第1話 スライムしか召喚できないのでパーティーを追放されました
こちらは、同名作品の説明を省略していない完全版になります。
「リョウ、お前を我々の部隊『栄光の旅路』から追放する。理由はわかっているな?」
目の前に立っているのは、俺が所属する冒険者パーティ―のリーダーであるエリカ。その巨乳は白銀の全身鎧に隠されていて見えないが、兜の面を上げて現した整った顔は美少女と呼ぶのにふさわしい。その切れ長の目の中央に位置する深い海のような青さを持つ美しい瞳は鋭く俺を見据えている。
俺たち冒険者は街の外で暴れる魔物を退治するのが仕事で、数名で「パーティー」と呼ばれる小部隊を組んで戦うのが普通だ。パーティ―は大抵は長期にわたって同じメンバーで組み続けることが多く、よっぽどの理由がないかぎり追放なんてされたりはしない。だが、俺は二年間冒険を共にした仲間たちから今まさに追放されようとしている。
「……俺の召喚獣が『スライム』だったからか?」
一応疑問系で問い返してはみたが、それが理由だということはハッキリしていた。俺が転職をしたばかりの職業である「召喚士」が召喚して戦わせることが可能な召喚獣の種類はひとつしかない。何を召喚できるかは、召喚士になってみないとわからないんだ。俺みたいに「スライム」なんて外れを引いてしまう場合もある。
そう、スライムだ。最下級の雑魚モンスターとして知られる、あのスライムだ。攻撃力は最低、防御力も最低。巨大種になると少しは手強くなるものの、通常サイズのスライムだったら、火のブレスみたいな「属性攻撃」を放てる「フレアスライム」のような変異種であっても大した脅威にはならない。一番ありふれているノーマルなスライムに至っては、人間に害を及ぼせないからペットとして飼っている人さえいる。そのスライムなんだ。
「そうだ。我々が『栄光の旅路』を結成した目的はおぼえているだろう? 『誰よりも早く栄光にたどりつくこと』だ。具体的には最速で最高ランクに登ること。そのためには『使えない召喚士』などは邪魔でしかない。わかるな?」
「だが、スライムだって鍛えれば強くなることは……」
かつて、スライムを位階99――強さの段階を数値化したもので、最低が1で最高が99――まで鍛え上げた召喚士がいた。そのスライムは最強のモンスターであるドラゴンすら葬ったという。そう反論しようとした俺の言葉をエリカは無情にさえぎった。
「それは知っている。だが『鍛えれば』だ。そんな無駄な時間は我々には無い」
「くっ」
そう、最低最弱のスライムであっても強力な召喚獣に育てることは決して不可能ではない……が、時間がかかる。『栄光の旅路』の目的が一刻も早いAランクへの昇格である以上、そんな時間のかかる方法が許されるはずもない。それがわかっている俺は、何も言い返すことができずに唇を噛んだ。
そんな俺に、エリカはきっぱりと引導を渡した。
「今までの貢献には感謝しているが、お前の居場所はもう我々『栄光の旅路』には無い。さらばだ」
そう言い捨てると、踵を返して立ち去っていく。少し離れて俺たちの様子を眺めていた仲間たちも……いや、元の仲間たちも、ある者はすまなそうな顔をして会釈をしながら、またある者は見下すような視線を俺に投げて、エリカについて去って行った。
残された俺は、ただ屈辱に身を震わせながら、それを見送るしかなかった。
俺は何で召喚士なんかに転職してしまったんだろう……そんな後悔がこみ上げてくる。だが、転職前はこれが最善手に思えたんだ。
冒険者が就く「職業」というのは、一般で言う職業とは違っている。職業に就くことによって、戦闘などに使える特殊な技である「技能」を身に付けたり、「魔法」をおぼえたりすることができるようになるものだ。普通は十五歳になって成人として認められたときに、成人の儀式を受けて初めて職業に就くことができる。
それまで俺が就いていた職業「魔法戦士」は、最初に就ける「下級職」としては優秀な能力があり、冒険者になりたての初心者の中ではエリート職と言える。近接戦闘に役立つ「スラッシュ」みたいなスキルもおぼえるし、攻撃系の魔法が多い「黒魔法」も、回復系の魔法が多い「白魔法」も使える万能職だからだ。スタートダッシュのためには役に立つ職業だと言える。
だから、俺は二年前に初めて職業に就くと同時に『栄光の旅路』を結成した初期メンバーの中では、最初の頃は一番活躍できていた。だが、魔法戦士はスタートダッシュには良いが、ある程度強くなると、今度は能力が中途半端になってくる。本職の「戦士」や「剣士」ほどには近接戦闘が強くないし、「魔法使い」のように強力な黒魔法はおぼえられず、白魔法の効果も「僧侶」ほど高くはない。いつの間にか、俺は戦闘の主力ではなく、主力メンバーの補助役になっていた。
このままでは俺の居場所は無くなる。そう思った俺は、就くための条件が厳しい代わりに能力が高い「上級職」への転職を考えた。上級職なら、近接戦闘と魔法の両方に強い職がある。だが、既にエリカが近接戦闘と白魔法が両方得意な「聖騎士」への転職を果たしており、近接戦闘と黒魔法の両方とも強力な「魔剣士」に転職している仲間もいた。
転職を行うと、それまでよりも強力な魔法やスキルを身に付けることができる代わりにレベルが1まで下がってしまう。レベルはモンスターと戦って倒すことで上げることができる。
レベルが低いときほど簡単に上げられるので、高レベルのパーティーメンバーと一緒にモンスターと戦っていれば、すぐに追いつくことはできる。だが、一時的にせよレベルが下がってしまうことから、仲間と同じ役割の職業に転職した場合は、レベルがある程度上がるまでは、それまでと同じように補助役しかできないだろう。それでは、俺のパーティー内での存在価値は下がるばかりだ。
上級職への転職には、自分の能力値――「体力」や「魔力」、「力」、「素早さ」、「知能」、「心能」といった身体能力や知的能力を数値で示したもの――が一定の数値を超えている必要がある。俺の能力値で転職できる上級職で、現在のパーティーメンバーと役割が重複していないものは、召喚士しか無かったんだ。
それに、召喚士の戦闘能力は、召喚できる召喚獣によって決まる。もし仮にドラゴンを召喚できれば、それだけでパーティーで一番の主戦力になることもできるんだ。そこまで行かなくても、グリフォンなら戦闘力が高いだけでなく偵察や高速輸送にも役立つし、ストーンゴーレムなら近接戦闘が強いだけでなく仲間を守る盾役をさせることもできる。
どんなモンスターを召喚できるかは召喚士になるまでは不明だから、賭博的な要素が強い。だが、俺はパーティー内での立場を一発逆転できるチャンスに賭けて、召喚士に転職してみたんだ。
……そして、その賭に完膚なきまでに敗れて今の有様ってワケだ。
半ば呆然とした状態で、俺は何となく自分の足元でふにょんふにょんとうごめいている無色透明のスライムを見やった。ついさっき召喚した際に「スーラ」という名前を付けた、俺の召喚獣。何の変哲もないノーマルスライムだ。HPや力などの能力値は最低。当然攻撃力も最低。こいつを育て上げるのには、相当な苦労が必要だろう。
とはいえ、俺はこいつを見捨てる気は無かった。昔、スライムをレベル99まで育てた召喚士の話を聞いたときには「何でそんな奇特なことを」と不思議に思ったものだったが、今ならその理由がわかる。召喚獣と召喚主の間には独特の「絆」が生まれるんだ。一見すると知能も何も無さそうなスライムだけど、今の俺にはこいつの気持ちがわかるし、こいつも俺の気持ちや感情を理解しているはずだ。だから、俺はこいつを捨てたりはしない。いずれ別の上級職に再転職するにしても、こいつの召喚はやめないし、絶対に強く育て上げてやる!
だが、こいつの弱さからすると、しばらくの間は俺がこいつを守りながら前面に立って戦闘をしてモンスターを倒しながら、こいつを育ててレベルアップしていくしかない。
しかも、俺は召喚士に転職してレベル1に下がったばかり。能力値はすべて半減している。そして最低でもレベル20にならないと転職は認められないので、別の上級職に転職することもできない。魔法戦士だった頃におぼえた魔法やスキルは使えるから、駆け出しの新人冒険者よりは遥かにマシだろうが、今まで所属していた『栄光の旅路』のようなCランクの中堅冒険者パーティーに参加することは難しいだろう。最下級の駆け出し扱いのEランクパーティーまでは落ちなくても、未熟扱いのDランクのパーティーで欠員が出たところを探さないといけないかもしれない。
俺は自分ひとりで近接攻撃も攻撃魔法も回復魔法も使えるから、やろうと思えば単独で戦うこともできないわけじゃない。だが、それが通じるのはEランクパーティーでも戦えるような非常に弱いモンスターを相手にしたときだけだ。ある程度強いモンスターを相手に戦って強くなるためには、やっぱりパーティーに参加する必要がある。
幸い、俺が今いるのは、この大陸で唯一転職ができる「転職の神殿」の前だ。俺と同じように転職に来た冒険者が大勢いる。そして、転職したてで能力が下がったメンバーの分の戦力を補うために、新しい仲間を探しているパーティーもあるはずだ。特に二~三人まとめて転職したパーティーの戦闘力は結構下がっているはずだから、そういったパーティーを探して何とか仲間に潜り込もう。
そんな風に思って周囲を見回した俺の目に、非常に既視感をおぼえるシーンが飛び込んできた。
「アイナ、お前を我々のパーティー『最速の勝利者』から追放する。理由はわかっているよな?」
そう剣士風のハンサムな青年に告げられた赤毛の少女が、憤懣を押し殺しているような表情で答える。
「あたしの召喚獣がフレアスライムだったからよね?」
その足元には、鮮やかな赤透明のスライムがふにょんふにょんとうごめいていた。