2-8 そこで丸投げっ!?
クラリスの家があるというツーリードの街は山の中腹にあり、鉱山で栄えた街だったらしい。そこが過去形なのは、現在はそうじゃないからだ。
彼女の両親、つまり先代のハートランド男爵夫妻は彼女がまだ5歳の頃に亡くなり、それから街は寂れる一方なんだそうだ。
確かに、市街地に入っても活気や賑やかさを感じない。道行く人はみんなどことなく疲れた様子で、そもそも大通りなのに人自体が少ない。道の両側にある商店も多くは閉められていて、いわゆるシャッター通りを連想させる風景だ。
そして街の中心に建つクラリスの家……屋敷は大きく、構えは立派だけど、中に入るとやっぱりここも閑散としていて、手入れも行き届いていない感じがする。
「ご覧のとおり、男爵とは名ばかりの貧乏貴族です。十分なおもてなしはできませんが、どうぞお寛ぎください」
そう言いながら男爵家当主であるクラリス自身が、僕たちの座るテーブルへお茶とお菓子を運んでくる。
パトリシアとアナベルが慌てて立ち上がって、それを手伝いに行った。
そこへ60歳近いと思われるビシッとした黒服の男性が現れ、ティーポットを持つクラリスの姿を見て渋い顔をする。
「お嬢様、またこのようなことをご自分で。当主のなさることではありません。どうか人をお使い下さい」
「人手は少ないですし、皆毎日忙しく働いてくれていますので、無理は言えません。それにこれは好きでしている事なのですから、私の楽しみを取らないでください」
そう言いながらクラリスはカップにお茶を注いでいく。
その仕草は素人の僕から見てもなかなかに洗練されていて、確かに楽しんでしている事のように思える。
淹れてくれたお茶も、すごく良い香りがして美味しかった。
「あのムラーノの業つく張りさえいなければ、お嬢様がこのような……」
「爺や、お客様の前ですよ」
老紳士が言いかけた言葉をクラリスがやんわりと遮るが、彼はそれでも止まらなかった。
「いいえお嬢様、言わせていただきます。爺は悔しくてなりません。今日、あの欲呆けが何を言ってきたか……」
結局、この老紳士が事情を全部ぶちまけてくれた。
クラリスは申し訳なさそうな顔で、僕たちに向かって頭を下げた。
事の起こりは10年前、クラリスの両親が亡くなってすぐのこと。
隣接する領地を治めるムラーノ伯爵が、クラリスの父、先代ハートランド男爵に貸した金を返せと要求してきた。
老紳士、フレデリックさんは先代の補佐をしていた人物で、領地の財政にも詳しかったが、伯爵からそんな借金をした覚えはないという。
しかし証文などの形式は確かに揃っていたので、仕方なくそれを分割で返済することにした。
ハートランド領には質の高い鉱山があり、金やミスリル、アダマンタイトを多く産出していたので、伯爵の要求する金額は、数年で問題なく支払えるはずだった。
ところが、返済の約定を交わしたその年から、なぜか突然にミスリルやアダマンタイトの精練に欠かせない技術者が次々に領地を去り、採掘や炉の維持に必要な大量の魔晶石の流通も滞るようになってしまった。
それが原因でついに鉱山の操業を止めざるを得なくなり、それでも2、3年の間は貯えから返済を続けたが、やがてそれも難しくなると、ムラーノ伯爵は鉱山の採掘権を譲渡するよう要求してきた。
フレデリックさんはまだ幼かったクラリスに代わる摂政としてその要求を突っぱね続けてきたが、昨年、15歳で成人したクラリスが男爵家を継ぐと、彼女に対する脅迫や、今日のような襲撃が頻繁に起こるようになったんだそうだ。
そしてさらに今日、ムラーノ伯爵の使者が、伯爵家の三男とクラリスとの縁談の話を持ち込んできたらしい。婿取りと引き換えに借金を帳消しにする、という話だ。
「それも、結婚後はお嬢様は一切領地運営に口出しせぬよう、などという条件までつけてきたのです! ハートランド家を乗っ取る気満々ではありませんか!」
フレデリックさんはまさに怒り心頭、といった表情だ。
そりゃそうだ。状況からして、鉱山を操業停止に追い込んだのはそのムラーノ伯爵で間違いない。そのうえ暴力で脅しておいて、しまいには息子と結婚して領地を渡せだなんて、そんなことがよく言えたもんだ。
これはクラリスもさぞかし腹を立てているだろう、そう思って彼女を見る。
違った。クラリスは悲しそうに目を伏せていた。
「でも…… それで鉱山が再開されて、領民の生活が救われるなら…… 私は…… 私が……」
「だめよ、クラリス! そんな奴が街の人のことなんて、気にかけるわけないじゃない!」
パトリシアがすっくと立ち上がってそう言った。
いや、言ってることには同感だけど、平民が男爵夫人を呼び捨てってのはちょっとどうなのかな?
「パトリシアさんの言う通りです! ここであなたが犠牲になったところで、良くなることなんて何もありませんよ!」
続いてアナベルも立ち上がって拳を握る。
そんな二人を交互に見上げたクラリスが、また俯いて力なく呟く。
「ですが、私には他にできることがありません。それ以外に、私はどうすれば……」
「シモンが何とかするわ!」
「シモンさまが何とかして下さいます!」
「えええっ!? そこで丸投げっ!?」
「大丈夫よ。シモンならそんな奴ら、まとめてぶっ飛ばせるから」
「そのムラーノ伯爵とやらを、向こう10日は固形物を口にできない体にしてやりましょう、シモンさま」
いやいやいや、確かに腹は立つけど。気持ちはわかるけど。でも向こうは仮にも貴族だよ。それも伯爵だよ。
そんな身分の人に手を出したりしたらそのあとどうなるか……
……そういや、もうすでに伯爵と男爵を一人ずつぶっ飛ばしてるな、僕。
ひょっとして、意外と大丈夫なものなのかも?
そんな馬鹿なことを考えている間も、パトリシアとアナベルは期待に満ちた目で僕を見ている。
本当に僕ならどうにかできると確信している表情だ。
……しょうがないなぁ。
「ま、やるだけやってみるか」
パトリシアとアナベルが満面の笑みで歓声を上げ、クラリスは何が起こっているのか分からないと言ったふうにきょとんとしている。
でも、まずは穏便にだ。いきなり殴り込みはしないぞ?




