3-10 そんなもん見てどうするんだよ
その後、僕たちはペルデリアに6日間滞在した。
プリムラの強いリクエストに応えて、再びダンジョン「果てなき樹海」に3泊4日で潜った以外は、温泉と観光三昧だ。
すぐそばに大河レントを擁しているだけあって、魚介類の料理が美味しくて、種類も豊富だった。あとはのんびり釣りをしたり、市街地へ買い物に繰り出したり。
中でも特に良かったのは、大型帆船でのレント河遊覧だ。僕は本物の帆船なんて見るのも初めてだったし、パトリシアたちに至ってはそもそも船に乗った経験すらなかった。
その帆船は全長50メートルほどで、僕たちを含めて40人ほどの観光客を乗せていた。
「船だけでもこんなに重そうなのよ? 40人も乗ったらぜったい沈むわ!」
「この船、風で動くんだろ? じゃあ向こうへ行ったっきり帰って来れねぇじゃんか。どうすんだよ?」
「そこはたぶん、魔法でどうにかするんじゃないでしょうか」
「「あー、なるほど」」
あーなるほど、じゃない。
魔法に頼らなくてもちゃんと浮くし帰って来られるよ。
……って思ってたんだけど、乗船時に帆船のクルーから〈酔い止め〉と〈浮力増強〉の魔法をかけられたので、ちょっと自信がなくなった。
ひょっとしたら魔法で動いてるかもしれない。この船。
でもまあ動力がどうあれ、レント河遊覧そのものは素晴らしかった。
速度はそんなに出ていないと思うけど、水上を滑るように進んでいく爽快感がある。パトリシアたちも、最初の不安や疑念はすっかり忘れたようで大はしゃぎだった。
あと、ターンを切って船体が傾いたとき、アナベルがバンクを戻そうと反射的に手すりの外へ体を乗り出してしまい、クルーに注意されていた。
残念だけど女の子一人の体重じゃ、この大きな船体はびくともしないよ。
そんな感じで十分に観光を楽しんだあと、僕たちはカスタール帝国最南端に位置するペルデリアから北部の帝都アルバーナを目指して出発した。
アルバーナまでは馬車で10日ほどの道程らしいから、小型RVゴーレムならのんびり走っても3日あれば着くだろう。
小型RVゴーレムでの移動では道行く人たちを脅かしている自覚があるので、すれ違い時のパトリシアたちの笑顔の挨拶は欠かせない。
今回は美形エルフのプリムラも加わって、効果は飛躍的に増大だ。これでもうなんの問題もない。そう思いたい。
……と思ったら、すれ違う人の何割かが手を振り返してくれるようになった。
何だろうと不思議に思って耳を澄ますと、
「おい見たか、妖精姫の馬なし馬車に追い抜かれたぞ。こりゃあ今回の商売は大当たり間違いなしだぜ!」
「ああ、本当にいたんだなぁ。聞いてたのより一人多いみたいだけどよ」
てな感じで、いつの間にか幸運の都市伝説扱いを受けていたようだ。
まあパトリシアは可愛いからな。妖精に間違われるのも無理はない。
アナベルとプリムラも……その、あれだ。喋らなきゃ大丈夫だろう。たぶん。
「シモン、あっちの道は紅葉が綺麗なんだって!」
「いったんあの山を迂回して、また主街道に合流するようです。少し遠回りになりますけど、行ってみましょう、シモンさま」
「なんだよ、ただ葉っぱが赤いだけだろ? そんなもん見てどうするんだよ」
移動2日目。
泊まった宿の女将さん情報を基に、ちょっと寄り道をすることになった。
旅の目的である帝都アルバーナの秋祭りまではまだ日があるので、このくらいの予定変更は問題ない。
プリムラは口ではこう言っているけど、みんなで行ったペルデリアでの買い歩きで、普通に綺麗なものや可愛いものが好きなのはバレバレだ。
主街道に比べると断然人通りが少なく走りやすい道を、小型RVゴーレムは快調に飛ばして行く。
朝から走り始めて、昼を少し過ぎたあたりで、周囲の景色が一変した。
「わぁっ。見て見てシモン、すっごくきれい!」
「これはいい眺めですね」
「ふあぁ…… すごぃ……」
遠くの山や街道脇の木々が、それまでの緑一色から赤や黄、橙色を織り交ぜた複雑な色彩のものに変わる。
近くに見えるものでは、一本の木、ひとつの枝の中ですら様々な色合いが混じりあっていて、美しいグラデーションを作り上げている。
小型RVゴーレムがその間を走り抜けると、石畳の上に降り積もっていた紅葉がぶわっと舞い上がってはまたひらひらと落ちていった。
女性陣は瞳をキラキラさせてその光景に見入っている。
ちなみに最後のがプリムラだ。すぐ正気(?)に戻って手で口を塞いでたけど。
そんな絶景の中を1時間ほど走ったころ、前方に3台の馬車と十数人の人影が見えた。
最初は馬車を降りて景色を楽しんででもいるのかなと思ったけど、どうやら違ったようだ。側まで近付くと、僕にもその原因がはっきりと見えた。街道を横切る川に架かっていた橋が落ちているらしい。
川はちょっとした谷のようになっていて、幅がおよそ50メートルほど。
かなり増水しているようで、茶色く濁った水がけっこうな勢いで流れている。
「よう兄ちゃん、見ての通りだ。今日中には渡れないぜ」
道端の岩に腰掛けてカードゲームをしている商人らしき中年男性が、事情を教えてくれた。
昨日、山向こうで降った豪雨の影響で、今朝早く、ここに架かっていた木造の橋が流木の衝突によって流されたんだそうだ。
ここでたむろしている人たちは、明日か明後日、川の水かさが引いてから渡河するつもりなのだという。見ると、対岸にも同じくらいの人がいた。
「野宿が嫌なら、今すぐ来た道を戻ってスーディアの村に泊めてもらいな。急げば日暮れまでには着くはずだ」
ああ、そう言えば紅葉が見えるちょっと手前に集落があったかな。
僕たちはそこから1時間でここまで来たけど、馬車のペースだと半日だ。
さらに戻って主街道に合流するとなると3、4日のロスになるから、ここで川を渡れるようになるのを待つ方が早いってことなんだろう。
親切な商人さんに礼を言って小型RVゴーレムに戻ると、パトリシアがしゅんとした顔で謝ってきた。
「ごめんねシモン。あたしが寄り道しようなんて言い出したから……」
「私もです。すみませんでした、シモンさま」
「……あ。じ、じゃあ、おれも。悪かったな、シモン」
プリムラは寄り道に賛成してなかったから、謝る必要はないだろ。ほんといい奴だなお前は。
……て言うより、誰も謝る必要なんかないんだけどね。
「みんなで相談して決めたことなんだし、誰も悪くなんかないよ。それに、こんな綺麗な紅葉が見られたんだから、来た甲斐はあっただろ?」
そう言って周りの風景を指し示すと、そう?……そうね、確かにそうですね、まあそうかもな、と、ちょっとだけみんなの元気が戻ってきた。
「……じゃあ、急いで主街道まで戻る?」
おずおずと尋ねてきたパトリシアに、僕はいいや、と首を横に振る。
「ぱぱっと橋を作って、前に進もう!」
気軽な調子でそう言う僕を、3人は唖然とした表情で見つめてきた。
「おいおい兄ちゃん、何が始まるんだ?」
「まあ見ててくださいよ。危ないかも知れないんで、ちょっと離れててもらえますか?」
「ああ。……そりゃまあいいけどよ」
向こう岸の人にも呼びかけて、まずは川から十分に離れてもらう。
川べりには大きな岩がゴロゴロ転がっているので、素材にはこれを使わせて貰おう。
やることはそう難しくない。フレックスアーマーのミニゴーレム、あれをスケールアップしたものを大量に作ればいい。頭に思い浮かべるのは眼鏡橋。橋脚を5本くらい立ててアーチを作って、その上に街道を敷設する。……よし、イメージはできた。
「ゴーレム作成」
呪文ひとつで、一辺1メートルの立方体ゴーレムが100体生成される。上達したなぁ、我ながら。
何度かそれを繰り返し、続いてそのゴーレムたちを連結させて濁流の川へと送り込む。いったん高々と先端を持ち上げ、上空から一気に川底へと叩きつけて基礎を深く埋め込んだ。
「な、何だこりゃあ!?」
「あの兄ちゃん、土魔法使いか?」
「どんな凄腕だろうが、一人で橋を架けるなんて聞いたこともねぇよ」
「いや、どうもゴーレム使いだって話だぜ」
「馬鹿言うな、あんなゴーレムがあるか!」
工事を始めると一気に周りが騒々しくなり、しまいには今日中に橋が完成するかどうかで賭けが始まった。
中には簡単な軽食と飲み物で商売を始める人もいて、もうすっかり見世物だ。
5本の橋脚は特に頑丈に作る。増水や流木の衝突に耐えられるよう、流線型にしておこう。
万全を期すには、ただ強度を上げるだけじゃなくて流木に対してアクティブに対処できるようにした方がいいかな。危険な大きさとコースの物体を察知して〈エクスプロージョン〉を発動するゴーレムを仕込んでおいて、何年かは放っておいても動作するくらいの魔晶石をサービス。
よし、ちょっとテストしておこう。上流から適当な大きさの丸太を流して……
ドゴォン!!
よし、文字通り木っ端微塵だ。上出来上出来。
ギャラリーからあいつ何作ってんだ、橋じゃねぇのか、なんて声が聞こえて来るけど気にしない。
アーチ部分はゴーレム同士ガッチリと連結させて、絶対にズレたりしないように固定する。その上に平らな道を乗せて、これも連結腕で固定。あとは手すりやら何やら付け足して、っと。
うん? なんか見た目がのっぺりし過ぎだな。まるでコンクリートみたいだ。
表面を加工して、小さい石を積み重ねたような風合いを出しておこう。……よし、これでだいぶ良くなった。
「フレックスアーマー、巨人モード」
次は強度を確認するために、重量1トン超の〈ギガンティック〉で橋を渡ってみたけど、何ともなさそうだ。
最後に対流木先制撃破ゴーレム以外を〈素材に戻す〉して、完成。
全工程1時間ちょっとってところかな?
「皆さん、お待たせしました。もう渡れますよ」
呼びかけてみたけど、みんな黙って突っ立ったまま誰も渡ろうとしない。おかしいな。
もう一度安全ですから、と声をかけると、最初に僕に話しかけてきた中年の商人さんが歩み出てきた。
「すげぇもんを見せてもらったぜ、兄ちゃん。こりゃあ一生の語り草だ。で、幾らだ?」
「幾ら?」
「通行料だよ。幾ら払えば渡らせてくれるんだ?」
ああ。言われてみれば、僕は橋の入口に〈ギガンティック〉で立ったままだし、威圧しているように見えなくもない。
慌ててフレックスアーマーを解除して、タダです、お金はいりません、と力説した。……したんだけど、なぜかみんな渡るときに僕にお金を差し出してきて困った。
「ありがとシモン、お疲れさま。やっぱりシモンはすごいわね」
僕たちも出発しようかと小型RVゴーレムに乗り込むと、パトリシアが笑顔でそう言ってくれた。
やっぱりパトリシアの笑顔はいいな。最高の労いだ。
「シモンさま、ありがとうございます。一儲けしました」
賭けてたのかよアナベル。身内なのによく参加させてもらえたもんだな。




