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第3話 理想のカップル

川崎あかね 大学二年 みずがめ座 O型


「理想のカップル」かあ…。

 私は心の中でつぶやいてため息をついた。そんな風に見えるのかなあ。確かにさんざんそう言われてきたけど。でも、人それぞれ理想なんてものは違うはずで、一体誰の理想にマッチしていれば理想のカップルなんだろう。

 少なくとも私と亮先輩は、理想のカップルなんかじゃない。

 そんなことを考えながら歩いていると、後ろから耕平くんの声がした。

「おーいあかねさーん、ひとりなら一緒帰ろーよ」

 耕平くんはサークルの一学年下の後輩で、電車が途中まで一緒だから時々キャンパスで会ったら一緒に帰っている。私にとっては弟みたいな存在だけれど、本当は同い年だ。

 耕平くんは小走りに私の側に近づいてきて、おもむろに訊いた。

「柏木先輩は一緒じゃないの?」

 そう、丁度今そのことを考えていたところ。

「どうして、みんなそんな風に訊くの?」

 いつもそう。一人でサークルに行けば「柏木は?」「今日は一緒じゃないの?」。一人でキャンパスを歩いていれば「あれ、別々なんだ」「さっき、柏木先輩購買にいたよ?」。私は私だし、亮先輩は亮先輩だ。川崎あかねと柏木亮一は別々に生まれて別々の意思で生きている。一緒じゃなくたって、それはそれで普通の状態だ。

 私の言い方にちょっと不快感が表れてしまったのか、耕平くんはちょっと気後れしたみたいに引きつった声で、

「だって仲いいじゃん、いつも一緒だし…」

 と言った。私はふーんと生返事を返した。そしてため息を大きくついた。

「今日、後輩の女の子たちに、二人一緒にいないと違和感がある…とか言われてさア…」

 なんだかまたため息が漏れた。それは、私が亮先輩に帰属しているってこと? 昔は気にならなかったこんなささいなことが気に障る。私はこんな人じゃなかったはずなのに。

 耕平くんも同じように思ったらしく、

「どうしたの? 今さら」

 と訊いてきた。

「あかねさんと柏木先輩って、今までもずっとうらやまれたりしてきたじゃん」

 そうだけど。理想のカップルとか、二人一緒があたりまえとか、そんなことは今までだって言われたこと…。

 私は目を閉じて気を落ち着かせて、だけど一人になりたくって耕平くんの様子を見た。もうすぐ十一月を迎える頃、今日はちょっと風が強くて、私が何気なく、

「髪、邪魔じゃないの?」

 と言った瞬間に強い追い風が吹いた。耕平くんの長い髪(ロン毛、ってやつ)がばさっと顔にかかった。耕平くんは、

「これはねー、俺の命なの~。いや、青春…かな~」

 と言って髪をかき上げた。私はその隙に耕平くんに距離をとった。

「じゃね、今日、お客が来るからさ。待ち合わせだし…急がなくっちゃ」

 私は小走りに耕平くんの側を離れた。待ち合わせっていうのは嘘じゃない。ただ、電車に乗って耕平くんと同じ乗り換え駅で降りて、その駅での待ち合わせだから、本当は一緒に帰っても差し支えない。でも、とにかく私は今一人で車窓でも見ていたい気分だった。

「理想のカップル」について考えながら電車に揺られ、駅に着いた。待ち合わせの相手、大学のクラスメイトの聡美はもう来て待っていた。聡美のワンルームマンションのユニットバスが壊れたので、今日はウチで面倒を見てあげる約束だった。

 コンビニに寄って、それぞれ晩ごはんを買った。カレーパンとかおにぎりとか、そういういかにもなコンビニごはん。自炊をしないわけじゃないけど、今日は私もそういう気分じゃないし、面倒なことはやめとこうという話になっていた。

 私の部屋に着いて、私が、

「お茶、何にする?」

 と言うのと全く同時に聡美は、

「聞いてよ、昨日さー」

 と言いだした。あまりに見事に同時だったので、お互いに二の句が継げなかった。聡美とはよくこういうことがある。これは、気が合うのか、合わないのか…

 この前始まったばかりのドラマにいろいろ文句を言い合いながら、テキトーな晩ごはんを食べた。それから私がお茶をいれて、テレビを見ながら無言でお茶タイムにした。

 長い長いお茶タイムを終えてから、私はタンスを開けてめぼしい服を片っ端から取り出した。明日は、亮先輩とデート。そんな日に友人の風呂が壊れたから泊めてあげるなんて、私って本当に、友達がいがある。

「ねー、明日デートなのー。何、着てったらいいかなー」

 私はへへへと笑って次々服をつかみ、姿見を見ながら当ててみた。

「そうだなあ、イメチェンでもしようかなあ」

「うーん、でもねー、並んで歩いておかしいといけないしな~」

「だったらここは、一気にショートにして、お姉さま風に。私、老け顔だし…」

「そうそう、これいいかも。で、これと、合わせるわけよ」

「決まり! じゃあ早速、明日髪を切りに行くぞー」

 もはやどうしようもない違和感が漂い始めたので、私は聡美に、

「あんた…私の話、聞いてる?」

 と訊いた。

「そっちこそ…」

 聡美は自分の髪を両側でつかんで膨らみを作り、ショートヘアのイメージにしてテーブルの上に置いた鏡を見ていた。お互いに相手のことなんかお構いなしに、別々に自分のことを話している。私と聡美でよくある光景だった。でも、わりかし接続詞はかみ合っていたりする。

 私が服を片付け始めると、聡美はあぐらをかいて片側の膝にひじをついて、私をじっと見つめ、

「ちえ、いいよなー、あかねは…」

 とふてくされたような声で言った。

「一年のときから、サークルで一番カッコいい人つかまえちゃってさー」

 納得いかなかったので、私は言い返した。

「その言い方、やめてくれる? 亮先輩はカッコいいだけじゃなくて、頭もよくて優しくて頼りになる、すっごい人なんだから」

 亮先輩は確かにカッコいいが、私は顔で男を選んだわけじゃない。彼は優しくて、落ち着いていて、インテリで、真面目で、強い人。サークルでもめごとが起きたとき、毅然と対処する姿が素敵だった。…私は、彼と対立している意見のグループの方に属してたんだけど。でも、もめごとがおさまったら私たちはお互いを好きになっていた。それが去年、私が大学一年生、亮先輩が三年生の秋。

 聡美は、私の言い草にますます憮然とした。

「だからいいのー、アンタは悩みなんかないんだから。私のイメチェン大作戦の手伝いでもしてよ。このまんまじゃお声もかからないし。どうせアンタは『待ってるだけじゃダメ』とか言うんだろうけどさ」

 そりゃあ、そうだ。聡美は彼氏がほしいとか言いながら、全然男の子を好きにならない。自分が恋をしないのに、イケてる男の子の方から一方的に片想いされて恋が始まるなんて都合のいいことがあるはずない。私だって、亮先輩をふりむかせるのに結構…うーん、何もしなかったか、それとも、むしろかなりひどく対立したりもしたんだけれど、まあ結果オーライだ。とにかく私は一生懸命亮先輩に恋をして、恋をかなえただけのこと。ちゃんと努力の上に栄光がある。

「アンタみたいな幸せなヤツは、少しくらい、不幸な乙女の相談にくらいのんなさいよ。まったくもー」

 聡美のセリフは、私のハートにカチンと来た。みんな、勝手に私のことをいろいろ言うけれど、本当は何もわかってない。

「そんなに、幸せそうかなあ…」

 もっと明るく言うつもりだったんだけど、なんだか神妙な口調になってしまった。でもこぼれ始めた言葉は止まらなかった。

「一緒にいないと変だとかさ、理想のカップルだとかさ、…ホントはそんなの、あるわけないじゃん」

 どうせ幸せなんだからとか、悩みがなくていいよねとか、決めないでほしい。私は私だし、亮先輩は亮先輩。ケンカすることだってあるし、気持ちがすれ違うことだってあるし、それに、進む道が違うことだってある…。

 私の声の響きに驚いている聡美の顔を、今は見られなかった。そうじゃないと話し続けることができそうになかった。声が震えそうになったから、少し深呼吸をして、私は言葉を続けた。

「あーあ、事後報告にしようと思ってたんだけど、シャクに障るから言っちゃお。…あのね、明日のデート、…最後になるんだ」

 そう、この間、別れようって言われたから。追ってもすがってもしかたがないから、私はわかったと答えた。ただ、もう一度だけデートしてほしいと言った。ずっと会っていなかったから。

 多分、その間に亮先輩はいろいろなことを考えていたんだろう。私は気がつかなかった。次のデートをぼけっと待っていた。なんだか最近忙しいのかなとか、淋しいなとか思いながら…。

 理想のカップルなんて、一緒にいないと違和感があるなんて…そんなものは、電話一本で簡単に終わってしまう。そんなのは悲しすぎるから、最後のデートが明日。本当は聡美が来てくれてよかった。今日、一人で夜を過ごすのはつらすぎる。明日の夜は一人で思いっきり泣きたいけれど…今夜はそんなこと、忘れていたいから…。

 聡美は呆然と私を見ていた。聡美の肩越しに食器棚が見えていて、そこには私と亮先輩が幸せいっぱいにくっついている写真が飾ってあった。私は足元に視線を落として、明るい声をつくろって言った。

「だからさ、一緒に洋服選び、考えてよ。思い出に残るから」

 聡美はやっぱり黙っていて、私はまた話し続けなければならなかった。

「やだなあ、黙んないでよ。私は、明日会えると思うと、すっごく嬉しいんだから。…だから今日は、悪いけど早く寝ちゃうからね」

 そう、明日は、久しぶりに会える日。ずっと会えなかったから、それが最後のデートだとしたって、このまま会えなくなってしまうよりは明日会える方がいい。

 私が服の片付けを再開すると、やっと聡美が口を開いた。

「…なんで?」

 本当は、私もそう言いたい。亮先輩に、何度でもそう聞きたい。

「うん、私にはよくわからないんだけど、就職の内定が取れてから、自分の将来のこととか、いろいろ考えたみたいでさ。私のことは好きだけど、『他の可能性』っていう存在に目をつぶっていたくないんだって。『選択肢を探したい』とか言ってた。今のままじゃ私と結婚する以外に考えられないんだって。罪な女ね、私って。それじゃああまりに人生閉塞的だとか、そういうことらしいよ…」

 あの日の電話で、亮先輩は私に言った。

『君のことは今でも好きだし、恋愛してるのも幸せだけど、もしかしてそれは、もっといいものの存在を知らないだけなのかもしれない。だから、ゴメン。まだ自分は子供だと思うし、もっと人生経験っていうか、いろいろなことを知ってから恋愛についても考えたい』

 男の人ってどうしてそんなカッコつけたことを言うんだろう。好きなら何も考えずに、一緒にいてくれればいいのに…。

「ひどいよ、そんなの…」

 聡美の方が泣きそうな声でつぶやいた。私は笑ってしまった。

「辛気臭い顔、しないでよー。フラれるのは、私だってのにー」

 私は聡美の肩を、ぽん! と叩いた。

「明日、デートなんだからさ。私は、明日会えるだけで、嬉しいって言ってるのに…」

 最後まで言葉を続けられなかった。涙がこぼれたら、もう止まらなくなっていた。こんなはずじゃなくて、今日は笑顔で明日を楽しみに過ごして、泣くのは明日のはずだったのに…。

「バカバカー、泣いたら、明日、目が腫れちゃうよ~」

 聡美の温かい掌を背中に感じながら、私は仕舞うはずだったセーターを抱きしめて泣いていた。そして、たった一つのことを一生懸命に祈った。

 せめて明日一日、幸せに過ごせますように…。

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