3.3
意識して遠回りをしてきたせいで、家に着いたのは夕暮れどきになってからであった。
日中に地肌を濡らした雪も完全に土に吸収されたか、空に還った。降る時季が早すぎたのだろう。タイミングや判断を誤ると、なんでもこうなってしまう。
名状しがたいむさくさとした気分で、うつむき気味に歩を進めていたが、家まであと数メートルのところで、表口に誰かが立っているのに気づいた。
「おっ、幸」
一粲した夕影は、普段であればまだ学校にいるはずの隼太であった。
「隼太。部活は」
「グラウンドぬかるんでるし、たまには早めに切りあげて幸と遊ぼうと思ってさ。幸もいま帰りだったんだ。ちょうどよかった」
そんな喜色を向けていても、胸裏ではぼくを信頼できる友人としてみてくれていなかったのだと思うとやるせない。
「そう」
抑揚なく発した言葉に、隼太は相好をあらため、首をかしげた。
「なんか元気ないんじゃないか」
そんなことない、と無愛想に言って玄関の戸を開ける。
遊びにきた隼太も当然入ってくるものと思い、戸を開けたまま靴を脱いでなかに入ったが、うしろからは物音ひとつ聞こえてこない。
「隼太?」
振り向くと、隼太はさっきのままぼんやりと玄関前に立っている。
「入るんじゃないの?」
耳に障るように言った。
「幸、怒ってる?」
怒ってる?
そうだ。言われてみてようやく怒っていたことに気がづいた。
隼太はなんでも話してくれる親友だと思っていた。でもそれは、ぼくの独り決めでしかなかった。そこはぼくが悪い。でも、そんな思わせぶりにいままでつきあってきたのは、隼太が悪い。
「おれ、幸になにかした?」
愁いに沈んだ隼太はまたぼくにきいた。
「隼太は、高校に行かないんだ」
隼太は一瞬驚いた顔をして、今度はすぐにも泣きそうな顔つきになった。
「聞いたんだ」くちびるが小刻みに震えている。
「誰に聞いたんだ?」
誰に? 決まってるだろ。
「隼太がぼくよりも信頼している人だよ!」
興奮して涙が出そうになったが必死にこらえ声を震わせた。
「言わなくて、ごめん」
隼太は下唇を噛む。
雫を溢さないように開かれた隼太の大きな眼からは、それでも夕色を放射する粒が頬に筋をつくり流れた。
薄暮独特の色合いと斜光の眩しさに網膜が麻痺して、頭がうまくまわらない。
隼太はまだなにか言おうと口を開いたが、一方的に戸を閉ざした。
磨りガラスにはしばらく影が写っていたが、隼太はなにもせずそこにいるだけだった。
やがてあたりは暗くなり、影も見えなくなり、むかいの家の玄関に明かりが灯ったのが、ガラス越しにわかった。
うしろの方から母さんの足音が聞こえる。
見つかる前に急いで自分の部屋に駆けこみ、電気のついていない部屋の戸を閉める。
完全な闇になったところで、涙が溢れてきた。
机のひきだしには、隼太と一緒に用意していた詩織への誕生日プレゼントが入っている。誕生日に渡そうとこっそり準備していたものだ。
まだ完成していないのに、たぶんこれ以上進行しないのだろうと思うと、また涙が出てきた。




