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出会ったからこそ億劫

 この世界にはよくわからないものがある。

 魔法というのか、異能というのか、とにかく私に言えることは何かしらの力。

それは30年前、唐突に発見された。一時期新聞やネットはその力に関することであふれかえっていたようで、各国も何やら対策やらを進め、その力の持ち主たちが暴走してしまわないように保護するという面目で隔離し始めた。

 そんな中、私、蒼井優紀も高校1年生ながら隔離施設に収容されていた。

 普通は生まれた直後に診察され即座に隔離されるはずなのだが、私の場合は診察では発見されず中学3年になりたてのころに発覚したため、ほかの人よりも遅れて入った形になった。

その隔離施設は広大な土地を利用して作られており、さながら一つの県のようである。

隔離されているため、寝床や学費などは免除されているが、人に関してはそうはいかない。

ほかの人たちは物心つく前から一緒にいるためほとんどの人と当然仲がよくお友達のグループもできているわけで、そこにまれにみる部外者がいきなり割り込んでくるから当然避けられる。半ばいじめのような環境に置かされ、私は1年持たずに終わった。それは自動的に高校移っても変わらなかった。

隔離施設から逃げ出すことはできず、外を歩こうにも人目がある。私がゆっくりと過ごせるのは支給された自分の部屋だけだった。

 部屋のカーテンを開けても見えてくるのは、申し訳程度の木々と大きな壁。暴走しないようにと言いながら、実際はただの研究材料として集めているだけだ。力を持っていない人間にとって私たちはいわばモルモットと同じようなものにしか見えていないだろう。

 それは監視官の態度を見ればよく理解できてしまう。どこか見下しているようで、どこかおびえているようなそんな表情を私に向けながらこの施設まで誘導していたから、ああ私はもう人間じゃないのか、なんて感情がこみあげた。

 今の時間は3時限目の授業の真最中だろう。そんなことを考える私はいつものようにパソコンで適当にネットニュースなどを閲覧している。

 私のような力の持ち主が現れたことによって、各国の距離は遠くなりどの国がいち早くその力をものにするかが重要課題となっているようで、血眼になって私たちを調べ上げている。

「退屈だなぁ」

 そんな言葉を漏らすことすら日課のように感じ始めている。

 ピンポーンとチャイムが部屋中に響く。

「食糧配給にはまだ早いのに」

 どうしてだろうと思いつつ、ドアののぞき穴から外を覗く。

 外には高校の制服を着た男子生徒が一人、ドアが開くのを今か今かと待ち望んでいるように待機していた。

 きれいな金髪に、すらっとした体格で子供のように澄んだ目をしている。

 しばらくしても何も反応がないことに疑問を持ったらしく、彼はドアを数回ノックする。

「あれ? 留守にするはずないって聞いてるのになぁ。なんでだろ?」

「何なの? あの人。私なんかかに用なんて……」

 私はドアから離れ部屋に入ろうと体を反転させようとしたときだった。

「仕方ない。実力行使許されてるし、やっちゃおう」

 彼の声でそう聞こえたその刹那、部屋のドアが私めがけて吹き飛んできた。足がすくんで地べたに座り込んでしまったおかげで、直撃は避けられたもののしばらく立てそうにない。

 当の彼は片足を上げていて、そこはかとなく嬉しそうな表情をしていた。

 どうやらドアは蹴飛ばされたようだ。

「優紀さんだよね? なんで返事してくれなかったのさ。死んじゃったかと思った」

 足をすくませへたり込んでいる私を見つけた様子の彼は足を下ろしながら言った。

「へ、部屋のドアを蹴飛ばすやつがいるかああああああ!」

 動揺している私は思わずそう叫んでしまう。でも彼はただにこやかに笑うだけだった。

「ここにいるよ?」

「そういうことじゃ……ああもう! どうしてくれるのよ! 部屋が滅茶苦茶じゃない!」

「滅茶苦茶って元から汚いじゃんか」

 引きこもってから約1年近くなる私の部屋はお世辞にもきれいとは言えない状態だったが、今はドアの追撃も加わってさらにひどい状態だった。

「そ、それでも前よりひどくなってるし」

 反論した私にまた言葉を返してくるのかと思いきや、彼は渋い顔で私のほうへ歩み寄ってくる。

「な、なに?」

「ねえ、君。最後にお風呂に入ったのっていつ?」

 妙に真剣なまなざしでそう聞いてくる彼に、少しだけ言葉が詰まる。

「えっと……。2、3週前?」

 私の答えに不満が盛大に漏れた彼は私の肩に手を置いて、再び真剣な表情に戻る。

「お風呂。入ってきて。ここは俺が片付けておくから」

「え? なんで?」

「なんででも!」

 彼の雰囲気に押され、私は思わずうなずいてしまう。

「それじゃ早く!」

 彼に誘導されるまま、更衣室に入る。一度外に出てしまおうかと思ったけど、彼が必死に部屋の片づけをしている様子が窺えて仕方なしにシャワーだけ簡単に浴びることにした。本腰を入れずに浴びたためほんの十数分程度しかたっていない。それなのにもかかわらず、私の部屋はほとんど片付いていた。

「うそ……」

「あれ? もう上がったの?」

 額に少しばかりの汗をにじませた彼は私のほうに振り返った。

「そう言えば、君。誰?」

「名乗ってなかったっけ? 真嶋快斗(まじまかいと)。そうだった。学校からの連絡を伝えに来たんだった」

 えへへと苦笑いする快斗。

「忘れてたの?」

「あははは……。ごめん」

 快斗は顔の前で合掌する。

「で、連絡って?」

「学校に来い」

「だけ?」

「だけ」

 言い切った快斗になんと言おうか悩む。

 別段学校に行きたくないと思っているわけではなく、ただあの場に居づらいと感じることが多かったため逃げているだけだ。まあそれも建前なのかもしれないけど。

「どうして学校に来ないのさ。楽しいのに」

 不思議そうにしている快斗に、少しばかり私は腹が立ってしまう。

「私にとってはただの地獄よ」

 とげとげしく言った言葉に快斗は顔を曇らせながら返答する。

「そっか。そう思う人もいるんだったね」

 私から目をそらし「ごめん」と小さく言った快斗は、何か思いついたのか途端にバッと嬉々とした表情を私に向けてきた。

「じゃあ俺が一緒にいるよ。そうしたら、少しはいやすいでしょ?」

「何を言って……」

「学校から結構強めに言われてることもあるし、それに少しくらい外に出たほうがいいよ」

「私たちにとって勉強することってそんなに大切? 成人したってここから出られるわけじゃない。いい成績を残したって結局は実験道具として捨てられる」

 成人したからといって何もしなくていいわけではなく『保護』ということを建前に作られてあるため、親族等に頑張ってることを示さなければいけない。そのためだけにいくつか適当に作られた会社が存在している。そんなところに入ってもやっているということしか残せないため、やる必要性がない上に、支給があるため生活費も稼ぐ必要がない。

「言い切ることないんじゃない? 俺らに向ける目が急に変わったりするかもしれないし。でもそんなこと言う前に俺らがちゃんとしないと何も言えないよ」

「そうは言っても、努力する意味なんてないし。する気もない」

「明日、学校は半日で終わるんだよ。迎えにも来るし、ずっと君のそばいるからさ。行ってくれないかな?」

「もしかして、身体検査?」

「それもあるけど、いい顔してないと何されるかわかんないしね」

 彼から目を離し、部屋を見まわす。蹴飛ばされてぐにゃりと曲がったドアがいまだに置かれてあることに気が付いた。

「とりあえず、あのドア直してからで」

 彼は私の言葉に「わかったよ……」とどこか気が進まない様子だが、作業を再開した。彼が作業している時重いものを軽々と持ち上げていることにやっと気が付いた。

「そんな細い腕でよくそんな重いもの持てるね」

「これが俺の力らしいんだ。肉体強化って感じかな? 常に発動しているみたいで調節が大変なんだよね。君の力って何?」

「私? 私は……」

 私の力が見つかったのはほんの1年前。それは大きな事件を起こしてしまったから見つかった。その事件を起こしてしまった時初めて自分が力を持っていることを知ったし、それまで誰も持っているとは思いもしなかった。

 そしてその力のことをよく思ったことは今まで一度もない。

「教えない」

「どうしてさ? 俺だって教えたのに」

 わざとらしく苦笑いを見せる快斗は頬をぷくっと膨らませる。

「私はもう使わないから」

 快斗は作業を一時留め、何かを察したのかはっとした表情をした後どこか苦しそうにした。

「そっか。君は途中から入ったんだよね。ごめん気が利かなくて」

「別に。それより早く済ませてよ。寒いから」

 「夏なのに」そう呟いた快斗は止めていた作業を再開した。作業も一通り終わって帰り支度を済ませた快斗は帰宅しようと玄関に向かう。

「じゃあ明日迎えに来るから。あ、一人で勝手に行かないでよ? 変にみられるから」

「それはないよ」

「また明日」

 私が一つうなずくと、快斗はうれしそうな顔をして部屋を辞した。それを見送った私は、しばしの間高校の制服だといわれ支給された衣類をじっと見つめた。


 翌朝になると私が起きるよりも先に快斗がやってきた。インターホンを何度も鳴らされて嫌々応答すると、快斗はいまだ寝間着姿の私に一つ喝を入れ朝食を作るからその間に着替えてこいという。別に断る義理もないし朝食を作ってくれることをいいことに指示に従った。

「終わったよー」なんてのんきなことを言いながら椅子に座ると、洋風の料理がいくつか並んでいた。

「頼むからお米ぐらい焚いててよ」

 そんな愚痴をこぼしながら快斗は私の向かいの椅子に座る。

「めんどい」

「っていうか、今まで何を食べてきたのさ。まさか、ファストフードとか言わないよね?」

「そうだけど?」

 支給される食材の中にはファストフードも冷凍ながら入っている。ちなみに、ファストフードは冷凍食品と小分けされ、さらにはでかでかと「ファストフード」と書かれてある箱に詰められて送られてくる。

 私の返答にはぁと盛大に溜息を漏らし、頭を抱えた快斗はあきれたような目を私に向ける。

「よくそんな……もういいや。早く食べて。遅刻する」

「はいはい」

 平返事を返しながら、作り立ての朝食を食す。嫌味なのか意外とこれがうまい。

「なんか負けた気がする」

「引きこもってるんだから当然でしょ。ここまでダメだとは思わなかったよ」

「言いたい放題言ってくれて……」

「言われたくなければちゃんとする」

 返す言葉もない。不満がたまる中いそいそと私は皮肉にもうまい朝食を食べきった。

 私は何かよからぬことをしたのか?

 そんなことを思わされるほどに周りの視線を浴びていた。右を見ても左を見ても人と目があってしまう。私たちが通った道にいた人たちはほとんど全員こちらに目を向けている。

「なんでみんなこっちを見てるの?」

 そう言う私は、快斗を盾にするように彼に引っ付いていた。

「そうかな?」

 私が感じている視線を快斗は全くといっていいほど感じていないようだ。

「くそったれ」

 ぼそりと言うと快斗はあははと愉快に笑い、私のほうをまじまじと見つめだす。

「やっぱりちゃんとした君はきれいだよ。だから変な視線感じるんじゃないの?」

「それがほんとならこんな生活してないよ」

「まあ、俺なんかじゃきれいに手入れしてあげられないけど、昨日の優紀さんに比べればましだよ」

 こいつはいざ登校しようというとき、私に向かって少しくらい手入れをしろと無理矢理身なりを整えだした。抵抗しようにも強化された体に勝てるわけもなく、無残にあちらこちらいじられた。

「訴えてやる」

「それは困るなぁ」

 そう言う快斗はどこか嬉しそうに笑い、再び前を向く。

 その妙な視線は学校についてからも付きまとう。

 先ほどと違う点はひそひそと快斗の名前が挙がっていることだ。聞き耳を立てて聞いてみると、どうやらこの真嶋快斗という人物はこの学校ではかなりの有名人らしい。人よりは良い顔立ちをしていると会った時から思ってはいたが、こんなに注目を集めるほどだとは思わなかった。そんな好奇な視線は私にも向けられているようで、軽い風評被害にあっているような気分になった。

「……最悪」

 私はその視線に耐えきれず彼の背に張り付くぐらいの距離にまで近づいた。

「そんなに近づかれたら歩きづらいんだけど」

「……うっさい」

 快斗はそれ以降何も言わず、ただ私を誘導してくれた。

 初めに連れて行かされたのは職員室だった。そこで私は無駄に長い説教と担任教師の紹介をされ退室する。

 そのあと担任には自分のクラスだと場所に連行され、引きこもっていたことを「病み上がり」と称し、さらにはその「病み上がり」の私にみんなの前で自己紹介をしろと無茶を言ってきた。職員室でもまともな会話すらできなかった私にどうしろと。ふざけてるなこいつ。などと思いながら、目を泳がした。

 しばらくたっても一言も発しない私にしびれを切らした担任は早く自分の席に座れと指示を出す。引きこもっていたせいで、その返答すらまともにできないでいたが内心はかなり喜んでいた。

 もうこれ以上屈辱的なことはないだろうと踏んでいたが、見事に当てが外れてしまった。朝、快斗といたのがまずかったのか2時限目が終わるころには再び好奇の視線にさらされた。クラスメイトの連中は普通に会話をしているように見せかけて、ちらちらと私を見る者がほとんどだった。それは授業中でも同様にちらちらと私を見てくる。主に女子生徒が。

私はレズじゃないぞ~そんな思いで私は午前中の授業を耐え抜いた。

 さて、ここから新たな問題が発生する。今日が初登校の私にとって友人など存在しない。よって、昼食を共にする相手がいない。それは教室で一人ぽつんと過ごすことを意味しているし、食堂に行こうにも何をどうしていいかわからないだろう。

 よし、食べずにやり過ごそう。そう決心した時、快斗が現れて私を呼びだした。

「どうせ一緒に食べる人いないでしょ? 食堂の使い方を教えるついでに一緒に食べない?」

「前半の言葉がなければ乗り気だった」

「それはいいってこと?」

「私が断れる状況じゃないでしょ」

 「それもそっか」と失礼なことを笑いながら言いやがった。

「あ、食堂行く前にお手洗い行っていい?」

「じゃあ、そこで待ってて。俺も用事済ませとくから」と快斗はトイレの前あたりを指さした。

「わかった」

 私は急ぎ足でトイレへ駆け込み、さっさと用を済ませる。

 手を洗っている時に私の力もとい影が話しかけてくる。

 私の影は私自身をそのまま黒くしたような形状をしている。普通に生活している分には見えないが、鏡や光に反射して姿が映るようなものだと見えてしまう。私にだけ見えているということはないらしい。

『あんた、外に出るようになったんだ』

 影は私の首に手を回す。

「鏡があるの忘れてた」

 悔しそうな表情をすると、影は嬉しそうに微笑み私の頬を触る。

『外に出ていいの? あたしを使う羽目になるかもよ?』

「楽しそうに言ってくれちゃって」

『期待しないでおくわ。ふふ、私の出番もいずれあるだろうし』

 私は小さく舌打ちをしてからトイレを辞した。

 快斗を待っていると女子生徒4人のグループに絡まれた。先頭に立っている長めの金髪をした彼女がリーダーのようだ。

「ねえ。ちょっといい?」

 ドスの利いた声でそう声をかけられ、私は委縮する。その間に、ほかの3人は私を取り囲む。

「……な、何ですか?」

 恐る恐る声を発した帆が癇に障ったのか、より一層顔をしかめ彼女は私の肩を力強くつかんだ。

 思わず私は痛みに顔をゆがめる。

「ちょっと付き合ってくれるよね?」

 私に否定することは許されていないようだ。

 連れて行かされたのは屋上だった。途中、立入禁止と書かれてある場所があったが金髪の子はお構いなしにそこをぶち開けた。

 彼女たちと会ったのは初めてだしこんな風に呼び出されるようなこともしていないはずだ。心当たりがあるとすれば、快斗のせいだろう。

 面倒なことになった。露骨にため息もつけず、ただ彼女たちに誘導された。

 私を屋上の中心に誘導すると、金髪は振り向きざまに「ねえ、あんたっていったい何なの?」なんて言ってきた。

 当然快斗のことだろうという目星はついていたが、私はわざとわからないそぶりをした。

 厳つい表情をより一層ひどくゆがめた金髪はポケットに手を突っ込んでゆっくりとカッターを取り出した。

「ホントはわかってんだろ? どうやって快斗さんに近づいたかは知らないけどさ。調子に乗りすぎなんじゃないの?」

 何をどう取ったら私が調子に乗っているように見えるのだろうか。

「……の、乗ってません」

 私の心に体が付いてきてはくれない。来たところで困るのだが。

 私の言動にたまっていた不満が爆発した様子の金髪は、持っているカッターを振りかざしながら私との距離を詰めてくる。

 とっさのことで私はうまく足が動かなかった。斬られそうな距離になった時「なにしてんだよ!」と私たちに向けて怒声を飛ばす人が屋上へ駆け込んできた。

 肩で息をして、きれいな髪を汗で濡らした快斗だった。

 快斗の声のおかげで金髪の動きは止まり、どうしてと困惑した表情を見せていた。

 その隙に私は距離を取ろうとしたが、少し離れたところで他の3人に捕まってしまう。

「君。そのカッターで何をしようとしてたの? 優紀さんに危害でも加えるつもりだったの?」

 快斗の言葉に一瞬ためらった金髪だったが、何か癇に障ったようで怒りで顔をゆがめた。

「なんでよ……。なんで……。せっかく同じクラスになれたのに……」

 金髪は目には涙をため、下唇をギュッとかみしめる。

「こんなやつの名前を言えて、私が君なのよっ」

 快斗が助けに来てくれたのは事実ではあるが、油に火を注ぐ結果になってしまったようだ。

 悔しそうな表情の彼女は再び私に襲い掛かってくる。体をがっちりと固められ、逃げようのない私は斬られる覚悟で目をギュッとつむった。だが、斬られたのは私ではなかった。快斗が身を挺して私をかばったようだ。

「ああああああああああ!」

 体から血を流し、痛みで顔をゆがめた快斗は地べたに倒れこむ。

 金髪もまさかという表情で、先ほどとは違う理由で泣き出しそうだ。

「快斗!」私はそう叫び、3人の拘束を解き快斗に寄る。

「血、止めなきゃ!」

 でもどうやって?

 どうしよう。そう悩んでいるとき、ふと影が私に声をかけてくる。

『あたしを使う? そうすれば、この男も周りにいるやつらもきれいになるけど?』

「あんたは黙ってろ! 私はもうあんたを使いたくないんだ!」

 声を荒げた私に周りの4人はぎょっとして少しだけ身を引いた。

「ねえ……見てないで何かしなさいよ!」

 そう言う私も何もできずにただ快斗の体を支えるだけ。

 傷は深く、傷口をふさぐだけではどうにもならないような気がした。

 はっとした私は携帯を取り出してすぐに救急車を要請した。

『間に合わないわね』

 楽しげにそう言う影に私は余計に苛立ちを覚える。

「黙れって言ってんでしょ!」

『救急車を呼ぼうだなんて。あなたたち実験素材に回してくれるかしら?』

「知らないわよ! ここの中にだって病院くらいあるでしょ!」

『ないわよ。あるのは実験施設だけ、よ?』

 嘘だ……。

 そう思うが、思い当たる節が多くあった。身体検査だといって連れて行かれていたところも病院という雰囲気はなく、「00実験室」といったプレートしか見当たらなかった。

『さっきの電話先って本当につながっていたのかしら? あなたが何を言っているか私にもわからなかったわよ?』

「じゃあどうしろっていうの!」

『さっきから言っているじゃない。あたしを使いなさい。私はあなたの望みをかなえられる存在よ? あの時だってあなたが望んだからやってあげたというのに』

 快斗の顔色は次第に悪くなり始め、一刻を争う状況だ。

「快斗を助けて。……それだけ、やって」

『ふふふ。わかった』

 怪しげな笑いをした影はすっと私から離れ出て、うっすらと姿を現す。

『久々のお仕事頑張りましょう』

 影は不敵な笑いを残して快斗の中へと入って行った。しばらくして傷口は完全にふさがり、あとは快斗が目を覚ますまで待つだけとなった。

 そのまま影を利用して快斗を保健室まで運ぶ。その間、金髪以外の女子3人は蒼い顔をしたままどこかへ去って行った。そして、金髪は私たちとの距離を長くとり、とぼとぼとついてきていた。保健室で目を覚ました快斗をなだめる目的で、私は一人残ろうと思っていた。だが、金髪はそこで食い下がり頑なに帰ろうとしなかった。

 ベッドに寝かせた快斗のわきに私たち二人は少し感覚を開けて座った。

 快斗が起きてくるのをじっと待っている時、金髪が口を開く。

「あんたもともと遅れてきたやつなんでしょ? どうして快斗さんだけかまうの? 快斗さんのこと好きな人多いのに」

「そんなこと知らないわよ。第一、ここに来てからまともに会話した相手って快斗しかいないし。あなたたちが快斗のこと好きだって知らなかったわよ」

「な、なんであなたたちなのよ! わ、私は別に!」

 慌てた様子で立ち上がる金髪。

「あんなことまでしといてそんなこと言うの!」

「……っ。じゃ、じゃああんたはどうなのよ! す、好きなの!? 快斗さんのこと!」

「私は普通に会話できるのが快斗しかいないから仕方ないじゃん」

「そうじゃなくて! 好きなの! キライなの!」

 鬼の形相で迫ってくる金髪に気圧され目をそらす。

「だから、そんなこと思ったことないよ」

「んも――!」

 絶叫に近い金髪の叫び声に目を覚ましたのか、快斗がゆっくりと体を起こした。

「なんかすごい声が聞こえたんだけど」

 起きてそうそうはにかみながらそう言う。

「体は大丈夫?」

 私がそう聞くと、快斗は一つうなずいた。

「うん。ばっちりだよ。それより、何の話してたの? 二人で」

「ああ、快斗のことがす――」

 私がそこまで言うと金髪が飛び掛かり、私を押し倒す。

「なんでも! なんでもないの!」

 私の口をふさぎながら、必死に弁解する金髪。

「そう? でもありがとう。起きるまで待っててくれて。優紀さんに……えっと……」

 快斗は金髪の名前を本当に知らないようで、口ごもる。

「私は早川佳蓮です!」

 顔が赤いまま金髪はそう言う。

「早川さんもありがと」

 半ば適当にそう言ったようにも受け取れる返答に佳蓮は嬉々として喜んでいた。

「そ、そんなっ」

 ことの元凶がこんな調子では咎める気になれそうにもない。

「早くどいて!」

 私がそう言うと、いそいそと佳蓮は身を引いた。

「俺はもう大丈夫だし、もう遅いから帰ろっか。3人で」

 笑顔で快斗がそう言うが、佳蓮は次第に表情を曇らせた。

「あたしはいいよ。快斗さんがこうなったのも私のせいだし」

「それが本来の姿のはずなんだけどね」

 口のようにそう言うと、快斗はきついまなざしを私に向ける。

「早川さんだって反省してこんな時間まで待ってくれたんだ。許してあげようよ」

「優し過ぎ。馬鹿なの?」

「うん。馬鹿だよ。とにかく帰ろうよ」

 快斗はベッドから体を起こして自分のカバンを手にする。

 どうしようか迷っている佳蓮に私は「行くよ」とだけ言って保健室を辞する。

 佳蓮も結局は付いてくる形で付いてきて一緒に帰宅することになった。

「話を盛り返すようだけど、俺が寝ている間何の話してたの?」

 快斗がそう言うと、私たちはほとんど同時に同じことを言った。

「黙れ!」

「え、えええ」と快斗は残念そうな表情を見せた。


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