何でもできる兄が苦悩する瞬間
「真由紀。おまえ、お弁当を忘れただろう?」
「……ごめんさなさい」
遥幸が現れたことで、クラス中の女子の悲鳴か怒号が響き渡る教室では、真由紀の小さな声なんてかき消されてしまう。
「こっち、行くぞ」
遥幸は真由紀の手を引っ張って、教室から妹を連れ出していく。
きゃぁぁぁっ!!いやぁぁぁっ!!
どんな阿鼻叫喚なの?という悲鳴が轟きわたる中。
かまわず遥幸はそのまま校舎を出て、真由紀を校庭の中庭へと連れてきた。
その日の天気は少しうす曇。
幸いここには人の姿はなかった。
遥幸は安心したようなため息をついて、やっと妹の手を離した。
「真由紀……本当に大丈夫か?本当に何も言われたり、されていないか?」
「うん、本当に大丈夫。だってここは少女漫画でも乙女ゲームでもないんだから」
真由紀が答える間に、一瞬不可解な間が存在した。
何かを隠しているのは見え見えで、それは兄の遥幸には手に取るようにわかってしまう。
「……やっぱ、何かされているんだな?」
「本当に何もないよ」
あれだけの悲鳴がしているような中で、自分の妹である真由紀が何もされていないわけがない。それが遥幸の考えだ。
遥幸がそこまで女子生徒に人気があるのは、日本人離れした整った面立ちがモデルか芸能人を遥かに凌ぐ類稀な美しさを備え、抜群のイケメンであることに端を発している。
勉強の面では学年トップを誇る。運動神経も良い。高校総体で全国優勝した百メートルの選手より足が速いなどという話は、遥幸の凄さを語る上で鉄板ネタとされている。
そして妹の真由紀は――美少女だ。ただし。あまりに兄が凄すぎて影に隠れ、地に埋もれてしまうだけで。勉強も中の上。運動神経だけは壊滅的に悪いのが愛嬌か。
西原真由紀は私立九流学園の一年B組。
兄の西原遥幸は一学年上の二年A組。
今年の生徒会長には、すでに遥幸の名前が噂されている。
いや。すでに決定事項として周りの生徒たちに疑い様もない事実とされていた。
ただし。遥幸は――度を越した、病的なシスコンだということも、周知の事実である。
実際、真由紀は表立って文句を言われるようなことはない。
遥幸に目をつけられたり、嫌われたりすることを皆が恐れるからだ。
だが、影で言われている中傷誹謗の類が噂として真由紀の耳に入り、小さなイジメのようなことも頻繁に起こる。
筆箱がなくなり、ゴミ入れの中にあった。体操着に覚えのない小さな穴が空いていた。教科書が不自然に落とされ踏まれたあとがあった――そんなことが入学時から繰り返されている。
それは遥幸の熱烈なファンが起こすことなのだろう。
遥幸に溺愛される真由紀に、その嫉妬の矛先が向けられているのだ。
体操着も二度ほど買い換えた。
教科書はまだ一年の始めのものとは思えない程、汚れているものさえある。
真由紀はそれらを極力、兄の遥幸には知られないよう隠しつづけているのだが。
「……俺が知らないとでも思っているのか?」
「大丈夫だよ、本当に」
隠す妹がいじらしく――こんな妹を傷つけるやつらが憎くて堪らない。
「とにかくお弁当食べよう、お兄ちゃん」
「あ、ああ。そうだな」
妹に促され。兄は自分が両手に持った二人分のお弁当にようやく気がついた。
そして二人は近くのベンチに座ることにした。
「うーん、おいしい」
幸せそうに遥幸の作った弁当を食べる真由紀。
こんな幸せそうな顔をする妹が、いじめられているなどとは考えたくもない。
真由紀のこの顔が見たくて、遥幸は分刻みのスケジュールだろうと、料理は極力冷凍などに頼らず手作りするように心がけている。
妹に出来あいの食事をさせるなら、「将来お店出せるよ」と自分の料理を褒めてくれる妹ためだけに、この腕を振るいたいと思うのだ。
「はぁ~おいしかった。ご馳走様でした」
両手をあわせ、満足そうにしている妹、真由紀の姿がどれほど可愛いものなのか。
この瞬間を見るためだけに、遥幸の存在はまさにこのためだけに存在している――と言って過言ではない。
「あ、いた、いた。西原さんっ!!」
そんな遥幸の至福のときを邪魔する無粋な第三者の声が聞こえてくる。
こういう場合、ほとんどは遥幸を呼ぶものだが。
しかしこの声の主は、遥幸の記憶に覚えがない。
「藤崎くん」
意外にも反応したのは――真由紀の方だった。
「すみません、西原先輩」
それは男。そう、男。しかも真由紀を探しにきた――男。
「あ、お兄ちゃん。この男子は同じクラスの藤崎剛くん」
名前などどうでもいい。
妹と親しげに話すこの男は何なのだ?
遥幸の思考はその一点のみに注がれる。
「教室から西原先輩と出て行っただろ?心配してさ。
女子の反応が異常だったけど、あれは一部の女子が叫んでただけだから気にすんなよ」
俺が気にするだろう――藤崎剛とやら。
遥幸の絡みつくような視線に気付くことなく、藤崎という男子は真由紀と親しそうに会話を続ける。
「気にしてないよ。大丈夫。藤崎くんがいつもこうして気にしてくれるから、本当に助かってるんだぁ」
いつも?いつもだと?
迂闊だった。騒ぎ立てる女子ばかりに気がいっていた。
こうして可愛い真由紀に、しょうもない悪い虫どもがつくことに気が回らなかった俺の最大のミスだった。
こうして遥幸の独り言は心の中で呟かれつづける。
「もうそろそろ授業が始まるぜ。教室に戻ろう」
「そうね。ありがとうお兄ちゃん。私、そろそろ教室に戻るから」
「……あ、ああ」
呆然としている間に、ベンチに座っていた真由紀の手を藤崎は優しく握って立たせていた。
その瞬間。遥幸の全身から藤崎に対する敵意を超えた殺意が駄々漏れていく。
「それじゃ、西原先輩」
「……ちょっと」
このとき初めて、遥幸は藤崎を呼び止めた。
「あ、大丈夫っす、西原先輩。西原……いや、真由紀さんは俺が守りますから」
あ――――っ!!心の中で遥幸が絶叫する。
このやろう……と遥幸が戦慄く中。
「それじゃ、お兄ちゃん」
と、真由紀も藤崎について、教室へと戻って行ってしまった。
俺が浅はかだった――。
遥幸が今更ながらに反省するが。――時、既に遅く。
五時間目を告げるチャイムが無常にも校内に響き渡っていた。
雅紀さんお題「ユーザーさんを登場人物として物語をつくる」
浅生春幸さんお題「ユーザーさんを萌えキャラにする」
真由紀モデル 雅紀様
遥幸モデル 浅生春雪様
雅紀さん 追記 「乙女ゲームで考えていた」
ということでこうなりました。
話が込み入っているので、前後編となります。
悪乗りがすぎました;お許しくださいませ(土下座)