2-6 はしたないですよっ!
ルシアナまでの残りの行程は、フレックスアーマーの〈高機動モード〉を使い、背中に二人が座れるシートを追加することで、歩きで真夜中になったり野営したりするような事態は回避できた。
それどころか時速40キロ以上で走り続けることにより、あっさりと乗合馬車を追い抜いて、2時間足らずでルシアナに到着した。
ただし到着後にはパトリシアとアナベルは青い顔をして、もう乗らない、と言っていたので、乗り心地はあまりよくなかったようだ。
いや、〈ハイマニューバ〉は悪くない。道が悪いんだよ、道が。
時間は早いけどまずは宿を確保しよう、ということで、冒険者ギルドへ向かってそこで宿を紹介してもらう。
少しだけれど割引が効くし、変なところは紹介されないから安心なんだそうだ。
紹介を受けた宿のひとつを訪ねると、値段の割に綺麗で良さそうなところだったので、満場一致でそこに決める。希望は一人部屋3つだ。
「悪いねぇ。一人部屋の空きはもう一つしかないんだよ」
恰幅のいい女将さんが申し訳なさそうな顔をするので、じゃあそれともう一部屋は二人部屋で、と言うと、パトリシアとアナベルが何かスイッチでも押したみたいに一瞬で真っ赤になった。
「わ、私は別に嫌というわけではないんですけど、そういったことはもう少し段階を踏んでからと言いますか、お互いの気持ちがですね……」
「あたしは構わないわよ。し、シモンのこと、信じてるから。……でも、もしどうしても、ってことなら、その……あの……」
何言ってんだ君らは!? こっちまで赤面してきちゃっただろ!
当然僕が一人部屋でパトリシアとアナベルが相部屋だよっ!
「おおっとお兄さん、隅に置けないねぇ。なんなら3人部屋は空きがあるけど、どうする?」
どうもしないから早く鍵を渡してください。
まったくもう、人をからかって楽しむのはやめようよ。
部屋を借りたあと、夕食がてらちょっと街を散策してみたけど、国境を越えたとはいえ馬車で一日足らずの距離なので、街並みや道行く人の服装なんかはメリオラとあまり違いはない。
目立った差といえば、料理屋の日本語表記の看板がなかったくらいか。
ご飯を食べたら、公衆浴場に寄って汗を流す。
そう、この世界には風呂がある。浴室を備えている宿は少ないけど、ある程度の規模の街なら必ず公衆浴場があって、湯船に浸かって温水で体を洗うことができる。
作りは銭湯そのものだ。これも歴代の勇者に感謝しなきゃな。
宿の自分の部屋に戻ると、そこから寝るまでの間は工作の時間。
フレックスアーマーの〈ハイマニューバ〉の乗り心地が思った以上に不評だったので、これを改良……いや、いっそ新しく乗り物を作ろうかな。
さて、そうするとまず、乗り心地にとって重要なのはなんと言ってもタイヤとサスペンションだ。
サスペンションはゴーレムで問題なく再現できるから、これはいい。
問題はタイヤだ。ゴム製のタイヤを履いている馬車を見た記憶がないから、たぶんこの世界にゴムはないだろう。少なくとも普及はしてない。
何かゴムに代わる、弾力と耐久力のある素材があればいいんだけど。
いや待てよ、素材自体が弾力性を持っている必要はないんじゃないか?
材質がなんであれ、状況に応じてまるで弾力があるかのような振る舞いをさせられれば、タイヤの機能を再現できるぞ。
……よし、その線で行こう!
「今日は何を作ってるの、シモン?」
「馬車より速くて、乗り心地のいい乗り物だよ。……ってパトリシア!?」
パトリシアがいつの間にか部屋に入ってきていて、後ろから僕の肩越しに作業している手元を覗き込んでいる。
驚いた。どうやって入ってきたんだよ。
「ドアから普通によ。ちゃんと断ったし、シモンもいいよ、って言ったじゃない」
ちょっとむくれてパトリシアが答える。どうやら作業に没頭していて、上の空で返事をしていたらしい。
おまけに鍵も掛け忘れてたみたいだし、そりゃ僕の方が悪いな。ごめん。
「邪魔しないから、ここで見ててもいい?」
「もちろん」
こんな美少女が部屋を訪ねてきてくれたってのに、邪魔に思うわけがない。むしろ大歓迎だ。
作業を続けながら、チラチラと横目で彼女の横顔を見る。間近にある洗いたての赤い髪がまだちょっと湿ってたり、頬がほんのり色づいていたりして、なんだか艶っぽい。
今更ながら、パトリシアみたいな可愛い子と一緒に旅をしてるっていう事実にドキドキする。
「……?」
ヤバい。見てるの気付かれた!? パトリシアもこっちを見て、ガッチリ視線が合う。
もう、何見てるのよ! ……とか言われるかと思ったら、彼女は黙ったまま、少しだけ恥ずかしそうに微笑んだ。
……何これ。ひょっとしてこれがいわゆるいい雰囲気ってやつ? 本当に? うわ、どうしよう。……どうすればいいんだ?
カチャ!
その時、不意に部屋の窓から音が聞こえて、僕たちは二人同時にそっちを振り向く。
「…………あ」
「えっ?」
「……もうっ」
そこには、半分開いた窓に足を引っ掛けてこっちを見ている、アナベルがいた。
……ここ3階なんだけど。ついでに、窓にはちゃんと鍵が掛かってたはずなんだけど。
「な、何してるんですかパトリシアさんっ! 年頃の娘がこんな時間に一人で男性の部屋に来るなんてっ。はしたないですよっ!」
「今のあんたほどじゃないわよっ!」
「……なっ!? 私のどこがはしたないと言うんですかっ!?」
「じゃあ聞くけど、それ、見せていいパンツなの?」
「あああっ!!?」
そりゃまあ、それほど長くもないスカートで窓枠を跨いでちゃあね。
水色と白の縞パン。眼福だった。
そんでその後はいつもの言い合いに突入して、きゃあきゃあと大騒ぎだ。
……気が散る。邪魔だなぁ。
翌朝、僕たちは徒歩で街の外に出て、そこで〈ストレージ〉から昨晩作ったゴーレムを取り出した。
BMW R75をイメージした軍用サイドカーだ。何かの映画で見てかっこいいと思ったから作ってみた。8体のゴーレムの集合体で、細部は適当だ。
「馬が引かなくても走る馬車……ですか」
「これに3人も乗れるの?」
「ここに操縦者の僕が乗って、その後ろに一人と、こっちの座席に一人、それで3人だ」
「じゃあ、あたしはシモンの後ろに乗るわ」
「何言ってるんですか、そこは私の席ですよ」
またパトリシアとアナベルがきゃあきゃあやり始めた。もっと仲良くしようよ。
そして数分後、公正なクジ引きの結果により、タンデムシートにはパトリシアが乗ることに決まったようだ。彼女はニコニコ笑顔で、アナベルは不満そうに何かブツブツ言いながら側車に乗り込む。
「それじゃあ出発だ!」
事前に説明しておいた通り、パトリシアが僕の腰に腕を回して背中にくっつく。うん、役得。
エンジンを始動すると、車体の左右にせり出した二つのシリンダーの中で弱威力の〈エクスプロージョン〉が連続で発動する。
「うわわわっ!」
「ひゃうっ!?」
ドッドドッドッドッ、という低いエンジン音と振動が体に伝わってきて、いい雰囲気だ。実際には後輪そのものが駆動するのでエンジンは必要ない。と言うか、僕にはエンジンを再現できるほどの知識はない。
実はシリンダーの中にはピストンすらなく、ただ音と振動、排気を再現するためだけに存在している。完全に気分の問題だ。
どこにも繋がっていないクラッチを握り、ペダルを踏むと、ガコンとギアが繋がる音だけが鳴る。これも苦心の作だ。
そしてアクセルを開けると音と振動が一気に激しくなり、サイドカーはスムーズに加速し始めた。
タイヤには半自律可変装甲のミニゴーレムを使用した。ゴーレム間の結合を緩くすることで、路面のギャップに合わせて変形するようにしてある。おかげで乗り心地は上々だ。
速度は楽々時速60キロを超えているだろう。風を切って走るこの爽快感が堪らない。
「ちょっとシモン。このブルブル震えるの、止められないの!?」
「シモンさま、音がうるさくて耳が痛いです。何とかしてください!」
ところがこれが女性陣にはすこぶる不評だった。
仕方なくエンジンを停止して無音で走る。ああ、風情が……醍醐味が……
おまけにパトリシアが、髪が乱れるわ、とか言って〈ウインドシールド〉で風も遮断しちゃって、こうなるともうバイクである必要は全然ないよね。
……今度は普通の車を作ろう。
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