青春1
ヨシアキは昔の記憶を見せられているようだった。
ヨシアキが忘れてしまった記憶。
忘れてしまったというより、
記憶を消されたという方が正しいかもしれない。
何せ、高校生の途中から前の記憶がすべてなくなっている。
両親は交通事故のショックが原因だと言っていたが、
どうも腑に落ちなかった。
体に刻まれた傷は、事故でつくようなものではなく、
大きな刃物で切られたように見えるからだ。
気が付けば、ナツキとの出会いのシーンから
また違う光景に変わっていた。
梅雨の時期だろうか。
空は灰色に曇り、湿気た蒸し暑い空気だった。
そこには風がなく、外でジッとしているだけでも、
肌から汗が噴き出るようだった。
目の前には、日本特有の作りをした武道館のような
施設が建っていた。
「剣道場・・・」
そこはヨシアキの幼少期から高校の途中まで通っていた
剣道場だった。
剣道場の横の駐輪場で男女の話声がするのが聴こえた。
ヨシアキがゆっくりとその方向へ向かうと
高校時代の制服を着た自分が自転車に跨っていた。
恐らく練習を終え、これから家に帰るところなのだろう。
その学生ヨシアキに1人の女子高生が話しかけていた。
何やら必死に訴えかけてるようだった。
「だから言ったろ?絢子・・・。お前とは付き合えないって。」
学生ヨシアキはその女性にそう言った。
「どうして、、、だって彼女いないんでしょ!?」
絢子と呼ばれた女性は、涙を溜めイキリ声を出した。
「俺にはそういう付き合うとか、よくわかんねー。
なんか面倒くさそうだし。」
どうやら学生時代のヨシアキは、モテていたようで、
女の子の告白を断っているようだった。
剣道場には、大きく”全国大会制覇 川崎ヨシアキ”と
書かれた垂れ幕が掛けられており、
これが女性を引き付ける魅力の一つなのだろう。
「め、面倒臭い!!どうせあの娘でしょう!
あのナツキって子が好きだからでしょ!!」
「別に、ナツキとはなんでもねぇよ。」
ナツキを引き合いに出されていたが、
学生ヨシアキは冷静に答えていた。
「じゃー私を見てよ!私の方が胸もあるし、
色々上手だし、絶対ヨシアキのこと満足にできるよ!!」
そう言った絢子は、第一ボタンを外したYシャツから
谷間を見せつけながら、学生ヨシアキの腕を掴んだ。
「今からヨシ君のうちに行って、良いことしようよぉ・・・。
ヨシ君のしたいことなんでもしていいし、
してほしいことはなんでもしてあげたいの・・・」」
絢子は学生ヨシアキの耳元に唇を近づけそう言った。
「んー、そうだなー」
ヨシアキは少し悩むような仕草をみせた。
「え、なになに??私もう我慢できないよ。」
絢子は目を輝かし、学生ヨシアキの腕に胸を押し付けた。
「自分の家に帰ってくれよ?俺忙しいし。」
そう言い、学生ヨシアキは冷たく絢子の腕を振り解いた。
「え・・・、何それ?
私がこれだけ言ってるのに、一体何様のつもり?」
「俺こんな奴だからさ、他の奴にしたほうがいいぜ。
お前のこと良いなって思う男なんていくらでもいるだろ。
じゃー気を付けて帰れよー。」
そう言い捨て、絢子を残したまま学生ヨシアキは、
自転車を押しながら、その場を後にした。
駐輪場を曲がった所で学生ヨシアキは自転車に跨った。
すると横から1人の少女が話しかけてきた。
「ひどい人ね、あんな良い方しなくてもいいのに」
それは学校のブレザー姿のナツキだった。
「そうか?興味ないものには、そう言ってあげた方が、
本人のためになるからな。」
「じゃー私のことは好き?」
ナツキがそう言うと、学生ヨシアキは少し固まったように見えた。
「馬鹿なこと言ってんじゃねぇよ・・・帰るぞ」
「えーーー、何それ、ずるーーい」
そう言いながらも嬉しそうに、ナツキは学生ヨシアキの自転車の
荷台に腰を掛けた。
「よーーし、全速力で目的地までゴーー!!」
ナツキは学生ヨシアキの腰に腕を回した。
「全く、お前は気楽でいいなぁ・・・。」
「うるさいなー、女を泣かす悪い男に
そんなこと言われたくありませーん。」
ナツキは嬉しそうに回した腕を軽く締め付けた。
そして二人は仲良く走り去っていった。
「ほら、やっぱりそうだ、、、許せない。」
その情景を見ていた絢子は、先ほどまでの取り乱した姿とは
正反対の、冷たい視線を二人の背中に当てていた。
気が付くと雨が少しずつ降り始めていた。
しかし絢子は二人が小さくなるまで、その姿をずっと見ていた。
彼女が秘めた冷たい炎は、雨に濡れるごとに
大きく燃え上がっていった。