1-4 危険度判定:+7
1ヵ月過ごした神殿を離れ、広いけれども人通りの少ない道を市街地へ向かって歩く。
アナベルのアドバイスによると、まずは冒険者ギルドに登録して〈ストレージ〉の使い手であることを明かし、仕事を募集してみるといい、という事だった。
〈ストレージ〉は本来空間魔法に属する能力で、大量の荷物を魔力で作った特殊な空間に閉じ込めて持ち運べるというものだ。
その容量は術者によってまちまちだけど、勇者の称号に付いてくる〈ストレージ〉は、通常のものとは桁違いに大きな収納力を持っているらしい。
というわけで、まず目指すは冒険者ギルドだ。
市街地に近づくと、大通りは神殿の周囲とはうって変わって往来が激しくなり、また通りの両側に並ぶ露天のせいもあって、随分と狭く感じるようになった。
て言うかめっちゃ歩きにくい。さっきから何回も人にぶつかって、そのたびに謝ってる。基本的に誰も道を譲ってくれないんだよなぁ。他の人はどうやってぶつからずに歩いてるんだろう。
街の雰囲気はいわゆる中世ファンタジー風だ。木造とレンガ造りの家が多くて、通りの両側に並ぶ建物はだいたい3階建てくらいの高さがある。
それにこう言っちゃ失礼かもだけど、意外と清潔だ。ゴミなんかほとんど落ちてないし、悪臭とかもない。屋台や食堂から漂ってくる匂いには嗅ぎ慣れない調味料の匂いが多いけど、それだってちゃんと美味しそうだと思える。
それと驚いたことに、店の看板には時々日本語が混じっている。
例えばそこの食堂には、「肉じゃが」と日本語で大書された下に、こっちの言葉で「勇者風肉芋煮込み」なんて説明が書かれている。そしてその前を通り過ぎると、ふわっと醤油の甘辛い匂いが…… ああ、美味しそうだ。
そう言えば神殿でも時々日本食が出てきたけど、見よう見まねなんてレベルじゃなく普通に美味しかった。
メリオラの神殿が勇者の召喚を始めてからもう100年以上経っているそうなので、歴代の勇者たちが少しずつ開拓してきたんだろう。
お金さえ稼げるなら、寿命が来るまで、ここでのんびり生きていくのもアリかもなぁ。
そんなことを考えつつキョロキョロしながら歩いていると、正面から歩いてくる男女二人連れを完全に避けそこなって、僕は撥ね飛ばされた。
それはもう、軽々と3メートルくらい。……うそっ!?
「……っく。痛つっ!」
「ああゴメンよ、君、大丈夫かい?」
「もうウォーレン、何してるんですかぁ」
おおっと。初めて向こうから謝ってもらったぞ。
でもそんなことで喜んでる場合じゃない。痛い。体のあちこちが痛い。
僕を撥ね飛ばしたのは、身長180センチちょっとくらいある金髪碧眼の青年だった。
痛みに呻きながら見上げると、その姿に幾つかの文字が重なって見える。
種族:人間
ステータス:B
危険度判定:+7
これは勇者の称号に付いてくるもう一つの能力、〈簡易鑑定〉の効果だ。
ぶつかって怪我をしたことで、僕の体が彼を自動的に敵認定したらしい。
でもなるほど、ステータス平均値「E」の僕が平均値「B」の人に正面からぶつかると、こうなるってわけだな。
まるで車に撥ねられたみたいな衝撃だった。判定してもらうまでもなく、こんなの絶対勝てないよ。ひょっとして、ステータス平均値「A」の人と正面衝突したら即死するんじゃないのか、僕……
「本当にごめん、ぶつかるまで君の姿が見えなかったんだよ。……ああ、ここは骨折してるな。アンナ、頼めるかい?」
「任せといてぇ」
金髪碧眼の青年、ウォーレンが僕の体を抱え起こして傷を確かめる。
見えなかったって…… ひょっとしてここまで誰も僕を避けてくれなかったのも、それが理由? 僕、そんなに存在感薄いかな!?
アンナと呼ばれた栗色の髪の女性が、ウォーレンの隣にしゃがみ込んで僕に手をかざした。
そして目を薄く閉じて、口の中で何ごとかを呟く。
「すべての傷に癒しを。ヒーリングぅ」
ああ、これは僕が結局習得できずに終わった治癒魔法だ。
いや治癒だけじゃなくて、その他のどんな魔法も例外なく習得できなかったんだけど。
ともあれ彼女の治癒魔法のおかげで、一気に痛みが引き、体が楽になる。
「はぁ、助かりました。どうもありがとう」
「いいえぇ。こちらこそ、ごめんなさいねぇ」
ウォーレンとアンナは僕の怪我の回復を確認すると、最後にもう一度謝ってから歩き去った。
ステータス平均「B」っていうと、職業軍人レベルだって言ってたな。この世界にはあんな強い人がゴロゴロしてるのか。ちょっと舐めてた。
これは冒険者ギルドに行って仕事を請け負う前に、まずは最低限、身を守る方法を考えないといけないな。
そうして人に道を尋ねつつやって来たのが、武器防具を扱う店だ。
恐る恐る中に入ると、いかにもな強面のガタイのいい店主が出てきた。
「いらっしゃい、探し物はなんだい?」
おっと。意外にも人当たりは悪くなさそうだ。ちょっと安心。
「防具を見せて欲しいんだけど」
「防具ね…… そりゃお前さんの得物によってもお勧めは変わってくるぞ。何が得意なんだ? 剣か、弓か、それとも魔法か?」
うっ。適性皆無の僕にはキツい質問だ。正直にゴーレム作成です、なんて答えたらきっと話がややこしくなるだろう。
ここは無難に、剣だって言っておこう。
「そうか。見たところ力で押すタイプじゃないようだし、そんならこれと……これなんかどうだ? いいか、この革鎧の良いところはだな……」
そこから僕はかなり長い時間、店主の武器防具に関する蘊蓄を聞くはめになる。
そして外が薄暗くなってきた頃にようやく、お勧めの中の一番安いショートソードと革鎧を買って解放された。
疲れた……