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樹の、落ちる空に  作者: (せ)
16/26

4.1

 庭の常磐木に、精悍な容姿の野鳥を見つけたのは忙しい朝のことだ。仕事に行く準備をしているとき、二階の窓から凜と張った眼光に射られたのだった。

「春樹来て」声をあげる。

 春樹はあくまで自分のペースを乱さなかったが、それでも彼なりの早足で駆けつけてくれた。

「ハヤブサに似ているけど、それにしては小さいな。なんて鳥だろう」

 春樹は眼を澄ました。

「ねぇ、木に留まってるのあの一羽だけかな」

「どうだろうね。ほかは見えないな」

 寒いのか、あの鳥は同じ枝の上でずっと立ちすくんでいる。

 もうお互い出勤の時間が間近に迫っていたため、庭に出て下から見てみようか、という春樹のせっかくの案は却下せざるを得なかった。

「帰ってくるころにはいなくなってるわね」

 肩を並べて見入っていた春樹は、そうかもね、と残念そうに応えた。

「今日は遅いんだったかな」

 春樹の声に、鳥に奪われた眼は部屋に舞いもどされた。

「ええ。きょうから来る方の歓迎会があるから」

「例の人だね」

「うん」

 もう十一月も終わる。

 この四か月間、何の変化も表れなかった幸になにか策を講じてくれるはずと期待していた。

 幸くんはよくなるよ、と春樹が言うと、わたしも、きっと風向きはよくなるはずと信じて疑わなかった。

 当初は素性のみえない相手を訝しがっていた春樹だったが、わたしがあまりにも、タダモノじゃないわ、とか、絶対に博覧強記の碩才よ、とか想像を膨らませるものだから、ついには軽度の暗示のようなものにかかってしまったようで、顔さえ知れない学者の熱心な信奉者と化していた。

 当然、布教師のわたしも、きょうを心待ちにしていた。

 シャコバサボテンへの、いってきます、の挨拶にもいよいよ気持ちが込もる。

「帰ったらどんな人だったか話すわ。春樹も楽しみにしてて」

「うん、待ってるよ」

 春樹とは家を出るまでは一緒だが、歩きだす方向は全くの真逆だ。

「またね、春樹」

「うん。夜に」

 春樹もわたしも遠出でなければ歩きに徹する。通勤もその例外ではない。これは春樹から出た妙案で、使わない足腰はすぐ弱まるから、という理屈だ。

 わたしとの身体的な年齢差をこれ以上広げないようにとの考えが根本にあったらしい。

 春樹はやたらと年にこだわる。

 年が開いていても、わたしはまったく気にしないのに。

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