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思い付きで温めていたモノです。

特に何も考えず楽しんで頂ければ嬉しいです。

名無しではじめてますが、名前がある方がいいとのご意見があれば付けます!



 近所のスーパーで仕事帰りに嗜好品しこうひんと言う名のささやかな心の癒しを求める男。どこにでもある風景。どこにでもいる存在。そして、どうでもいいと思っている男自身。


 彼が買い物カゴに入れたのは翌日に残らない程度の酔いを保証する癖の無い焼酎。調理次第でなんとかなるPB商品のパスタとソーセージ、ベーコン。値引きされたもやしだった。


 商品のバーコードを一度で読み取り、流れるように淀みなくレジを打つ店員。それもまた日常のルーチンをこなす職人の芸と言えなくもなかった。


「ありがとうございましたー」

 マニュアルどころか、既に条件反射となった台詞を発した彼女の耳に少しだけ毛色の違った言葉が返る。


「…ありがとう」

 小さくはあったが、無言でもなく「どうも」でもなかった。商品に集中していた視線を一瞬だけ声の方へと向ける。

きびすを返した客の後ろ姿。彼女の脳裡にはどんな顔だったのかも記憶されていない。しかし、それも日常の一コマ。煩雑はんざつな合間のことに過ぎなかった。




「ただいまー」

 例え義理であっても習慣は変わらない。玄関の扉を開けたときに口にしてしまう。


「「おかえりー」」

 意識はテレビの画面に集中しているが、彼の母と妹も条件反射で返す。ちなみに父は無言だ。


 自室でジャージに着替えた彼は台所へと入る。残り物があれば適当にアレンジするつもりだったが、今晩も残って無いようだ。炊飯ジャーにはご飯もない。特に落胆すること無く、まずはグラスに米焼酎。氷を3つ。冷凍保存してある柚子の皮を一欠片入れて軽くかき混ぜる。微かに香る柚子の香り。一口含んで飲み下す。


「ふぅ」

 心身ともに弛緩しかんする瞬間だった。彼の一日の仕事はこの儀式を終えてようやく終わる。


 グラスを手元に食事の準備をすすめる。大きめのフライパンに水を張って火にかける。沸騰するまでにもやしを水洗いし、そのまま水にさらす。冷蔵庫をあさってキャベツとしめじを調達。キャベツはざく切りに、しめじは石つきをとって、ベーコンも適当に切ってまな板の端に待機させた。

 フライパンの底に気泡が出始める。塩を小さじ一杯。ソーセージを3本放り込む。沸騰後、パスタを1束半投入。火力はそのまま。フライパンは鍋のように吹きこぼれないので重宝する。

 茹で上がったパスタとソーセージをザルにあける。茹で汁はカップに半分ほど残す。フライパンをざっと水洗いし、また火にかける。オリーブオイルを引き、キャベツとしめじ、ベーコンを投入。跳ねる油を気にせずガーリック、塩、胡椒、レッドペッパーを適量。数度フライパンを返し、だいたい火が通った時点でパスタを戻す。茹で汁も忘れずに。じゅわーっと湯気が立ち昇る。汁気が無くなる前に皿にあけ、空になったフライパンに水を切ったもやしとだしの素、料理酒を入れて蓋をする。しんなりした頃に蓋を開け、生卵をひとつ落として素早くかき混ぜ、皿に移す。茹でソーセージを脇に添え、ポン酢醤油をだばだばっと掛けて出来上がり。青ネギか大葉があれば良かったなと呟きつつテーブルへと運ぶ。今夜の彼の夕食である。




 実家通いにもかかわらず自炊するのは家族と時間がズレる。本当にただ、それだけが理由だった。そこには夕飯を温めなおしてもらうのが悪いとか、実家に入れる金額が少ないとかいう引け目もあった。


 彼が家族と夕食を共にしなくなって既に数年が経つ。大学卒業後になんとか入社した小さな会社は不況という荒波に敢え無く倒産。しばらくは失業保険でだらだら過ごしていたが、なんとか契約社員として前の会社に負けず劣らずの小さな町工場で仕事にありつけた。

 正社員2名というほぼ家内制自営業のような会社で、契約社員といってもパート・アルバイトと何ら変わることはない。日給換算だったので、仕事のない日は休むように、仕事の多い日はサービス残業にと不確定な職場。時給換算されるアルバイトの待遇の方がマシだった。

 それでも彼がその仕事を辞めなかったのは、社長も奥さんも中学生の姉弟も、一家が力を合わせて会社を存続させようとしていたからだ。


「仕事が軌道に乗ったらちゃんと正社員としてお願いするよ」

 本当に済まなさそうにそう言う社長。少しおっかないが気配り上手な奥さん。最近ませてきたものの、忙しい時には文句を言いつつ仕事を手伝う姉弟。いつ帰宅しているのか判らない年配の社員達。

 彼はそんな今の職場の雰囲気が好きだった。だからサービス残業も進んでやった。仕事が少ない時には休みを取った。そして、そんな彼に皆が優しかった。




 パスタを食べ終えた彼は、グラスともやし炒めを持ってキッチンから居間の隅へと移る。父母と妹がテレビ番組を観ながらあれこれと言っては笑っていた。一昔前までは考えられなかった光景だ。


「ウソーッ! これ選ぶの? 絶対左から2番目のヒトの方がカッコイイのに!」

「お母さんならこのコの方が良いと思うわ。キリッとしてるじゃない?」

 画面では必死で走って跳んでしている姿。立ちはだかる障害物。不意に襲うトラップ。機敏な追跡者。それらを必死で乗り越え、振り切ろうと汗と泥に塗れる男達。

真剣な表情でモニター上の様子を見る女性へとリポーターがマイクを突きつけている。


「他の組はどうなってるの?」

「ちょっと待ってね」

 母の問いに妹がリモコン操作で現在盛り上がっているチャンネルを探す。同じ場所からの放送であるが、複数の組が同時進行しているため各放送局がこの放映権を買い取っているのだ。右端に各チャンネルの現在視聴者数が表示され、妹は最も視聴者の多いチャンネルへ切り替えた。C、Dグループの放映権を持っている民放だ。ここのリポーターと解説、その後の追跡番組も面白い…らしい。


 自作の夕食を口に運びながら母と妹の嬌声を聞く。画面の中と茶の間の興奮が同時に上がっていき、歓声と悲鳴が交錯する。

 過去、2度その対象となった彼は苦々しい思いで家族と画面を眺めた。


(まあ、僕は義務を果たしたから…。もう見世物になることもないだろう…)

 画面の中の男性達を気の毒そうに観ながらグラスと傾ける。


「(お送り致しましたCグループ2の〇〇さんがお選びになった旦那様はゼッケン番号6番の〇〇さんです! 決め手は何でしょう?)」

「(一番にはなれなかったですけど、彼はすごく頑張ってました! 泥を拭ったところなんてすっごく格好良かったです! もう彼しか考えられません!)」

「(〇〇さんのお言葉でした! このあと暫定婚約式が〇〇時より合同で行われます! それぞれの門出に祝福を!)」

 女性レポーターの言葉の後CMへ…。少し昔であればここでザッピングになるが各局の協定により一斉にCMへと入る。続きが気になったのか彼の母も妹もチャンネルを変える気は無さそうだった。


(―ご愁傷様)

 口の端から出たパスタを吸い込んだ彼は心のなかで合掌した。それが一番フラッグを手にしたにも拘わらず選ばれなかった男性に対してなのか、届かないまでも最後まで諦めなかったが旦那として選ばれた見栄えのする男性に対してだったのかは不明だった。




 近未来、出生率の激減により国はある政策を打ち出した。視聴率低下に為す術も無いメディアを巻きこんで、一定の年齢に達した独身者達を強制的にお見合いさせるという企画。その様子を複数局に中継させ、娯楽としての面を強く押し出すことにより上がり続ける未婚率をなんとかしようという目論見。浅はかだと思われたこの企画はメディア関係者の馴れ合い番組に食傷していた視聴者に大いに受け入れられた。

 ヤラセのないガチの結婚事情報道が人気を博したのである。


 もちろんそれだけではない。国民の義務として課されたため、様々な理由で結婚に消極的な者への切っ掛けとなり、成立した場合の税制優遇や特別祝い金等が付与され、国家ぐるみの職業斡旋の魅力と相まってたちまち人気番組へとのし上がったのである。

 民放全社へ放送権を振り分けたのは総務省の陰謀とも天下り確保とも言われていたが、色恋沙汰は万葉の世から人の耳目を集める事柄。陰謀渦巻く内幕の憶測はさておいて広く受け入れられたのもまた事実であった。


 この後は競技首位者への賞金授受と、競技成績とは関係なく成立した婚約組のインタビューである。相手探しとして参加した男性が一番にも拘わらず選ばれないのはとんだ晒し者であるが、優勝者にはそれ相応の賞金と国からの職場斡旋がある。結婚ではなくそれを目的とする男性が多いことも事実であった。

 ともあれ、番組の主人公は結婚相手を選ぶ女性であり、成立した婚約組である。競技優勝者の賞金授受はさらっと流され各局ともマイクを片手に局員が走り回っていた。


 そんな画面を冷ややかに観る彼に母から爆弾が投下される。


「あんた宛に来てたわよ。『赤紙』」

 さらっと言われたが、彼には予想外だったため咽そうになるパスタを焼酎で無理矢理流しこむ。


「なんでっ? 僕の義務はもう終わったはずでしょう!」

「あれっ、お兄ちゃん知らなかったの? 先週参加対象が拡大したんだよ! 良かったじゃない! まだチャンスはあるって!」

 恐慌に陥る彼に妹が人の悪そうな笑みを向ける。妹なりの応援なのだが彼には知る由もない。


「…もう2回も参加したのになぁ。甲乙落ちしてるのに新たに『へい』枠作るなんて…」

 過去2回の参加で国民の義務を果たしたはずのつもりが、またもや巡ってくる過酷な運命。恋愛結婚を理想とする彼にとってこの義務は苦行でしかなかった。

 ただ、失恋の痛手が尾を引いたまま、新たな恋愛に対する努力が皆無であったのが両親や妹の目にも明らかだった。そのため今回の法改正による彼の参加は家族にとってはまさに最後の好機と思っている。


「文句言わないで頑張ってきてよ! 私の結婚式にまだ独身の兄を紹介するなんて嫌だからね!」

 既に婚約相手がいる妹の激が飛ぶ。


 少々見栄えが悪く、稼ぎも少ない兄であるが、優しいことだけは間違いないのに結婚相手が無いことを不満に思っている妹である。前2つの条件が致命的だと気付かないのは身内贔屓の故かもしれない。




 3週間後。彼は富士の裾野、自衛隊演習場を増築してその片隅へと建設された施設。富士総合お見合い紹介場。別名『強制結婚場』の選別所と言われ、赤紙により徴集された独身男性の控え室にいた。


 別室には、軽食を用意されながらも緊張して自分達の順番を待つ独身女性達の姿があった。

 レポーターが眼に付いた女性達にマイクを向け、


「今のお気持ちは?」

 決まり切った定型文であるが、答えは女性の数だけ違う。期待に拳を握る者。参加者のデータを比較する者。初めて見る男性の容姿を今か今かとモニターを睨む者。様々であった。




短編のつもりが…続いてしまった…良いのだろうか?

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