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樹の、落ちる空に  作者: (せ)
14/26

3.2

 午前中はほのかに降っていた雪も、下校時間には、すでにやんでいた。

 家の近い沙奈とはよく一緒に帰るが、きょうは避けて早く校舎を出てきた。隼太はきょうも部活に参加してから帰るのだろう。ほかの三年生がみんな引退したなか、あいかわらず部活に参加して後輩の面倒をみている偉いやつだ。

 三位一体の堅い親友の輪から急に追いだされたようで、どうしても気持ちがすぐれない。

 橋本たちクラスメートももちろん友達といえたが、隼太と沙奈は特別だった。

 隼太とはことに肌が合うものだから、記憶にあるかぎり口争いさえしたことがない。

 互いの心は、それこそ互いに心だけで通ずるほどで、声に出して伝えられなくとも、造作なく隼太の考えを筆舌に表せた。

 だがそれも思いかえしてみれば過去の話で、最近は隼太の言動がどうも解せないことが多かった。

 そう考えると、不調和は知らぬ間に進行していたのかもしれない。

 ぼくは、もともと人の心を読み解く感覚が鈍いようで、身近な人の心の動きさえもこの眼では見えてこない。

 橋本が沙奈に好意をもっている、というのも近くで様子をみていた仲間内には知れた事実だったが、それだって、わざわざこれこれこうでと教えてもらうまで、ぼくだけが知らなかった。

 その程度ならまだよかったが、ついに隼太までわからなくなったとなれば、もう手の施しようがないほどの重症だ。

 前におじさんが、詩織は人の思っていることがわかる、と言っていた。ぼくの周りには、ぼくの羨望する人ばかりがいるように思えてしまう。

 足を止めたのは小さな路地の入り口。抜ければ詩織の家に行ける。

 詩織の家にも前ほどは通わなくなっていた。

 それというのも、心境に不思議な変化があったからだ。

 なんともいいがたい変化なのだが、詩織を好きじゃなくなったとか、会いに行くのが面倒になったとか単純なものではない。どうしてか、進んで詩織の家に行こうという気そのものが薄らいでいたのだった。

 以前から詩織への感情は、恋愛感情というより、すでに家族愛に近いものがあった。

 部屋に居すわっていたのも、詩織を思いこがれるあまりその帰りを待っていたのではなく、なんというか、帰ってきたときに家族が待っていればうれしいだろう、という発想のもとの行動であった。

 いまも揺らいでいないこの感情に反して、詩織を家で待とうとしなくなっていたのだ。

 詩織を想う気持ちは変わっていないのに、この身を投じなくなった矛盾が、我が事でありながらわからない。

 人間のシンソウシンリを専門にしている人が、知りあいに誰かもう一人でもいてくれたら、こういう詩織関連の相談ごともできたのにと歯がみしてしまう。

 考えを巡らせながらも、足は路地に向く。

 せめて、隼太との一件だけでも話を聞いてもらえれば気が楽になるだろうと当てこんでのことだ。

 歩み入る道は裏通りらしく、腕を広げて歩けば両側壁に手がこすれるほどに狭い。枯れ草の散らかった地面は舗装もされておらず、雨や雪のあがりには水たまりがあちらこちらにできる。

 窮屈な裏道を駆け、ほどなく大きな通りに出る。

 あとは正面の広い車道をわたり、一分も歩けば到着する。

 横断歩道を駆け足で横断し、家の敷地に一歩踏みいれたところで玄関の戸が開いた。

 出てきたのは詩織だ。

「あ、幸」

「どこかに行くの」

 詩織に会いにきても、こんなのはしょっちゅうだ。

「また映画とか?」

「うん、ごめんね。約束しちゃってるのよ。五時には帰ってくると思うから家にあがって待っててくれる?」

 詩織は隠しているが、本当はいつも女友達に会っているのではない。嘘をついているのだ。

「んーん。帰る」

 詩織は困った顔をした。

 ごめんね、と詩織はもう一度言ったが、なにも言わずにその場を立ち去った。

 どうしてこんなにいやな行動をとってしまったのか、自分自身わからなかった。

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