2-3 シモンは凄く強いんだから
「あたしは、シモンのパーティメンバーよ。あんたは?」
「そうでしたか。私はサブレイオン神殿に仕える巫女で、アナベルと申します。今日はシモンさまに危急をお報せに参りました」
アナベルの方はだいたいいつもこんな感じだったと思うけど、パトリシアが何やら険悪な雰囲気だ。どうしたんだろう?
そして淡々と自己紹介を終えて俺に向き直ろうとするアナベルを、またパトリシアが遮った。
「違うわよ。あんたはシモンとどんな関係なのかって聞いてるの!」
アナベルはあからさまにやれやれ、と言った表情でもう一度パトリシアを見やる。
ちょっと、火に油注ぐような真似はやめよう? 穏便に行こうよ穏便に。
「私は巫女として、今年の召喚の聖女を務めました。申し訳ありませんが、それ以上のことは部外者の方にはお話しできません」
「召喚の…… そう、あんたが」
パァン!
いきなりパトリシアがアナベルの頬を叩いた。痛そうな音がして、アナベルの頬に小さな赤い跡が残る。
さらに掴みかかろうとするパトリシアを、ようやく反応が追いついた僕は必死で抑える。
「ちょっ…… パトリシア、どうしたんだよ?」
「あんたが! シモンをこんな目にっ! ……シモンがどんなに辛い思いをしたか、分かってるのっ!?」
怒鳴るパトリシアの目には涙が浮かんでいる。
ごめんパトリシア。僕のために怒ってくれるのはすごく嬉しいんだけど、実はそんなに辛い思いはしてないよ!
「いいんです、シモンさま。こういう事があるかも知れないということは、前任者から聞いていましたので」
またかよ! そんでもってやっと正しいアドバイスが出たな前任者!
「……そこの方。私はまだ、あなたのお名前を伺っていません」
「パトリシアよ!」
「パトリシアさん、あなたがシモンさまをとても大事に思っていらっしゃるという事はよく分かりました。あなたのお怒りも尤もです。ですが、どうか今は少しだけ、シモンさまと話をさせてください」
「……なっ、そ、そんな大事とか、そんな……ちょっ……けど……」
いきなりパトリシアの勢いが落ちた。涙目のまま赤くなって何かモゴモゴ言ってるけどよく聞き取れない。
アナベルはそんなパトリシアを見て、口元だけでチョロい、と呟く。いや待て待て。今パトリシアは俯いてるから見えなかっただろうけど、わざわざそんな挑発するなってば!
「シモンさま、申し訳ありません。私の力が及ばず、再召喚が決定されてしまいました。じきに神殿から追手がかかるでしょう。門を閉鎖されると逃げ場がなくなりますから、一刻も早くメリオラを出て、できるだけ遠くへ逃げましょう。私がご案内します」
……再召喚? なにそれ?
アナベルの説明によると、こう言うことらしい。
神殿……サブレイオン神殿が、一年に一度だけ異世界から勇者を召喚するのは、人ひとりを異世界からこの世界へと往復させるために必要な魔力を溜めるのに、まる一年間を必要とするからだ。
召喚を支援する当番国は、たとえその年の召喚が失敗に終わっても、僕のような微妙な勇者が召喚されたとしても文句は言えない決まりだ。
ただし、当番国が二回連続で召喚に失敗した場合にだけ、特例として同じ年に再召喚を要請する権利が与えられる。
それは、今回のケースに沿っていえば、僕に残された復路分の魔力を使って、片道の勇者召喚を行うことを意味する。
つまりそれを実行した場合、僕とその次に召喚される勇者の二人が、元の世界に戻る権利を持たない勇者になるってことだ。
基本的に、召喚される勇者は、いずれ元の世界に戻ることを保証されているからこそ、この世界に対して協力的になれる。
それがない勇者は一歩間違えれば危険な敵にもなりかねないので、通常、この再召喚は、たとえ権利が発生しても実行に移されることはない。
だが今回に限ってはなぜかそれが要請され、しかも受理されてしまったらしい。
「再召喚の儀式を行うには、シモンさまとシモンさまを喚んだ巫女、つまり私との二人が揃わなければいけません。ですから、私も拘束される前に神殿から逃げてきました。最悪の場合、私を人質にとってシモンさまをおびき寄せる、という事も考えられましたので」
「でもそれなら、他の神官さんを人質に取られたらどうするんだ?」
「何があろうと、私は神殿へは戻りません。万一の場合、自害してでもシモンさまの復路分の魔力は守ってみせます。それが、私の責務ですから」
……話が重い。重すぎる。
ついさっきまで、パトリシアと二人で異世界観光旅行だ、なんて浮かれてたのが恥ずかしくなる。
その覚悟を聞いて、さすがにパトリシアもアナベルを見直し……
そんなのどうせ口だけよ、とかわざと聞こえるように呟かない!
それはそうと、できるだけ遠くへ逃げる、かぁ。
たぶんその再召喚ってのには、あのギスモ伯爵を派遣した国……フォルティア王国だっけ。そこが関わってるんだろうし、国家相手に逃げ切るのは難しいだろうな。
一生逃亡者として生きていくのもしんどいし、最悪の場合にはアナベルが自殺する前に僕が死ぬか? いやいやダメだ、僕は自殺したら元の世界に戻れないんだった。
それに、こんな事にパトリシアを巻き込みたくもないし。どうしよう。
「ちょっと巫女さん。それって、シモンに戦う力がないってことが前提の話なのよね?」
少し落ち着きを取り戻し、黙って話を聞いていたパトリシアが口を開いた。
まだちょっと言葉に険は残ってるけど、少なくとももう喧嘩腰じゃない。
「そうですね。仮にシモンさまが勇者としての力をお持ちであれば、再召喚を要請する資格そのものがなくなります。ですが残念ながら……」
「あるわよ、力」
「はい?」
「知らないの? シモンは凄く強いんだから」
「……えっ?」
パトリシアの得意げな宣言に、アナベルが狐につままれたような表情を見せる。
一方、パトリシアのこのドヤ顔はどうだ。言っとくけど、僕はそんなに強くないからね。
「なるほど、よーっく分かりました、パトリシアさん。神殿騎士団に正面から殴り込みをかけましょう!」
「そうよアナベル! シモンを馬鹿にしたことを後悔させてやらなきゃ!」
パァン!
今度の破裂音は、アナベルとパトリシアのハイタッチの音だ。
僕の〈ゴーレム作成〉の実情を知らないアナベルに、パトリシアが「地下城」での出来事を微に入り細を穿ったうえに尾鰭背鰭までつけて語り、それを熱心に聞いていたアナベルが突然物騒な提案をしだして、今に至ってしまっている。
この二人、なんか妙な感じで意気投合してるけど、殴り込み、するの? ……僕が?