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お前がヒーローになれー友達

 それから俺は会長と友人らしくカラオケに行くことになった。

 カラオケまでの移動は運転手つきの高級社用車だ。


 タクシーチケットを使うのも遠慮している俺とは大違いだな。

 サラリーマン社長と実権を握っている者の差が著しく現れている。


 カラオケでは〈晴れ晴れライフ〉の社長さんも合流してきた。


 「カラオケ対決をするそうじゃないか。 アイドルに応募したこともあるんだぞ。 私に勝とうとは百年早いんだよ。 思い知らせてやる」


 俺は気をつかって演歌をカラオケマシーンに入れたのだが、会長達は二十年前に流行した曲を歌いやがるんだ。

 なんだ、なんだ、この逆転現象は。


 俺が会長達のマイクを(うば)ったのはいうまでも無い。俺が二十代の頃、ずっと街に(あふ)れていた曲だったからだ。

 CDを買う金なんて持ってはいなかったが、耳にこびりついて離れない曲がある。


 懐かしさと寂しさと苦しさがごちゃ混ぜになって、俺は歌わないわけにいかなかったんだ。

 俺も友達と一緒にカラオケで盛り上がりたいと夢を見ていたんだ。


 でも友達なんか俺には一人もいなかったな。

 いたのはゴキブリだけだった。それも俺の部屋にいたのはガリガリに()せて油っぽさも無かったと思う。


 カラオケで熱唱と言うか、ゴキブリみたいに下品極まりなくがなり立てた俺達は、カサコソと夜の街へ繰り出した。

 熱くなり過ぎてジュースじゃなくハイボールを何杯も飲んでいたと思う。


 すごい大金持ちの会長だから銀座のクラブにでも行くのかと思ったのだが、会長専用のセンチュリーで連れて行かれたのはガード下にあるホルモン屋だった。

 大量のキャベツとホルモンを少量の塩だれで()くだけのシンプルさだが、キャベツがめっちゃ美味い。


 「う、美味い。 なぜキャベツが美味いんだ? おかしいくらい美味いぞ」


 俺はもう酔っていたんだろう。頭があまり回っていなかったらしい。


 「ホルモンの下処理が、この店は国宝級なんだよ。 知らないのか?」


 〈晴れ晴れライフ〉の社長もかなり酔っているようだ。


 「国宝か。 それなら国民栄誉賞を与えるべきだ」


 「おぅ、わしもそれに賛成するぞ。 全く〈うろ〉の言う通りじゃ、バーンザイ」


 会長はもっと酔っているらしい。


 それから俺と会長と社長は、この前に亡くられた全世界で超有名な漫画家に、なぜ国民栄誉賞を与えられなかったんだと熱い激論を交わした。

 三人とも授与すべきだったと言う意見で一致していたから、どうして激論になったのかは永遠の謎である。


 謎は謎のままで、キツイ焼酎の濃いのをキュっとやろうぜ。

 舌に残ったままの、ホルモンの脂をアルコールで流してしまおう。

 先を見通せないまま、しぶとく生き残った自分と友に祝杯を捧げよう。


 チョロチョロと()い出して来たゴキブリに、俺はふらつきながらも焼酎をかけてやった。

 だけど油でピカピカなボディは、余裕で焼酎を(はじ)いていやがる。

 まるでゴキブリに焼酎を奢ってやったみたいじゃないか。


 ゴキブリがいたからそれがどうした。良いエサがある証拠だ。

 美味い店にいない方がおかしいんだ。ツヤツヤだ。


 「おぉ、コイツやるな」

 「はっは、くたばりそうにないぞ」

 「あははっ、もう()えてないんだね」


 おっさんの酔っ払いはこうありたいものだ。あっ、二人はもう初老だったか。

 この二人は友達とはちょっと違うかも知れないけど、飲み友達ならそう名乗っても許されるはずだ。




 「あっ、部屋の鍵が無いぞ。 くっそ、(かばん)ごと忘れてきたんだ」


 【しょうがないな。 これだから酔っ払いは嫌いなのよ。 取りに戻るしかないでしょう】


 「しょぼん。 そうするしかないな」


 【その前に、お水を飲みなさい。 少しは酔いが()めるわ】


 〈まゆよ〉が部屋の内側からドアを開けてくれた。


 「はーい、口移しで飲ませてよ」


 食器棚からコップを出そうとしている〈まうよ〉へ、俺はトコトコと近寄り、口をあーんと開けて待機している。


 【酒臭いから嫌だ。 明日なら良いよ】


 「えっ、それじゃ間に合わないじゃないか。 今飲みたいんだ」


 (つぶ)らな瞳をして口をポカーンと開けている俺が、まるでバカみたいじゃないか。

 コイツは、(ちまた)厳然(げんぜん)とその存在が噂されている鬼嫁としょうされる魔物なんだろうか。


 【そんなこと知らないわよ。 それより早く飲みなさい。 この酔っ払いが】


 例え妖魔であっても、酔っ払った夫に嫁が厳しいのはお約束らしい。

 コップに(そそ)いでくれたミネラルウォーターを飲みながら、俺は何だかおかしいなと思う。


 「はっ、カギが無いのに、どうして部屋に入れたんだ? 」


 【前にも言ったでしょう。 私は5m程度なら〈かっくん〉と離れられるのよ】


 「でも間にドアがあるんだぞ」


 【私と〈かっくん〉の愛の前には、ドアなんか無いのも同然なんだよ。 うふふっ】


 俺は頭がクエスチョンのまま、タクシーを呼んでホルモン屋まで鞄を取りにいった。


 〈まうよ〉の説明に俺の理解が追いつかないな。だけど妖魔に常識を求めてもしょうがない。

 常識が全て揃っていれば、〈まうよ〉はただの人になってしまう。

 そうでも良いとは思うけど、〈まうよ〉は妖魔だ。そうであっても俺は〈まうよ〉を決して放したくない。


 ホルモン屋に俺の鞄はちゃんと残っていた。

 大物の会長さんがとりにくるまで預かってくれ、と店に頼んでおいてくれたんだ。


 箸袋(はしぶくろ)に走り書きで、〈後のことは気にするな。思い切りやれ。尻はふいてやる〉と書いてあった。

 ウンコもOKらしい。


 祭りの夜店で売っているような安っぽい玩具(おもちゃ)のお面が、鞄と一緒に置いてあった。

 昭和に出現したヒーローのお面だ。


 話した内容は国民栄誉賞しか覚えていないが、俺は他にも沢山の話をしたのかも知れない。

 子供の俺はヒーローになりたかった訳じゃない。誰かに助けてほしかったんだ。

 

 だけどもう、お前は子供じゃないって言うことなんだろ。

 お前がヒーローになれってことだ。

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