1.4
あたりはもの静かな住宅地区で、並木道の広い横幅が惜しく感じられるほど往来が少ない。
詩織の家は、遠目にもわかる高い庭木が特徴で、門扉は丸っこい形をしている。門の装飾もやはり丸っこく黒光りしており、そのわきのブロック塀には『相沢』と彫られたまだら模様の石表札が填めこまれている。
「詩織、いるかな」
「ああ。詩織さん、サブロウ出してくれるから楽しみだな」
「うん」
隼太のいうサブロウとは詩織が買い置きしているチョコレート菓子の愛称で、甘口の詩織と隼太はこれに熱中している。『サブロウなんとか』というのはスペイン語で、おいしい、という意味の単語なのだそうだ。しかしサブロウはスペインメーカーの製品だとか、そういう特殊なものではなく、詩織が近所のスーパーで買ってくるごく普通の市販品だ。
詩織がいうには、サブロウはずっと昔に食べた覚えのあるスペインのチョコレートに味が似ているということなのだ。詩織がその思い出話をして以来、内輪のあいだだけでサブロウはこの名で呼ばれている。
ともかく門を開けて、茂る芝生を両脇に抱えた花道を数メートル進んだところに片開きのシックなドアはある。
よほどサブロウが楽しみらしく、そわそわと落ちつかない隼太を背に、玄関のチャイムを鳴らした。
隼太は小学生最後の冬に虫歯を患い、そのときの苛烈な治療に懲りてその後は甘味を控えていたのだが、近頃では過去を水に流してなおこの現状に納まった。
軽く見返ると、隼太はいまや遅しと身を小刻みに上下させている。ここまで律儀に胸中が様子に表れるのでは、思っていることの一切が他人に筒抜けなようで、親友としては彼が不憫でならなかった。
と、留具の外れる音がして、開いたドアから出てきたのは詩織の父さんだった。
「こんにちはっ」
真っ先に声を上げたのは、唐突に前に進みでた隼太だった。
「やあ、おはよう。隼太くんと幸くんだったんだね」
隼太の勢いに押されたせいか、隼太くんは元気がいいね、なんてことを言いながら、おじさんが一歩あとずさりしてみえる。
「さあ、とりあえず中へどうぞ」
隼太に続いてなかに入る。
廊下には、入ったことのない部屋が二つ三つあり、そこを過ぎて二階への階段の横を抜けると、白い壁に囲われたの広いリビングルームに着く。
なかは南側の壁が一面ガラス窓にされていて、部屋はそこから吸いこむ日光で充足している。
さて。隼太はどう思ったかわからないが、廊下の途中で告げられた事実に、少なくともぼくは小さく気を落としていた。詩織が一時間も前に出かけてしまっていたと知り、先に連絡していればよかったと悔やんだ。
「おじさん、おれたちお腹すいてないからお構いなくー」
リビングと部屋続きのキッチンで、たぶんお茶菓子でも用意してくれているおじさんにむかい隼太は声を張りあげた。
言った言葉とは裏腹に、うれしそうな顔でキッチンカウンターのむこう側を気にする姿はなんとなくユーモラスで、落ちこんだ心にわずかながら効いた。
親友とは、こういうものなのだなと実感する。
隼太とぼくは、薄青色のソファーカバーがかけられた三人がけのフロアソファーに座った。
「せっかく遊びに来てくれたのに詩織がいなくて残念だったね」
おじさんはお菓子や飲み物の乗った銀のトレーをテーブルに置き、そこを挟んでぼくらに対面するかたちでソファーに腰かけた。
「ぼくはきょう一日暇なんだけど、こんな年の離れたおじさんと話をしていてもつまらないだろうね。午後には詩織が帰ってくると思うんだけど、それだって詩織のことだからいつになるか」
おじさんはお菓子の器をテーブルに移しつつ言った。
「んーん。なにも言わないでいきなり来たぼくと隼太が悪いんだから。おじさん、仕事が休みでも何か用事があったんじゃないの?」
「きょうは本当に暇だからいいんだよ」
そう言い、空になったトレーをキッチンに持ち帰った。
おじさんはとてもよくできた人だ。
つね冷静なふるまいをする態様は、大人の落ちつきといおうか。四十近くにして、熟年者の安定した佇まいと壮丁の若々しさを兼備している。
こうやって、突然の訪問者にも如在なく応対してくれるような柔和な心性の人と暮らせる詩織は、母さんがいなくても幸せなんだろうなと、少しだけそう考えるようになっていた。
それはそうと、さっきからしんとしている隣人を見ると、元気が美点だったはずの隼太がひどく落胆した表情をしてしまっている。
「ちょっと隼太。詩織がいないのはぼくも残念だったけど、露骨にそんな顔してたらおじさんに悪いよ」
小声の注意にも、軽くうなずいただけで浮かない顔は直らない。
「詩織さん、どこにお出かけされたんですか?」
重々しい語調であった。
「詩織はね。きょうは、女の子の友達と映画鑑賞に行くって言ってたかな」
キッチンからもどったおじさんは、彼の定位置に腰をおろした。
「あれ。お菓子も飲みものも進んでないね。遠慮しなくていいんだよ」
促されてぼくだけがお菓子を食べはじめる。
こういうときは手をつけずに残すほうが相手に失礼だと心得ている。黙々と食べるぼくとは対照的に、隼太はまだしょげて下を見ている。
隼太の感情のメリハリといったら、冗談では済まされないほどなのだ。それもじかに表すものだから、すぐ近くで見ているこちらとしては気が気でない。
小学生のころだったか、隼太がうちに遊びに来たときだ。たまたまついていたテレビは動物モノのドキュメンタリー番組が映していた。子供のガゼルが親の目の前で肉食動物に喰い殺されるシーンをみて、隼太はまるで自分もそうであったかのように深く落ちこんでしまった。表情があまりに青ざめていたのか、その顔色を見た母さんが驚いて素頓狂な声を上げたのだった。
そのときも、きょとんとして逆に母さんを心配するという情緒転換の早さをみせた。
思いだすとおかしくなる。
ときに弱みとなるだろう生得の無垢な気質も、ぼくはきらいじゃなかった。
「ああ、二人とも」
おじさんが口を開く。
「詩織がいないから、いつものチョコレートがどこにあるのかわからなかったんだ。いつも楽しみにしてるのにごめんね」
すると隼太は顔をあげて、いいえっ大丈夫です、と言って、顔を赤らめながら出されたお菓子をぱくつきだした。
なるほど、サブロウが出されなかったから、さっきから元気がなかったのか。
そうとわかると、あまりの無垢さ加減に同年ながら母性に似た情が芽ばえた。
拗ねていた理由を見やぶられ、照れ隠しにむやみとお菓子にがっつく姿が幼くみえてなんともほほ笑ましい。
「あのチョコレートのことだけどね」
「サブロウですか」
隼太が興味津々とばかりに身を乗りだす。
「そう。ぼくはね、詩織がいつどこで本物のサブロウを食べたのか知らないんだ」
父親にも知らないことはあるんだ。
思えばぼくもおじさんとゆっくりなにかを話したことなんて、いままでなかった気がする。
「詩織もね、食べたときの記憶は朧げらしいんだけど、よほどおいしかったんだろうね。味が似ているっていうサブロウを見つけて食べたのをきっかけに、記憶の端に残っていたそのチョコレートの思い出がよみがえったみたいなんだ」
それでね、と前置きをする。
「去年たまたま仕事でスペインに行ったんだけど、詩織があまりにも本当のサブロウはああだったとかこうだったとか言うものだから、ためしに現地でチョコレートをいくつか買ってきたんだ。詩織にはどれも違うって言われちゃったんだけどね」
「おじさんて外国に行ったりするんですか」
隼太は目を輝かせて喚声をあげた。
何年かに一度、数日間だけの海外出張があることを、詩織から聞いた覚えがある。アジア圏内を抜けだすことは少ないらしいのだが、それでも日本の東半分からさえ出たことのないぼくにとってはまさに未知の世界のことだった。詩織から、おじさんの海外出張の話を聞くたび、普段はあまりおこらない熱い意欲感が胸に湧きたった。
「ぼく英語が全然ダメだから、おじさんみたいに外国に行って人と会話ができるのってすごいなって思うし、うらやましい」
隼太がうんうんと賛同すると、恥ずかしそうに「すごいことなんてないよ」と言い、おじさんは視線をあちらこちらに移して照れ笑いをした。
失礼とは思うが、どうしてもこういう仕草には年齢の遠近にかかわらず親近感を抱いてしまう。
「でもさ、面倒だなとか、イヤだなって思っても仕事だから行かなくちゃならないんでしょ。なんだか大変そう」
「そうだねぇ。ぼくとしては気が進まないってことはあまりないかな。いつも新鮮な発見があるから楽しみなくらいだよ」
そう言ってビスケットをひとかけらつまんだ。
「外国語だって英語を学生時代に勉強した程度だし、行くときはその国の挨拶とか必要な言葉だけを覚えていくくらいだからね。本当にすごくなんてないよ」
おじさんの話に隼太はいかにも心を惹かれたようで、仕事の内容から職場環境、ついには俸給にまで質問は発展した。
おじさんは海外出張を楽しみにしていると言ったが、それは言葉の上でのことだ。結局は仕事なのだし、まして、成人しているとはいえ娘をひとり残して行く不安があるのだから、関心こそあれ待望の感はないはずだ。
「そういえば、詩織さんはどういう仕事をされているんですか」
隼太の不意の発問に心臓が一瞬強く脈打つ。
「詩織の仕事かい」とおじさんは応じる。
動悸の原因は、詩織の仕事をまったく知らなかったところにある。
これまで長いあいだつきあってきたが、不思議と最近の詩織をあまり知らなかったのだ。
別段知ろうとしなかっただけだが、いざ知れるとなれば関心がひかれるのは当然だ。
「詩織はね」
静かに耳をかたむける。
「いまは心理カウンセラーをやっているんだよ」
「カウンセラー、ですか」
心理カウンセラー。
なんだか、すごく特異な職種に思える。
「詩織さんがカウンセラーをやっていたなんて意外ですっ。カウンセラーって、いろいろな人の悩みを解決してくれるんですよね」
「そうだね。ただ彼女はフェミニストカウンセラーっていってね、女性専門のカウンセラーなんだ」
そうなんですか、と隼太は肩を落とした。
もしかしたら、自分の悩みでも聞いてもらいたかったのかもしれない。
「でもね、まれにだけど男性の相談を受けることもあるらしいよ」
しゅんとした姿におじさんも気づいたらしく、励ますように言いくわえた。
「本当ですかっ」
たちまちに元気を取りもどす。
隼太の態度は手に取るようにわかりやすい。
「本当だよ」
おじさんはにっこりしてビスケットをもうひとかけら口に運んだ。
「休日は詩織も暇にしていることが多いから、隼太くんも幸くんも相談ごとがあったらきいてもらうといいよ。なんといっても専門家なんだからね」
隼太は嬉しそうに、はい、と声を弾ませた。
「幸くんも、遠慮しなくていいからね」
「ありがとうございます」と返事はしたものの、詩織に相談だなんて考えられない。
並程度の憂き目をみるくらいでは決して屈しない鉄腸をもった詩織は、過去を顧みても弱みをのぞかせたところなど、ほとんどみた記憶がない。
だがそれゆえに、予測もできぬ瑣事をきっかけに心に凶変など起きたりはしないかという恐怖があった。くわえて、取るに足りない悩みに共感させて、無用に心を傷つけてしまう心配も併存していた。
だから、相談などできない。
隼太は――。
満足げにお菓子を頬張って別の話をしはじめている。
ひとの心事をくどく商量するぼくの癖などは、ただのお節介としか思わないたちの隼太だから、きっとそのうち詩織になにか相談を持ちかけるだろう。
我が身の所在には差しつかえとなる不安の心情が、隼太のときには湧きおこらないのは、積年が裏づける信頼があったからだ。信頼があったから、制止しようとか無粋な発想には至らないし、いっそ、よい友人をもった、とうれしくなるほどなのだ。
隼太は、それだけの信用を得られる人間だった。
人見知りも選り好みもしない、天性の『人に好かれる気質』による驚くべき順応性には、舌を巻く機会も少なからずあった。
実際、この異色の組みあわせで行われた鼎談は、潤滑役となった隼太の働きで思いがけない盛りあがりをみせた。
「喉が乾いたね。飲みものをついでくるよ」
おじさんはキッチンカウンターの裏に入っていく。
歓談がひと区切りついたのは正午まわったころで、実に二時間ものあいだ、ジュース一杯で保たれた隼太の喉には感服してしまう。
「おじさんって話がおもしろいよな」
隼太は小声でささやきかけてきた。
「うん。こんな長く話したのはじめてだったけど、なんだかいいね。いろんなこと知ってるし、それよりも人の心をつかむ極意を知ってるって感じがしなかった?」
二回りも年の離れた少年の心がつかめるのだから、それは本物だと思う。
「二人でぼくのウワサ話かい」
はっと顔を上げ、こちらを見おろすおじさんと目があったらしい隼太は瞬時に口を開いた。
「いや、あの、おじさん」
どうにかとり繕おうとカラカラの喉から絞りこぼれた声も、最後に、すみません、と出ただけで情けなく終わった。
「謝らなくていいんだよ」
おじさんは正面に座り爽やかに笑いかけたが、隼太はそのままうつむいてしまった。
「ぼくたち勝手なことしゃべってて、本当ごめんなさい」
「いいんだよ。ぼくのことを褒めてくれていたんだよね。どうもありがとう」
こそばゆい顔をしたおじさんは、腰を浮かせて両腕を前に伸ばし、平手をぼくと隼太の頭に乗せた。
そろりと隣を覗きみる。
隼太はおじさんの表情をおずおずと窺い、言葉に他意がなかったことを確認すると、こちらを向いて、にっとした。
「でもね、ぼくなんかよりも詩織の方がもっとすごいと思うよ」
おじさんは姿勢を直して神妙な面もちになった。
「詩織さんの方が?」
「そう。詩織にいまの仕事を勧めたのはぼくなんだけどね、それというのも、彼女がもっている特別な力に気づいたからなんだ」
「特別な力ですか」
「そう」
おじさんは小さく咳払いをした。
「詩織はね」と続ける。
「どうも詩織は、人の心が読めるらしいんだ」
まさか。
オカルトごととはきわめて遠いところで生活を送ってきたであろう、堅実で主知的なはずのおじさんが、こんなに奇抜なことを言いだすなんて。
仮に詩織が超自然的な潜勢力をもっていたとして、いまのおじさんの超超自然的な、つまり不自然な発言には圧倒される、とどぎまぎする頭のなか思った。
外界から切り離された白い箱のなかは水を打ったように静まる。
かつては絶対だったぼくらの尊敬も、犯しがたかった地位も、ただの一口で揺らいでしまうとは、人生わからない。
「心が読めるっていうのは、つまり、詩織さんがエスパーかなにかということでしょうか? それとも、その、おじさんがそう思いこんでらっしゃるだけというか……」
恐る恐る、それでも核心に迫った質問を隼太は投げかけた。
室温が下がりはじめている。湿度が高まり、襟首にあたる髪の毛がどうにも気持ち悪かった。
おじさんは、おそらく切実な面持ちをしていたぼくたち二人を幾秒かのあいだ真顔で見つめ、さらにひと呼吸、ふた呼吸おいてから、ふっと目元の筋肉を和らげた。
「もちろん、超能力といった類の意味あいで、ではないよ」
瞬時に部屋全体に張りめぐっていた緊張の糸が解きほぐれる。
気がどうかしてしまったのではないとわかり、胸をなでおろす。
「エスパーじゃないなら、詩織さんはどうして人の考えていることがわかるんですか」
ぷっ、と小さく噴きだしてしまった。隼太の言う、エスパー、がどうもぼくにはツボらしい。隼太は、どうした、とわけがわからない様子で尋ねてきたが、それがまた滑稽でふたたび噴いてしまった。
「二人をみていると心が穏やかになるよ」
隼太は軽く混乱してこっちを見たりそっちを見たりしていたが、ぼくもおじさんも、それがおもしろくてあえて放っておいた。
「詩織はね、人がなにを考えているかとか、どういう心情でいるかというのを、他人よりも少しだけ感じとる能力に長けているんだ」
言い進める口調は神妙だが、目顔は、愛おしいひとを想う温かい色をしている。
「どんな小さな言動からも多くのことを鋭く感取する力っていうのかな。でも、それで他人の心を見すかして蔑むのではないんだ」
うん、と確信だち唾を飲む。
「わかろうとするんじゃなくて、彼女には自然とわかるんだろうね。相手がどんなことをしてほしいのか、どんなことを言ってほしいのかを理解して、望むとおり接しようとしてくれるんだ」
おじさんのひとこと、ひとことがぼくの知らない詩織だった。
「しかも、それを無意識にやっているようなんだ」
もっとも、意識して人の考えがわかってしまうんだったら、繊細な詩織は傷ついて参ってしまうだろうけどね、と結んだ。
隼太はほうと感心しているが、ぼくにそういう素直な感情が兆すことはなかった。
ぼくの知らない詩織は、ぼくの知らないところで生まれたんだ。
たあいない話題も尽き、一段落したころに詩織は帰ってきた。
「来てたんだ。二人とも、いらっしゃい」
リビングに入ってきた詩織は、両手に大きな買い物袋をぶらさげていた。
「詩織さん、お邪魔してます」
隼太は敬礼でもしそうな勢いでぴっと立ちあがった。
「おじさんにいろいろな話を聞かせてもらってました」
そう、とほほ笑みキッチンに買い物袋を運んでいく。
おじさんは役目を終えた老兵のように、悔いのない顔でリビングを出ていき、隼太は起立したままそれを見送った。
「もしかして、あれってサブロウじゃないか」ソファーに腰かけるや否や、隼太は顔を近づけ声を小さくした。
「もしかしてサブロウを買いにいってたのかな」
キッチンカウンターに置かれたビニール袋はうっすらと透けていて、目敏くも隼太はそれを見のがさなかったのだ。
「ストックがなかったなら、おじさんがいくら探してくれても見つかるわけがなかったんだね」
どう考えても買い物は映画のついでだろうが、そんなつまらない難癖をつけるほど隼太が憎くはない。
「いま、買ってきたサブロウとジュースを出すから、ちょっと待っててね」
「はいッ。詩織さん、どうぞお構いなくー」
キッチンカウンターから顔を覗かせた詩織に、隼太は紅顔を輝かせた。
隼太念願のサブロウを持ってきた詩織は、お菓子の食べ残しが散らかるテーブルを見て、はっと目を丸くした。
「もしかして、二人ともお昼ご飯まだじゃない」
「はい。でも、お菓子はたくさんいただきましたのでっ」
「ごめんね」詩織は苦笑した。
「おじさんはいつも昼食を食べないから、二人のこと気づかなかったのね」
詩織は、腕まくりをして手料理をふるまってくれることをアピールした。
「朝からずっと出かけてたんでしょ。いまも帰ってきたばかりで疲れてない?」
「あ、そうですよ詩織さん。本当にお構いなく」
詩織は、立ちあがる隼太の両肩に手を置いてすとんと座らせた。
「大丈夫よ。ずっと、お友達の家でお茶してただけだから」
そう言って、優しく笑った。




