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旅路

 ただし、人生はある程度平等なんだとも思う。


 60歳を迎えた俺は、急激に体が(おとろ)えてしまったんだ。

 人生百年時代と言われているのに早過ぎるとは思う。


 数週間前に全ての役職を()してからは、マンションのベッドから起き上がるだけでひどい眩暈(めまい)がする状態だ。

 大学病院のドクターは首をひねっているだけだし、自分でももうダメなのが良く分かる。


 60歳は古来より還暦(かんれき)とも呼ばれている。

 還暦とは干支が一巡して誕生年の干支に還ることだ。

 赤ちゃんに還るという意味もあるらしい。

 だから赤いちゃんちゃんこを着る(なら)わしがあるんだ。


 〈まうよ〉が火の鳥の団扇(うちわ)を持ち、舞扇の浴衣で盆踊りを舞ってくれているのが、ベッドに()している俺からも見える。


 本来の盆踊りは祖先の霊を送るためのものだけど、〈まうよ〉が踊っているのは違うと思う。

 なんと言って良いのか俺にもよく分からないが、手足を動かし続けることで何かを変えようとしているんだ。

 古い(から)を破ろうとしているようにも見える。


 思い()こせば俺が変われたのは、金色の卵を拾った時からだ。

 そして〈まうよ〉と出会ったんだな。


 〈まうよ〉のおかげで、俺は40歳になるまでの辛い記憶を全て清算することが出来た。

 心が青空のようなクリアーで爽やかになったし、社会的な地位もお金も得ることも出来たんだ。


 だけど、これまでの全てが順風満帆(じゅんぷうまんぱん)でも無かった。

 ヤバい状況も多々あったんだ。


 俺が復讐をした相手がある暴力組織と繋がっていたらしく、その組織の幹部に不評を買ってしまい命を狙われたこともあったな。

 外国人の組織もそこへ絡んできたから、命があったことが奇跡だよ。


 虎穴に入らずんば虎子を得ず。


 個人対組織ではこの(ことわざ)どおりの戦略をとるしかない。

 ヒーローもやっていたはずだ。


 敵が待ち受けている豪華客船に〈まうよ〉と二人で乗りこみ、覚せい剤の雪を甲板に降らしてやったんだ。真っ白ですごく奇麗だったよ。


 それ以上に俺の人生で最大のピンチは〈まうよ〉がさらわれたことだ。


 ジェネラルマネージャーから副社長に昇任した〈板垣〉が、なんと妖魔を我がものにするべく歴史の裏側で古代から暗躍している一族の末裔(まつえい)だったんだ。

 かなり前から俺は〈板垣〉の監視対象だったらしい。


 そして信じられないことに、〈板垣〉一族伝来の秘術により、俺と〈まうよ〉は引き剥がされてしまうんだ。

〈まうよ〉は隠れ里に幽閉されてしまい。俺は己の無力さに精神が崩壊する寸前になっていた。


 「俺は〈まうよ〉を失っても良いと思っているのか? 」


 「俺自身が聞くなよ。 良いはずがないだろう。 〈まうよ〉は俺が来るのを待っているんだぞ。 俺はもうカスじゃない」


 「それなら俺自身に命令を(くだ)す。 今直ぐ立ち上がり全力で走れ」


 「俺自身に言われなくてもやってやる。 知らないのか、俺はもうカスじゃないんだぞ」


 「ふふっ、俺自身よ、そのとおりだ。 俺は〈まうよ〉のヒーローになってやるんだ」


 どうだ。かなり俺はおかしくなっていただろう。


 ただ俺が〈まうよ〉を失う選択など、死ぬとしてもありえない。


 幾多の敵を蹴散らし、数限りない姦計を潜り抜け、〈まうよ〉が囚われていた亜空間牢をぶち壊して俺は〈まうよ〉を助け出したんだ。


 きざったらしい〈板垣〉なんかは、あははっ、ワンパンチでぶちのめしてやったぜ。


 【あぁ、待ってたのよ、〈かっくん〉。 一瞬も疑わなかったわ。 愛しています。 私は暗黒の世界をこの思いだけで耐えることが出来たんだ】


 「〈まうよ〉が(そば)にいないなんて、俺には耐えられないよ。 こうして〈まうよ〉を抱きしめても、まだ震えが止まらないんだ」


 【うぅ、絶対に〈かっくん〉から離れたりしないよ。 心配をかけてごめんなさい】


 「〈まうよ〉泣いているのか。 助けに来るのが遅れてごめんよ」


 【謝らないで。 この涙は〈かっくん〉に抱かれて嬉しいからだよ。 早くお家へ帰って、ゆっくり愛情込めて抱いてほしいな】


 あの時の〈まうよ〉はゆっくりと言ったが、盆踊りは大きく変容をとげて、全身をグネグネと素早く躍動させる、誰も見たことがない舞へと変わっている。


 さざ波のような穏やかな舞じゃなく、トランス状態みたいな激しく大胆な舞へ変わった。

 まるで嵐を舞っているみたいだ。


 浴衣だけで下着はつけていないのだろう。浴衣がはだけて胸も股の間も見えてしまっている。

 感動する美しさがある舞だけど、同時に妖しく淫らな動きだ。


 俺はもう動けないくせに、前後左右にクネクネと妖しく動く〈まうよ〉の腰を抱きたいと強く思う。

 パクパクと生々しい〈まうよ〉の中心から目を離せない。


 俺は〈まうよ〉と二度と離れないと誓ったじゃないか。

 〈まうよ〉は俺の全てを受け入れてくれるメスの番なんだぞ。


 俺はノロノロと〈まうよ〉の方へ這っていく。

 裸になった〈まうよ〉の舞は、より激しく、より原始なものへ変わっていった。


 そしてそれは嬉しそうに笑っているじゃないか。


 【いつまでも愛しているわ。 一つになりたいでしょう。 あははははっ】





 私はかつて番であったものを己のうちに取り込んで、母なる大地を蹴り空に浮かぶ雲の間を駆けている。

 このまま月へ行くのも良いでしょう。


 かつて私が〈かっくん〉と呼んだものは、その役割の半分を終えて私の中で微睡(まどろ)むように無機物へと変わった。

 もう何も感情を持たないものへと私が作り変えたんだ。


 ただ私は変わらずに【愛している】と叫んでも良いわ。

 もう私に番は必要がない。

 自分の中にあるのだから、私は完全体になったんだ。

 全てを内包している存在である。


 かつて私の番であったものは、私の産む卵に金の迷宮を描く材料になってくれるでしょう。

 存在したことも無い複雑な迷宮を金線で描き、私の卵を守ってくれる大切なものだ。

 私と番であったものとの絆は、どんなものでも、どんなことでも切れないものだから、理解出来ないほど素晴らしい模様になると思う。


 (けむ)るように渦を巻いて見える。

 どこかの銀河へこのまま夜空の旅を続けようね。

 永劫(えいごう)の旅路の果てで、卵を産む時まで私の中でお眠りなさい。


   ― 完 ―


 


最後まで読んで頂き、大変ありがとうございます。


「異世界転生したら許嫁がいたんだ(エッチなことでも怒らないんだ)」


につきましても、どうぞよろしくお願いします。


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