1-2 神の祝福により
そんなわけで次の日から僕は、唯一の武器である〈ゴーレム作成・運用〉に磨きをかけるべく訓練を始めた。
召喚当日から訓練を始めなかったのは、僕の天職と適性があまりに想定外すぎて、すぐに教官を準備できなかったからだそうだ。
いかにも研究者らしい、荒事とは無縁そうな風貌の造魔士の教官について、まずはゴーレムを生み出す手順を教わっていく。
訓練場所は、広大な神殿の敷地の一角にある中庭のような場所だ。教官の他にはアナベルと、彼女のお付きで男の神官さんが一人いる。
さらには、中庭を見渡す回廊のような場所に、キラキラした貴族風の服を着た偉そうなオッサンが二人いた。
一人はかなり太っていて、もう一人は対称的にヒョロっとしている。
「アナベル、あれは何者?」
「フォルティア王国から派遣されている大使の方です。この神殿にとっても、シモンさまにとっても大切な後援者でいらっしゃいますので、ちょっとくらい言動に腹が立っても我慢してください。太っちょがギスモ伯爵で、ヒョロがブロンコ男爵と仰います」
太っちょにヒョロって…… 思わずアナベルの隣の神官さんを見ると、彼もうんうんと頷いていた。
あの二人、そんなに嫌われてんのか?
「勇者シモンよ!」
と思ったら、太っちょの方、ギスモ伯爵が声を掛けてきた。
無駄によく通る、張りのある声だ。
「お前のステータスは見た。正直、期待外れでガッカリだったが、それでも勇者は勇者だ。安くない投資をして喚び寄せたのであるから、しっかり励んできっちり働けよ!」
それだけ一方的に言って歩き去る。
ヒョロのブロンコ男爵がケラケラ笑いながらそれに追従した。
うわ。これは確かにムカつくなぁ。
「シモンさま、どうかお気になさらないでください。……神の祝福により、お二方がそこの階段から足を踏み外されますように」
そんな怖いことを言いながら目を閉じて胸の前で手を組むアナベル。
それって祝福とかじゃなくて呪いだよね? ちょっと神官さん、あんたも当然みたいに一緒に祈ってないで止めようよ。
これは後で聞いた話だけど、勇者召喚が一年に一度行われるのは、僕が最初にいた部屋の魔法陣に魔力を蓄積するのに、ほぼ一年かかるからなんだそうだ。
儀式にはアナベルのような「召喚の聖女」が必要で、彼女らもそう何度も召喚の儀式に携われるわけじゃなく、数年で交代するそうだ。
そんな勇者召喚も実は毎回必ず成功するわけじゃなく、何度かに一度は勇者を召喚できずに終わるらしい。
この都市メリオラの周辺6ヵ国が順に召喚の儀式を行うってことは、それぞれの国から見れば6年に一度の機会ってことになる。だから、もしその機会に召喚が失敗すれば、その国はまた次の6年後を待たなきゃいけないってことだ。
今のフォルティア王国がまさにそれで、僕は彼らにとって12年振りに召喚した勇者となる。
僕の先代の勇者は3年前に2体目の魔王を倒して元の世界に戻ってしまったので、王国はここ3年間勇者不在というわけだ。
もしもそんな勇者不在の間に国内に魔王が現れた場合、他国に勇者の派遣を要請しなくちゃいけないんだけど、それには当然それ相応の対価が必要となる。ぶっちゃけ超高額らしい。
だからどの国も、魔王の発生に備えて常に自前の勇者を確保しておきたいわけだ。
でもそういう事情なら、もうちょっと言葉には気を遣って欲しいよな。
それはそれとして、ゴーレムを作るには大別して二つの方法がある。
一つは、エネルギー源となる魔晶石を核として組み込むことによって、外部からの魔力供給なしで動くゴーレムを作る方法。
もう一つは、術者が近くにいて、常に魔力を注ぎ続けることによって動くゴーレムを作る方法。
ファンタジーでよくある、宝物庫の番人のようなゴーレムは前者だ。
十分な量の魔晶石さえあれば、何十年も何百年も動かせ続けることができる。
しかしその方法では、魔王は倒せない。
なぜなら、魔王は勇者の魔力によってしかダメージを受けないからだ。
魔法攻撃はもちろんのこと、この世界では剣での斬撃やパンチにさえ魔力が乗る。そして勇者の放つ攻撃に乗った魔力だけが、魔王にダメージを与えられるというわけだ。
だから僕の場合は後者の方法で、僕の魔力で動くゴーレムを作って攻撃しなければ、魔王を倒せないってことになる。
それがどういう事かと言うと、魔力以外は完全に非戦闘員レベルの僕が、敵の前に姿を晒しながらゴーレムを操らなきゃいけないってことだ。
うん、これはもう自殺行為以外の何ものでもないな。
もしこの方法で戦って死んだとして、その時はちゃんと元の世界に戻してもらえるんだろうか?
「ゴーレム作成」
訓練も7日目になり、さすがに天職だけあってゴーレムを作り出すところまでは難なくできるようになった。
神殿の中庭の土がモコモコと盛り上がり、武骨な鎧姿の人型を形作る。右手には肉厚で頑丈そうな大剣、左手には上半身をすっぽり覆う大きさのカイトシールドを持って、やや姿勢を低くしながら敵に突進を……
「そんなやり方では駄目だと、何度言えば分かるのかね!」
ちょっと神経質っぽい教官の耳障りな大声とともに、2メートル半はあろうかというざっくりしたデザインのゴーレムが、僕の1メートルほどのゴーレムを呆気なく片手で粉砕した。
あーあ、けっこういい出来だったのに。
「君は細部に拘りすぎる! そんなものはどうだっていいんだよ。いいかね、ゴーレムにとって重要なのは、大きさと頑丈さだ!」
「それは理解できるんですが、どうしてもこれ以上大きくできないんです」
「いやいや、そんなことはない! 君の魔力を考えれば、その程度で限界なんてことはあり得ないはずだ! そもそもがそんなに人に似せて作ったところで……」
いつものように、教官の小言が長い。
あり得ない、なんて言われても、実際にそうなんだから困る。
助言に従って大量の魔力を込めてみても、じっくりと巨大ゴーレムをイメージしてみても、結局できあがるのは毎回同じ大きさで、全高1メートルくらいだ。
しかも余分に魔力を注ぎ込んだからと言って、ゴーレムの力が強くなるわけでも強度が上がるわけでもない。
余った魔力が勿体ないから意味もなくディテールに凝ってしまうのは、性ってやつだ。
そして僕はひたすらゴーレムを造り、粉砕される。
その繰り返しを回廊から見下ろしていた太っちょとヒョロが、舌打ちをして立ち去って行った。
「神の御恵みを受け、あのお二方の生え際が大きく後退しますように」
アナベル、それだけは止めてあげて。もうだいぶキてるから。