第13話 俺たちは同じなんだ!!
「「「「「「「スーラっ!?」」」」」」」
アイナたち七人の悲鳴がハモった。
「ハハハハハハハ、どうだ! いくらお前らの合体スライムが強力でも、合体前に殺してしまえば何もできないだろう!!」
勝ち誇ったように笑うケネス。それに対して俺は……
「見てみろ。ダメージはゼロだ」
闘技場の観客席に設置された液晶――液体水晶の略で、平たいガラス板の間に封じ込めても魔法の水晶玉と同じように文字や映像を表示できる――の巨大画面を指し示しながら言った。そこには密偵の片眼鏡の表示と同じように戦闘中のモンスターのHPやダメージが表示されるようになっている。観客に戦闘の状況をわかりやすく伝えるために設置されているんだ。
「な、何だと!?」
動揺するケネスに、俺は冷たく言った。
「残念だったな。昨日の朝までだったら有効な作戦だったろうが、今のスーラには通用しない。昨日の最後の戦闘でレベルアップしたときに『物理打撃無効』のスキルをおぼえたからな」
そのレベルアップで、スーラはレベル20に到達した。レベル20っていうのは人間の場合「一人前」と見なされるひとつの目安になっている。大抵の職業では最も重要なスキルをおぼえるレベルだからだ。そして、転職ができるようになる最低レベルでもある。
この「一人前」の基準はモンスターでも同じらしく、そのモンスターにとって重要なスキルをおぼえることが多い。スーラのようなノーマルスライムの場合は物理打撃無効をおぼえるんだ。スライム種の特性である軟体を最高に活かすスキルだからな。これをおぼえることで、ノーマルスライムは物理攻撃では死ななくなる。魔法攻撃やブレスに弱いことは変わらないけど、一気に死に難くなるんだ。昨日おぼえたばかりだから、アイナたちすら一瞬失念して悲鳴を上げていたけどな。
スーラを襲ったケルベロスは、スキル「ファーストアタック」を使ったために動けない。このスキルは確実に先制攻撃ができるかわりに、攻撃後に動けなくなる硬直時間が長いんだ。
そんなケルベロスを尻目に、スーラたちはレインボゥに合体する。
「やれ、レインボゥ」
ふにゃん。ひとつ大きく震えるとレインボゥはケルベロスめがけて襲いかかり、その体全体を使って巻きつき、締め上げる。
バシィ!
ダメージエフェクトが闘技場の巨大液晶画面に表示される。ケルベロスのHPバーは一気に半減した。
「ブレスだ『トライブレス』を使え!」
ケネスが叫ぶのと同時に、硬直から脱したケルベロスがレインボゥの拘束から力ずくで逃れると、少し離れたところに飛びすさり、三つの首からブレスを放つ。その三本のブレスは竜巻のように螺旋状の渦を巻いて合流し、ひとつの巨大ブレスとなってレインボゥに襲いかかった。
ピロッ。
闘技場の巨大液晶画面に併設されたスピーカーからは、攻撃をミスしたときに使われるマヌケな効果音が響いただけだった。ダメージはゼロ。たとえ火、地、闇の三属性を混合した特殊なブレスであろうと、全属性攻撃無効のレインボゥには通用しない。このブレスを先にスーラに使われてたらヤバかったけどな。
「レインボゥ、とどめだ」
俺が命令すると同時に、ケネスが叫んだ。
「待て、降参だ、降参する!!」
「試合終了! 勝者『スライムサモナーズ』!!」
司会者の声が場内に響き渡ると同時に大歓声がわき起こった。だが……
「攻撃を止めるな、そのケルベロスを殺せ」
俺はレインボゥに冷たく命令した。それを受けてレインボゥがケルベロスに巻きつく。
「ま、待て、それは反則だ! 罰金だぞ!?」
「そのくらい払える」
青ざめながら叫んだケネスに、俺は冷徹に答える。
「罰金は払うし、賞金もいらない。そんなことより、お前が俺のスーラを狙って殺そうとしたことの方が許せないんだ。この気持ち、お前も召喚士ならわかるだろう?」
召喚士が召喚できるモンスターは一種類のみで、一度に一匹しか召喚できないが、そのモンスターが死なない限りは常に同じ個体が召喚されるんだ。だが、そのモンスターが死んだら、もう再召喚はできない。改めて別の個体を召喚することはできるが、レベル1から育て直しになる。
だが、問題はレベルなんかじゃない。召喚主と召喚獣の間には強い絆が生まれるんだ。レベル上げなんて効率なんかよりも、もっと大事な絆が。それを断ち切ろうとしたこいつを、許せるワケがないだろう!
そんな俺の気持ちはアイナたちもわかってくれているらしく、罰金を払ったり賞金がフイになることについても、一切文句は言ってこない。
「ま、待て、オレが悪かった! 謝るから、それだけはやめてくれ!! こいつは、オレたちの希望なんだ! 頼む!!」
その場で土下座して必死に謝るケネス。その言葉の中に、ひとつだけ聞き逃せない単語があった。
「『希望』……ね。ひとつ聞かせてもらおうか。お前らのパーティー名には、どうして『復讐者』って入っているんだ?」
それを聞いて意外そうな表情になったケネスだったが、すぐに答える。
「オレたちのことを『役立たず』と言ってパーティーから追放した連中に復讐するためだ。それで追放された者同士で新しいパーティーを結成したんだが鳴かず飛ばずだったところを、オレが召喚士に転職しシュバルツケーニッヒを召喚できるようになって、ようやくランキング上位で活躍できるようになったんだ」
……やっぱり、そうだったか。
「だから、頼むから許してくれ! シュバルツケーニッヒは、その頃から苦楽を共にしてきた大切な仲間なんだ!!」
血を吐くような叫び。
「ねえ、許してあげたら?」
仲間たちを代表してアイナが俺に声をかけてきた。
「わかった。やめろレインボゥ」
俺の命令と同時に、ケルベロスに巻きついていたレインボゥは相手を解放すると、ふにょんふにょんと離れていく。
「ゆ、許してくれるのか?」
顔を上げて聞いてくるケネスに、俺は言った。
「元々殺す気は無かったよ。俺が本気で殺すように命令してたんなら、レインボゥはとっくにお前のケルベロスを絞め殺してたさ」
召喚獣への命令は言葉だけで行うものじゃない。レインボゥは俺の気持ちがわかるんだから、これが脅しだってことは最初から理解していたんだ。
「な、何!?」
驚愕するケネスに、俺は言った。
「俺たちだって、お前らと同じように『役立たず』って言われて元のパーティーを追放されたメンバーが組んだパーティーなんだ。それがレインボゥへの合体なんて『当たり』を引いて活躍できるようになったのも同じさ」
「……そうだったのか」
「だから、お前らの『考え違い』が許せなかったんだ」
「え?」
不審そうな顔になったケネスに俺は聞いた。
「お前ら、何で俺たちに絡んできた? 何で俺のスーラを殺そうとしたんだ?」
「それは……ずっとDランクの日間ランキング一位を取っていたのに、お前らに奪われたからだ。オレたちはもっと上を目指さないといけないのに、それを邪魔するお前たちが目障りだったんだよ」
「やっぱりそうか」
「それで、ギルドでお前らのパーティーについて調べてみたら、合体するスライムが活躍の要因だとわかった。その合体の要になっているのが、お前のスライムだったんで、それさえ殺せば復帰に時間がかかると思ったんだ」
冒険者ギルドでは、一般人が冒険者に討伐や護衛の依頼をするときの参考にするための資料として、登録冒険者や冒険者パーティーについての情報を公開している。俺たちのスライムについても、スライミースライマーに会ったあとでギルドに報告してあるから詳しい情報が一般公開されているんだ。それを調べたんだろうな。もっとも、スーラのレベルアップは昨日のことだからケネスが調べたときには物理打撃無効スキルについては書かれていなかったんだろう。
あとひとつ重要なポイントも見落としてるな。
「ひとつ言っておくけど、そんなことをしても無駄だからな。俺のスーラが『合体』スキルをおぼえたのはレベル2だ。つまり、レベル1のスライムを再召喚したって簡単にコンプリートビッグスライムに合体できるレベルまで上げられるんだ」
「……そこまでは資料に書いていなかった」
とにかく、動機はわかった。だいたい予想通りだったがな。だが、それだからこそ一層腹立たしい。俺はケネスに向かって口を開いた。
「さっきも言ったとおり、お前らは『考え違い』をしてるんだよ。それに腹が立ったから少し脅してやったんだ」
「どういう意味だ?」
よくわかっていない顔のケネスに、俺は言ってやった。
「お前らの目的は『復讐』じゃなかったのか? 見返してやる相手は誰だ? 俺たちか? 違うだろう!」
ハッとするケネスに、俺はさらに言いつのる。
「俺たちだって目的は同じだ。俺たちを見捨てた連中を見返せるぐらいにビッグになって『復讐』してやることなんだよ! お前らと俺たちは同じなんだ!! そんな俺たちが互いに足を引っ張り合っててどうするんだよ!?」
俺の叫びを聞いて、うつむいてしまうケネスとその仲間たち。俺はそのまま言葉を続けた。
「俺たちは、まだDランクだ。冒険者としては底辺でしかないんだよ。こんな所でトップ取ったって、まだまだ全然『復讐』には届かない。底辺同士で邪魔しあってる場合じゃないだろう、違うか!?」
俺の叫びに悄然とうなだれていたケネスだったが、やがて頭を上げて俺を見ると、言葉を絞り出すように口を開いた。
「お前の言うとおりだ。オレたちが間違っていた。すまなかった」
そして頭を下げるケネスたち地獄の復讐者一同。わかってくれたようだな。
「わかってくれればいいんだ。これからは、お互いに正々堂々と上を目指して競い合っていこう」
俺は、そう言いながらケネスたちに歩み寄ると、手を差し出す。ケネスはその手をがっしりと握って言った。
「ああ、今度は正々堂々と、どちらが先に上に行けるか、勝負だ!」
これで対立は終わりだ。
……パチパチパチパチ。
え? 拍手? 誰が?
周りを見回すとアイナたちが拍手をしていた……のは、まだいい。
観客席からも大きな拍手がわき上がっていた。
万を超えるの観客の前で小っ恥ずかしい寸劇を演じてしまっていたことに気付いた俺は思いっ切り赤面したのだった。




