4-4 シモン。メリオラから来ました
地形の起伏のなさが幸いして、戦場……というか陣地はすぐに見つかった。
なんとなく天幕や急拵えの掘っ建て小屋のようなものを想像してたんだけど、そこにあったのは立派な石造りの砦だ。そして遥か遠くにもう一つ、似たような砦が見えている。
さすがに何十年も戦争を繰り返しているだけあって、設備が整ってると言うべきか。
戦闘が行われているはずの砦と砦の間の平原には今は人の姿は見えない。たぶん今日の戦いは終了したって事なんだろう。
ところで砦にはそれぞれ紋章の入った旗が掲げられているけど、今更ながらどっちがどっちの紋章なんだか分からない。
でもきっと近い方がマルトニー伯爵の陣だろうと思う。まさか逆だったりしないよね?
「フレックスアーマー、バトルモード」
砦の数百メートル手前で死角に入り、BMW R75を分解して黒鉄色の全身鎧に変形させた。もう発見されているかもしれないけど、一応だ。
流れの傭兵を装って参戦しようと考えているので、できるだけ雰囲気が出るように堂々と歩いて接近する。
「なっ、何者だお前っ!?」
「ここをどこだと思っているっ!」
門に近付くと、そこを警備している二人の軽鎧姿の兵士が、何故かいきなり手に持った槍を突き出してきた。危なっ!
僕はその突き出された2本の槍の柄をそれぞれ左右の手で掴み、ぐいっと一気に引っ張る。槍は呆気なく兵士の手から離れ、僕はそれを左右同時にくるりと半回転させて投げ放った。
2本の槍は兵士たちを掠めて分厚い門扉に深々と突き刺さり、二人は腰を抜かして地面にへたりこんだ。
「……なっ。な、なにが……」
兵士たちは呆然として口をパクパクさせている。
そりゃあ無理もない。何しろ僕だって驚いてるんだから。
実は今の一連の動作は、フレックスアーマーに新たに組み込んだ「近接自動防御機能」の発動によるもので、僕自身は何もしていない。
これは危険を察知すると瞬時に第3、第4の腕や脚を出現させて、回避や反撃を行う機能だ。本物の僕の手足は動かずそのままの位置にあるわけだから、相手から見れば僕が目にも止まらない速さで攻撃を捌き、また元の姿勢に戻ったように見えることだろう。
「2本同時の槍を体捌きもなくただ掴んで奪い取るとは、驚くべき胆力だな!」
門の上から響いた声に見上げると、軽鎧じゃなく黒い軍服を着た男がいた。
いや、豪胆で足を止めて迎撃したわけじゃなくて、ただ足が竦んで動けなかっただけなんだけどね。
軍服の男は警備兵の二人を怒鳴りつけ、続いて僕に問答無用で槍を向けたことを謝罪してきた。どうやら本気で僕に危害を加えるつもりだったわけじゃなく、正体不明の男、つまり僕の接近にテンパっていただけらしい。
軍服の人には話が通じそうだったので、ここがマルトニー伯爵の砦であることを確認してから、兵士として雇って欲しいと伝えた。
「なるほど傭兵か。名前と出身は?」
「シモン。メリオラから来ました」
「メリオラだと? やけに耳聰いな。まあいい、通れ。面接官のところへ案内する」
たったこれだけのやり取りで、門を通してもらえた。必要かと思って冒険者登録証も準備してたのに、身分証の提示を求められることもない。
こんな簡単に部外者を入れて大丈夫なんだろうかと、こっちがちょっと心配になったくらいだ。
そして軍服の男に案内されて入った部屋には、同じく黒い軍服を着た、いかにも軍人という貫禄のある風体の人がいた。どうやらこの軍服を着ている人が職業軍人で、軽鎧の兵士は召集された民兵のようだ。
立派な机でなにかの書類に目を通していたその40歳くらいの面接官が、僕に気づいて書類を机に戻し、顔を上げる。
「ふむ、はるばるメリオラから志願とは奇特なことだ。早速だが適性を確認させてもらおうか。鑑定」
「……あっ!」
しまった、と思った時にはもう遅い。僕の持つ〈簡易鑑定〉の上位で、サブレイオン神殿や冒険者ギルドで見た魔道具と同じ効果を持つ魔法〈鑑定〉が発動して、僕のステータスが暴かれる。
彼の目には、僕の姿にステータスの文字が重なって見えているはずだ。その証拠にほら、顔から一気に血の気が引いて、愕然とした表情で顎を落としている。
「……ゆ、勇者……殿? どうしてこんな所に?」
「僕が勇者だと雇ってもらえませんかね? 戦争のルールに反するとか?」
「しょ、小官の一存ではお答え致しかねます。も、申し訳ありませんが、少々お待ちください」
僕が勇者だと気づいたことで、面接官の態度が完全に改まってしまった。
さっきまで足を組んで椅子に座っていたのが、今は直立不動だ。口調も丁寧で、そのうえガチガチに緊張している。
なんだろう。魔獣みたいにいきなり襲いかかったりするとでも思われてるんだろうか? 心外だなぁ。
「た、大変お待たせ致しました、勇者殿。閣下がお会いになられます」
10分ほど待つと、息を切らせて戻ってきた面接官がまた直立不動でそう報告する。そこには最初に感じた貫禄はもう微塵もない。
彼の案内を受けて、最上階の部屋へ移動する。扉を開けて中に入ると、これまた40代ほどの恰幅のいい温和そうな人物が僕を出迎えた。どうやらこの人がマルトニー伯爵のようだ。
ちなみに伯爵の前には4人の軍服姿の軍人が立っていて、伯爵はその隙間から僕を覗き見ている。軍人さんたちの方も、よく見るとちょっと腰が引けているみたいだ。なんだかなぁ。
「そ、そなたが勇者シモン殿か。メリオラでは完全装備の神殿騎士団50名を瞬く間に一掃、フォルティアのギスモ伯の私兵を再起不能にして、カスタールにおいては魔王をすら片手間に倒したという、あの噂の……」
どんな噂だよ!
片手間じゃないし、倒したのはカスタールの勇者ミツルだし。
他にもいろいろ否定したいところはあるけど、それはもうこの際面倒だからいいとしよう。
「えーと……まあ、そうです。それで、僕はこの戦争に雇ってもらえますか?」
「ゆ、勇者殿の助力は誠にありがたい事ではあるが、このようなことは前例がない。エディンバー伯とも相談せねば答えられんので、少々時間をもらいたい」
えっ、敵軍と相談するの?
わざわざそんなことしないで、こっそりとでも参加させてくれればいいのに。
「僭越ながら閣下。せっかくの勇者殿の申し出です。ここはエディンバー伯爵には報せず、こっそりと助力を……」
「黙れこの馬鹿者がっ! 我らがしているのは、野盗の縄張り争いではないぞ。恥を知れっ!」
「ははっ。し、失礼いたしましたっ」
前にいる軍人さんの一人が口を挟んで、マルトニー伯爵に一喝されている。
よかった。同じこと思ってたけど、言わなくて本当によかったぁ。
それにしても、有利になりすぎるから敵方と対応を相談するって、フェアプレーすぎないかな? これ、本当に戦争なんだろうか?
それから少しの間マルトニー伯爵と話をし、エディンバー伯爵との相談には時間がかかるだろうからと、今日は砦の一室に泊まらせてもらうことになった。
その話の中で僕の志願理由について聞かれたので、正直にウォーレンたちのことを答えてみた。新婚なのに召集されてしまった友人を、一日も早く家に帰らせるためだ、と。
「そうか、それは気の毒なことをした。だが、その者が勇者殿の友人だからと言って特別扱いはできん。召集に応じた以上は最後まで従ってもらう」
その答えに僕が機嫌を損ねると思ったのか、完全に軍人さんの影に隠れながら伯爵が言う。言ってることはすごく真っ当なんだけど、威厳とかはまったく感じられない。
そしてその軍人さんの方も、それぞれお互いを前に押し出して盾にしようとしている。
……なんか、みんな僕のことを危険人物みたいに思ってない?




