第2話 同病相憐れむ……って人数多くね?
「……なるほど、同じような境遇ってワケね。にしても、元魔法戦士かぁ。器用貧乏な職業よね。まぁ、あたしも元は『精霊使い』だから偉そうなことは言えないけど」
そう慨嘆したのは、俺と同じスライム召喚士であるアイナだ。年齢も同じ十七歳。そして、彼女も以前は「精霊使い」という、比較的万能だけれども特化した性能がない職業だったんだ。
精霊使いが使える「精霊魔法」は、この世に存在する「地」「水」「火」「風」「光」「闇」「金」の七つの属性を司る「精霊」にお願いして発動するもので、攻撃魔法も回復魔法も使えるけど、攻撃力は黒魔法に、回復力は白魔法に劣っていて、しかも精霊がいない所では使えないという欠点もある。その分、魔法専業の魔法使いや僧侶よりも弓を撃つなどの遠距離戦闘の能力は高いが、遠距離射撃専門の「弓射手」ほど得意じゃない。
要するに、俺と同じでパーティー内での立場が便利屋的だったので、一発逆転を狙って召喚士に転職したものの、召喚獣がスライムだったのでパーティーを追放されてしまったんだ。
もっとも、彼女の召喚獣である「ルージュ」は、俺のスーラみたいなノーマルスライムではなく変異種のフレアスライムだ。火属性の攻撃に対する耐性があるだけでなく火属性のブレスや魔法を撃つこともできる。とはいっても、その攻撃力が微々たるものだということに変わりはない。一般的なモンスター相手にスーラの直接攻撃が与えられるダメージが一だとしたら、ルージュの火のブレスが与えるダメージは十くらいにはなる。しかし、Cランクパーティーが相手にするようなHPが多いモンスターと戦うときは一が十であっても大差ないからだ。
そんなルージュの赤透明な体を何とはなしに見つめているアイナの瞳は、ルージュと同じような真紅だ。そして、顔立ちはかなり整っている。エリカに負けないくらいの美少女と言っていいだろう。目つきや表情からすると強気そうな性格っぽい。鮮やかに赤い髪の色とあいまって、かなり活動的な印象を受ける。もっとも、服装のせいもあるかもしれない。精霊との交流には肌での触れあいが有効だからか、彼女はノースリーブの上着にホットパンツという露出の多い服装をしており、防具は革製の篭手と脛当のほかは、同じく革製の胸当くらいしか装備していない……その胸当の下の胸部装甲は相当に大きそうな様子だったりするが。
「何見てるのよ?」
「あ、いや、精霊使いやめて召喚士になったのに、まだ革装備のままなのかと思ってさ」
俺の視線に気付いたアイナに詰問されたので、慌てて言いわけをする。精霊は純金以外の金属を嫌うから精霊使いは鉄製や青銅製の鎧や盾は身に付けられない。武器も弓矢の鏃程度なら精霊に許容してもらえるが、がっつり鋼鉄製の大剣とかは無理だ。だが、召喚士は装備の縛りは比較的ゆるいので、金属製の防具に変えても問題はないと思うんだが。
「鉄の装備に変えたりしたら精霊魔法が使えなくなるでしょ。魔法以外にも精霊にはいろいろ頼みごともできるのよ。せっかく元精霊使いなのに、その利点を潰したらもったいないじゃない」
「ああ、なるほどね」
そう言われると納得だ。転職しても、元の職業でおぼえた魔法やスキルはそのまま使えるんだから、防具を強化するよりも精霊と交流できる装備のままでいる方がメリットが大きいわけだ。よく考えたら、俺だってまだ装備は変更してないんだし、当面は金を節約するためにも装備は今のままにしておくかな。
「それで、同病相憐れむ立場はわかったけど、あなたはこれからどうするつもりなの?」
そうアイナに問われて、俺はキッパリと答えた。
「何としてもAランクに成り上がって、俺を追放した連中を見返してやる!」
それを聞いたアイナはニヤリと笑うと、俺に向けて右手を差し出してきた。
「あたしも同じよ。どう、一緒に組んであいつらを見返してやらない?」
「乗った!」
俺も右手を差し出して、その手を取ると力強く握手をした。実のところ、スライムしか召喚できない召喚士同士が組むなんて大したメリットは無い。それも、元が器用貧乏な職業だった二人が組んでも戦闘力的にはそんなに向上しないだろう。まあ、俺が近接戦闘をする「前衛」で、彼女が支援する「後衛」という役割分担ぐらいはできそうだが。
だけど、そんなこと以上に、俺たちは一緒に戦っていく共通の動機がある。俺たちを無能と見限って追放した連中を見返してやろうという動機が。
だから、俺はアイナと組むことにした。この動機を持ち続ける限り、俺たちは前に進めるはずだから……まあ、彼女が美少女だったという理由も否定はしないけどな。
「それで、これからどうするの?」
「もっと仲間が欲しいところだけど、どうするかな? 同じような境遇のヤツがいたら誘いたいところだけど、スライム召喚士になったからパーティーを追放されたなんてヤツがほかにいるとも思えないんだが……」
アイナの問いに、そう答えようとした俺だったが、すぐ後ろの方から俺の言葉を否定する会話が聞こえてきたので、思わずそちらを振り返ってしまった。
「残念だけど、何度言われてもこれは決定事項よ、イリス。あなたの居場所はもう私たちのパーティーには無いの」
「そんなにスライムはダメか!? ボクの剣術の技能に変わりは無いんだ。ボクが今までと同じように前衛をつとめながら、この『ウインド』を育てて行けば……」
そうパーティーリーダーらしい魔術師風の女性に抗議している剣士風の青年の足元には、緑透明のスライム――風属性の「エアロスライム」だ――がふにょんにょんとうごめいていた。
「……意外にいるものね」
「ああ」
呆れたように言うアイナにうなずきながら、俺はそちらの様子をうかがっていた。イリスという名前の、元剣士らしく金属製の胸当や篭手、脛当と長剣を装備した青年が必死になって食い下がっていたが、結局のところパーティー追放という結論は変わらなかったらしい。イリスひとりをその場に残して、残りのメンバーは去って行った。
その場に呆然と立ちつくしているイリス。落ち込んだ表情を見せているが、ショートカットの緑髪に切れ長の緑眼で中性的な顔立ちの、かなりの美青年だ。俺より美形なのは少し気にくわないが、前衛が増えるのは望ましいことだから、ぜひ仲間に勧誘したい。
「なあ、君、俺たちと一緒にパーティーを組まないか?」
「え?」
急に俺に声をかけられて驚くイリスに、俺たちは今までの経緯を説明した。
「そういうことなら、喜んで!」
固く握手を交わすイリスと俺たち。さあ、これでかなり戦えるようになってきたぞ。
「あと、白魔法の使い手は欲しいわよね」
「あれ、君たちは回復魔法を使えるんだよね?」
そう言うアイナに、イリスが不思議そうに尋ねたので、俺が理由を答える。
「俺たちは回復専業じゃないからな。戦闘中に回復と支援に専念してくれるメンバーがいる方が安心できるだろう?」
「それは確かにそうだね」
イリスも納得してくれたから、次は白魔法の使い手を探そう。とは言っても、今度こそスライム召喚士に転職したばっかりの僧侶なんているはずもないから、成人の儀式を終わったばかりの新人僧侶を勧誘するのがいいかな……などと考えていた俺の耳に、何だか今日だけで既に三回も聞いたのと同じような会話が飛び込んできた。
「どうしても追放なんですぅ?」
「悪いな、ウェルチ。ウチには既に『賢者』も聖騎士もいるんだ。白魔法の使い手は足りるようになっちまったんだよ。スライムしか召喚できない召喚士みたいな穀潰しを仲間に入れておく余裕はねえんだ」
足元に青透明のスライムを連れた、修道服姿で青髪青目の小柄な少女が涙目になってうなだれているのを見て、俺たちはそちらに足を向けた。