~13年後~
「……アル ……アルってば! おい、アレックス、起きろよ!」
「んんぅ? なんだよレオン……もう朝?」
「そうだよ朝だよ。寝ぼけてると稽古に遅れるぞ。今日はあの怖いおじさんもいるんだから」
「うわ、そうだった。やっべ」
僕は慌ててベッドから飛び起きる。側にはついこの前9歳になったばかりの弟、レオンが完全に身支度を整えて立っていた。
弟って言っても、歳は1ヵ月も離れていないんだけどね。
レオンに急かされながら着替えを済ませ、僕たち二人で使っている部屋を出て1階へと下りる。
他の弟や妹たちはまだ寝ている時間だから、静かに、そーっとだ。
「アルにレオ、おはよう。今日も早いわね」
「アレックス、靴紐が解けそうですよ。直してあげましょう」
「おはよう、パトリシアお母さん」
「ありがとう、アナベルお母さん」
食堂に入ると、パトリシアお母さんとアナベルお母さんがテーブルの準備をしていた。
パトリシアお母さんは僕のお母さんで、アナベルお母さんはレオンのお母さん。この家には他にも3人のお母さんがいるけど、どのお母さんもみんな僕たちのお母さんだ。
この事を友達に話すと決まって変な顔をされるけど、うちではずっとこれが普通なんだから仕方ない。
そして5人のお母さんの中でもこの2人は特別仲良しで、僕とレオン、ローゼとカレン、エドとルシール、それぞれが同じ年に産まれている。
きっとすごく仲が良いからだ。そうに違いない。
「おはようございます。お稽古の前に軽くつまんで行きませんか?」
台所からおにぎりの乗ったお皿を持って出てきたのは、クラリスお母さん。カトリーナとメロディのお母さんだ。いつも美味しいご飯を作ってくれる。
その後ろから、もう一人の料理上手なお母さんが……
「アルぅー。レオぉー。んんーっ、今日も可愛いなぁ!」
「うわっ」
「んぷっ」
あーあ、捕まっちゃった。プリムラお母さんが僕とレオンを抱えて頬ずりをしてくる。昔からずっとこうなんだけど、僕は最近ちょっとこれが恥ずかしい。
だってプリムラお母さんは、パトリシアお母さんたちと同じ歳のはずなんだけど、どう見ても僕たちよりちょっと上のお姉さんくらいにしか見えないから。でもレオンは僕と違って、今日もすごく嬉しそうだ。
それとプリムラお母さんには本当の子供はいないから、お母さんって呼ぶのはちょっと変な感じだ。
だけどお姉さんって呼ぶとすごく悲しそうな顔をされるから、諦めてお母さんって呼んでいる。
「あーあ。おれにも早く子供できねぇかなぁ」
「プリムラちゃんはついこの前オトナになったばかりじゃないですか。これからですよ、これから」
「ちょっとアナベル。子供の前でそんな話しないでよ!」
「おっと。これは失敬」
ん? 確かにプリムラお母さんは、見た目はアナベルお母さんよりも子供っぽいけど、同じ歳なんだからずっと前から大人だよね? 変なの。
「シャルロッテ様、足元にご注意ください」
「フロリー、私だってもう二度目なんだから、そんなに心配しなくても大丈夫よ」
「いいえ。何かあってからでは遅いのですから、油断は禁物です」
お手伝いのフロリーさんに支えられながら、シャルロッテお母さんが階段を下りてきた。
シャルロッテお母さんはラインハルトのお母さんで、いまお腹の中には僕の9人目の弟か妹がいる。シャルロッテお母さんは実はとても大きな国のお姫様で、ラインハルトはその国のオウイケイショウケンを持っているらしい。同じ4歳のルシールによくイタズラされて泣いてるけど。
プリムラお母さんのハグから解放されておにぎりをお腹に詰め込み、僕とレオンは走って玄関を出る。
途中で執事のベックさんに出会った時だけは早歩きだ。家の中で走ってるのを見られると叱られるから。
外に出て家の横手に回り込むと、そこは頑丈な石畳の敷かれた僕たちの稽古場だ。僕たちは3年前から、グスタフ大叔父さんに剣を習っている。
稽古場には大叔父さんの他にもう一人、男の人がいた。トウヤおじさんだ。
「「おはようございますっ!」」
「うむ」
「おう、久しぶりだな。今日は俺が扱いてやるから楽しみにしてろ?」
トウヤおじさんは、お父さんと同じ勇者だ。昔はもっとたくさんの勇者がいたそうだけど、今ではお父さんとトウヤおじさんの二人だけらしい。
それは僕たちが生まれる前の今から13年前に、お父さんが魔王を全部やっつけてしまって、もう勇者をこの世界に喚ぶ必要がなくなったからだ。
その時に、今この世界にいる勇者は元の世界に戻っていいよと神様のお告げがあったんだけど、お父さんとトウヤおじさんだけが帰らなかった。
お父さんはお母さんたちと結婚するためにこの世界に残ったんだけど、トウヤおじさんはなんと、お父さんと戦って勝つために残ったんだそうだ。
それから必ず年に一度、こうして遠くからお父さんを訪ねてくる。
「……で、今年もお父さんに負けたんですか?」
「おいレオン、やめろって!」
「ぐぅっ!? ……あの野郎、強すぎなんだよ。来年、来年こそはっ!」
「そうは言っても、トウヤ殿がその1年で強くなれば、それと同じかそれ以上にシモン殿も強くなるのでな。シモン殿が本気を出さねばならん相手など、もはやこの世界にはおらんだろう」
「ぐはっ!?」
お父さんは、自分の戦っているところを僕たちには見せてくれない。
だけど話を聞く限りでは、お父さんはグスタフ大叔父さんより強いというこのトウヤおじさんにも、本気を出さずに圧勝するらしい。……ちょっと普段の姿からは想像もできないけれど。
いつもより数段厳しい朝の稽古が終わって、ようやく朝ごはんだ。
今日もたくさん打たれてしまったので、アナベルお母さんに〈ヒーリング〉をかけてもらった。
剣の腕では僕はレオンには敵わない。と言うより、僕はあまり剣が得意じゃない。それでも無駄にはならないと思うから、こうして毎日練習はしているけれど。
食堂のテーブルには、5人のお母さんと僕を入れて9人の兄弟姉妹、グスタフ大叔父さんにトウヤおじさん、そしてお父さんがいる。
ローゼやカレンやルシールにベタベタと甘えられて嬉しそうな顔をしているお父さんを見ると、どうしたってそんなに強いって感じはしないよなぁ。
「アルー、レオー。そろそろ行かなきゃ。お父さん待ってるよ」
「あ、そうだな。行こう」
朝食が終わって一休みしていると、ひとつ下のカトリーナが呼びに来た。3人で向かうのは、お父さんの工房だ。
「いらっしゃーい」
「みんな頑張ってください」
「お茶でも淹れましょうか?」
「今日は何するんだっけ?」
ここはお父さんの仕事場のはずなんだけど、いつもお母さんたちのたまり場になっている。何でだろう?
部屋にはちゃんと立派な作業机があるんだけど、お父さんは床に胡座をかいているので、僕たちもその前に座った。これもいつものことだ。
「それじゃあ今日からは、ゴーレムの見たものを離れた場所から見る方法だ。まずは目の方から作っていってみようか」
僕たちはお父さんの手本に従って、〈ゴーレム作成〉を唱える。目の前の素材がモコモコとイメージした通りに形を変えていくのは、いつ見ても楽しい。
そう。僕とレオン、カトリーナは、お父さんと同じ「ゴーレム作成・運用」の適性を持っている。
こっちの方では、レオンより僕やカトリーナの方が上だ。レオンは大きなものを作るのは得意だけど、こういう細かい作業は下手なんだよな。
「しつもーん」
「なんだい、レオン?」
「お父さんってさ、本当に世界一強いの?」
突然のレオンの質問に僕はドキッとした。それは僕も知りたいけど、こんなことを聞くと叱られるかも、と思って聞けなかったことだ。
だけどお父さんもお母さんたちも、怒る気配はなくてニコニコしている。よかった。
「お父さんは強くないよ。強いのはお父さんの作るゴーレムだな。世界一かどうかは知らないけど」
「じゃあさ、お父さんと同じくらいゴーレムを作るのが上手くなったら、俺も世界一強くなれる?」
「そうだな。レオンはお父さんより大きなゴーレムを作れるし、アレックスはお父さんより器用だ。カトリーナは……」
「あたしそういうのは興味ないから、いい」
「はは、そっか」
お父さんがしょんぼりしてしまった。カトリーナは、下の妹たちと違って愛想がないからなぁ。
そうだ。僕もこの機会に、ずっと言いたかったことを言ってみよう。
「お父さん! 僕がもっと上手にゴーレムを作れるようになったら、僕と勝負してよ!」
「いいよ。それじゃあ、アレックスがもう少し大きくなったらやってみようか」
「俺も! お父さん、俺もっ!」
「ああ、レオンも一緒にな。カトリーナは……」
「あたしはいいってば」
またお父さんがちょっと肩を落として、お母さんたちはそれを見てくすくす笑っている。やった! これでお父さんの、「滅魔の勇者」の戦うところが見られるぞ!
レオンも同じことを考えていたみたいだ。思わず目を合わせて、グータッチする。
カトリーナだけはヤレヤレと言うように首を振って、作業に没頭していた。
お読みいただき、ありがとうございました。
これにて完結となります。
とは言え、また後日談など書きたくなってしまうことがあるかも知れませんので、その折にはどうぞよろしくお願いします。
また読後のご感想やポイントでの評価など、頂けますとありがたいです。




