5-9 止めないでください
結局アンコールに応えたシャルの2曲目は、誰でも知っているような明るい歌で、みんな大盛り上がり。
残念ながら僕はその歌を知らなかったけれど、それでも十分に楽しめた。
ちなみにシャルが歌っている間にアナベルが観客の周りを巡って集めた投げ銭は、金額にして1000ディル近くにもなった。
つまり2曲歌って1万円ということになる。なかなか立派なもんだ。
「えっ。このお金を私が頂いていいの?」
小さな革袋に入れて手渡された100枚以上の銅貨に最初は戸惑っていたシャルだったが、それが生まれて初めて手にする自分自身のお金だという実感が湧いてからは、ずっと大事そうに抱き締め続けていた。
そのあとは当初の予定通り、ベックと一緒に彼の家へ行ってフロリーの容態を確認し、2人に昼食のお裾分けをして帰った。
そしてその次の日からも毎日、昼食のお裾分けは続くことになる。
最初はごく普通に、僕たちと同じものを少し余分に作るだけだったんだけど、ベックとフロリーがあんまり美味しそうに食べてくれるものだからクラリスとプリムラの調理意欲に火がついてしまい、3日もするうちに完全に別メニューになった。
そして最終的には、僕たちの昼食よりもよほど豪華な内容になるという本末転倒っぷりだ。まあいいけどね。
そんなこんなで数日が経ち、フロリーの体調もほぼ元通りと言っていいくらいに回復し、家で編み籠作りを再開している。
この何日かでシャルはフロリーとかなり仲良くなったらしく、気付けば彼女と一緒に床に座って蔓と格闘していたりする。
考えてみれば大国の皇女様にそんなことをさせていて大丈夫なのかなとちょっと不安になったりもしたけれど、彼女がフロリーに教わりながら籠を編む様子をグスタフさんが微笑ましげに眺めているので、たぶん問題ないんじゃないかなと思う。
そしてその日も大量の料理を〈ストレージ〉に入れ、僕たちはベックの住む廃屋へとやってきた。
今日は広場にベックの姿がなかったので、たぶんこっちにいるはずだ。
勝手知ったる他人の家、って感じで扉代わりの板切れを動かそうとすると、グスタフさんがそれを制止した。
「シモン殿、様子がおかしい。私が先に行こう」
そう言って一人で中へ入って行く。僕は何も気付かなかったけど……
だけどグスタフさんがそう言うなら何かあるんだろう。ひょっとするとフロリーの病気が再発したか、あるいは空き巣や強盗か。
ベックたちの身の安全を願いつつ、パトリシアたちには今度こそ外で待っているように言い置いて、僕も足音を殺してその後に続いた。
いつもは全然気にならなかったけれど、腐りかけた床板はどんなに気をつけて歩いても一歩ごとにギィギィと耳障りな音を立てる。その音に緊張を高めながらゆっくりと奥へと進む。
そもそもが小さな家だ。少し歩けばすぐにフロリーの寝ていた奥の部屋が覗ける位置に来た。けれどそこに人の姿はなく、話し声や物音も聞こえてこない。
「むんっ!」
そこで突然グスタフさんが、奥の部屋へと猛ダッシュで飛び込んで行った。
部屋に入った直後にしゃがみこむように姿勢を低くすると、僕からは死角になる方向へ猛然と飛びかかる。
「う、うわぁっ!? ……ごふっ!」
ドスッ、ガシャンと重い音が響き、グスタフさんのものではない悲鳴が上がる。
慌てて僕も奥の部屋へ走り込むと、そこには、グスタフさんに組み敷かれて呻き声を上げる男の姿があった。
「大丈夫ですか、グスタフさん!?」
「ああ、私は何ともない。それよりも、シモン殿の力でこの男を拘束して頂きたいのだが、良いだろうか?」
「クソっ、離しやがれこの…… うぎゃあ痛ぇっ!!」
グスタフさんは床にうつ伏せになった男の腕を固め、片膝をその背中に乗せている。特に力を込めているようには見えないけど、男の表情は苦悶に歪んでいた。
あー。こう言うの、格闘技とかの動画で見たことあるな。どうやっているのかはさっぱり分からないけど。
とりあえずその男をミニゴーレムの鎖で縛り上げ、話を聞いてみることにした。
ベックとフロリーの生活の場である奥の部屋は、もともとそんなに片付けられてはいなかったけれど、今は明らかに荒らされている。
物入れの箱はひっくり返されて中身が床に散乱し、ベッドに敷かれていた薄い毛布もひっぺがされている。それらがこの男の仕業であることは間違いない。
ベックたちの留守中に入り込んだ空き巣か、それとも……
「ここには幼い兄妹がいたはずなんだけど、見なかったか?」
「何だこのクソ野郎俺にこんな事をしてタダで済むと思って……ひぎいいいっ!?」
男はこちらの質問に答えようともせずに喚き散らす。
その背中に回された手をグスタフさんが軽く捻ると、彼は高い悲鳴を上げてビクンと仰け反り、ちょっとだけ大人しくなった。
「俺はここのガキに薬を売ってやったんだよ。ところがその薬のおかげで妹の病気が治ったってのに代金を払いやがらねぇもんだから、そのカタに妹の方を連れて行ったんだ。その薬がなけりゃ死んでたんだから、そりゃコッチとしちゃあ当然だろ? なのにガキがしつっこく食い下がりやがって、もう面倒臭ぇから一緒に……」
……何言ってるんだコイツ。
抵抗する気が薄れたところで、あらためてここで何をしていたのかと訊いてみるとこの有様だ。
すらすらと男の口から並べ立てられる嘘に、僕だけじゃなくグスタフさんの表情も険しくなっていく。
それはそうだろう。こっちはベックが薬を買ってないことを知っているし、フロリーの病気を治したのは僕だ。
て言うか、コイツがベックを騙して偽の薬を売りつけようとした張本人なんじゃないか。
それが今度は買ってもいない薬の代金がわりにフロリーを連れて行っただって? 盗人猛々しいにも程があるだろう。
だけどそれをいま指摘してみたところで、こっちにも証拠はない。水掛け論になるのは目に見えているし、それよりもっと重要なことがある。
「それで、ベックたちは今どこにいるんだ?」
「ああん? そりゃお前、ボスのところに決まってるじゃねぇか。妹は娼館にでも売りゃ薬代くらいにはなるし、ガキの方だってあのくらいの年ならまだ買い手がつくだろ」
「……何だって?」
「へっ、どんだけ凄んだってボスの居場所は教えねぇよ。俺はラゲドファミリーの一員だぜ。俺たちは何があっても絶対に仲間を裏切らねぇ。それに、俺に手を出した時点でお前らはお終いだ。必ず仲間がお前たちを始末する。何せ俺達にゃ神殿騎士だって恐れて手を出せねぇんだからよ」
ああ、この男もあのストリートギャングの一員か。
この周辺で揉め事を起こして街の住民に迷惑をかけ続け、パトリシアたちに絡んできて、今度はベックとフロリーを騙して攫って行った。
おまけにベックたちを売るだって? もう本格的に頭にきたぞ。こんな奴ら相手に手加減なんか必要ない。徹底的に叩きのめしてやる。
「グスタフさん。これから僕は、どんなことをしてでもこの男からベックたちの居場所を訊き出します。止めないでください」
「ああ、無論だ。何があろうと止めはせぬ」
「……な、何だそりゃ? 何しようってんだ?」
僕が〈ストレージ〉から取り出したのは、実戦で使うアテはないけどやっぱり作りたかったリボルバー。マテバM-M2007、6インチだ。
マテバの銃口を向けられた男は、銃というものは知らなくてもそれが武器であることは察したのだろう。その射線から逃れようと必死にもがく。
いつもなら対人戦ではスタンモードに設定する10ミリ弾丸ゴーレムだけど、それじゃあ対象の無力化はできても脅しとしては不十分だ。
だから今日は、リーサルモードのままで撃つ。
相手の恐怖心を煽るため、できるだけ無表情で淡々と。正直こっちも心臓が口から飛び出しそうなくらいバクバク鳴ってるけど。
僕はマテバの照準を拘束されて床に転がる男の頭からすっと下へ動かし、トリガーを引いた。
ズパンッ!!
「あっ……があああぁぁっ!?」
狙い通り、弾丸ゴーレムは男の右膝に命中。肉を貫き骨を砕いた後に変形して体内に残り、そこで暴れ回って新たな激痛を生み出し続ける。
ああもう、想像するだけで膝から力が抜ける……
「ひいぃいいぃいっ! ぎいいいぃいぃいいいぃっ!!」
ズパンッ!
「ぅえらばっ! ……ま、ま、はな、はなっ!」
ズパンッ!!
「ぎゃああぁああああああぁあぁっ!?」
結局、この3発で男は何もかも話す気になってくれた。
やっぱり僕自身のためにも、ある程度の手加減は必要かもな…… 疲れた……




