2-10 この意味がわかるかい?
結論から言うと、僕は5000体の立方体ゴーレム作成と3種の素材の精錬を、4日でやり終えた。
計算外だったのは、金、ミスリル、アダマンタイトの含有量が多い岩盤の上にある岩石や土砂もゴーレム化して排除する必要があったということだ。
その作業はジョゼフさんも魔力の続く限り手伝ってくれたけど、これも含めるとおそらく、僕は10000体以上のゴーレムを作ったと思う。
役目を終えたゴーレムたちは自走で穴の上まで移動して、そこで再び素材に返した。
その4日間、僕たちはクラリスの屋敷にお世話になったわけだけれど、なんと食事は毎回クラリスが自ら作ってくれて、しかもそれがかなり美味しかった。
特に豪勢だったり手が込んでいたりするわけではないけど、落ち着くと言うか、家庭的でほっこりする味だ。
作業に出ている間の昼食には、わざわざ弁当を作って持って来てくれるほどの気の配りようで、ジョゼフさんも、ほほぉ、お嬢がなぁ、とか言ってニヤニヤ笑いながら嬉しそうに食べていた。
何故かパトリシアとアナベルは、それを悔しそうな顔で食べていたけど。
「じゃあ、ちょっと行ってくるよ」
「……本当に一人で大丈夫なの、シモン?」
「シモンさま、せめて途中まででもご一緒させていただけませんか?」
ハートランド邸滞在4日目の夜。
借金の返済に十分な額の貴金属を採掘、精錬した僕は、クラリスには内緒で最後の仕上げに向かおうとしている。それは即ち、ムラーノ伯爵家襲撃だ。
僕としてはできる限り穏便に事を進めたかったんだけど、パトリシアやアナベルと話し合った結果、やっぱりこうなった。
つまり、普通に借金を返済するだけではハートランド家への嫌がらせは終わらないだろうと考えて、ちょっと脅しをかけに行くことにしたわけだ。
移動手段は、側車を外したBMW R75。
飛ばせば2時間そこそこでムラーノ伯爵の居城に着くはずだ。そこでひと仕事してからでも、明け方までにはハートランド邸に戻ってこられる。
僕は、心配するパトリシアとアナベルに大丈夫だと答え、静かにR75を発進させた。
そして2時間後、予定通り僕はムラーノ伯爵の居城にいた。
ハートランド邸も相当な大きさだと思ったけど、それとはまたレベルが違う。高い城壁にそびえ立つ幾つもの塔、巨大な城門。まさに要塞って感じだ。
何が起きてもいいようにフレックスアーマーを装着し、H&K MP5Kを構える。
伯爵の私室の位置は、事前に調べてある。
僕はアダマンタイトのミニゴーレムを触手のように操ってあっさりと城壁を越え、闇に紛れて城内に侵入。高い塔の壁をするするとよじ登って行った。
目的の部屋は、その塔の5階部分にある。まさかなんの手掛かりもない、地上から15メートルほどの窓の外に、侵入者が張り付いているとは思わないだろう。
もちろんその窓には鎧戸が閉められ、施錠もされているけど、ミニゴーレムは3ミリほどの隙間さえあればどこへでも簡単に侵入できる。
僕は耳となる一群のゴーレムを部屋の中に送り込んで、中の様子を窺った。
『なんだよパパ、近いうちに必ずクラリスを僕のものにしてくれるって言ってたじゃないか』
『状況が変わったのだ。まさか今になってあれだけの金の準備ができるとはな。ずいぶんと計算を狂わされた』
『嫌だよ、僕はどうしてもあの女が欲しいんだよ!』
ゴーレムたちを介して、僕の耳に部屋の中の音声が伝わってくる。
どうやら、部屋の中にはムラーノ伯爵とその三男がいるらしい。これは好都合だ。
その二人以外に誰もいないかと探っている間も、三男は下品な言葉でクラリスのことを喋り立てている。それは聞いていて気分が悪くなるような内容だった。
しばらく様子を見て、部屋には二人だけだと確信できたので、次は窓を開けにかかる。
施錠されていると言っても、単純な閂だ。そーっと音を立てずにそれを外し、一気に窓を開け放ってミニゴーレムたちを雪崩込ませた。
部屋の中には、驚愕の表情を浮かべる二人の男。年配の男の方はやや頭髪が薄いものの、均整の取れた体格で威厳がある。これがムラーノ伯爵だ。もう一人の男は、見るからに不健康そうな肌色をした脂の塊だった。
くそっ、こんな奴がクラリスの事を散々に言ってやがったのか!
ミニゴーレムたちは二人の男を覆うように、1辺が2メートルほどの箱を形成する。箱は二重構造になっていて、その数センチの隙間はコンプレッサーによって空気が排出され、ほぼ真空状態だ。
これで、中の物音が外に漏れ出すことはない。
『こっ、これは何だ!? 衛兵! 衛兵はどこにおる!?』
『パッ、パパ! 暗いよ! 何も見えないよ! 助けてよ!』
『ええいみっともない、騒ぐな!』
防音は完璧だけど、僕の耳にだけはゴーレムを通じて中の声が聞こえる。
そして反対に、僕の声も中に届けることができる。
「伯爵。いくら大声を出しても、誰にも聞こえないよ。すぐそこの扉の外の衛兵にもね」
『誰だ貴様はっ! 儂にこのようなことをして、無事でいられると思うなよ!』
「それはこっちのセリフだよ。僕はこうして誰にも気付かれず、どこへでも入り込んで好き勝手ができる存在だ。この意味がわかるかい?」
『パパぁ。コイツ何言ってるんだよ。こんなヤツ殺しちゃってよ!』
『うるさい、お前は黙っていろ!』
『ぎゃっ!?』
ドスッと音がして、静かになった。三男が殴られでもしたかな。
『……それで、要求はなんだ? 金か?』
「そんなものは間に合ってる。何なら、僕から伯爵にあげてもいいくらいだよ。……他所の領地にちょっかいをかけるのを止めてくれたらね」
『誰に雇われた? セブルバか、オシトリンデか、ハートランドか、エルロンドか、それとも……』
おいおい、どれだけ心当たりがあるんだよムラーノ伯爵。
「そのどれでもないし、その全てでもある。僕は僕の意思でしか動かない。一生、窓もない部屋に閉じこもって怯えて過ごすような事になりたくなければ、さっきの忠告を忘れずにいることだね。どうしてもそれが嫌だって言うのなら、仕方ない。あんまり気は進まないけど……」
再びコンプレッサーの出番だ。今度は内側の箱の中の空気を抜きにかかる。
ついでに箱の大きさも広げていって、急速に気圧を低下させた。
『……カッ、カハッ、……ま、ま……て…… コヒューッ た……す……』
よしそろそろ止めよう。本当に死にそうだ。
ところでさっきから三男の声が聞こえないんだけど、まさか死んでないよな?
即座に箱に空気を注入、大きさも元に戻す。
おっ。激しく咳き込む声が二人分聞こえる。生きてた生きてた。
「どうだい、分かってくれたかな?」
『分かった。分かったから、もう解放してくれ』
「何が分かったんだって?」
『……金輪際、他領への干渉は止める。これで良いだろう』
「その決意を、さっそく明日から実行に移すことを勧めるよ。僕が次に伯爵に会いに来る時は、もうこんな面倒な手間はかけないからね」
言い終わると同時に、僕はミニゴーレムたちを回収してムラーノ伯爵と三男を解放した。
「衛兵ーっ! 衛兵ーーーっ!!」
でも実は、その時には僕はもう城壁の外まで移動していて、〈ストレージ〉から出したバイクに跨ったところだった。
あー、疲れた。帰って少し寝よう。




