振り向けない、振り返れない
今、私の前には数え切れないほどの分かれ道が存在る。
「おまえなぁ……」
椅子に深く腰掛けた、この学校でトップ3に入る若さと人気を誇る担任が溜め息を吐く。
「俺は、この用紙に進路希望を書けって言ったんだぞ」
「だから書いたじゃん。“お嫁さん❤”って」
「アホ。んなの誰も訊いてねえっつーの。お前は小学生か? 大体、相手はいんのか? いないのにそう言うのはイタイぞ~……って、そうじゃなくて。あのな、普通こういうのは就職か進学か。進学なら専門か短大か四年制かを書くんだよ」
希望調査表をヒラヒラやりながら言われる。
「だから、永久就職するんだってば」
口を尖らせて言った言葉に、先生はすごく大袈裟に溜め息を吐き、私の肩に手を置く。
「いいか。お前のそれは進路希望じゃなくて、ただの現実逃避だ。賢いお前なら、ちゃんと解っているんだろ?」
「………」
何も、言えない。それは事実だから。
今、私の前には数え切れないほどの分かれ道が存在て……たくさんある可能性と将来のうち、どれを選べばいいのか迷っている。
それは、表現するならきっと“未知”なのだと思う。決められた道でなく、自分で選び取る道。
でも、もしもその道が本当に望んでいたものでなかったら? そう考えると怖くて仕方ない。
「お前、深く考えすぎ。普段みたいなノリでこんなのやりたいぐらいで書きゃいいんだよ。あくまでも希望なんだし、変更だって出来る。こんな紙切れ一枚で将来が決定するわけないんだぜ?」
「うん……それは解っているんだけど……」
「とにかく、明日まで待ってやるから、家に帰ってゆっくり考えろ。いいな?」
「……はーい……」
真新しい用紙を受け取り職員室を出ると、廊下の窓から西陽が射し込んでキラキラと輝いている。
この景色をこれからもずっと見続けたいと思うのは、ワガママなのかな?
私の“子どもの時間”は、もう少しで終わりを告げる。
それをまだ、認めたくないんだ……。
“こどもの時間”は守られている時間。そして居心地が良い。