2.1
幸は、わたしの実の弟だ。
でもいまは、わたしを恋人だと思いこみ慕ってくれている。
はじめは困惑したが、いまではもう日常として受けいれている。
「詩織、このサラダおいしいね」
口をもごもごさせながら笑った春樹に、わたしも笑顔を返した。
「春樹の好きなシソの葉が入ってるからかな」
「うん。そうかもね」
そもそも春樹は食悦を感じるということがないらしい。
それでも一日に一度わたしが手料理を披露する夕食では、本当はさして関心もないのに、作った料理を必ず褒めてくれる。
この心づかいがとてもうれしい。
「今夜は幸くんがいたら大喜びしそうなメニューだったね。せっかくだから呼べばよかったんじゃないかな」
春樹は幸にも優しい。
「先月はずいぶん来てたから、幸も気をつかってるのよ」
「そんなのいいのにな。詩織と幸くんはきょうだいなんだから」
「でも幸が来たら春樹はまた、わたしのお父さんになるのよ」
これには春樹も苦笑いした。
確かに二十一歳のわたしと三十九歳の春樹では、幸にしたら父と娘だと思ったほうが納得がいく組みあわせなのかもしれない。しかし、身なりには努めて気をかけ、大抵は年よりも若く見られる春樹にとって、幸の評価は少なからずショックだったに違いない。
「幸くんが詩織の恋人になってからどのくらい経ったかな」
「そうね。七月の終わりごろからだから、三か月くらいかな」
中年の夫をもつ身でありながら中学生の恋人がいて、それが実の弟だというのだから、こんなに込みいった話はない。
「どうしたんだい」
首を傾げる春樹に、奇絶な境遇に酔いしれてただけよ、と答えると、そっか、と言い春樹はまたシソの葉をつまみはじめた。
「そういえばシャコバサボテンが花を咲かせたのよ」
「もう?」
「うん、きょう帰ってきて部屋を見たら」
ふーん、と言った春樹の声はため息にも聞こえた。
あのサボテンは、夏に春樹が買ってきてくれたものだった。
ちょうどクリスマスくらいに花を咲かせるんだって、ロマンチックだね、という春樹の言葉を思いだした。
「ちょっと早く咲いちゃって残念だったわね」
「そうだね」
寂しそうに呟めく春樹は、また小さなシソの葉をつついた。
こういうことは、男性が女性を慰めるのが普通だから、いまのは少しおかしかった。
「クリスマスまで咲いてるといいわね」
「うん。幸くんも、それくらいまでには治っているといいね」
口元をゆるめた春樹のフォークから、シソの葉がはらりと皿に落ちた。




