもそれはそれでちょっと…… うー、眠れん!