3-15 僕には好きな人がいる。
みんなで秋の大祭と花火を楽しんだ翌日の昼過ぎ、僕たちは再び迎えの馬車に乗って皇宮へと向かった。
一昨日、皇帝陛下の体調が戻ったということで、祭りの翌日にあらためて晩餐をと招待を受けていたためだ。
昨日はパトリシアの浴衣姿を堪能して、今日はドレス姿を見ることができる。それだけでもう最高だ。帝都アルバーナに来てよかった。
皇宮に到着すると、今日は最初からパトリシアたちとは別の部屋に案内される。
どうやら僕にも衣装の着付けがあるらしい。そりゃまあそうか。みんな正装してるのに僕だけ普段着ってわけにはいかないよな。
用意されていたのは、黒を基調に銀の刺繍の入った丈の長い上着とズボン、白いシャツだ。他に選択肢はなかった。
「それでは、お手伝いさせていただきます」
「うえぇっ!? い、いや、自分で着れますから大丈夫です!」
部屋にいた20歳くらいのメイドさんが、当たり前のように服を脱がせにかかってきたので思わず変な声が出てしまった。
何とか断って自分で服を脱ぎ始めたんだけど、メイドさんは部屋から出る気配がない。結局メイドさん注視のもとで着替えることになってしまったので、これならいっそ手伝ってもらった方がよかったかも。
自分で着替えたあとでちょいちょいと細部を修正してもらい、前回来た時と同じ応接室に移動する。
パトリシアたちも着替えが済んだらいったんここに来て、晩餐の準備が整うのを待つらしい。
特に何もすることがないので、けっこうな時間ソファに座って日課のミニゴーレム作りに勤しんでいると、ノックの音がした。
「お連れ様の準備ができたようです」
前回と同じ部屋付きのメイドさんがそう言って扉を開くと、目に鮮やかな色彩が飛び込んできた。
真っ赤なドレスを着て、それと同じ色の髪を綺麗に結い上げたパトリシアだ。
なんて言うドレスなのか知らないけど、ゆったりと波打って膨らんだスカートは前が短く後ろが長い。正面からだとギリギリ膝が見えるか見えないかくらい。
上は残念ながら露出が少ないけど、それでも大きく開いた襟元から細くて白い首と肩が見えている。
耳には大きめのイヤリングが揺れていて、薄い化粧と口紅が彼女を普段より大人っぽく見せている。20歳だと言っても通用しそうだ。
僕は思わずソファから立ち上がり、まじまじとその姿を見つめてしまう。
「……やっぱりヘン? ちょっと派手よね?」
「そんなことない。すっごく似合ってるよ、パトリシア。綺麗だ」
「ふぇっ? そ、そう? ……あ、ありがと。シモンも、その……かっこいい、よ?」
思ったままのことを口にすると、パトリシアの顔が見る見る赤くなってしどろもどろになる。
そして僕自身も、自分の言ったセリフの恥ずかしさに気付いて顔が熱くなってきた。うわぁ、なに口走ってるんだ僕は。
「おれはこんなのいやだ、つったのにパトリシアが勝手にさぁ、まったく…… ふたりで何してんだ?」
続いて入ってきたプリムラが、向き合って俯く僕とパトリシアにツッコミを入れた。
彼女の装いは薄い青紫のすらっとしたロングドレスだ。短めの銀髪には大きな花の髪飾りが着けられている。
細身のドレスは彼女のメリハリのない体型を強調してしまっているようにも思えるけど、元々の容姿が整っているだけにそれが却って神秘的な雰囲気を醸し出してもいる。
これであとは喋りさえしなければ完璧なんだけどね。
さて、すると最後はアナベルが…… ゴスロリメイド服だ。
「シモンさま、ご奉仕しますよっ」
黒をベースにして、各所に白のフリルとレース。
ふわっと膨らんだスカートは膝上のミニでエプロン付き。
白黒ボーダーのオーバーニーソックスに厚底靴。
止めに青色の長髪をツインテールにして、ヘッドドレスも装着済み。
その格好に本職のメイドさんが呆れて……ない。むしろ瞳をキラキラさせて見入ってる!?
……アナベル、お前はいったいどこを目指してるんだ。
て言うか本気でその格好で皇帝陛下の前に出るつもりか、勇気あるな。
「おお、これは素晴らしい。皆それぞれに美しい……な?」
それから僕たちは食堂に移動して、皇帝陛下を迎える。
パトリシア、プリムラと視線を移して最後にアナベルを見た皇帝陛下の賛辞が急に疑問形になった。
そりゃあ招待客の中にメイドがいたら驚きもするだろうさ。
堅苦しいのは無しだ、存分に食事を楽しんでくれ、という簡単な挨拶で乾杯を済ませ、すぐに料理が運ばれてくる。
その料理は豪華絢爛という感じではないけれど、どれもひと目で相当な手間がかけられていると分かる品ばかりで、すごく美味しかった。
「ところで勇者シモン、昨日の大祭は楽しめたかな?」
「はい。日本でも滅多に見られないようなものばかりで、驚きました」
皇帝陛下の話によると、帝都アルバーナの秋の大祭というのは、元々は召喚された勇者のための気晴らし的なイベントだったらしい。
それが代々の勇者の助言や希望を取り入れていくうちに、今のような大規模なものになったという事だ。
「勇者ミツルは大祭を見て大笑いしておったからな。本来のニホンの祭りとだいぶ異なるということは分かっておる。……が、そなたが楽しめたと言うのならそれが何よりだ」
ミツル、笑うなよ。失礼すぎだろ。
でもまあ、代々の勇者もたぶん面白半分で助言してたんだろうから、似たようなものか。
食事が終わり、食後のお茶を頂いてほっと一息つく。
よし、これでもうあとは帰るだけだな。
「そうそう、勇者シモン。忘れるところであった。そなたへの褒美の件だが……」
最後の最後で、たぶんあるだろうと思っていた話題がついに出てきた。
ここまできて何も受け取らずにカスタール帝国を後にするのも難しいだろうし、貰っても差し支えなさそうなものならちょっとくらいは……
そんなことを考えていると、扉口から失礼します、と声がして水色のドレスを着たシャルロッテ姫が入ってきた。
彼女は皇帝陛下の隣まで来ると、カーテシーで深くお辞儀をする。
ああ、もうすっかり元気そうだな、良かった。
「このシャルロッテをやろう」
「どうぞよろしくお願いします、シモン様」
「ぶふっ!」
リアルにお茶を吹いた。ちょっと待った、ええっ、どういうこと? ……えええっ?
隣ではパトリシアとアナベルも目を見開いて固まっている。
シャルロッテ姫はこの前の不機嫌そうな表情とは打って変わって、可愛らしい笑顔だ。
「実はな、先日もそのつもりでそなたとシャルロッテを引き合わせたのだ」
そこからの話を要約すると、こうだ。
シャルロッテ姫ももう10歳になり、そろそろ嫁ぎ先を考えなければならない。
ところが小さい頃からグスタフさんに懐いていた姫様は、結婚するならグスタフ叔父さまと同じかそれ以上に強い人でなければ嫌だと主張する。
しかしグスタフさんは帝国でも1、2を争うほどの剣士であり、彼と同等の強さでかつ身分的に姫様と釣り合うような者などまずいない。
ちょうどそんな折、魔王を軽くあしらうほどの力を持つ(グスタフさん談)僕が帝都に姿を現した。そこで一度会ってみてはどうかと姫様に持ちかけたのだが、実際に目にした僕がまったく強そうには見えなかったので、皇帝陛下とグスタフさんが嘘をついて無理やり僕と結婚させようとしたものと勘違いした。
……と、言うことらしい。
なるほど、そりゃあ不機嫌にもなるだろうな。
でも、それじゃあどうして今日はそんなに乗り気なんだろう?
「……その、私を治療してくださった時のシモン様のお顔が、とても凛々しくて…… あと、あんなに不躾な態度をとった私を許して下さるお心の広さとか…… それと……」
シャルロッテ姫が恥ずかしそうに頬を赤らめながら言う。
これってもしかしてあれじゃない? 吊り橋効果とかそういうやつ。
「どうだ勇者シモン、このようにシャルロッテもそなたを気に入っておる。貰ってやってはくれんか?」
皇帝陛下が追撃をかけてくる。
まずい。ここではっきり断っておかないと、このままなし崩し的に姫様と結婚する流れになりそうだ。
無意識にちらりとパトリシアを見る。彼女は華やかなドレスの裾をぎゅっと握りしめ、少し俯いて唇を噛んでいた。
……姫様には悪いけど、絶対に断ろう!
「申し訳ありませんが、僕はまだ結婚とかは考えもしていませんし、それに、僕にはもう好きな……」
「父上っ!」
思い切ってそう言いかけたところで扉が勢いよく開かれ、40歳手前ほどの皇帝陛下によく似た威厳のある男性が入ってきた。
彼は大股に歩いて一直線に陛下に詰め寄る。
「私に相談もなくシャルの縁談を進めるとは何事ですか! いくら父上とはいえそんな勝手は許しませんぞ!」
「まあ落ち着けフィリップ。勇者シモンとの縁談は国益にも適う。シャルロッテも望んでおることだし、良い相手だとは思わんか?」
皇帝陛下がそう言うと、おそらくシャルロッテ姫の父親、皇太子殿下であろうその男性が、僕を振り向いて睨みつけてきた。
うわめっちゃ怖い。いや、でもこの状況ではこの人はむしろ僕の味方になってくれる存在だ。縁談を受ける気がないことをはっきり伝えよう。
「殿下、ご安心ください。僕はこのお話をお受けするつもりはありませんし、実はもうすでに好きな人が……」
「何だと! 勇者殿、いったいシャルのどこが気に入らんと言うのだ!? このように愛らしい娘が他にいるものか!」
ああ、ダメだ。味方じゃなかった。
そこから僕もシャルロッテ姫も、もちろんパトリシアたちのこともそっちのけで、皇帝陛下と皇太子殿下との激しい応酬が始まった。
この国のトップふたりの話し合いは、いっこうに終わる気配がない。
その時、しゅんとなって悲しそうに眼を伏せていたシャルロッテ姫が意を決したようにお父様、と呼びかけ、皇太子殿下に何かを耳打ちする。
何を言ったのかは全然聞こえなかったけど、なぜかそこからは二言三言で決着がついたようだ。
皇帝陛下はむすっとして椅子に深く座り直し、皇太子殿下が僕に向き直る。
「勇者シモン殿、見苦しいところをお見せして済まなかった。さらに重ねて申し訳ないが、今日陛下の仰った話は聞かなかったこととして頂きたい」
「それで構いません。僕もお断りするつもりで…… いえ何でもないです」
こっちから断る、と言おうとすると睨まれるんだよなぁ。何だかなぁ。
ともあれそこで晩餐はお開きとなり、皇帝陛下と皇太子殿下はそれぞれ短い挨拶を残して退出した。
そして最後にシャルロッテ姫が小さくお辞儀をし、お騒がせしました、ではまた、と言って小走りで部屋を出ていった。
……はぁ。疲れた。
全員の着替えが済んで帰りの馬車に乗り込むころには、もうすっかり日が暮れていた。
いきなりの結婚の話とかシャルロッテ姫の告白めいた言葉とか、今日はいろいろ衝撃的だった。隣に座るパトリシアや向かいの席のアナベルも黙っているので、なんだかひどく空気が重い。
そんな中でただひとり、うとうとと船を漕いでいるプリムラをぼんやりと眺めていると、不意にパトリシアが身じろぎをした。
「ねぇシモン。姫様の話、本当に断ってよかったの?」
あのまま縁談を受けていれば、僕は大国の皇家の一員だ。
それを蹴ってしまって後悔はないのか、と彼女が尋ねてくる。
「べつに僕はそんな暮らしは望んでないし、向いてないよ。それに、こうしてパトリシアたちと一緒にいる方が楽しいし」
「……そう。 ……あ、あのね? ちょっと気になってるんだけど、シモンが皇帝陛下や皇太子殿下に言いかけてた言葉、あれって、その…………誰の……」
一瞬で顔が熱くなる。そうだ、シャルロッテ姫との縁談を断るために、勢いで好きな人がいるって言いかけてたんだった。
うわぁ、どうしよう。どうやって誤魔化……
いや。あのとき、僕は確かに彼女のことを考えてた。その姿を思い浮かべていた。なにも誤魔化すことなんかないんじゃないか?
……よし、言おう。言っちゃおう。そう決意した僕は彼女の方を向いて、その横顔に話しかける。
「じゃあ言うよ。僕には好きな人がいる。その人は、パトむぐぅっ!?」
「はいそこまでですよっ!」
彼女の名前を言いかけたところで、向かいの席から身を乗り出したアナベルの小さな手が僕の口を塞いだ。
「ちょっと! もうっ、アナベル! なんで邪魔するのよっ!」
「そんなこと、わざわざ言うまでもありません」
そう言いながら僕の口から手を離したアナベルが、ちょっと考えてからその手のひらにそっと口付けをした。
パトリシアはそれを見てきゃああっと叫ぶ。その声に驚いたプリムラが目を覚まして、なんだよ騒がしいなと愚痴をこぼした。
……やっぱりいいな。
早くメリオラに帰ろう。
第三章終了です。
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