第8話「ドラゴンはよく眠る」
セシルさんの操縦する馬車が街道を進んでいる。
俺とレーカは荷台の上だ。
俺は荷物の隙間で縮こまり、レーカは柔らかそうな商品を選んで布団代わりにして、その上に寝そべっている。
セシルさんにあれは良いのかって聞いたら、「可愛いレーカちゃんならいいよ。今回の行商はすでに十分儲かったし」とのことだ。まあそういうことだ。
アルは御者台のセシルさんの膝の上で、彼女にモコモコと触られている。
あれ気持ち良いんだよね。アルもモコモコされるのに慣れたのか、大人しくしている。
「ねぇ、王都に行くのよね。あたしがドラゴンの姿になって、馬車ごと運んであげよーか。あっという間に到着するわよ」
それって、ドラゴン襲来で王都がパニックになるんじゃないのか……。
「ちなみにどうやって運ぶんだ?」
「んー……、背中に乗っけて運ぶとか、口にくわえて運ぶとか? あ、手でつかんで運ぶこともできるわ」
レーカはふふんと得意げにペチャンコな胸をそらしている。
「どれも無事にすまない予感がするんだけど……」
背中だとズリ落ちて空から落下、口にくわえてだと何かの拍子に飲み込まれ、手だって握りつぶされるのが容易に想像できる。
俺はこの駄目ドラゴンのことが少しずつ理解ってきたのだ。
「そ、そんなことないわ。そうね、そういえばこの前……」
「おお」
何か成功事例があるのか?
「ご飯として捕まえたデスバッファローを、住処でゆっくり食べようと手づかみで飛んで運んでたときのことよ……」
「ああ」
デスバッファローって、別名血まみれ水牛って呼ばれるやばい魔物じゃん。あれを餌にするなんて、さすがドラゴン。
「飛んでる途中で、眠くてウトウトしてね」
「……ん?」
嫌な予感がしてきた。
「住処に着いたときには、デスバッファローがグチャグチャになってたのよ。崩れて食べられるところがほとんどないし、あれはもったいなかったわ」
「失敗事例じゃん!」
危うく俺たちがグチャグチャにされるところだった。
この居眠りドラゴンに運んでもらうのはナシだ。
「そんな怖い顏しないでよ」
「ちなみに居眠り飛行で街に突っ込んだりしたことは?」
「えーと、街中にはないけど、ウトウト飛んでる内に、なんか高い塔に突っ込んだことはあるわ。だいじょーぶよ、あたしは怪我一つしなかったんだから」
「ちょ、おま!?」
何が大丈夫なものか。
それ絶対に現地では大問題になったはずだ。
ドラゴン襲来!とか言ってさ。
「あたし、頑丈でしょ? すごいでしょ? 褒めていいのよっ」
ドヤ顔している居眠りドラゴンに腹が立った。
俺たち人族の場合、安易に背に乗った日には文字通り死活問題だからな。
俺はレーカの柔らかそうな頬を両手でつまみ……。
「んー、いひゃいぃ……ねお、なにふうのお」
「居眠り防止には、頬をつねるのが良いらしいぞ」
くぬっ、くぬっ!
「うー、しゃへえにゃい」
くぬぬっ!
寝るなら飛ぶな。
今度から眠くなったら、地上に降りて休もうね。
「ねえ、ネロ君」
セシルさんに声を掛けられてハッとする。
傍から見たら少女に虐待しているの図だったかな。
「はい、セシルさん」
「私もレーカちゃんの頬をウニウニしたいなぁ」
「…………」
そうだった……。
セシルさんは、駄目お姉さまだったよ……。
◇◇◇
そんなこんなで旅の初日は順調に進み、日が暮れる前に街道沿いの村に到着した。
「今日はここで一泊するわよ」
旅の日程管理はセシルさんに任せている。
俺は旅なんてしたことなかったし、レーカはそもそもそういうの気にしたことないみたいだからね。
レーカの頭の角を隠すために、セシルさんの商品の中から帽子をもらった。
お金を払うって言ったのに、レーカちゃんへのプレゼントだからと嬉しそうに帽子をくれた。
帽子はとても似合っていて、貴族のお嬢様みたいに可愛らしかったよ。
アルには亜空間に戻ってもらった。精霊を連れているのを見られると村の人に騒がれそうだしね。
「この村には宿屋とかあるんですか?」
「街道沿いの街や村には旅人用の宿屋があるものよ。仮に満室だとしても、村の広場を借りるだけでも、村の外での野宿より安全だしね」
おお、セシルさんが久しぶりに頼りになる感じだ。最近、可愛いものを愛でてばかりだったからな。
「もしかして、この村にも知り合いが?」
「ええ、この村も行商ルートだから、よく知っているよ。村長に会ってくるからちょっとここで待っててね」
そう言って、セシルさんは村の中心の方へ向かっていった。
待つこと二十分程、セシルさんが戻ってきた。
無事に宿屋が取れたとのことで、俺たちは宿屋の部屋まで案内された。
借りたのは二階の一部屋で、広めの部屋にベッドが二つ。
一休みしてから、俺とレーカは宿屋の食堂で夕食をとることにした。
セシルさんは、商品の一部をこの村に売り渡すということで、外に出て行った。
「そういえば、聞こうと思っていたんだけど、レーカはその姿だと強さはどれくらいなんだ?」
俺とレーカは、食堂の隅っこの方で夕飯を食べている。
何の肉だか分からないが、肉を焼いたものと野菜の入ったスープだ。
「ん、あたしの強さが気になるの?」
レーカが肉を美味しそうに食べながら、顔をこちらに向けてくる。
ちょっと嬉しそうにしているのは、聞いてほしいからかな。
「まあね。実際レーカってドラゴンの中でも、結構な方なんじゃない? なんか赤い鱗とか綺麗で格好良いしさ」
周囲に人がいないのを見計らって小声で問いかける。本心だが、ちょっと煽ててみる。
「そ、そう! ネロには分かるのね。なかなか見る目があるわね」
レーカが、明らかに上機嫌になってニマニマしている。
チョロ可愛いではないか。
「レーカは、どんなドラゴンなの?」
「あたしはドラゴンの中でも上位竜で凄いのよ。魔法もいろいろ使えるわ。あたしはまだ幼竜だけど、たいがいの敵はチュドーンよ」
あの大きさでまだ幼竜なんだ……。成竜になったらどんだけ大きいんだよ。
確かに人化の魔法とか伝説やおとぎ話みたいだもんな。上位竜っていうのも納得だ。
チュドーンでは強さが分からないけど、まあとんでもなく強いのは確かだろう。
「ちなみに、今の姿でも魔物とか倒せるくらい強いの?」
今後の活動方針にも関わってくるからね。戦うたびにドラゴンになっていたら、変な噂が立ちそうだからね。
討伐隊とか来たらたまらない。
「もちろんよ。ドラゴンの姿に比べて多少の制限はあるけど、力も魔法も大したものよ」
「へえー、レーカって凄いんだね」
それは良かった。俺の弱点の近接戦闘や飛び道具への対処などをフォローしてもらえるかもしれないな。
「もっと、褒めてもいいのよ。それにしても、この肉おいしーね……」
モグモグしてる姿は、見た目の歳相応にしか見えないんだけどね。
◇◇◇
食事後、部屋に戻ってしばらくすると、セシルさんが戻ってきた。
セシルさんは、取引所で軽く食べてきたとのことだ。
「今日はいろいろあったし、もう休みましょ」
「うん、賛成よ。あたしはもう眠いわ」
俺も賛成だ。ただ、レーカはたっぷり寝てたでしょ。
二つのベッドの内、窓側のベッドにテケテケと向かい、勢いよくそこにダイブする食っちゃ寝ドラゴン。
「ネロはこっちにきて。あたしに眠くなる魔法をかけながら一緒に寝るのよ」
レーカの中では、ベッド割がすでに決められているようだ。そしてなぜか、子守唄ポジションの俺。
二つ名に恥じない配置をご所望のようだぞ。
「ちょっと待って! それは良くないわ。彼も一応男よ。ここは女の子同士、私とレーカちゃんが一緒のベッドが良いと思うの」
セシルさんの発言は正論なのだが、邪念が垣間見えるのはなぜだろうか。
「あたしは嫌よ! ネロ、助けて!」
「レーカちゃん、変なことはしないからさ。さあ、こっちにおいで」
セシルさんの手がワキワキしている……。
そんなセシルさんにレーカが怯えている。
このままじゃいつまで経っても、寝ることができなそうなので……。
「俺が決めるよ。二人は窓側のベッドで一緒に寝ること。睡眠魔法で同時に寝かしつけるから、レーカも変なことされないからさ」
ほらほら早くと不満そうな二人を一緒のベッドに追いやり、横にさせた瞬間に睡眠魔法を発動。すぐに眠りに落ちる二人。
ふぅー……、今日はいろんなことがあったな。しかし、こうやって仲良く寝てると二人は姉妹みたいだな……。
幸せそうに寝ている二人を見てそんなことを思った。
そういえばレーカ、尻尾をだしているな……。
レーカの寝姿を見て気づいた。さっきまでは尻尾は出ていなかったから、リラックスして寝るときは尻尾が出ちゃうのかな。
気持ち良さそうに寝ている二人に毛布をかける。
「おやすみなさい……」
俺はもう一つのベッドに横になり、羊なアルを呼び出し抱き枕にする。
明日も騒がしい一日になりそうだ。
おやすみなさい――――。