6-6 温めてください
それからパトリシアのここ数日分の出来事を聞いて、時々キスをして、髪を触らせてもらったりもして、かなり夜の更けた頃に彼女は自分の部屋に戻って行った。
来た時とは真逆の上機嫌で、パトリシアがぱたぱたと手を振りながら軽い足取りで部屋を出る。
「おやすみ。今度はシモンがあたしの部屋に来てね」
「う、うん。おやすみ」
静かに扉が閉じられてから、彼女の言葉を反芻する。
……パトリシアの部屋に誘われちゃったぞ。これって社交辞令とかじゃないよな? いやいや社交辞令で普通言わないよ、そんなこと。
本当に行ってもいいんだろうか? えーマジで来たの信じらんない、とか言われない? いやいや言うわけないじゃないかパトリシアがそんなこと。
それよりもだ。僕は彼女の部屋に行って何をするんだ? ひょっとして、ちょっとくらいなら胸を触ったりしても怒られないかな? パトリシアもそういうの期待してたりする? いや、もしかするとそれ以上のことだって……
あーもうダメだ。静まれ僕の煩悩!
ベッドに頭から突っ込み、しばらくじたばたしているとだんだん頭が冷えてきた。
きっと、今日と同じだよ。近くにいて話をして、時々キスしたり手を繋いだりして。それで十分に幸せじゃないか。あんまりがっつくと嫌われちゃうかも知れないから気をつけよう。うん。
「お取り込み中、失礼します。シモンさま」
その時、不意に背後からアナベルの声がした。
しばらくベッドに突っ伏して身悶えしてたから、彼女が入ってきたことに気付かなかったのかな。僕、何も変なこと口走ってなかったよな?
……って言うかこんな時間に!? もう真夜中だよ?
慌てて体を起こして振り向くと、そこには確かにアナベルの姿があった。
あれっ、でも何か…… いつも風呂上がりに着ているようなジャージ風の部屋着じゃない。白いネグリジェだ。丈はかなり短くて生地も薄く、前は胸のところ一箇所で結んでいるだけだから、下の方はかなり大きく開いている。
その隙間からは、白いお腹と小さなへそと、水色の下着が覗いていた。いや、そもそも生地が透けているもんだから、上下の下着もちょっと幼い体のラインも、うっすらと全部見えてしまっている。足元も裸足で、ぶっちゃけものすごく扇情的な姿だ。
何だこれ。アナベルがなんでこんな時間にこんな格好で、僕の部屋に?
頭では見ちゃいけないと思いながら、どうしても視線を外せない。
アナベルが何も言わず、僕も彼女にかける言葉を見つけられないまま、しばらく時間が過ぎた。
そのもどかしいような沈黙を破ったのは、アナベルの方だった。
「シモンさま、寒いです。温めてください」
そりゃあ寒いだろう。もうそろそろ冬だっていうのに、そんな薄着じゃあね。
……いや、そうじゃない! いくら僕でも、今アナベルが言った言葉の意味くらいは分かる。
普段なら、またアナベルが変なこと言ってるよと軽く聞き流すところだろう。
でも今日は、いつもと全然雰囲気が違う。とても冗談や悪ふざけとは思えない。
……まさか、本気なのか? いつもはただ、僕とパトリシアの関係をからかっているだけなんだと思っていたのに。
何にせよ、このままじゃいけない。
僕はベッドから立ち上がって、彼女に歩み寄った。艶かしい身体の方はなるべく見ないように、目と目を合わせて。
もう少しで手が届くという距離にまで近づくと、アナベルは少しだけ僕の目から視線を逸らした。唇を固く結び、軽く俯いて、ネグリジェの裾をぎゅっと握る。
彼女が再び顔を上げて何かを言いかけたとき、僕は脱いだ上着を彼女の頭からぱさりと被せていた。
「どうか私の……わぷっ」
「はい、とりあえずこれを着て。ズボンは洗濯済みのを出すから、ちょっと待って……っと」
努めて軽い口調でそう言いつつ、アナベルの隣を通り過ぎようとすると、手首を掴まれ引き留められてしまった。
これはまずい。素の状態の筋力では「E」と「B」の差がある。力で僕に勝ち目はない。
アナベルは僕の渡した上着を片手で胸元にぎゅっと抱き締め、少し怒ったような表情で僕の目を見上げた。
「……貸して下さるのなら、シモンさまが今履いているズボンがいいです」
「ええっ。でも女の子の目の前でズボンを脱ぐなんて、恥ずかしいじゃないか」
「それも含めて、です。そうでなければこの手を離しません」
手首を掴まれて視線を合わせたまま少しの葛藤があって、結局僕は諦めてその要求を飲むことに決めた。何という屈辱か。
一方アナベルは僕の脱いだ部屋着一式を大事に抱え、とても嬉しそうだ。
「ありがとうございます。今日は大収穫でした。パンツと生脚を見られたのはお互い様ですので、お気になさらず。おやすみなさい」
最後に彼女はそう言い残して、部屋を出ていった。
アナベルのは見られたんじゃなくて、積極的に見せに来てたじゃないか。納得いかないぞ。
……でも結局、今夜のも悪ふざけだった……のかなぁ?
翌朝。
ベッドでまどろんでいると、廊下からバタバタと慌ただしい足音が聞こえ、ドアが乱暴にノックされた。
「シモン、起きてる!? 入ってもいい!?」
慌てたような声は、パトリシアだ。
急いでベッドから降りて、開いてるよと告げると、すぐにドアが開いて彼女が部屋に飛びこんできた。
「どうしたんだ、パトリシア?」
「アナベルがいないの! それで、こんな置き手紙が!」
パトリシアがそう言って、手に持っていた一枚の便箋を差し出す。
そこには、几帳面な字でこう書かれていた。
「事情があり、このたび故郷に帰ることになりました。
短い間ではありましたが、楽しい日々とたくさんの思い出をありがとうございました。皆さまのことは決して忘れません。
どうかお元気で。」




