3-11 ちょっとした出来心だったんだ。
アルバーナへの道中、僕は悪魔の実験に手を染めてしまった。
ちょっとした出来心だったんだ。ついだ、つい。
……生物組織をゴーレムの素材にできないんだろうか?
じっと自分の指先を見ながら、〈ゴーレム作成〉と呟く。
あまり大きなものは作らない。痛そうだから。作るのは細胞サイズの小さなゴーレム。……おお、できた!
肉眼で見える大きさじゃないけど、確かにそこにあるのを感知できる。ミニゴーレムよりはるかに小さい、ナノゴーレムだ。
これにどんな命令を書き込もうかな。そう思いつつ頭の中で一覧を開くと、その中にこれまでなかったはずのヤバいものを見つけた。〈自己複製〉だって!?
急いで〈ストレージ〉からアダマンタイトを取り出し、同じようなナノゴーレムを作ってみる。……あれ? こっちには〈自己複製〉はないな。生体素材に特有の命令なのかな?
試してみると、どうやら周囲にある素材を使って、30秒ほどの間に2体から5体の複製を作ることができるようだ。
うおおっ。これを応用すれば、右腕を不定形の怪生物にしたり左腕に銃を仕込んだりできるんじゃないの!?
……でも喋らないミ〇ーとか実体弾のサ〇コガンとか、ちょっと微妙かな。そんなことでわざわざ腕を犠牲にするのは止めとこう。
そんなわけで、書き込む命令は傷を負ったときにそれを塞ぐ治療用。言わばハイパー血小板だ。自己複製は制限しておかないときっと恐ろしいことになると思うので、複製回数20回、使う素材は赤血球に限定、っと。
そうして完成したナノゴーレムを恐る恐る体内に入れてみる。何かマズい事が起これば即〈素材に戻す〉だ。
しばらくするとナノゴーレムたちの反応が散らばって、複製が始まった。
100体……1000体…………10万体………………え、ちょっとこれ大丈夫? 痛いとか苦しいとかは感じないから、放っておいてもいいのかな?
10分ほど経つと自己複製は設定の20回を終えたらしく、それ以上ナノゴーレムが増えることはなくなった。
とりあえず体調にも意識にも問題はなく、一安心。
もう気配で把握できる数をとっくに超えているので、ざっくり計算して数をあたってみよう。一回の複製で平均3体作るとして、これを20回繰り返すと…………ごっ、50億!?
ま、まあ人体は37兆個の細胞でできてるって言うし、それに比べれば僅かだな。大丈夫大丈夫。
指先にちょっと傷をつけてみると、ぷくっと血玉が膨らんだあとすぐに傷口が塞がった。おおっ、大成功!
これって常時発動の〈ヒーリング〉をかけてるようなもんだよな。
他にも何ができそうか、ゆっくり考えてみよう。
そしてペルデリアを発ってから4日目の昼過ぎ、僕たちは帝都アルバーナに到着した。
……デカい。
もちろん都市の規模でいえば日本の大都市には到底敵わないんだけど、日本の都市は防壁で囲まれてたりはしないからね。
とにかく高くて頑丈そうな石造りの壁が延々と続いていて、端が見えない。その規模の大きさには、ちょっとした感動すら覚えるくらいだ。
都市の中央には一際背の高いふたつ目の防壁があって、こっちは真っ白。そしてその中には、これまた真っ白で巨大な宮殿が見える。
「大きいわね!」
「さすがは6ヵ国中最大の都市です」
「へぇー、そうなのか」
プリムラの反応がいちばん薄い。
一応この国の国民だろうに。
防壁に設けられた門も大きく、同時に2、3組の入場検査が行われているようだけど、それでも検査待ちの行列ができている。
僕たちは行列のちょっと手前で小型RVゴーレムを降り、そこから歩いて門へと向かった。
列に並び、パトリシアとアナベルが帝都の名物料理やら工芸品やらの話で盛り上がっているのをぼんやりと聞きながら順番を待つ。
鑑札や手形を確認するだけなら早いだろうけど、商人の場合は積荷も確認しているので、けっこうな時間がかかっているようだ。
周囲から聞こえてくる話し声から、秋の大祭前のこの時期は特に検査が厳しくなるらしいことが分かった。
そうして10分ほど待ったころ、何やら門の方で慌ただしい動きがあった。
何かあったのかなと人垣の隙間から覗いてみると、こちらへ駆けてくる数名の衛兵の姿が見える。
いったい何事かと列に並ぶ人たちの注目を浴びながら、衛兵はどんどん近づいてくる。えっ、ひょっとして僕?
「畏れながら、勇者シモン様とそのお連れ様でいらっしゃいますでしょうか!」
ちょっ、声がでかいよ! みんな一斉にこっち振り向いてるじゃん!
ここは適当にごまかして知らんぷりしようかと思ったら、
「そうよ」
「そうですが」
「シモンになんの用だ?」
思わず膝から力が抜けた。それはちょっと正直すぎだろ。
案の定、勇者と聞いて周囲のざわめきが大きくなる。
「皇帝陛下より、勇者シモン様がお越しになられた場合、すぐに皇宮へご足労いただくよう仰せつかっております! どうぞこちらへ!」
「……はい」
皇宮へ案内、という言葉に、ざわめきがいっそう大きくなった。
衛兵さん、お願いですからもうちょっと声量を落としてもらえませんかね?
しかしこの手回しの良さ。間違いなく情報源はグスタフさんだな。
勇者ミツル一行は転移の魔道具を持っていたらしいから、あのあとすぐにこの帝都へ戻ったんだろう。
そして僕が観光目的でカスタール帝国に来たって言ったから、帝都の大祭見物は外さないと踏んで待ち受けてたってところか。
参ったな。あんまりこの世界の偉い人とは関わり合いになりたくなかったのに、よりによって皇帝陛下とは。
検査待ちの人たちから遠慮のない好奇の視線を浴びせられながら憂鬱な気分で衛兵に続いて歩く僕に対して、パトリシアたちはややテンションが高い。
「聞いた? 皇帝陛下の謁見だって。あたしたちも一緒かな?」
「そんなわけないでしょう、シモンさまだけですよ。……ま、私は聖女としてご一緒できるかもしれませんけど?」
「シモンとアナベルふたりでなんて、絶対に行かせないわよ!」
「でも、あのでっかい城の中には入れるんだろ? ワクワクするよな」
そんな会話を聞きながら、どうか面倒なことにはなりませんようにと祈りつつ、僕は用意された馬車に乗り込んだ。
そうは言ってもきっと、面倒なことになるんだろうなぁ。




