第7話 ストーンゴーレムが硬すぎる
「こいつ、こんなに硬かったか!?」
俺はしびれた手を振りながら叫んでいた。目の前に立っているのはストーンゴーレム。角張った外見をしている人型のモンスターなんだが、全身が石でできている。身長は俺の二倍以上もありそうな巨体だ。
そもそも、こいつ「迷宮」の中にいるにはデカすぎるだろう。まあ、この「ボス部屋」と通称される広間は、かなり面積が広いし天井も高いけど、この部屋まで行き着くための通路はこいつが通れるほど広くないから、絶対に出られないだろうと思うんだがな。まあ、こいつはダンジョンの「ボス」だから出る必要なんて無いのかもしれないが。
そう、俺たちは只今絶賛「ボス戦」中だ。より強いモンスターと金を求めて「試練の迷宮」と呼ばれるダンジョン探索に挑んだんだ。中堅に上がるか上がらないかくらいのパーティーが挑むのにちょうど良い強さのモンスターが多いってことで、こんな通称が付いてるんだ。
迷宮ってのは、その名のとおり中が迷路になっているモンスターの巣窟だ。世界各地に存在していて、中からはモンスターが無限に湧き出してくる。
偉い学者たちが研究したところによると、どうも魔素が溜まりやすい地形ではモンスターが発生するらしい。その特性を利用して、古代文明期にモンスターを生み出すための施設として造られたのがダンジョンらしいんだ。
何でモンスターなんかを生み出そうとしたのかはハッキリとはわかってないんだが、どうも戦争の兵器として使おうとしていたらしい。まあ結局、その古代文明はモンスターを大量に使った無制限戦争を起こしたあげくに戦ってた国家同士が共倒れになって滅んじまったようなんだが。アホくさいねえ。
まあ、そのおかげでこの大陸には今もあちこちでモンスターが山ほどうろついてて、帝国軍が討伐するだけじゃあ手が足りないから、俺たち冒険者なんて仕事にも需要があるわけなんだけどな。
俺たちが今もぐっているダンジョンみたいな所から漏れ出してくるモンスターもいるんで、ダンジョン探索とダンジョン内のモンスター討伐は冒険者の重要な仕事になっている。ときどきは宝物が見つかることもあるしな。
宝物としては古代文明期の貴重なマジックアイテムが残ってるなんてこともあるが、それは稀だ。むしろ魔素が固まって、まだ魔物になる前の「魔結晶」ってのが見つかることの方が多い。魔結晶はマジックアイテムの動力源になるから、結構いい金額で売れるんだ。密偵の片眼鏡とかも、小さな魔結晶で動いているし、ライセンスカードにも微細な魔結晶が埋め込まれている。こうした魔結晶の収集も冒険者の重要な仕事だし、貴重な収入源でもある。
その魔結晶が取れる場所ってのは、つまりはモンスターの生成所ってわけで、大抵はダンジョンの最奥部にある。そして、その手前には最重要のモンスター生成所を守るための守護的な役割を持つ強力なモンスターを配置するための場所がある。そこが「ボス部屋」と通称されている広い場所で、そこを守る強力なモンスターがダンジョンの「ボス」ってわけだ。
そういうワケで、俺たちは収入と貢献ポイントを得るために、そこそこの難易度があるダンジョンに挑んでボス部屋まで来たというワケなんだが……ちょっと、今回のボスであるストーンゴーレムは俺たちとの相性が悪すぎた。
すぐ後ろにモンスター生成所があるから、ボス部屋の主であるボスモンスターを倒しても、一日もあれば新しいボスが生まれて配置される。前に探索に来ていたパーティーがボスモンスターを倒したあとで生成中だった魔結晶をいくつか取っていったとしても生成速度は大して変わらないんだな。それだけモンスターの生成速度が速いってことなんだが。それで、毎回生成されるモンスターは種類が違うので、ボスモンスターも倒すごとに違う種類になることが多い。
それが、今回はストーンゴーレムだったんだが……
「ダメだ、ボクの剣もほとんど通らない!」
俺と同じようにストーンゴーレムに斬りつけたイリスが、飛び退りながら叫ぶ。イリスが斬ったところには、わずかに傷がついているが、全然大きなダメージにはなっていない。密偵の片眼鏡で見ても与えたダメージはごく僅かだ。
これでも俺とイリスの剣には風属性の攻撃補助魔法が一応かかってるんだぜ。地属性のストーンゴーレムとは対抗属性だから攻撃が通りやすくなってるはずなのに、それでもこのダメージ。基本的な防御力が高すぎて、俺たちの攻撃が通じないんだ。
クソ、侮りすぎた。いや、自分たちの力の衰えを甘く見すぎた。ストーンゴーレムなんて転職する前だったら俺の剣による攻撃も通じていたモンスターだったんだが、能力値が半減しているってのが予想以上に自分の攻撃力に響いていたんだ。今まで倒してきた雑魚モンスター相手だったら、大して影響しているように思えなかったんだが、ここまで防御が硬い相手だと痛烈に響いてくる。
「我に任せよ! 『エアロボム』!」
クミコの叫びと同時に、強力な風属性攻撃魔法がストーンゴーレムを直撃する。空気を圧縮した球がストーンゴーレムの胸にめり込むと、そこで炸裂して大ダメージを与えた!
「おお、やった!」
今のは効いた! 一撃で二割くらいはストーンゴーレムのHPを削ったぞ!!
「二割……だと……?」
だが、クミコ半ば呆然とした感じで中指を使って丸眼鏡のズレを直しながらストーンゴーレムを凝視している。あの丸眼鏡は「密偵の眼鏡」といって密偵の片眼鏡と同じ能力があるマジックアイテムなんだが、旧式なので音声でのお知らせ機能は付いていない。何であんな型落ちのマジックアイテムを使っているんだか……なんて思っていたが、次にクミコがもらした言葉を聞いて、そんなことは気にしていられなくなった。
「我のエアロボムでたった二割しか削れない? 四割は削れるはずなのに……」
クミコのつぶやきを聞いて、俺も事態のまずさを把握した。クミコも能力値半減の影響で魔法の攻撃力が激減しているんだ!
「すまぬ、我の残りMPではエアロボムはあと二発しか撃てぬ!」
ボス部屋に到達するまでにも戦闘は起こっており、クミコは既に結構MPを使っている。MPを回復する「飲み薬」はボス部屋に入る前に使い切ってしまっていた。先に俺たちの武器に風属性の攻撃力を付与する「ウインドウェポン」をかけていたこともあって、クミコの残りMPは万全とは言えなかったんだ。クソ、こんなことならウインドウェポンは使わずMPを温存しておくんだった。
「ダメ、あたしの矢も全然効かない!」
「ストーンゴーレムに弓矢なんて最悪の相性ではなくって!?」
「手裏剣もはじかれるでござる!」
アイナやキャシーの矢も、オリエの手裏剣も傷ひとつ与えられていない。マズい、マズいぞこれは!
「攻撃しても無駄。防御に徹する」
カチュアの武器である短槍も刺突系の武器だからストーンゴーレムとの相性が悪すぎる。元々が盾役のカチュアはラージシールドで巧みにストーンゴーレムの拳による打撃を受け流してしのいでいる。ただ、前のオーク戦とは違って、完全に攻撃の衝撃を逃がしきれていない。密偵の片眼鏡で見るとカチュアのHPも少しずつ削られてきている。
このままじゃあジリ貧だ!
「アイナ、精霊魔法は使えないか?」
「ここはダンジョンの中よ! どこに風が吹いてるっていうのよ!? 松明も無いし、水も無い。地属性は効かない。光や闇の精霊に頼んでも、攻撃力低いわよ!」
無理を承知でアイナに聞いてみたが、やっぱりダメか。黒魔法と違って精霊魔法はその属性の精霊がいる所でないと使えない。ストーンゴーレムに一番効果的な風属性の魔法は、ダンジョンの中で風が無いから使えないんだ。
それに、ダンジョンの中には古代文明時代から残っている明かりが付いているので、松明は持ってきてはいても使ってはいない。火を燃やすとダンジョン内の空気が悪くなって、最悪の場合は呼吸ができなくなって死ぬからな。水筒の水はあるが、その水に宿っている程度の精霊じゃあ、大した攻撃力にはならない。ダンジョン内の明かりや暗がりのところにいる光や闇の精霊でも条件は同じだ。金属性は純金以外の金属と精霊との相性が悪すぎるので精霊がいること自体がきわめて稀で、雷のときぐらいしか出てこないみたいだし。いや、人の胴体ほどもある純金の塊を持ち歩けば結構強力な雷撃魔法を放てるみたいだが、そんな酔狂な真似をする精霊使いはいないだろう。
そして、この「試練の迷宮」は地下深く掘られた穴を大量の石で補強してあるダンジョンという特性上、地属性の精霊は周囲に山ほどいるんだが、相手も同じ地属性のストーンゴーレムなんで地属性系の攻撃魔法はまったく効果が無い。
つまり、アイナの精霊魔法による攻撃は、ほとんど期待できないってわけだ。なら、俺がやるしかないってわけだが……
「『エアカッター』!」
ビシッ!
俺が放った風属性の低級攻撃魔法は、ストーンゴーレムの胸を浅く切り裂く。剣で斬ったときよりは効いているな。だが、削れたHPはクミコのエアロボムの四分の一程度。俺の残りMPで放てるエアカッターの回数を考えると、ストーンゴーレムのHPを削りきれない!
「わたしも『ホーリーレイ』で攻撃しますですぅ? 『動く死体』でなくても多少の効果はありますぅ」
ウェルチがそんなことを言ってきたが、俺は即座に却下した。
「いや、ウェルチは回復に専念してくれ。ウェルチのMPが尽きたら俺たちは全滅する!」
白魔法では珍しい攻撃魔法「ホーリーレイ」はアンデッドには効果抜群だが、それ以外のモンスターには最低限の攻撃力しかない。ストーンゴーレムの高いHPと防御力の前には焼け石に水だろう。むしろ、彼女の回復魔法の使用回数が減る方が痛い。
と、そんなことを言っている俺の横を、小さな火球が飛んでいった。何だコレは!?