4-9 許さないんだからっ!
それから僕たちは、再び戦場を突っ切ってマルトニー伯爵の砦に向かった。
両軍の兵士たちはもうその時すでに戦闘を中止していて、通り過ぎる僕たちに向けて、敵味方関係なく一斉に腕を突き上げ歓声を上げていた。
……で、目的のマルトニー伯爵はと言えば、もう呆気なさすぎるくらいに呆気なくすべての非を認め、金輪際戦争は起こさないと誓約してくれた。僕ひとりに対しても及び腰だったのに、今度は6人がかりだもんな。
トウヤとロッキーなんか、道中で全然抵抗に遭わなかったもんだから欲求不満で殺気立ってたし。あれは怖かったと思うよ、同情はしないけどね。
トウヤたちとの戦闘、両陣地の破壊と伯爵の脅……説得、そして遠距離通話の魔道具を使った王都への報告と、一通り終わった頃にはもう日が傾いていた。
僕たちは両伯爵を脅……頼んで、兵士たちに可能な限りのご馳走とお酒を振舞ってもらい、両軍合同で終戦の祝宴を開くことにした。
「ウォーレンよ、お前にはなかなか見どころがある。こんな田舎で農夫などさせておくのは勿体ない。王都で騎士になるつもりがあるのなら、俺が口添えするぞ」
「お誘いはありがたいんですが、俺は昔から故郷で農場を持つのが夢で……」
「近衛騎士団に入れば、俺が直々に鍛え上げてやろう。なに、お前なら3年もすればそこのロッキーなどよりも使えるようになるだろう。畑仕事など引退してから好きなだけすれば良いではないか」
「おい、今のは聞き捨てならねぇな。何なら今ここでやるか、坊主?」
「いや俺は別に何も……」
ウォーレンが酔っ払ったビリーとロッキーに絡まれている。特にロッキーの絡みはタチが悪い。
ちなみにビリーはレトナク王国近衛騎士団の副団長で、男爵位を持っているらしい。ロッキーは王国軍第1師団の千人長で、エドワードは王室剣術指南役だそうだ。
酒の席でのこととは言え、すごい人に認められたもんだな。僕までなんだかちょっと鼻が高い。
「ロッキー。ウォーレンはシモンの友人だってことを忘れるなよ。あんまり無茶するとあとが怖いぞ?」
「あぁん!? ……あぁ、そうだったな。すまねぇ、さっきのは忘れてくれ」
「あはははっ。恐れ知らずのロッキー千人長にも、ついに怖いものができましたか。いいことです」
「うるせぇ! 俺よりお前の方がよっぽどボロボロにやられてたじゃねぇか!」
「その通りです。そして私は兵法家ですから、勝ち目のない相手を無意味に怒らせるような愚は冒しませんよ。……ね、勇者シモン殿?」
ね、なんて言われても。
勝つには勝ったけど、トウヤたちとの闘いはけっこうギリギリだったから、それは過大評価ってやつだ。それとも単にからかわれているだけか。そっちの方がありそうだな。
そして翌朝もまた、王都からの両伯爵に対する処分決定の連絡に付き合わされ、あれやこれやの事後処理が終わった頃にはもう昼を少し回っていた。
処分内容は、水利権に関する今後一切の争いの禁止と罰金、および領民に対する課税率の凍結だそうだ。
この処分が重いのか軽いのか、正直僕には分からない。けれど言い渡された両伯爵が絶望的な表情で項垂れていたので、まあ良しとしよう。
よぉし、これでやっと帰れるぞ!
「この車もゴーレムか! マジでシモンの能力は何でもありだな!」
小型RVゴーレムの助手席にウォーレンを乗せ、驚くトウヤたちに別れを告げた。
歓迎するから今度は王都に来いよ、なんて言ってるけど、トウヤとロッキーの「歓迎」は信用ならない。たぶん10中9.9か9.95くらいでまた闘うはめになるんじゃないか?
だからできるだけ近付かないようにしよう。心の中でそう思いながら、笑顔で手を振っておいた。
戦場を離れ、小型RVゴーレムは快調に石畳の街道を飛ばしていく。
路面の状態はあまりよくないけど、タイヤとサスペンションの追従性が反則レベルなのでほとんど揺れを感じることはない。
この分だと、余裕で夕方までにはライタスへ帰れるな。出発してから丸2日か。パトリシアたちと約束した期限までに戻れて一安心だ。
「……シモン君、この乗り物は、とんでもない速さだね?」
「あ、ゴメン。もうちょっとゆっくり走るよ」
「……そうしてくれると助かるよ」
つい気が逸って、スピードを出しすぎていたみたいだ。ウォーレンが青い顔をして、グローブボックスの上のグリップを握りしめている。
時速100キロ以上出てたかな? この世界じゃ速度違反なんてものはないけど、スピードの出しすぎが危険なことに変わりはないもんね。
走ること約2時間、僕たちはウォーレンとアンナの家のある集落に到着した。
驚いたことに、家からはだいぶ距離のある集落の外れで、パトリシアたちが僕を迎えてくれた。まさか今日のこの時間に帰ってくるって、分かってたのかな?
「シモンっ!」
「シモンさま、ご無事で何よりです」
「待ってたぜ」
「ウォーレン、お帰りなさいぃー」
小型RVゴーレムから降りた僕とウォーレンに、パトリシアとアンナが駆け寄ってくる。
アンナが勢いよくウォーレンの胸に飛び込み、お互い短く言葉を交わしてキスをした。うわぁ。そういや夫婦だもんな。いいなぁ。
思わずそっちに気を取られていると、どすんと軽い衝撃。そしてふわりと甘い香りが鼻をくすぐる。
「お帰り、シモン」
胸の中から聞こえる声。目の前には鮮やかな赤い髪があった。
……これはつまり、パトリシアが、僕に抱きついてる!?
前にもこんなことがあったけど、あの時はお互い革鎧装備だったから。でも今日は二人とも普通の服で、だからいろいろ柔らかくて、温かくて、……柔らかい!
「シモンのことが心配で、ずっと待ってたの」
「えと、……ご、ごめん。ただいま」
「うん、お帰り」
パトリシアが顔を上げる。少し泣いていたみたいに潤んだ空色の瞳が、僕の目を一瞬だけ捉えて、すぐにそっと閉じられた。
えっ? こ、これって…… ええっ!?
ゆっくりと歩いて近づいてきたアナベルを見る。彼女は少し不貞腐れたような顔をして、あさっての方向を見ている。
プリムラは両手で顔を覆い、でも指の間からハッキリと綺麗な紫色の瞳が覗いている。いわゆるお約束だ。
アンナとウォーレンは…… まだキスしてた。長いよ!
一回りしてパトリシアに視線を戻すと、さっきのままだ。少し上を向いて、軽く目を閉じて、柔らかそうな唇がちょっとだけすぼめられて。
もしや、これがあの話に聞くキス待ち顔ってやつか! 可愛いすぎるっ! ……でも本当にいいのかな。いいんだよね? 僕の勘違いじゃないよね?
汗ばむ手をそっと彼女の背中に回すと、その表情にちょっとだけ緊張が走った。でもそれはすぐに緩んで、頬に赤みが差していく。
心臓が痛むくらいに鼓動をドキドキさせながら、僕は息を止めてゆっくりとパトリシアに近づいて行き、もうあと何ミリかで唇が重なる……
……ってところでいきなりパトリシアが横を向いて、僕は彼女の頬にキスをした。
「んむっ?」
「ひゃん!?」
「やっぱり気が変わりました。ここまでです」
目を開けると、アナベルがパトリシアの頭を掴んで横を向かせていた。
パトリシアはもうっ、アナベルっ、と一声叫んだあと、僕の唇が触れた頬を大事そうに手でそっと覆って、恥ずかしそうに微笑む。
「大好きよ、シモン。……また今度、ちゃんとね?」
「う、うん」
そんな衝撃の告白を残し、真っ赤な顔をしたパトリシアは逃げるアナベルを追いかけて行ってしまった。
大好きだって。パトリシアが、僕を。……夢じゃないよね? 現実だよね?
あーもうっ、なんで僕はもっと気の利いた返事ができなかったんだ!? なんだよ、うんって。そこは僕も好きだって言っとけよな!
……でも、滅茶苦茶嬉しいよ。
今度は、僕もちゃんとパトリシアに気持ちを伝えよう。絶対に。
「もうっ、待ちなさいよアナベルっ! 許さないんだからっ!」
「なんですか、そのだらしなく緩みきった幸せそうな顔は!」
「だらしなくなんかないわよ! ……幸せだけど」
「あ、いま何かちょっとムカついてきました」
きゃあきゃあ騒ぎながらアナベルが逃げ、パトリシアがそれを追いかける。
プリムラはまだキスを続けてるウォーレンたちをガン見だ。てか長すぎだよ、いくら何でも。
……また今度、ちゃんと……
よし、せっかくだから僕もガッツリ見とこう。後学のために。




