2-4 私は帰ってきました!!
アナベルの話によると、サブレイオン神殿には大別して4つの機構がある。
ひとつは、勇者召喚の実務に関わる部分。アナベルはここに所属している……していた。彼女と僕が最初に見た4人の神官、これが全メンバーだ。
次に、召喚の聖女を養成するための修道院のような施設。ここには常時30人ほどの巫女がいるそうだ。
さらには、この独立都市メリオラの政治の中枢ともなる最高神官会議。神官長を中心に15人の高位神官が、合議によってこの都市と神殿を治めている。
最後は問題の神殿騎士団だ。騎士50人と兵卒500人ほどが所属していて、神殿そのものと、この都市の治安を守っている。
他にも多くの人たちがいて雑役を行っているけど、この人たちは特にどの部門に属しているというわけでもない。
そして、僕が叩きのめして力を示さなきゃいけない相手は、この神殿騎士50人だ。
50対1。普通に考えて無理だろって戦力差だけど、勇者なら難しくないらしい。どんだけ強いんだよ僕以外の勇者は。
そもそも騎士を蹴散らすことができたとして、それで本当に物事が解決するのかって不安もあるんだけど、そこはアナベルが太鼓判を押している。
僕の放逐を決めたのも再召喚を受理したのも、ほぼ神官長の独断だったらしく、ここで僕が力を示せば神官長のミスが明らかとなり、最高神官会議の他のメンバーが彼を追い落とす口実になるんだとか。完全に政治の話だな。
僕たち3人は……止めたのにアナベルとパトリシアも着いてくると聞かなかったので、3人は、神殿の正門の前にやってきた。
そう言えば僕は召喚の間から入って裏門から出ていったので、この正門は見るのも初めてだ。
「サブレイオンよ! 私は帰ってきました!!」
……ひょっとして、それは元ネタを知ってて言ってるのか、アナベル?
ともあれ、彼女の口上を聞いて門の中が慌ただしくなり、ややあって銀色に輝くフルプレートを着込んだ騎士が、ぞろぞろと正門前に出てきた。
その数は聞いていた通り、およそ50。どうやら騎士とは言うものの、馬には乗っていないようで全員徒歩だ。
「脱走者アナベル! そしてシモン! 観念して投降する気になったか! 大人しく従えば手荒なことはしない!」
中央にいる、他より装飾の多い鎧の騎士がそう怒鳴った。
それが合図だったように騎士たちが一斉に剣を抜き、カイトシールドを前にして一糸乱れぬ動きで迫ってきた。おお、なかなか威圧感あるな。
「半自律可変装甲、要塞モード」
迎え討つ僕はミニゴーレム鎧改め〈半自律可変装甲〉を装着した。左手から出現したゴーレムたちが一瞬で全身を覆い、黒鉄色の鎧を形成する。
そして両手でレミントンM870を構え、3本目と4本目の補助腕がそれぞれ完全に身を隠せるほどの大盾を前に出す。これが防御力重視の〈フォートレス〉だ。
その大盾の隙間から、M870に装填されている8発の弾丸ゴーレムを一気に連射した。
バガンッ! と派手な音を立てて、神殿騎士の鎧が大きく凹んだ。今回、M870の20ミリ弾はスタンモードだ。これは騎士の持つ盾を貫通した直後に変形してバッテン状になり、あえて鎧は貫通させずに強い衝撃を加えるように命令してある。自律行動が可能な弾丸ゴーレムだからこそできる芸当だ。
そしてついでに弱威力の〈サンダーボルト〉を発動させて意識を狩るという、二段構えの設計にしてみた。これで8人の神殿騎士があっさりと戦闘続行不能になった。
その僕の初撃から一拍遅れて、神殿騎士たちから魔法攻撃が放たれる。
魔法は全て〈フレイムアロー〉だった。数十本の炎の矢がほぼ同時に僕に襲いかかるが、ガッチリと隙間を閉めた二枚のアダマンタイトの大盾を抜けてくるものはない。
魔法攻撃が途切れたタイミングでもう一度M870を連射して、さらに8人を沈めた。向こうにしてみれば、あっという間に戦力の3分の1が無力化されたことになる。
「これは何事だ!? 相手はハズレ勇者ではなかったのか!?」
警戒心から、明らかに騎士たちの足が鈍った。
「高機動モード」
〈半自律可変装甲〉の盾と補助腕が消え、靴底に当たる部分が前後に伸びて、1メートルほどのスキー板を履いたような形状に変化した。
そのスキー板には直列に10個のローラーが並んでいて、これを回転させることで高速移動を可能にしている。
僕はぐんと一気に加速して瞬く間に時速50キロほどのスピードを出し、神殿騎士たちの左側面を駆け抜けながらH&K MP5Kをフルオート射撃して、大量の10ミリ弾丸ゴーレムをバラ撒いた。
10ミリ弾には魔法効果の付与はできないが、自立行動と変形は20ミリと同様に可能だ。神殿騎士の鎧を貫通した弾丸ゴーレムはクリップ状に変形し、皮膚を強く挟み込んで激痛を与える。何せ鎧の下なので、一度食いつかれたら取り去ることもできない。
我ながら、実に性質の悪いノンリーサルウェポンに仕上がってると思う。
これでまた十数名が戦闘不能に陥り、残るは12、3人といったところか。
僕は急ターンを切って、再び神殿騎士たちの反対側の側面を駆け抜けつつ、MP5Kを斉射する。
今度はさすがに何人かが反応して剣で反撃してきたが、左腕に形成した盾でこれを受け流す。鋼や、仮にミスリル製の剣であったとしても、アダマンタイトを切り裂くことはできない。
さらに二人の勇気ある騎士が体を張って僕の行く手を遮ろうとするのを、左腕の盾に生成した凶悪なスパイクで……あ、逃げた。
すれ違いざまにそれぞれ数体の弾丸ゴーレムをお見舞いして、地に沈める。
ちなみに、鋼より重いアダマンタイト製の〈半自律可変装甲〉の総重量は50キロほどになる。僕の体力では普通に歩くことも難しい。
なので僕はこれを、ゴーレム自身の力で動かすことにした。言わばパワードスーツの一種だ。僕の体の動きに追随するマスタースレイブに加えて、動力源である魔力を通じてある程度思考制御もできるので、ほぼタイムラグなしでスムーズに動く。
僕自身の体には備わっていない補助腕が動かせるのも、この思考制御のおかげだ。
〈ハイマニューバ〉で神殿騎士たちの周囲をぐるりと一周回ったあとには、もう立っている騎士は3人しか残っていなかった。
戦闘開始からここまで、ほんの2、3分での出来事だ。
「すごい…… 神殿騎士がこんな一方的に……」
「言ったでしょ、シモンは凄く強いのよ!」
唖然とするアナベルに、得意げに胸を張るパトリシア。
そりゃあ今回は一方的だったけど、こっちの武装と戦い方を研究されたら次はどうなるか分からないよ。
アダマンタイトだって、絶対無敵ってわけじゃないんだから。
「分かっていると思うけど、誰も死んでいないはずだ。まだ続けると言うなら今度は本気を出すけど、どうする?」
「ま、待て! 分かった、降参する。お前は……いや、貴殿は紛れもなく力ある勇者だ。上にもそう報告するが、その前に怪我人の手当てをさせてくれ」
わざと残しておいた装飾の多い鎧の騎士、たぶん騎士団長が、剣を手放して膝をつく。
怪我人の放置は僕も気が咎めるので、その言葉には頷いておいた。弾丸ゴーレムを回収すれば、半数はすぐに動けるようになるだろう。
僕の隣では、パトリシアとアナベルがまたハイタッチを交わしている。
とりあえず、勝った。