3-1 てめぇ、おれの獲物を……
僕たちは海辺の街アンサルトで一泊し、翌日再びツーリードのクラリスの屋敷で一晩お世話になってからメリオラへの帰途についた。
出発する時にはまたフレデリックさんが僕を引き留めにかかってたけど、また近いうちに来るからと言ってどうにか振り切る。
見送りに出てきたクラリスが寂しそうだったので、本当にまたすぐ来ることにしよう。彼女もせっかく仲良くなったばかりのパトリシアやアナベルに会いたいことだろうし。
そこからの道程は順調そのもので、3日後には僕たちはメリオラに到着した。
そんなわけで結局、予定していたよりも2、3日短い旅行になった。移動速度が飛躍的に上がったからね。
メリオラではまたいつもの安宿「金鴨亭」に部屋をとり、一週間ほどのんびりと過ごした。パトリシアとアナベルの宿は「紅熊亭」だ。
パトリシアたちが外出に誘わない限り、基本的に僕は一日中部屋にこもってゴーレムたちの改良や増産、新作に勤しんでいる。
外出しなくてもだいたいいつも彼女たちは僕の部屋を訪ねてきて、何をするでもなく僕の作業を眺めていたり、時々はちょっかいをかけてきたり、いつもの大騒ぎをしたりしていた。
ある日は、ウォーレンとアンナの結婚祝いと帰郷の送別会を兼ねた宴会が開かれた。参加者は意外に多く、50人くらいいたんじゃないかな。
たった一度だけダンジョンアタックを共にした僕と、なぜかウォーレンたちとは一切面識のないアナベルまで誘われて、さすがの彼女も困惑していたけど、行ってみればそれなりに楽しい会だった。
ウォーレンたちの故郷、ライタスは、メリオラの北西にあるレトナク王国の田舎町で、馬車で5日ほどの距離らしい。パトリシアの故郷でもあるし、そのうち行ってみたい場所のひとつだ。
あとはダンカン。
パトリシアに誘われて彼の経営する食堂に行ってみたら、なんと料理をしていたのは恋人のジーンって人じゃなく厳つい大男のダンカンの方だった。
しかも専門は勇者風料理、つまり日本食で、腕はかなりいい。そのおかげか、あるいは美人で人当たりのいいジーンさん目当てなのか、店も繁盛しているようだ。
パトリシアの話では、ウォーレンたちのパーティでも彼はずっと料理担当だったらしい。「地下城」に潜っていた時には僕が大量の食料を持って行ってたから、腕を振るう機会がなかったんだそうだ。
これはいい店を見つけたな。ちょくちょく通わせてもらおう。
そんな短い休養期間も終わり、僕達はまた旅に出ることにした。
目的地はメリオラの東に広がる大国、カスタール帝国だ。ここでの主な目的はふたつ。ひとつは、帝都アルバーナで毎年秋に行われる大祭の見物、もうひとつは帝国南部にある超巨大温泉「グレートラグーン」に行くこと、だそうだ。
今回の移動距離はかなり長い。帝都だけでも、メリオラから馬車で10日以上かかるらしい。そのうえ温泉に寄り道するために一旦南下して北上するルートを通るので、移動だけでも30日は消費するだろう。
もし、馬車で移動するならの話だけどね。
「これは、この前の『ばいく』よりもずっと乗り物らしい形ね」
「ちゃんと屋根もついてますし、なにより『さいどかー』より広いのがいいです」
そう。今回の移動手段は、小型で信頼性の高い3ドアRVをモデルに作ったゴーレム四輪駆動車だ。フロントグリルとテールにはミスリルで作った「S」のエンブレムが輝いている。
近所にものすごく古い年式のこの車を大事に乗っている兄ちゃんがいたので、特徴はよく覚えてるんだ。
四輪すべてが独自の駆動力を持っているにも関わらず、あえて二駆と四駆切替式のパートタイム四駆に拘って仕上げてある。
後部座席が狭く、また車体後部にドアがないため非常に乗り降りしにくいのも大事な持ち味のひとつだ。
二人はまたどちらが助手席に座るかできゃあきゃあやり合っていたけど、厳正なるくじ引きの結果、アナベルが後部座席に決まったようだ。
くじ運悪いな、アナベル。まあ、小柄な彼女の方がリアに向いてるからいいけど。
よし、みんな乗ったな。それじゃあ出発だ!
キュキュキュ、スコトンストントンストントン……
「もうっ。シモン、意味もなく揺らすのはやめてよ」
「シモンさま、音は止めてください。うるさいです」
なんだよぅ、R75よりはだいぶ大人しいんだからいいじゃんか。
小型RVゴーレムは快調に街道を走り抜けていく。
カスタール帝国の領土に入ってすぐは大森林地帯だ。魔獣の出現の多い森を避けるようにして街道はうねうねと曲がっている。
一応、他の通行人を追い越したりすれ違ったりする時には十分に減速して、相手を脅かさないように気をつけている。
それでもやっぱり驚いた顔はされるので、R75の時と同じようにパトリシアとアナベルが愛想良く挨拶をすることで事なきを得ている。……得ているはずだ。そう思いたい。
「すごーい、快適ね」
「ちょっと釈然としない部分もありますが、『さいどかー』に比べると断然楽なのは認めます」
助手席のパトリシアと後部座席のアナベルとの間に少し温度差があるのは、まあ仕方のないところだ。
可哀想だから、今夜のうちにちょっとだけ後部座席を広くしておいてあげよう。
前方に人影のないところでは、およそ時速60キロほどを出している。
乗合馬車の速度が時速10キロ程度だから、旅程が捗るのは当然だな。
そんな感じで緩やかなカーブの続く見通しの悪い道を走っていると、突然街道脇の深い茂みから一人の少女が飛び出してきた。
「おおっとぉ!」
「「きゃああっ!?」」
少女を避けるための急制動と急ハンドルで小型RVはスピンしたものの、無事に停止。
こっちも驚いたけど向こうも驚いただろうなと思って飛び出してきた少女を見ると、これがすごい美形だった。見た目には12、3歳だろうか。サラっとした短い銀色の髪に紫色の瞳、長い睫毛に薄い桜色の唇、そしてぴんと天を向く長い耳……
「……エルフ。初めて見たわ」
パトリシアも目を丸くして少女を見つめている。
おおっ、やっぱりエルフか。……テンプレ通り、胸はまな板なんだな。
「シモンさま、魔獣が来ます!」
アナベルの警告と同時に、少女が飛び出してきた茂みからぬうっと姿を現したのは、小型RVに匹敵する大きさのカエルだった。
身を低く沈めて今まさに飛びかかろうとする巨大カエルに、少女はショートソードを構えるが、到底そんなもので太刀打ちできるとは思えない。そのうえ脇腹を痛めているようで、動きもぎこちない。
「シモン!」
パトリシアも同じことを見て取ったようだ。助けよう、と視線で訴えかけてくる。
その時には僕はもうレミントンM870を手にしていて、彼女への返答代わりにジャコン、とひとつポンピング。そして小型RVの窓越しに〈エクスプロージョン〉付与の20ミリ弾を連続で3発、巨大カエルにお見舞いした。
紡錘形をした重さ130グラムのアダマンタイト製弾丸ゴーレムは、巨大カエルの皮膚を易々と貫通、その体内深くへ侵入して魔法を発動させる。
続けざまに3度の爆発が起こり、内側から破裂した魔獣は呆気なく息絶えた。
「おい君、大丈夫か?」
「……てめぇ、おれの獲物を……横どり……」
脇腹を押さえながらショートソードを構え、突然爆散した巨大カエルを呆然と眺めていたエルフの少女は、僕の呼びかけに気づいて振り向くと、顔に似合わない乱暴な言葉遣いで何事か喋りつつ地面に崩れ落ちた。
その脇腹からは、どす黒い血が流れ出していた。




